交野市立第3中学校 卒業生のブログ

中高年の

皆さ~ん  お元気ですか~?

この遺言状は、将来、この寺に大きな問題が起こった時に開けそれまでは決して読むな」と言い残していた

2012-01-08 02:38:20 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など
 
一休さんは87歳で死去するまで金や権力に媚びる事はなかった。
 
一休さんは臨終の際
 
「この遺言状は、将来、この寺に大きな問題が起こった時に開け。
 
それまでは決して読むな」と言い残していた。
 
僧侶たちは、その教えを守り、決して遺言状を開くことはなかった。
 
一休さんの死後、さまざまな問題が持ち上がる度に
 
「いざとなれば一休和尚の遺言状 が解決してくれる」という
 
安心感もあっただろう。
 
一休和尚の遺言状が、開かれたのは、
 
その死後から100年が経過していた。
 
すがる思いで開いた遺言状には、こう書かれていた・・・
 
「なるようになる 心配するな」。

お気に入りの入浴剤 香りが好き

2012-01-02 20:44:15 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

冷えた体をあたためるには
オレンジ・リンデンバウム <菩提樹>の芳香浴

2億5千万年前の古代海水を精製した岩塩と天然ハーブの精油(エッセンシャルオイル)から生まれたドイツのバスソルト。
天然のミネラルを豊富に含んだ岩塩が保温作用を発揮し、お肌を引きしめてスベスベに。


歩行と禅

2012-01-02 18:36:24 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など


 

本の内容:「歩くこと、走ること」は五感機能の向上、自然との触れ合い、

       老化防止など医学的・運動生理学的な効用だけでなく、

       “動きのある禅”としての魅力が大きい。

 

内容:臍下丹田に意識を集め足の裏から息をする!15年間に6000キロを踏破し、

    なお歩みつづける巡礼の達人が、“呼吸”と“歩行”の極意を説いた。

    歩いて何かいいことがあるのか。呼吸はなぜ吐く息が大事か。

    どうして今、ここに生きることが重要なのか。

    呼吸のくふうと歩く意義を、語り合う対話形式で実践・裏付けの

    両面から懇切丁寧に指南する。

 


人生は一日の積み重ねであり、一日を全力で生きて初めて人生をまっとうすることができる。

2011-12-28 13:17:49 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

「一日一生」
      橋本喬(観光企画設計者社長)
 
 
十年前の十月、いつも通り出社した私を
待ち受けていたのは東京地検特捜部だった。

故・金丸信元自民党副総裁の脱税事件を契機に
明るみになったゼネコン汚職。

土建国家・日本の暗部にメスが入り、
収賄罪で県知事や自治体の首長、
ゼネコンの役員クラスが多数逮捕された。

私もその一人である。

大成建設の営業本部長を経て副社長になった矢先、
宮城県発注工事にからみ、県知事および
仙台市長へのヤミ献金容疑が発覚。
私と仙台支店長と副店長が贈収賄で起訴された。

営業本部長はゼネコンの営業活動の総元締めであり、
必要な資金はすべて私の管理下に置かれていた。

支店長と副支店長が
「知事と市長に少し何かしなくては」と言った時、
私は「そうだね」と答えた。

それが業界の通例だったし、そうしなければ
他社から取り残される。

また、われわれだって贈収賄が
刑事罰に相当することは百も承知。

あくまでも「選挙資金」として渡したのであって、
相手が私的に使っていたなど知る由もない。

「選挙資金と言っても、それに対する見返りを
 期待していたでしょう? 何も期待せずに金を出しますか」

 取り調べの席で検察は言った。

「そりゃ出しませんな」

と答えると、私は即刻逮捕された。
自分が金を渡してもいなければ、いつ渡したかも知らない。

相手が選挙に使わず、勝手に私腹を肥やしていただけだ……。

言いたいことは山ほどあった。

だが、腹を括った。
すべてを受け入れることにした。


拘置所での生活は、判で押したように
規則正しい生活だった。

七時起床、九時就寝。
十五時から体操で、三度の食事の時間も決められていた。

よく、所内の飯は「くさい飯」といわれるが、
慣れればそれほど不味くもなくなった。
週に三度は風呂に入れたし、半月に一度は床屋にも行った。

とりたてて生活に不自由はなかったが、
「ここは別世界だ」と痛感することは多かった。   

初めこそ罪状認否の取り調べもあったが、
早々と罪を認めたら特にすることもない。
独房の中で、これまでのことを考えてみたこともあった。

早大の建築学科を卒業し、
大成に入社したのは昭和三十三年。
東京タワーが完成した年だった。

戦後日本の復興の象徴ともいえる高層建築物を数多手がけ、
四十九歳で取締役東京支店長、
営業本部長を経て副社長になった時は、
「大成初の昭和二桁の副社長」と言われた。

当然、耳に入ってくるのは「次期社長」の声――。


狭い部屋で思いを巡らせても、すぐに行き詰まってしまう。

それに考えたところでどうしようもないのだ。

有り余る時間で、私はやたらと本を読んだ。
拘置所にいた四か月間で百冊以上読んだだろうか。
家族からの差し入れも、本が一番嬉しかった。

特に好んで読んだのは、徳川家康や織田信長などが
登場する長編歴史小説。

別に自分の姿を重ね合わせたとか、
彼らの生き様に鼓舞されたとかいうのではない。
ただただそのストーリーに集中し、没頭していた。
何も考えなくて良かった。

拘置所で年を越し、裁判も一段落した一月下旬、
いよいよ出所の時がきた。
ああ、この生活も終わったんだ。

事態を冷静に受け止めている半面、
誰かに会ってむしょうに話をしたかった。

この四か月、限られた面会時間に家族や弁護士としか
話ができなかったことへの反動だろう。

門をくぐると大勢の人たちの姿が見えた。
私は驚いた。そこにいたのは大成建設の仲間たちだった。


「ご苦労さん」

「お疲れ様でした」


次々と皆に労いの言葉をかけられ、
私は急に現実の世界へ戻ったような気がした。
会社から用意された車に乗り自宅へ行くと、
そこにもたくさんの同僚たちが私の帰りを
いまや遅しと待ち受けていた。

その輪の中に入った時、
「分ってくれる人はたくさんいる」と心から思った。

人生は「一日一生」である。

前から好きな言葉だったが、事件を契機に
その思いはますます深くなった。

人生は一日の積み重ねであり、一日を全力で生きて、
初めて人生をまっとうすることができる。

時には躓き、誤解もされる。
私も逮捕され、社会に大きな影響を与えた。
失ったものも多く、私の肩書きと付き合っていた人たちは、
潮が引いていくように離れていった。


しかし、「人間・橋本喬」と付き合ってくれていた人たちは、
私を支え、励まし続けてくれた。

現在籍を置く観光企画設計社の創業者であり、
会長である柴田陽三氏とは二十数年以上の付き合いになる。
ホテルオークラをはじめ、
全国のホテル設計を請け負っている柴田氏の事務所は、
大成時代の取り引き先だった。

「絶対にいい仕事をして、お客様のお役に立ちたい」
という一心で仕事に取り組んできた私の姿勢が、
柴田さんには伝わっていたのだ。

事件が一段落した時、
「ちょっとうちの会社を手伝ってよ」と言って、
私を副社長として迎え入れてくれた。

いずれ訪れるであろう死の床で、
これまでの人生を振り返った時、
私は幸せだったと思いたい。


結局最後に自分を満足させるのは、
「人様のお役に立った、人様に必要とされた」
という思いだけである。


出世をして金持ちになっても、
死に際に誰も来てくれないような人生は悲しい。


毎日毎日人に優しく、親切に、お役に立つ。
私はそういう人生を送りたい。

『致知』2003年8月号
                   「致知随想」より


ダイエットを成功するポイントは筋肉です。

2011-12-22 01:09:08 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

ウォーキングを1時間やってもカロリー消費はたったの150キロカロリー。
これはご飯お茶碗たったの1杯分、

食パンならたったの1枚しかカロリーを消費しない。

ですから、1時間のウォーキングをして、

『ああ~、今日も頑張った!お腹が空いたからご飯を食べよう!』と

ご飯を1杯食べたら、1時間のウォーキングと差し引きゼロです。


食事の量を減らして脂肪を減らそうというダイエットはいますぐやめましょう。

2011-12-22 01:00:18 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

確かに、食事制限で、ダイエットをすると痩せます。

ですが、脂肪が落ちると同時に筋肉も落ちてしまいます。

痩せる前より筋肉量が減っています。

運動することでしか筋肉はつきません。

このような食事制限ダイエットを繰り返すと、

痩せにくい身体になり

ダイエットの度に

リバウンドを繰り返しさらに太っていきます。

 


年齢階級別死亡数

2011-12-08 10:20:19 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

死因順位(第10位まで)別にみた年齢階級別死亡数

平成19年
年齢階級 全 死 因 02100
悪性新生物
09200
心 疾 患
(高血圧性を除く)
09300
脳血管疾患
10200
肺 炎
20100
不慮の事故
20200
自 殺
18100
老 衰
14200
腎 不 全
11300
肝 疾 患
10400
慢性閉塞性肺疾患
年齢階級
  死   亡   数
総 数 1 108 334 336 468 175 539 127 041 110 159 37 966 30 827 30 734 21 632 16 195 14 907 総 数
0~4歳 3 809 109 137 10 105 304 - - 9 13 3  0~4歳
5~9 552 96 31 9 37 150 - - - 4 1  5~9
10~14 534 111 36 13 12 124 47 - 3 1 2  10~14
15~19 1 599 160 84 20 26 538 455 - 3 1 -  15~19
20~24 3 049 248 162 45 36 662 1 393 - 3 3 -  20~24
25~29 3 641 368 270 83 41 596 1 633 - 11 10 3  25~29
30~34 5 410 889 501 256 66 642 2 047 - 10 97 4  30~34
35~39 7 679 1 688 815 501 106 753 2 350 - 32 196 6  35~39
40~44 10 064 2 723 1 216 864 126 768 2 267 - 33 406 5  40~44
45~49 14 966 5 027 1 745 1 455 207 933 2 509 - 75 751 15  45~49
50~54 24 562 10 164 2 861 2 249 431 1 174 2 775 - 153 1 084 36  50~54
55~59 49 777 22 977 5 869 4 135 1 128 2 114 3 816 - 387 1 803 98  55~59
60~64 58 505 28 237 7 120 4 959 1 717 2 171 2 895 7 514 1 795 251  60~64
65~69 80 094 37 633 10 080 7 003 3 363 2 847 2 459 69 915 2 087 530  65~69
70~74 116 667 50 714 15 582 11 434 6 932 3 919 2 121 187 1 663 2 301 1 324  70~74
75~79 159 772 59 284 23 195 17 845 13 785 5 179 1 546 744 2 828 2 083 2 767  75~79
80~84 188 314 54 173 31 144 23 887 21 863 5 792 1 177 2 731 4 328 1 713 4 025  80~84
85~89 173 407 36 486 32 805 24 000 24 946 4 661 745 5 913 4 800 1 082 3 184  85~89
90~94 134 751 19 354 27 354 18 959 22 590 3 266 348 10 215 4 032 563 1 914  90~94
95~99 58 983 5 406 12 270 7 959 10 533 1 146 73 8 097 1 565 178 637  95~99
100歳以上 11 678 608 2 232 1 331 2 101 184 7 2 771 266 20 102 100歳以上

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii07/deth2.htm

 厚生労働省のHP

その年齢層の人数がわからないから、

これだけでこの年齢で〇〇になる人が他の年齢層よりも多い少ないとはいえないが、

参考にはなる。


冷水摩擦の効用

2011-11-01 21:20:36 | 健康 怪我 ダイエット 老後 など

http://kyasuhara.blog14.fc2.com/blog-entry-22.html

半世紀も昔の敗戦直後のこと、私が中学3年生だったころ、母に心配顔でこう言われた記憶がある。「頼むからそんなに勉強しないで欲しい」と。
これだけで話が終わったのでは誤解されるので、背景説明が必要である。高校受験に備えて多分夜遅くまで勉強していたこともあったのだろう。母が心配したのは、実は私の健康であった。

どういうわけか小、中学生のころ、病弱であった。冬にはきまって風邪を引き、それがもとで1か月以上学校を休むことも珍しくなかった。今でいう寝たきりの状態を何度も経験した。当時は自宅療養が普通で、両親がわが枕元で涙に暮れていたことを覚えている。「息子の寿命もこれまでか」と観念していたのかもしれない。

さてどうするか。高校に進学した4月、とにかく身体を鍛えなければならないとぼんやり考えていた。ある日、父が「冷水摩擦をやってみないか」とつぶやいた。「なるほど」と感じ入ったかどうかは記憶にないが、その日から直ちに実行したことは覚えている。

早朝、タオルを水に濡らして、よくしぼって、ピンク色に染まるくらいに全身を摩擦する。昔の田舎のことだから、井戸は戸外にあった。真冬の雪の降る中でも風さえ吹かなければ、苦にはならなかったが、寒風は肌を突き刺してきた。
それでも一日も休まず、励行した。高校3年間、ウソのように風邪も引かず、病魔が私から逃げ去った。別人のような自分を感じもした。

それから半世紀以上、冷水摩擦は洗顔と同じような感覚の日課となっている。お陰でわが体質の構造改革ができたように思っている。これはやはり冷水摩擦の効用と感謝せずにはいられない。
重要なことは継続する意志であろう。病気になったら病院へ駆け込めばいいという考えの人が案外多いが、病院のお世話にならずに済むのが望ましいことはいうまでもない。
必要なのは「医師」よりも「意志」である。薄手のタオル一本(「もったいない」の精神ですり切れるまで使いこなせば、半年はもつ)と継続する意志さえあれば、それで十分足りる。カネもかからない。

大学の経済学講義の中の「低負担型高齢社会の設計」というテーマでわが体験を踏まえて学生たちに冷水摩擦のすすめを説いたが、本気で関心を示す者はいなかった。
どうも最近の若者には自らを鍛え、いかに健康を保持するか、という感覚が乏しいのではないだろうか。社会全体として食のあり方、暮らし方も含めて健康づくり、病気予防をもっともっと重視する必要がある。これこそが真の構造改革で、これに取り組まなければ、「高負担型高齢社会」は避けられないだろうという想いがある。

今にして思えば、母の思いやり、 父のひと言がきっかけで私自身の毎日の生き方に変化が生じた。そして現在ただ今の私がここにある。父母の愛情、親の恩(この恩という言葉も最近は使わなくなった)とは、何気ない言葉、行為の積み重ねではないかと来し方をしみじみ想う。