鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第56話・後編


目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ


5.イアラの世界、エレオノーアの歌


 
「笑える……。《あれ》は、本当に神様じゃないかしら。だって、こんな醜い世界を《再起動(リセット)》して、最初からきれいにやり直させようとしているのだから。《御使い》も、そんな神の意志を実現しようとする天使かもしれない。アハハハ、そうだよ、そうに違いないもん!」
 灯りの消えた部屋に座り込んだまま、イアラは甲高い声で笑い出し、この世界と人間に対しておよそ思いつく限りの怒りと憎しみの言葉をぶつけ始めた。やがて声は枯れ、彼女は涙を垂れ流しながら、力なく床に両手をついた。苦しげに胸を抑え、肩で息をしているイアラに対し、アムニスは、その身を実体化して彼女を支える。
 イアラの呼吸が整ってきたのを見計らい、アムニスは彼女と意識を共有する。他のパラディーヴァと同様、現在、アムニスもアマリアと《通廊》でつながっており、支配結界《地母神の宴の園》の中で何が起こっているのかを、アマリアを通じて手に取るように把握することができる。そしてアムニスを介し、マスターのイアラも、御使いの竜と戦う御子たちの姿を心に鮮明に浮かべることができた。
 幾重にもうねりながら宙空を埋め尽くす長大な尾と胴、輝く六対の翼を広げた四つ首の巨竜。言葉で語られ得る限りで最も遠い、どんな古の時代よりも、さらに久遠の彼方に霞む開闢のときから、この世界の背後に存在するもの――万象の管理者《時の司》、すなわち《始まりの四頭竜》。それを絵に描いた程度のものでしかない虚ろな似姿ですら、御子たちをこうして圧倒し、人の子がどれだけちっぽけな存在にすぎないのかを如実に知らしめている。
 四頭竜の姿は、目に見える形を取った絶望そのものであった。イアラは何か言おうとしたようだったが、言葉を呑み込んで、ただ口を開いたにすぎない。そのまま呆然と唇を緩めたままの彼女。人知を超えた御使いの印象は、イアラの麻痺した心さえも揺るがすものであった。内心の微かな畏怖の感情が大きく膨らみ、彼女の表情にもありありと現れ出るほどに。
 
「どうだ、怖いだろう?」
 日頃は気取った表現も多いアムニスが、率直に、ごく簡潔にイアラに問うた。
「彼らも、とても怖いに違いない。それでも戦っている。なぜ、何のためにだと思う?」
 答えがすぐには浮かばなかったのか、それとも答える気が無いのか、黙ったままのイアラに対し、アムニスが先程よりも言葉に熱を込めて告げる。
「御子が御使いたちと戦い続ければ、《今回の世界》が守られるから? その分だけ滅びの日が来るのは後になり、《人の子》たちは、より長く生き延びられる? だが、そういったことは《結果論》だ。彼らが戦う本当の理由はそこにはない」
 こうしている間にも、四つ首の神竜の魔力に押されながら、それでも《天使の詠歌(エンゲルス・リート)》の効果を必死に封じ込めている少年と少女。彼らを支える御子とパラディーヴァたち。その無謀にすらみえる戦いの光景を、イアラは突き付けられている。彼女の空っぽの胸に、アムニスの言葉が反響した。
「彼らも君と同じ、《予め歪められた生》の呪いを背負って生まれてきた。だから御子たちはそれぞれ、この世界に対して違和感、あるいは嫌悪の情すら覚えていたり、人間の中で孤独や疎外感に苛まれていたりする。たとえば彼のように」
 アムニスに促され、イアラがみたのは、以前にも目にしたことのある少年の姿だった。眼鏡をかけた脆弱そうな銀髪の少年が、魔力の著しい消耗に体をふらつかせ、意識を失いそうになりながらも、《光と闇の天秤(ヴァーゲ・フォン・リヒト・ウント・ドゥンケルハイト)》の力で御使いの竜に立ち向かっている。
「彼の世界は《ここ》ではなかった。あのルキアンという少年が信じていたのは……いや、信じることができたのは《空想》の世界だけだった。自分の中の閉ざされた世界で、光から目を背け、じっと息をひそめていた」
 暗がりに満たされた部屋をアムニスは見渡した。ここがイアラの《世界》だ。もう何年もほとんど外に出ず、彼女は一日の大半をここで過ごしている。他には特に目立ったものもないこの場所に山と積まれた画材や、描きかけあるいはすでに完成した様々な絵を、アムニスは慣れた様子で眺めている。
「その狭くて、いびつな居場所の中だけで、彼は、自身の空想の翼を自由に広げることができた」
 アムニスの視界には、イアラが思いを形にした、あるいは情念をぶつけた絵が所せましと並んでいる。中には、自然の風景や季節の花を題材にした作品、滅多に開くことのない部屋の窓からみえる庭園を描いた作品も少々ある。
 だが多くは、一様に暗く、息苦しく、画布の中から狂気が外にまで滲み出してくるような、陰惨で不気味な絵ばかりであった。無数の剣や槍の突き刺された墓場と思われる場所で、真っ赤な夕日を背に首を吊る男。動物の死骸らしきものを手に下げ、表情の抜け落ちた顔で、異様に大きい口を開けている子ども。多数の手、鋭い爪を持った妖怪が、人影を引き裂き、つまんで呑み込み、飽食している姿。秩序のない色合いで乱雑に殴り重ねられた線の上、怨霊のような顔を持った女が叫ぶ姿。陰鬱な笑みを浮かべた三日月のもと、黒い衣をまとった死の天使たちが誰かを探している様子。
 こうして彼女が描き出したのは、悪夢の只中にいるような昏き夢の世界だ。
「だが、彼は時々、閉ざされた暗い世界から、恐る恐る外を覗き見たくなることがあった。あたたかいもの、きれいなものにも、ふれてみたいことがあった」
 言葉静かにアムニスが語る。自分でも知ってか知らずか、イアラは身じろぎもせずそれに耳を傾け始めた。
「けれども、そういうとき、異界から這い出てきた獣を相手にするかのように彼をさげすみ、踏みつけにする者は少なくなかった。慌てて彼は、元の暗闇に心を逃げ帰らせる。だが今度は、彼の存在自体を危機に陥れ、この世界の平穏そのものを乱す戦争がはじまった。それに巻き込まれ、泣きながらあがいていくうちに、彼は新しい世界を手にし始めた。本当に彼のことを思う者たちが、手を差し伸べてくれた。その絆を守るために、自分自身にとって大切なものを奪われないために、ルキアンは戦っているのだと思う」
 夜のとばりと、分厚いカーテンとによって重く閉ざされた窓の方へ歩みながら、アムニスが言った。
「彼は君に似ている。孤独な闇の世界に安住を求めながらも、漏れ伝わってくる微かな光に本当は憧れを感じ、それに心惹かれながらも歩み出せずにいた。だが、彼は歩き始めた」
 窓際に少したたずんだ後、青い長髪を揺らめかせ、おもむろに振り返ったアムニス。
「君も恐れずに手を伸ばせ、彼らとともに心を集わせよ、イアラ」
 何か答えようとして、イアラが口を空けたが、そこで彼女は再び黙ってしまった。無言で待つアムニスに、イアラが遠慮がちに話し始めた。
「それは……。だけど、こわい。できないよ……。もっと、私に信じる勇気があれば」
 アムニスがイアラに歩み寄り、少し強引に顔を覗き込むと、イアラは無意識に一歩退いた。後ろを探った彼女の手が壁に当たる。アムニスがさらに踏み込んで、イアラは壁際に追い込まれるようなかたちになる。どういう気持ちの表れかは分からないが、震えて、目を大きく開いたイアラ。アムニスは、パラディーヴァ独特の青い瞳を輝かせて言った。
「マスター。失った勇気は、向こうから帰ってくるものではない。自分自身で取り戻すものだ」
「うぅ……」
 呻き声のような言葉を小さく口にし、イアラはうつむく。
 だがそこで、アムニスとイアラの心の目に恐ろしい光景が映った。
「あのドラゴンが再びブレスを放とうとしている。敵の《天使の詠歌》を抑えるだけで精一杯である今、灼熱の炎に襲われたら、彼らには防ぐすべがない!」
 御使いの竜の四つの首、それぞれの口元から今にも暴発しそうに炎が漏れ出しているのを、アムニスとイアラは目の当たりにする。
「君が必要だ、イアラ!!」
 アムニスが彼女の名を叫んだ瞬間、二人の《視界》は閃光と爆炎に遮られ、次いで天空まで濛々と立ち昇る煙が見えた。
 
 ◇
 
 神竜のブレスは、御子たちを焼き尽くし、この世から一瞬で消滅させたかにみえた。だが、その火焔の嵐が過ぎ去った後、なおも踏み留まる御子たちの影が目に映った。
 彼らを守り、御使いの竜に立ちはだかった小さな勇者が、ふらふらと空中に漂う。
「火には火を、ってね……。どうよ、そう簡単には、やられてあげないから」
 苦しげにつぶやきつつも、やせ我慢して四頭竜に向かって中指を立てているフラメアが、力尽き、目を閉じて落下した。慌ててグレイルが抱き止める。腕の中に簡単に収まるフラメアの小柄な体。まるで大人に抱き上げられた子供のようだ。
「無茶しやがって! 《炎》のパラディーヴァが、焼け焦げちまってどうする」
「あたしの炎の攻撃は、あいつにはあまり効かない。だけどそれは、向こうも同じ……はずなんだけど、それでもかなり痛かった。舐めてたかな」
 竜が炎のブレスを吐いたのと同時に、飛び出したフラメアは、燃え盛る盾のような魔法壁を創り出し、相手の《火》の属性の力に同属性の力を正面からぶつけたのだった。フラメアが相当の傷を負いながらも無事であるのをグレイルは確信し、安堵の溜息をついた。彼は敬礼のポーズを取り、わざとらしく厳かな調子で告げる。
「さらばだ、炎のパラディーヴァ、フラメア。嗚呼、君の名は英雄として語り継がれるだろう」
「こ、このお馬鹿! 勝手に退場させるな」
 こんなときにも冗談を言い合っている二人の様子をみて、エレオノーアが悲壮な面持ちの中にも口元を緩めた。
「おにいさん。あの人たち、こんなに苦しい戦いの中でも、不敵に笑って決して諦めていないのです」
 揺れる銀髪の向こうに、意志の力を秘めた目を輝かせるエレオノーアの横顔。それを見ながらルキアンも応じる。
「そうだね。僕らも、まだ諦めるわけにはいかない。多分、また《天使の詠歌》が来る。僕らの《光と闇の天秤》の効果は消えちゃったけど。でも、何度だって……」
 地面に膝をついていたルキアンが再び立ち上がる。ふらつきながらも互いに支え合って立つエレオノーアが、彼の言葉に頷いた。
「はい、絶対負けないのです!」
 ルキアンを励まそうと、必要以上に気力を込めて言ったエレオノーア。だがルキアンは、上級の闇属性魔法を休みなく濫発しており、彼の心身は疲労の限界に近づいている。もし、アマリアの《豊穣の便り》の刻印によって魔力を分け与えられていなかったなら、とうに彼が倒れていてもおかしくない状況だった。
 ――おにいさんは魔力を使い過ぎています。御使いが《天使の詠歌》を次に発動させるとき、さっきと同じように《光と闇の天秤》で防ぐことは、もう無理なのです。
 さらにエレオノーアは、他の仲間たちの方を見回す。幸い、アマリアとフォリオムは見た目には今までと変わらない。だがフラメアは竜のブレスに正面から対抗して深手を負った。彼女に守られたにせよ、それでも《炎》属性と元々相性の悪い《風》属性のカリオスとテュフォンも、少なからぬダメージを受けているようだ。
 ――《光》属性の御使いに対して効果的に戦えるのは、おにいさんの《闇》属性の魔法。ここで、おにいさんを回復してもらうためには、アマリアさんがかなり上位の魔法を詠唱するための時間が必要。だから、その時間を稼ぐために、《天使の詠歌》を私が何としてでも防がないといけないです!
 エレオノーアは拳を固く握る。その目は、いつになく真剣で、彼女は何か重大な決意をしたらしい。
 ――ルチアさん。あなたから託された《歌い手》の力、わたしにも、もっと引き出せるでしょうか。やってみます。見ていてください。
 炎のブレスに続いて、やはり再び《光》属性の《天使の詠歌》を発動しようと、四頭竜が魔法力を集中し始める。思い通りに動くこともままならない仲間たちの傍を通り過ぎ、エレオノーアが御使いに向かって立ちはだかった。
 ――我とともに歌え、《言霊の封域》。
「わたしはルチア・ディラ・フラサルバスを継ぐ者、この身に宿るは《光と闇の歌い手》の力。わたしの歌は、人魚の歌姫(セイレーン)のごとく心をとらえ、泣き女の精(バンシー)のごとく敵を狂気に突き落とす。天の歌い手すら、わたしの声には心震わせ、我を忘れるだろう」
  《言霊の封域》によって《歌い手》としての能力強化を自身に掛けつつ、エレオノーアは、使い方を覚えたばかりの例の支援衛星《マゴス・ワン》にサポートを依頼する。この衛星は、本来はアルファ・アポリオンを核とする戦略システムの一部なのだが、それを彼女は早くも自身の手足のように扱っている。
 ――《マゴス・ワン》へ、エレオノーアより緊急通信なのです。《メルキア》さん、さきほど記録した《天使の詠歌》の音を分析して、それを最も効果的に打ち消すことのできる魔曲を生成してください。それでですね、曲調は、厳かな雰囲気がいいかな。前新陽暦時代のレマリア風?みたいに。粛々と勇士を讃える歌、という感じで。依頼はできるだけ具体的に、でしたよね。
 ――お帰りなさい、《リュシオン》(=エインザール)の遥か未来の友人、エレオノーアさん。《マゴス・ワンの柱のAI》こと《メルキア》です。《詠歌》の分析は完了しています。これを打ち消す強力な呪力のノイズなら、もう何パターンか準備してありますが、歌の方がお好みですね。はい、人間の感覚ではそうなるのですね。了解……。曲データが完成しました。転送します。どうぞ、良き舞台でありますように。
 無言のわずかなやりとりのうちに、エレオノーアの青い瞳に不思議な自信が浮かび上がった。
「何を? 戻れ、独りでは危ない!」
 アマリアが叫び、ルキアンが後を追って駆け出す中、エレオノーアは目を閉じ、静かに、大きく息を吸い込んだ。そして御使いの呪歌が始まったとき、エレオノーアも澄んだ声で歌いはじめた。
「これは!?」
 人間の精神を破壊する《天使の詠歌》の発動に身構えたアマリアだったが、何かの異変に気付いたようだ。
 すでに頭を抱えていたグレイルとフラメアも、拍子抜けしたような顔で見つめ合う。
「御使いの呪歌が響いているのに、頭が痛くない。いったい何故なんだ」
「キミの場合、脳みそが入ってないからじゃない?」
「うむ。……って、お前な!」
 騒がしい《炎》の組に比べ、目立ちはしないが、この戦いにおいて常に沈着な《風》の組。マスターのカリオスが言う。
「この歌は? よく分からないが、《天使の詠歌》と重なり、その波動と混ざり合い、打ち消しあっているかのようだ」
 カリオスの言葉に気づいて、御子たちが視線を集めたその先には、神々しい空気感を伴って声を響かせる少女の姿があった。
「エレオノーア、その歌は」
 ルキアンには思い当たるところがあった。闇の血族に受け継がれてきた、代々の御子の記憶の中に。
「《光と闇の歌い手》、ルチアの……」
 12枚の翼を広げ、押し寄せる津波のごとく《天使の詠歌》を轟かせる御使いに対し、エレオノーアは、あくまでも静かに、胸元で両手を合わせて歌っている。だが不思議なことに、御使いが声をますます大きくするほど、逆に、風に木々がそよぐように、ごく穏やかなエレオノーアの歌が、相手の呪歌と混じり合ってその音をかき消していく。
「あの娘には、本当に何度も驚かされるな」
 自分では魔法をほとんど使えない《アーカイブ》のエレオノーアが、特殊能力である《歌》を使って《天使の詠歌》を防いでいることに対し、アマリアは素直に賛辞を贈った。だが彼女の深刻な表情は何ら緩まない。
「しかし、ここまでやっても、我々はただ、敵の攻撃から身を護り、何とか生き延びているという程度か。このままでは、いずれこちらの方が先に消耗し、地力の大きさの違いで御使いに力負けしてしまう。五属性の御子が心を一つにして《星輪陣》を使わぬ限り、我々は勝てない」
 
「イアラ、すべては君にかかっている。私の占いもそう告げていた」
 
 
【第57話に続く】

※2023年9月に本ブログにて初公開。 

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