通路内に設置されたインタビュースペースで南はTV・雑誌メディアに対し、《ヒール》として負け惜しみとも取れるコメントを次々と発言した。
「…あの勝利はたまたまじゃない?」
「再戦?百万円用意したらやってあげてもいいけど、《VICTIM》にそんな大金も度胸もないでしょ」
南は悪態をつくだけついてマスコミを喜ばせると、「今日はもう帰るわ」と言ってインタビュー収録を打ち切ると控室に戻っていった。
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控室への通路を歩いていると、入場ゲート付近でど派手なコスチュームに身を包み、チャンピオンベルトを肩に掛け、リング上の熱戦をカーテン越しに覗いているレスラーの姿があった。
マイティ祐希子である。
祐希子は控室に戻ろうとする南を発見すると声を掛けた。
「へっへっへ、みぃ~なぁ~みぃ~。試合見てたよ」
声を掛けられた南は一瞬バツの悪そうな顔を見せたが、すぐに祐希子の元へ向かった。
「誰一人、怪我無く試合を終える…と言ってたクセに自分がやっちゃうんだもん。情けない」
「それで膝の方は大丈夫なの?」
祐希子は痛々しく引きずっている膝を指差した。
「詳しく診察してもらわないと判らないけど、大事に至らない事を祈るのみよ」
祐希子は「そっかぁ~」と一人呟くと笑顔で南の顔を見た。
「しっかし、やられちゃったな~」
「えっ?」
「南の試合、沸かせすぎだよぉ。お陰で見てよ、セミのタッグ選手権試合、お客の集中力落ちちゃってるって感じ」
「あらら、やり辛そうね」
リング上の四人は客の注意を引こうと、精一杯のパフォーマンスを見せ努力はしているのだが、前の試合の余韻を引きずっているため、なかなか簡単にはいかないようだ。
「身体を張った甲斐があったってもんよ。…私の試合以上の好勝負、作り上げる事が出来るかしら、祐希子?」
リング上で四苦八苦している選手たちを見て、南は得意気に言った。
祐希子はフフッと笑うと、自信ありげに南の質問に答える。
「あったり前でしょーが!全試合終了後「誰が一番印象に残った?」と聞いた時に、あたしの名前が真っ先に出るような試合、見せる自信あるわよ!」
「…根っからのプロレスラーねぇ」
「南も、ね」
二人は互いの“プロレスラー魂”を確認しあうと、破顔一笑した。二人共にいい笑顔である。
……競い合う仲間がいる。こんな素晴らしい事はない。
南は言葉にこそ出さなかったが、同期である祐希子の事を誇りに感じていた。それは祐希子も同じ想いに違いない。
そのとき三十分以上の長丁場の試合を終えた選手たちがゲートを潜り戻ってきた。観客の集中力を手繰り寄せる為努力したらしく、みんなとても疲れた表情をしていた。
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「祐希子さん、もうすぐ出番です!」
側にいた、裏方の仕事をしている若手の一人が叫んだ。
もうすぐマイティ祐希子のヘビー級選手権試合が行われる為、所定の位置への誘導が始まろうとしていたのだ。
「じゃあ南、試合が終わったら、また」
「……祐希子」
「?」
試合に向かう祐希子を呼び止める南。
「次はそのベルトを必ず奪いに行くから…覚悟してなさい」
「うん、待ってるわ」
祐希子は嬉しそうにそう言うと、互いに手を挙げ別れの挨拶をし、それぞれの行き先に歩を進め始めた。
「……マイティ祐希子選手の入場ですっ!!」
ワァァァァァ!!
控室に戻る南の後ろでは、ライバルであり戦友である新日本女子の不動のエース・マイティ祐希子の入場に、会場に轟くまるで蜂の巣を突付いた様な大歓声が微かに聞こえていた……
――― 南 利美編・終
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