さてようやく舞台の説明が終わったようです。
で問題のωaの測定の話に入れるというものです。
「ミューオンg − 2/EDM実験」: https://www.jahep.org/hepnews/2012/12-3-5-g-2-Mibe.pdf :より以下、引用です。
『静電磁場中でのミューオンとスピンの運動について考える。一様磁場中では,ミューオンは円運動(サイクロトロン運動)する。ミューオンのスピンはミューオンの運動量に追随するように同様に磁場中で回転する。
g 因子が正確に 2 であれば,磁場に対するスピンの回転周波数はサイクロトロン運動の周波数と完全に一致する。しかし実際には g は 2 より大きいため,スピンは運動量に対してわずかに早く回転する。
この運動量に対するスピンの回転は,g 因子の 2 からの「ズレ」によって生じていて,異常歳差運動と呼ぶ。異常歳差運動の角速度 ωa は aµ,磁場 (B" ),電場 (E" ) および速度ベクトル β",ローレンツ γ 因子を用いて,以下のように表すことができる。』
ωa = − e/mµ[aµ*B" −(aµ − 1/(γ^2 − 1))*( β" × E")/c] ・・・(1)式 (注1)
ここでmµはミュー粒子の質量、eは素電荷
『第 1 項は磁場による回転(注:サイクロトロン運動),第 2 項は相対論的に運動しているミューオンが実験室系の電場を見たときに感じる有効磁場による回転である。
前述のように, aµ ∼ α/(2π) ∼ 0.00116 であるので(注:最低次近似),γ が γ = 29.4 である時は第 2 項が無視できるようになり,以下の単純な式になる。』
ωa = − e/mµ[aµ*B"] ・・・(2)式 (注2)
『つまり,"ωa と B" を精度よく測定すれば,aµ を決めることができる。このときのミューオンの運動量(p=3.094 GeV/c) はマジック運動量と呼ばれている。
BNL の実験ではマジック運動量のミューオンビームを用いて g − 2 の測定を行った。
このときミューオンビームは,パイオンの崩壊で生成されるものを直接用いたので,非常にエミッタンスが大きいビームであった。一方,測定のためにはミューオンを蓄積しておく必要があり,このために収束電場が用いられた。BNL の実験がマジック運動量で測定した理由は,この収束電場により,測定が(1)式 第 2 項の影響を受けないようにするためであった。』
さてそれで
『前述のように, aµ ∼ α/(2π) ∼ 0.00116 であるので(注:最低次近似の場合),γ が γ = 29.4 である時は第 2 項が無視できるようになり,以下の単純な式になる。』の部分、確認しておきましょう。
前出資料「9-6」によれば
『aμ(SM:標準模型)=116 591 810(43)×10^−11.
aμ(exp:実験)=116 592 089(63)×10^−11,』
つまり
aµ≒0.00116592・・・
までは「四捨五入」で同じといえます。
そうして(1)式より
(aµ − 1/(γ^2 − 1))の部分をγを調整する事で「ゼロにする」というのが「マジック運動量=マジックγの役目」です。
さてそうであれば
0.00116592=1/(γ^2 − 1)
を解けばよい、で
0.00116592=1/(x^2 − 1) としてウルフラムを呼びます。
https://ja.wolframalpha.com/input?i=0.00116592%EF%BC%9D1%2F%28x%5E2+%E2%88%92+1%29
答えは
29.3034
上記レポート中の29.4とは少し違っていて29.3の方が近い様です。
で29.4にしろ29.3にしろいずれにせよ「ミュー粒子がストレージリング内を一定の速度βで回っていてその時のγが29.3になる様にしている」とレポートは主張しているのです。(注3)
そうであれば(1)式の第2項はゼロにできている。
つまりは「静電四重極を使ってミュー粒子が上下方向にばらけないようにしている」「そのために電場Eを加えている」のだが「マジック運動量を使う事でその電場がミュー粒子のスピン歳差運動に影響を与えるのを防いでいる」と主張しているのです。
もちろん「静電四重極がない場所」=「円周のほぼ50%程度」においては「電場はかかっていない」のですから(1)式は自動的に(2)式になるのです。
なんとなれば( β" × E")/cの項がE"=0によってゼロになるので
(aµ − 1/(γ^2 − 1))*( β" × E")/c)=(aµ − 1/(γ^2 − 1))*( β" × 0)/c)
=0
従って(1)式は自動的に(2)式になるのです。
しかしながら「静電四重極がある場所」=「円周のほぼ50%程度」においては「電場はかかっている」のですから(1)式の第2項はそのままではE"≠0で生きている。
従って(aµ − 1/(γ^2 − 1))の部分でゼロにする必要があったのです。
そのようにできればストレージリング全周に於いて(1)式は(2)式になるのです。(・・・とレポートは、あるいはセルンのベルさんは主張しているのです。)
さてそれでγ=29.3034の時のβ:粒子の速度はどのくらいでしょうか?
sqrt(1-x^2)=1/29.3034
ウルフラムを呼んで
https://ja.wolframalpha.com/input?i=sqrt%281-x%5E2%29%3D1%2F29.3034
答えは(数直線上のドットにカーソルをあてて読み取ると)
0.999418
まあほぼ光速ですね。
さてそのようにして測定したωaの値ですがフェルミ研のレポートによれば次のようになっています。
「Measurement of the anomalous precession frequency of the muon in the Fermilab Muon g − 2 Experiment」: https://journals.aps.org/prd/pdf/10.1103/PhysRevD.103.072002 :
27P:TABLE VIII. Frequencies and periods which characterize the g − 2 storage ring が最後のまとめの様になっていますが桁数が3ケタです。
でそのまえの26P:TABLE VII. The combination result for each dataset when using a staged approach. が有効数字6桁はありそうな感じです。
そこに4つのωaの数値が載っていますがとりあえず平均を出します。
229 081.122
27P:TABLE VIII.をみますとωaの周波数は0.229MHz
従って平均値は
0.229 081 122MHz という事になります。
そうしてTABLE VIII.によればその数値は
e/(2πm)*aμ*B
従って
aμ=0.229 081 122MHz/(e*B)*(2πm)
でMKS単位系で
e= 1.602176634×10^-19 [クーロン]
m=ミュー粒子の質量=1.883531594×10^−28 [Kg]
B=1.45T
従って
aμ=0.229 081 122×10^6/(e*B)*(2πm)
=0.001166980
前出の実験値が
aμ(exp:実験)=116 592 089(63)×10^−11
でしたので「上記の大筋の計算は間違ってはいない」という事になります。(注3)
以上の様にして一応セルン~BNL~フェルミ研で行われてきた実験の状況が理解できました。
そうしてこうやって実験で求めたaμ(exp:実験)の値とaμ(SM:標準模型)の値の間のギャップが5σに到達するほどある、と言うのが現在の状況となります。
注1:この式は前述のセルンのベルさんが「ミュー粒子の実験をどのようにセルンで行うのか」を考えた時につかった式=Thomas-BMT 方程式から必要な項目だけを抜き出したものになっています。
Thomas-BMT 方程式については「Foundation of Electron Accelerator」: https://accel.hiroshima-u.ac.jp/files/2022/Lecture/2019TextBook.pdf :のP42に説明が載っています。(ちなみに日本語の文献です。)
それからThomas-BMT 方程式を英語表示すると
Thomas-Bargmann-Michel-Telegdi Equation
となります。
ちなみにこのThomas-BMT 方程式の正しい使い方の例としてはたとえば
「スピン偏極電子」: https://archive.md/XNGve :というものがあります。ご参考までに。
注2:従ってaµは
aµ=ωa*(-mµ/(e*B"))
でサイクロトロン周波数ωcは
ωc=-(e*B")/mµ
だから
aµ=ωa/ωc
はい、一見定義の通りになりました。この件修正は後程。
注3:測定されたωaの数値をどのように決めたか、という事になります。
つまりは「実際は単なる平均を使ったのではない」という事になります。
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