家具の学校

『家具の学校』から始まったモノづくり
現在は、ダニエル元町本店にてワークショップ体験をご案内

張りの講師 吉田 瀬田さんのレポート

2012年03月10日 | Weblog
張りの先生に聞きました
吉田 昌義さん

・先生がこの道に入られたきっかけは何ですか?
 「昔、桐生が帯の産地だったでしょ、僕は、そのデザインをやりたかったな。興味がそっちの方向だったから、4年間小僧さんになって下積みを。入った時はひとつき500円の給料、その当時ラーメンが30円だったかな、昭和30年頃ね。会社の寮に皆住まいして、出してもらったご飯を食べて。だから、僕は未だにコロッケが嫌いなんですよ、飽きちゃった(笑)。それから2年間お礼奉公があるんですよ、職人になっても直ぐには辞められない仕組み」

・ダニエルにいらっしゃったのは、その後ですか?
「僕は東京で仕事を覚えてやっていたんですが、ダニエルは昔は湘南木工と言ったんです。湘南木工は、大阪音響とビクターのキャビネットとかテレビやステレオのごっつい枠を作る工場だったんです。初めて既成の家具を作り始めるということで僕が東京からここに呼ばれたんです」

・おいくつ頃?
「僕が24,5。横浜へ来て島崎先生にお会いして、島崎先生の手伝いをして始めたのがきっかけなんですよ」

・先生は7年間生徒を見ていらっしゃるのですが、変化はありますか?
「最初は定年後の方が多かった。2期、3期くらいから若い人が入ってきましたね。これで身を立てたいという人も出てきて」

・先生から見ると、ハンマー1回打てば、適性が分かっちゃうんでしょうね。
「分かります。だから僕が見て大丈夫と判断して、かつ、自分がやりたいということであれば社長に相談して。うちは二人いるんですよ。中級のアシスタントをしているのが1期生。今村君は2期生ね」

・年齢構成の変化をお聞きしましたが、次は椅子に張る生地の変化を。7年経つと、時代で変化してきていますか?
「時代というより、景気の影響」

・景気?じゃあ、バブル期は・・・。
「バブル期は皮が圧倒的に多かった。値段が高い皮でもいいと、みんな皮を選んでましたよ」

・最近は景気も悪いし、先行きどうなるか分からない状況ですね・・・。
「だから、うちがお勧めする布が圧倒的に多くなってきた。その時の景気の動向で違ってきますね」

・7年の経験で生徒との接し方というか、私は、さっき見たばかりの模範実技の順番すら覚えていられない。そんな生徒がいると、先生たちにもストレスが・・・。
「ある程度のところで目をつぶってOKを出さないと、本人も参っちゃうし、辛くなってくるでしょ。長年の経験で、今はこの程度で良しとして、次の工程でやらせようと。そうしないと、どうしても行き詰ってしまうんですよ」

・プロだからこその見極めということですね。
「完全な商品を作っている訳じゃないからね。自分のものだから自分が満足すればいいのだから、他人に売るわけじゃないのだから。でも、肝心な部分は見落としませんよ」

・やっぱり、それは7年の経験だからこそですね。
「そう、その積み重ねで感覚が分かってくる。だから、私は初年度を受け持つ」

・技術だけではなく、先生たちが作ってくれる雰囲気の中に私たちはいるのですね。実は、私、ヘタッピで最初の頃、来るのが辛くなって、夢まで見ました。
「あんまり追いつめちゃうとそうなってしまうから、ある程度のところは目をつぶらないと」

・吉田先生のお話で、先生達におんぶに抱っこしていることを再確認しました。
「おんぶに抱っこは構わないんです。それが仕事だから。いつもやっていることなんだから。それより、授業に出てきてもらえないのが一番困るね。あとは、何も聞かずに、勝手に自分でどんどん進む人もちょっと。今年はそういう人はいませんよ」

・最後に7期生にお言葉を
「皆さん、粒が揃っているという印象ですね。平均して淡々と進んでいる印象です、今年は。こういうものは体で覚えるもので、頭で覚えるものじゃない。必ず、反復ですよ。スポーツ選手と同じ。週に一度では忘れてしまう。反復練習をしていれば身に付いてくるものです」

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