特殊相対論、ホーキング放射、ダークマター、ブラックホールなど

・時間について特殊相対論からの考察
・プランクスケールの原始ブラックホールがダークマターの正体であるという主張
 

地球は基準慣性系なのか?

2022-09-17 01:55:57 | 日記

1、さて特殊相対論のシンプルなまとめなら

特殊相対論の要点―相対論的力学を中心として― :http://www.mns.kyutech.ac.jp/~okamoto/education/physicsIIB/relativisticsummary031112a.pdf :と別のページで示しておきました。

それでそこには最初にこう書いてあります。

『1.二つの原理
光速度一定の原理:ふたつの慣性座標系においては(真空中の)光速は等しい。
特殊相対性原理:ふたつの慣性座標系においては、物理法則は同形である。』

さて多くの物理屋さんたちはこの 光速度一定の原理と特殊相対性原理 を以下のように解釈している様です。

A,絶対静止系はない したがって

B、全ての慣性系は同等である したがって

C、双子のパラドックス(加速度運動なし)はそのまま認める(つまり、相対速度をもった二つの慣性系はお互いが相手の時計を見た時には、相手の時計が遅れている事を確認するが、そこに矛盾はない、と。)

D,しかしながら、ミュー粒子は静止系である地球に対して運動しているので、その寿命は延びる。つまり「ミュー粒子の慣性系の時間は遅れる」と。そうして、そう解釈しても何もそこには問題はない、と。

E,しかしながらD,の解釈は暗黙のうちに「地球は静止系である」=「地球は特別な慣性系である」と認めているのと同じ事である。



上記のA~Dまでの認識がこの業界の一般的な認識である様です。

しかしながら当方に言わせれば「その立場はE,である事を認めているのと同じ」という事になります。



さてそれで前のページにおいて「特殊相対論においては時間の遅れ合成則(あるいはローレンツ因子の合成則)が成立している」という事を示しました。

それでこの「時間の遅れ合成則」によれば、「Dを認める」という事は「地球はO君の位置にある」と認める事とイコールである事になります。

そうしてボブ君(ミュー粒子)の時計を見て「お前の時計は遅れている」としているのでした。



さあこの認識は合っているのでしょうか?

本当に地球はO君の位置にあるのでしょうか?

そうして「なぜ地球はアリスの位置にあるのではない」と言い切れるのでしょうか??



そこで特殊相対論は言うのです。

「その事はボブの時計を測定してみればわかる」と。

ボブの時計の遅れが「0.43589・・」であれば「地球はO君の位置にあります。」

しかしながら

ボブの時計の遅れが「0.934051・・」であれば「地球はO君の位置にある」のではなく「地球はアリスの位置にある」という事になります。

そうしてそれは「ボブ君の時計(あるいはミュー粒子の寿命)を測定すればわかる事」なのであります。



しかしながら上記の数値の例は「アリスが0.8Cで基準慣性系に対して運動している場合」に相当します。

そうして当方の見る所「地球は基準慣性系に対して毎秒、最大で600kmで運動している」にすぎません。

そうであれば「ボブ君の時計(あるいはミュー粒子の寿命)の測定を行う必要精度と言うものは相当に厳しいものになるであろう」というのが「当方の主張する所」となります。


2、相対速度の対称性と時間の遅れの非対称性

相対速度というものは2つの慣性系の間で測定され、定義できるものである。

そうしてそれは「どちらの慣性系が測定しても同じ値になる。」

しかしながら「時間の遅れ」については相対速度に見られたような対称性はない。

大抵は「どちらか一方の時計が遅れている」と言うのが事実として観測されるのである。

その事は「宇宙から降り注ぐミュー粒子の寿命測定」が示している事である。



特殊相対論が「2つの慣性系」として「地球とミュー粒子」を見た時に、その立場は同等であるはずなのだが、何故かいつも「ミュー粒子の時計が遅れて観測される。」

これはつまり「相対論に言わせれば」「何かに対してミュー粒子は運動している」、一方で「地球はそれに対して止まっている」という事になる。

そうして今の所この「何か」については「不明なのである」。



しかしながら特殊相対論は地球とミュー粒子とを区別しない。

区別できないのである。

そうであれば「地球からみればミュー粒子の時計は遅れている」と回答し、そうしてまた「ミュー粒子からみれば地球の時計は遅れている」と回答するのである。

しかしながら「現実のこの宇宙では、いつもミュー粒子の時計が遅れていると観測される」のである。



さてこの状況は代数方程式の実根と虚根の関係に似ている。

方程式の解としてはなるほど実根も虚根もその方程式を成立させはするが、数値としてのリアリティーがあるのは実根だけである。

人間にとっては実根だけがリアリティーがあるのである。

しかし方程式はそれを区別しない。

それを区別するのは現実の宇宙の中で生活している人間である。



同様にして、特殊相対論は「双子のパラドックス(加速度なし)」では、「お互いが相手の時計を遅れていると観測する」と回答する。

しかしながら現実の宇宙では「お互いが相手の時計を遅れていると観測する」という事象は起こりえないのである。

起こっている事象は「いつもミュー粒子の時計が遅れていると観測される」というものである。

 

PS:相対論の事など 記事一覧

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