三橋敏雄句集「まぼろしの鱶」を読んで
照る日曇る日 第2080回
俳句界にあって珍しく「いいな」と思っている池田澄子の御師匠さんだった三橋選手の300部限定のまぼろしの初句集を読んでみる。
昭和10年代が51句、20年代が21句、30年代が249句を収録したものであるが、10年代には有名な「かもめ来よ」とか「少年あり」の代表作があり、既にして後年の作風が確固としていたにもかかわらず、やはり年代が重なるにつれて秀作の山々が重畳して出現してくるのは当然ながらも興味深い。
例によってアトランダムに作品を並べて、心ある諸兄姉の鑑賞に付したい。
酒を呑み酔ふに至らざる突撃
ある日より弾なき砲の錆厚し
蝉幾萬英霊幾萬青天下
我多く精蟲となり滅ぶ夏
朝雀爪音花火運動会
無花果や獨り姙娠中絶す
海山に線香そびえ夏の盛り
若者よ抱きあふ固きとこと骨
鴉が啖ふ兵隊さんを嘆きませう
世界中一本杉の中は夜
沈む列島移民船には移民多し
政権は交代すべし熱帯夜 蝶人