刮目天(かつもくてん)のブログだ!

すべての仮説は検証しないと古代妄想かも知れません!新しい発想で科学的に古代史の謎解きに挑戦します!

天狗の正体もヤッパリ(^_-)-☆

2024-05-29 03:17:02 | 古代史
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#2021-02-16 01:31:57に記事にしましたが、関連記事をつけましたので、よろしければお付き合いください(#^.^#)

#いつもフォローしている前田よしひこ先生の以下の記事に、以前コメントしていつか記事にさせていただこうと思っていたのを思い出しました。

「迦葉山龍華院弥勒寺」参拝!

2015年(平成27年)5月3日正午頃、群馬県沼田市にある「迦葉山龍華院弥勒寺(かしょうざんりゅうげいんみろくじ)」を参拝。

巻頭の写真は、中峯堂に安置されている日本一の天狗面(顔の丈6.5m、鼻の高さ2.8m)です。

「迦葉山龍華院弥勒寺」は日本三大天狗の一つと言われています。(他は、東京都高尾山薬王院、京都府鞍馬寺)


弥勒寺で観音様を祀る? (刮目天 一(はじめ))
またいいところに行ってきましたね(*^▽^*)
弥勒菩薩を祀っていないといけないでしょう(;一_一)
この次話題にするつもりですが、宇佐神宮の神宮寺が弥勒寺です。古代史のカギを握る最重要なお寺だと考えています。上州沼田にも謎を解くカギがありそうですね。また調査したいと思います。どうもありがとうございました。(*^^)v


Wiki「天狗」によると、天狗(てんぐ)は、日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる。俗に人を魔道に導く魔物とされ、外法様ともいう。とあります。また、元々天狗という語は中国において凶事を知らせる流星を意味するものだった。とあり図のような狗(いぬ)というより猫のような架空の生きものですね。


これが日本に来るとあの姿になってますから、どうしてなのか摩訶不思議ですよね(´ω`*)

それが先程のコメントに謎解きのカギがありましたよ。

宇佐神宮の神宮寺の御本尊弥勒菩薩は大国主の本地仏だと突き止めています。そして大国主の分身が例の鼻の長~いあの男性のシンボルの神です。

なぜ?

それは孫のような年齢の姫を妃にした老人だったからだと突き止めています。大国主の豊葦原の瑞穂の国が宇佐市安心院町佐田地区でしたが、田んぼの中に米神山に向かって立っているこしき石(いわ)がその神のシンボルです。

邇邇芸命が天降りしようとしたとき、天の八衢(やちまた。道がいくつもに分かれている所)に立って高天原から葦原中国までを照らす神がいた。『日本書紀』では、その神の鼻の長さは七咫(ななあた)、背(そびら)の長さは七尺(ななさか)、目が八咫鏡(やたのかがみ)のように、また赤酸醤(あかかがち)のように照り輝いているという姿であった。Wiki「サルタヒコ」より)

そうです、そうです。サルタヒコは典型的な日本の天狗の容貌なのです。

それが何で中国の天狗と結びつけられたのか?

魏志倭人伝にその答えがありますよ(^_-)-☆

大国主の本名は?

はい久々遅彦です。

兵庫県豊岡市久々比神社の祭神屋船久々遅命(やふねくくちのみこと)は木の霊として棟上祭の主祭神です。

「宋史 王年代紀」の第十八代王素戔嗚尊(スサノヲ)の王子五十猛神(イタケル)も木の神ですから、久々遅彦の名前は首長霊信仰の考え方からイタケルの子孫が代々襲名した王の名前と推理しています。日本海沿岸部を根拠地とする縄文海人ムナカタ族を配下にして半島南部の鉄素材を入手し、狗(旧)奴国の王族に鉄製品を供給して国を復興させた狗奴国の官です。出雲・丹波王だと推理しました。

棟上祭のもう一柱の祭神が屋船豊宇気姫命(やふねとようけひめのみこと)ですから大国主が妃にした台与です。わずか十三歳で倭国女王に立てられましたが、実際は卑弥呼と同じ、太陽神の神託を倭王に伝える姫巫女でした。

天狗という名前は天孫・天神である狗古智卑狗から採ったからでしょう!(^_-)-☆

ひとりの人物の名前に二度も「狗」の字を当てられたのは見逃せませんね(^_-)-☆

すでに漢字が倭国に入ってきており、孟子も読む伊都国を王都とした師升の一族の倭王難升米が付けた名前だと推理しています。旧奴国も狗奴国と呼ばれ、女王卑弥呼に逆らう狗コロの奴国と貶められた名前が付けられたのだと思います。

そして大国主も荒魂(あらみたま)は人々に様々な災害をもたらす怖い、嫌な存在ですから、中国の天狗と同一視され、少し蔑まれた、そういう感情も入っているのかなと思います。

また天狗は山伏の格好をした山の神です。山伏についてはWiki「修験道」に以下のように解説されています。

修験道は、森羅万象に命や神霊が宿るとして神奈備(かむなび)や磐座(いわくら)を信仰の対象とした古神道に、それらを包括する山岳信仰と仏教が習合し、さらには密教などの要素も加味されて確立した日本独特の宗教である[1]。日本各地の霊山を修行の場とし、深山幽谷に分け入り厳しい修行を行うことによって功徳のしるしである「験力」を得て、衆生の救済を目指す実践的な宗教でもある[1]。 この山岳修行者のことを「修行して迷妄を払い験徳を得る 修行して その徳を驗(あら)わす」ことから修験者、または山に伏して修行する姿から山伏と呼ぶ[1]。修験とは「修行得験」または「実修実験」の略語とされる[2]。

里の民にとって山伏は修行によって超人的な技を身に着けた山の神のような存在だったのでしょう。山伏は神が存在する山で過酷な修行によって人々に祟りをなす荒神の荒ぶる気を抑える術を体得します。その山の神の元締めが大山祇(オオヤマツミ)でしょう。

すでに、大山祇も大山咋も正体は大国主でした(*^▽^*)で見たようにその正体はやはり大国主狗古智卑狗(久々遅彦)でした(^◇^)

【関連記事】
「神」はサルタヒコを示す暗号文字だった?!

猿田毘古大神(19世紀後期画) Wiki「サルタヒコ」より


【大発見!】大国主命の生誕地か?

(左クリックでMyMapに移動しますのでご確認ください)


米神山で大国主に会ってきた!
霊山米神山に住む黒ヘビは大国主大神の化身ですよ(^_-)-☆

大国主の豊葦原の瑞穂の国はここだった?(*^^)v


ストーンサークル 佐田京石 こしき石の謎 石藤@YouTube 8年前


佐田京石/こしき石(いわ)モノクロの写真集ですが、雰囲気がありますよ(^_-)-☆

佐田地区探訪マップ(大国主ゆかりの神社・史跡が見られます)



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