『らーめん放浪記』 麺２本目

『らーめん放浪記』

＜１－（１）・沖縄＞



２００８年１月。
沖縄県那覇市。
そこに米兵が群がる１軒の屋台があった。

ここ最近現れ
那覇市内にある『ソーキそば屋』の客達を
たった１軒のそれが根こそぎ掻っ攫っていった。

行列の出来る『らーめん屋』

本土ではよくある光景だが
ここ沖縄ではなかなかお目にかかれたものではない。
沖縄に、らーめんの屋台？
とんこつ、らーめんの屋台？
自慢じゃないが『こいつ』が来るまではうちが

行列の出来る『ソーキそば屋』
だったのに！

どうも納得がいかないと、さっきから腕組みをして
のれんの隙間から向かいの屋台を睨み付けているのが
元祖沖縄そばの店『ソーキそば屋・ガジュマル』店主『比嘉ウシ男』（４２）だ。
屋台『黒猫』は『那覇桜まつり』開催と同時期にやって来た。

ここ沖縄では１月から２月、本土ではまだバリバリ真冬の寒い時期に
梅の花のような濃い色の緋寒桜が
日本一早い開花を始める。
沖縄の桜前線は、北上する本土のそれとは異なり
何故だか北部の本部町からどんどん南下していくのだ。
毎年この時期になると
お祭り男な『ウシ男』の血が騒ぐのだが、
今年は別な意味で『ウシ男』の血が沸きあがっていた。

どうも納得がいかない。

別段、客をごっそり取られ嫉妬している訳ではないのだが。
「チッ！」
舌打ち１つ。
とんこつらーめん？
「チッ！チッ！」
舌打ち２つ。
あれの味が…豚骨？
「チッ！チッ！チッ！」
３つの舌打ちを打ったところで！

♪にゃにゃにゃ～にゃにゃ
にゃにゃにゃにゃにゃにゃ～～～♪

「うぎょっ！？」
足元に１匹の猫が
まるで舌打ちの音色に引き寄せられて来ましたよ顔で
下から『ウシ男』の顔を見上げている。
「チッ！猫か…驚かせやがってさ～…」

♪にゃにゃにゃ～にゃにゃ
にゃにゃにゃにゃにゃにゃ～～～♪

「うるせ～さ～！くそ猫！
目障り！耳障りさ～！
あっちへ行けさ～！」
“カッカッ”と地面を雪駄で蹴りつけて
シーサー顔で猫を威嚇し追っ払うも
一方の猫の方は特に驚く素振りも見せず
「ニャチッ！」
と猫舌打ち１つして
ゆっくり『ウシ男』から離れて行った。
去り際、猫がニンマリわらったような気がして
「チッ！」
なんとも気味悪く感じながらも店内に戻る。

「納得いかんさ～」
客席の丸椅子に腰をおろしカウンターに肘をつき
「納得いかん、いかん、いかんさ～」
ＢＯＸティッシュからティッシュを２枚引き出して
「いかん…いかん…」
伸びかけの髭を指でつまんで
「いか…んっ！…いか…んっ！…」
の「んっ！」で引き抜いてはティッシュに並べる。
イラついている時の『ウシ男』の癖だ。
抜いても抜いても生えてくるからこの癖は
きっと死ぬまで続くだろうと家族や友人達にいつも皮肉られている。
「また毛抜き？
とっちゃん何イラついてんのさ～」
と、カフェエプロンで手をふきふきしながらの娘『ベ子』。
「『あいつ』が来てすぐ敵陣視察に行ったさ～？」
「うん。
ちきしょうめっ！
行列の出来る『とんこつらーめん』ってやらを
どんだけ美味いんか食ってやろうじゃね～かさ～！
ついでにうちを捨てたクソ常連客達の頭も食ってやるさ～！
ガルルルって
凄い形相でとっちゃん飛び出して行ったもんさ～」
「とっちゃん並んださ～。
ドラクエ発売当時を思い出すくらい並んださ～」
“ぷちっぷちっ”
髭を抜いてはティッシュに並べ
「やっとのれんをくぐり
カウンターについたんだけど…もっ！…さ～！」
“ぷちっ”
卓球の『福原愛』さながらのオーバーフォームからの毛抜きの
『さ～！』で
並べる。
「……」
「猫なんだよ」
「は？」
「店主が…猫なん…さ～！」
福原愛！
決まって髭並べ。
「ね～こぉぉぉ！？？？」
「正確に言うと猫顔なんだけどさ～」
「なんじゃそれ！」
「ま、別にそこはどーでも良いんだけどさ～」
「良いのかよ！
とっちゃんそこもっと食いつけよ！」
「スープの味さ～」
「味？食ったのかよ！
どうだった！？
どうだったんだよ、とっちゃん！」
「あれ、『豚骨』じゃね～さ～」

“ぷちっ！”

「え？」
「あのスープ…『豚骨』の味じゃね～さ～」
「んな訳ないさ～。
だって看板に『とんこつ』ってでかでかと書いてあるし
のれんにだって」
「いや。
あれは『豚骨』じゃないさ～。
とっちゃん昔食った事あるからわかるんさ～」
「じゃ何さ～」
「あれは…“さーーーっ！！”」

“ぷちっ”
抜いて
“しゅぱっ”
手を振り上げ
“ぴたっ！”
『ウシ男』は格好つけたポーズで
ティッシュに抜いた髭を付け置いた。

「何だっけ？」

「アホか！！！！！
アホか！アホか！
ボケてないでほら、とっちゃん！
仕込み、仕込みさ～！」
「ん～…何だったっけな～？」

腰巻をして帽子をかぶり
格好良く決めるつもりだった煮え切らない『ウシ男』は
ズンドウでラフテーを煮込むのだった。

さて
カウンターの上に残されたティッシュには
並べられた『ウシ男』の髭が
『ウルトラＱ』のオープニングの様にうねうねと
何やら奇怪な文字を形づくっていた





『人骨』




♪パララ～ララ
パラララララ～～～♪

めけめけ～。

『らーめん放浪記』つづく。

写真。ふぉふぉふぉ。
ワシも見ているぞ。