風の宝石箱

日々想うことを感じたまま 大切にしまっておきたい

目の高さと私の心境

2008年09月30日 | ひとりごと
診察の時、触診する以外はF先生は椅子に座って話をする。
だからあまり気にすることがなかった。

今、車椅子で病院内を移動するようになって気づいた。
車椅子は必ず看護師さんが押してくれる。私は両手を膝の上に置いて前を見ているだけだ。

私の目の入るものは、私の目の高さから下方向だ。

同じように車椅子に座っているひと、たまたましゃがみこんでいる人。または子供だ。他には床とか壁とか・・・歩いている人の靴や持っている荷物。
自分より高い位置にあるものを見上げて見ようとは思わない。

首が痛いとか疲れるとかではなくって、普段からそうだったように思う。

廊下を移動中、すれ違う人達をうっとうしく思う。
私の視線を胴体で遮るからだ。
エレベーターの中で私以外全員立っている人ばかりだとすごく嫌だ。
私だけ別世界に居る感じがする。
私の目に映る立っている人は皆顔がない。まるで異星人だ。

立ち止まって看護師さんが他の人と話しをしだすと、私はその場で取り残されたような感じを受ける。
業務上の話なんだから私には関係ないといえばそうだが、私の視線の届かない頭の上から声だけが聞こえてくる。なんて妙な感覚だろうと思う。

たとえば、家族や友達がまわりに居て、楽しい話題で話が弾んでいたとしても、みんなが立っていて私だけ車椅子に座っていたとしたなら、やはり寂しいと感じるだろう。

車椅子が自分の背の高さだったらどうだろう?
普段の生活の目の高さと変わらなければ、これほどの違和感はないかもしれない。

この病院に来て受付で待たされている時、声をかけてきてくれた看護師さんがいた。
そばによって来てしゃがみこんで、
「この病院には専門医がいらっしゃるから、診ていただきましょうね。」
と言って、その看護師さんは自分の持ち場へ行ってしまった。

大事なことを伝えようとするのなら、相手の目と同じ高さで話しかけるのが良い。
私はあの看護師さんから「安心して」と言われたのだ。





 







M校長先生が教えてくれたこと

2008年09月18日 | ひとりごと
小学生の時の校長先生を思い出した。
当時のM校長先生は、恰幅が良く貫禄のある子供心にも威厳を感じるオジサンだった。
ひょっこり授業中の教室に現れることもしばしば。
私たちが体育の授業でグランドにいたときのことだった。
M校長先生は背広にネクタイ革靴姿で現れた。
少し、授業が中断になりM校長先生は話し出した、そしていきなり私たちの目の前で前屈を始めた。
大きなお腹が邪魔をして膝の少し下までしか手が届かない。
何度も何度も繰り返していたら、とうとう地面にM校長先生の指先が着いた。
その時のM校長先生の顔は真っ赤になって汗が流れていた。

「努力すること」

を身をもって教えてくれた。

子供にとって、大人は特に学校の先生は何でも知ってる出来る存在だった。
でも、大人だって出来ないことはある。
前屈なんて子供なら誰だって簡単にできたのに、もちろん担任の先生も出来た。

でも、その簡単だと思っていた前屈が出来ない事をM校長先生はわざわざやって見せた。

良い事はとてもよく誉めてくれた、廊下でも気さくに話し掛けてくれた。
悪いことをした時には、すごく怒られた。
M校長先生は子供が大好きだったんだな と今とても懐かしく思う。

今日、リハビリ室で「真っ赤になったM校長先生の顔」を思い出した。
私だって頑張れる。


2008年09月10日 | ひとりごと
入院して2ヶ月が経った7月の半ばの頃だった。

診察の時 「誰でも痛いんです。」と言われた。

その言いようが、普段とは全然違っていた。その日のF先生は、まるで別人のような診察の仕方だった。
ほとんど患者である私の顔をみようともしない、カルテや写真をペラペラ捲ってみていた。

医師の心の内なんて、患者の私に分かるはずもない。

私は主治医のご機嫌をとるつもりはまったく無い。
だからといって、「今日はずい分態度が悪いですね」などと言うこともしない。
いつもどおり「ありがとうございました」とだけ言った。

F先生が病室を出たあと、いったい何が気に入らないんだ!ろくに指導もしていかないで!と思ったが、
「・・・こんな日もある」と、思い直した。

F先生の態度が「変」だったのは、ソノ日だけだ。



相変わらず私はF先生に、

「電気が走るような、ビリッとする」とか
「力いっぱい押されているような」とか
「ピンッとピアノ線が張っているような」とか
「熱いしこりがあるみたいな」とか

そんな表現で「痛い」と訴えている。

処方されている鎮痛剤は私が期待するほどの効き目は無い。

副作用を考えたら、こんなに効き目が弱いなら痛み止めなど飲まないで我慢しようと、何度も思ったし、F先生にも痛み止めは要りませんと言ったこともある。
が、そのたびに、「強い薬を出しましょう」「軽い薬に変えましょう」と言われ処方された鎮痛剤はこの4ヶ月で4種類になる。

薬があっても、飲まなきゃいい。
だけど、ベッドの横に常に1日3回 毎食後30分以内に服用と書かれた内服薬の袋が置いてある。ついついそれに手を出してしまう。

普段から、風邪薬だって飲まない私が、これほど薬漬けになるとは思いもしなかった。

先日「そろそろ薬は止めましょう、副作用もある 身体にも悪い」と、F先生から言われた。
「それに、いくら薬を飲んでも薬では治りません。」

そう言われた時、私が薬を止めることに決めた瞬間だ。

事故当初の痛みと言ったら、もの凄いものだった。
それを耐えてきたことを思えば、今の痛みなんてどうって事無い!

でも、何故だろう?
F先生は、1週間分の「処方箋」を書いた。

内服薬の入った新しい袋を看護師さんが持ってきてくれた。

要らないと言ったのになぁ~・・・
後になって欲しいと言われるのも面倒なんだろうなぁ。と勝手に思った。

薬は止めると決めた日から6日目の今日の夕方。

  鎮痛剤を1錠飲んだ。