鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

『アルフェリオン』まとめ読み!―第53話・前編

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物語の前史 | プロローグ |


天与に恵まれていない者が、
変わらぬ自分自身のままで居続けることを望むなら、
敢えて独りで歩むことも恐れてはならない。

(手記: 旧世界の集合住宅と思われる
       高き塔の遺構にて発見)

 


1.連載小説『アルフェリオン』本格復帰です!


 

「はい。今日は、きっと何かが起こります」
 土鈴(どれい)がころころと音を奏でるような、素朴で親しみやすい響きながらも、同時に凛とした強さをも内に感じさせる口調のもと、まだ年若い誰かがつぶやいた。そして水音。大小様々な石や岩の転がる手つかずの地面を、幾筋にも分かれて流れる谷川を臨みつつ、こぢんまりとした台地の上に人影がみえる。その控えめな声は、周囲に広がる鬱蒼とした樹々の中に吸い込まれ、あるいは、苔むした岩を噛み、白泡(はくほう)を生んでは消えていく沢の流れに、かき消されるように霧散していく。
「素敵な天気ですね。服が良く乾きそうです」
 独り言であるにもかかわらず、何故か敬語で紡がれる少し奇妙な語り口。その声の主は、おそらく近辺の木の蔦で編まれたのであろう素朴な籠の中から、洗いたての衣を手に取り、出来ばえに満足して頷くと、掌で軽くはたいた。木々の間に渡されたロープと、そこに揺れる洗濯物がいくつか見える。
 全体的に華奢な感じではあるにせよ、その後ろ姿を遠くから一瞥しただけでは、少年と呼ぶべきか少女と呼ぶべきなのか、いまひとつ分からない。膝裏まで伸びる紺色の上着が風に吹かれ、簡素な白いキュロットがみえた。どことなく僧衣を思わせる上衣から細長い脚が伸びている様子は、大人の服を借りてきた子供のようでもあった。
 黒い帽子の下から遠慮がちにのぞく髪は、朝日を浴びて銀色に輝く。もはや目を覚まし、みるみる天高く登っていく太陽を横目に眺めるその瞳は、大きく、よく動き、澄んだ神秘的な光をたたえている。石灰質の川底の悪戯によって翡翠色に照り映える、あたかもここ、ハルスの谷の水色のように。

「分かります。感じます。やっと会える……。私の大切な」

 ――おにぃ、さん。

 心の奥にしまっておくようにそう付け加え、《彼女》は振り返ると、両の掌を胸元で握り合わせた。自らに花の色の漂うことをまだ知らない、男の子のような横顔から、しかし伸びる柔らかな輪郭線は、この子がいずれひとりの女性になることを告げていた。

 ◇

 イリュシオーネ大陸のおよそ中央部、オーリウム、ミルファーン、ガノリスの三国が国境を接する地域には、大陸最高峰の山岳からなるラプルス山脈がそびえている。その峻険な峰々については、使い古された喩えを繰り返すまでもないであろうが、それでも敢えて言えば、あたかも三つの国を区切る大屋根のようだ。
 この世界の屋根ラプルスの北端から伸びる、幾分穏やかな山々が、オーリウムとミルファーンの国境地帯となるハルス山地である。ラプルスの様相とは――すなわち、荒涼として灌木や下草程度しかみられない、白くて無機質な岩だらけの山並みが屏風のようにそそり立つ光景とは――大きく異なり、ハルスは昼なお暗き森や無数の谷川に覆われた深緑(しんりょく)の世界だ。隣り合った山脈であるにもかかわらず、両者の間で環境がここまで違うという点は、もはや驚きを超えて、何か人知を超えた力の作用すら感じさせる。
 さらに、エルハイン、ミトーニアに続くオーリウム第三の都市にして北部の要であるノルスハファーン(オーリウム語で「北の港」の意)と一方で近く、他方にはミルファーンの王都たるケンゲリックハヴン(ミルファーン語で「王の港」の意)を裾野に擁するハルスの山々は、それら二つの大都に比較的近いにもかかわらず、容易には人跡の届かない深山であるという土地柄から、古き詩や昔語りの中でもすでに、都落ちの者たちや隠棲者の隠れ里としての独特な位置づけを与えられてきた。そして今も、俗世を離れた一人の者にとって、静かな終の棲家となっているのである。

「おやまぁ。エレオノーア……いや、エレオン、もう洗濯終わったのかしら」
 魔道士のような頭巾を被った、否、魔道士の「ような」と、つまり彼女が魔法使いそのものではなかろうと直ちに表現できることには、理由がある。それは、素人目にも彼女が呪文使いであるというよりは、むしろ自らの手でもって戦う人、闘士や剣士であることを想起させる独特のたたずまいからであった。生来の銀髪か、後天の白髪か、もはやいずれか分からなくなった、いまなお猛々しく美しい目の前の老女は、かつてミルファーンにその人ありと讃えられた機装騎士であった。ちなみにここはミルファーンではなく、そこにほど近い、オーリウム領内の辺境なのだけれども。
 ただ、かつての勇猛な騎士も、現在では、少なくとも普段は、慈母の微笑みを浮かべた穏やかなお婆ちゃんという印象をまとっていた。
「今朝はいつになく早いね。朝ご飯前に、ひと眠り、やり直したらどうだい? あたしは、まだ眠いよ」
 谷あいに隠れるように立つ簡素な小屋、扉を開けて元気に帰ってきたエレオンを、つまりは少年の名で呼ばれた少女エレオノーアを前にして、彼女は寝ぼけまなこで手を振った。
「いえ。リオーネ先生。今日は、じっとしていられないんです」
 洗濯物の入っていた網籠を部屋の隅に置くと、エレオノーアは両手で胸を押さえながら答えた。
「こう、心の中がぞくぞくと……」
「その目、何か特別なことを感じたのかい。まぁ、お前の直感は、時々、預言者も真っ青なものだからね」
 彼女のことを師と呼んだエレオノーアの頭を、老女は優しく撫でた。一見して上品な見た目に反する、武骨で古傷にまみれた指先で。
 北方の雄・ミルファーン王国は、オーリウムの《パラス・テンプルナイツ》やガノリスの《デツァクロン》、あるいはエスカリアの《コルプ・レガロス》のような、戦場の只中を駆け巡り、その勇名を世界に轟かせるエリート機装騎士団を有しているとは、必ずしも言えないところがある。だが、いわゆる「特務機装騎士団」、いわば隠密行動の特殊部隊に関していえば、イリュシオーネ各国が恐れる《灰の旅団》がミルファーンには存在するのだ。この灰の旅団の中でもひときわ優れた機装騎士として、かつて知られた人物が、今ではこのフードの老婦人、リオーネ・デン・ヘルマレイアに他ならない。
 エレオノーアの溌溂とした姿、上着を脱いで壁に掛け、台所に向かって小走りしていく背中を見ながら、リオーネは軽くため息をついた。
「こっちは、良くないよ。今朝は、あのろくでもない娘が夢に出てきちまった」
 リオーネはフードの上から頭をかき、忌々しげに首を左右に振ると、面倒くさそうに奥の部屋に歩いていく。

「シェフィーア……。最近のオーリウムの雲行きをみていると、遠からずミルファーンも、あの娘が嬉々として暴れ回るような事態に巻き込まれそうだね」

 


2.ナッソス城陥落、次なる戦いに向けて……


 

ナッソス城の激戦を経て一夜明け、緑の果ての地平から昇る朝日に中央平原が照らし出されたとき、その様相は、おそらく大方の予想とは異なるものであったろう。あれほど壮絶な戦いの翌日にしては、城の周囲に残されたその爪痕が思ったよりも少ないのだ。両軍ともに多数のアルマ・ヴィオが倒れ、魔法合金に覆われた巨躯の残骸が秒刻みで積み上げられていった戦の場には、奇妙なことに、大きめの遺物の影が点々としか見当たらない。不思議に思って四方八方に視線を走らせてみたところで、時折、アルマ・ヴィオのちぎれた手足や、散乱する外装の破片、折れて使えなくなった武器などが目に留まる程度であろう。
 わびしげに、思いのままに吹き抜ける風。その行く手を遮るものもほとんどなく、わずかに雑草が頭を揺らし、所々黒く焼けただれた赤茶色の地面。いま目の前にある隙間だらけの荒涼感は、辛い勝利の後の言いようのない気分がもたらす、いささか過敏化された人の感覚の産物などではなく、ありのままの現実にすぎない。

「やるねぇ、《ハンター・ギルド》の奴らも。もう、目ぼしい機体はほとんど転がってないな。ハゲタカって呼ばれたら、奴らもいい気持ちはしないだろうが、本当に、あっという間に集まってきて、見る見る運び去っていきやがった。まだ、あれから一晩だぜ?」
 朝晩には冷え込みもなお侮れない晩春の草原に立ち、ベルセア・ヨールは首をすくめた。金色の長い髪が風に煽られ、好き放題に踊っている。それを無造作に手でかきあげると、彼は感嘆とも解せる溜息をついた。
「持ち主の確認が取れる残骸については、可能な限りエクター・ギルドに返すって条件で、これだけ大規模な回収支援を引き受けてもらったそうだが。あちらさんもどこまで本気なんだか。まぁ、ハンターには胡散臭い奴も多いが、さすがにハンター・ギルドが組織立って動く場合、約束を破ることはないだろう」
 平時のハンターの仕事は、旧世界の遺跡の発掘や見つかった遺物の取引を中心に、人によってはいわゆる《運び屋》や《賞金稼ぎ》なども生業とするといったところである。だが彼らは、アルマ・ヴィオを用いた一定以上の規模の戦闘が発生すると――たとえば今回は内戦だが、その他にも領主間の紛争、軍やギルドによる山賊・海賊等の討伐、野武士や私兵集団同士の果し合い等にともなって――戦いの跡に放棄された兵器や破壊された兵器の残骸などから、使える部分をそれこそハゲタカのようにさらって回り、売り捌くのだった。こうした行為の多くは、本来なら王国の法に反するはずである。だが実際のところは、まだ生きている者から武器を奪ったり、戦いの行われている戦場で兵器を取得したりするのでない限り、ハンターたちによるそのような《回収》は、当局からも黙認されている。ちなみに同様のことは、ハンターの側でも、《戦士たちが去った後、そこに残されているものを》という表現でもって最低限のルールとして共有されているのだ。
 ベルセアの隣には、長身の彼に比べて小柄な青年が、湯気の立つ白いカップを手に立っている。飛空艦クレドールの《目》の役割を果たす《鏡手》、ヴェンデイル・ライゼスだ。上から下まで黒ずくめで、ギルドの関係者にしてはあか抜けた、猫のような雰囲気をもつ優男である。
「ほんと、軍が言いがかりをつけて残骸を接収しに来たり、野良のハンターやら盗賊やらが群がってきたりして面倒になる前に、ここら一帯をさっさと囲い込んで、使えるパーツは全部おいしくいただきました、って感じかい。で、ナッソス側の機体の残骸はほとんどハンターさんらの取り分になって、結局は、またこちらに売りつけられてくる・・・。現金な奴らだからな。ま、それで持ちつ持たれつだし、仕方がないけどね」
 ヴェンデイルは飄々とした笑みを湛えながらも、そこで言葉を一瞬飲み込んだ。
「それにしても・・・ルキアンも、あれだけ沢山やっちゃったのに、味方も含めた黒焦げの機体の山、もう、すっかり片付けられているな」
 あの戦いの最中、《鏡手》として戦場の動向を監視していたヴェンデイル自身が、正気を失ったアルフェリオン・テュラヌスの姿を誰よりもよく見据えていたのであり、また、そうせざるを得なかった。飲み物を喉に含ませた後、彼の声のトーンが少し低くなった。
「火を噴くドラゴンみたいに好き勝手に暴れやがって。ルキアン、どうしちまったんだよ・・・」
「そうだな。彼、どこに飛んでいったのやら」
 ベルセアは青空を望むと、指で前方へと弧を描くような仕草をして、その先に位置する地平を見つめた。二人の背後には、草原に停泊し翼を休めるクレドールの巨大な艦体がみえる。中央平原という場所柄、この規模の飛空艦の着陸できる場所が随所にあるのは有り難い。

 そのとき、実直そうな口調で挨拶しながら、柿色のフロックをまとった男が近づいてきた。目立って太めであるというほどではないにせよ、若干、肉付きが良いようにもみえる。
「おはよう。ベルセア、ヴェンデイル」
 金髪の下に広い額をもった男だ。見た目には三十代後半から四十代くらいに思われるが、ひょっとすると多少老けてみえるのかもしれない。
「やぁ、ルティーニ。いいのかい? 補給や何やらで大変なんじゃないの」
 ベルセアが彼を気遣う素振りをみせながらも、あまり深刻さがみられない。いま、こうしていた間にも、彼、財務長ルティーニ・ラインマイルがクレドールの裏方の厄介事全般を問題なくこなしてきたであろうことを、よく分かっており、信頼しているからだ。
「えぇ。ミトーニアのギルド支部が昨晩寝ずに頑張ってくれたこともあって、物資の補給には目処が立ちました。あとはアルマ・ヴィオですね。ルキアン君のアルフェリオンとバーンのアトレイオスが一度に欠けてしまい、汎用型が一体もない状況です。いま、本部に派遣を依頼しつつ、近隣の支部にも急募をかけてもらっています。依頼料も、私としては、かなり大盤振る舞いしましたよ」
「それだよ、それ。汎用型は居ないし、陸戦型を含めても、いま地上で戦えるのが基本的にオレのリュコスだけって状況、これでは《戦争》になんて行けないな。空も飛べるアルフェリオンのおかげで、昨日までは飛行型にも余裕があったんだが・・・。今回はサモンのファノミウルが一緒に来てくれているから、まだなんとかなってるけど、いつものままだったらヤバかったぜ」
 そういうとベルセアは大げさに頭を下げ、ルティーニにしがみついた。
「頼む、とても、とっても困ってる! 神様、ルティーニ様!!」
 にこりと笑ってルティーニが片目を閉じた。こうしてみると意外に愛嬌もある男だ。
「えぇ。任せてください。それで、これは耳寄りな話ですが、実はレーイに新しい機体が来るらしいですよ」
「本当? まさかのカヴァリアンまで壊されちゃって、これからどうなるのかと・・・」
 ヴェンデイルの目が輝いた。いかにナッソスの戦姫(いくさひめ)と旧世界の機体・イーヴァが相手であったとはいえ、ギルド最強の《あのレーイ》が戦闘不能まで追い込まれたということは、彼には今でも信じ難かった。
 ヴェンデイルに同意しつつ、ベルセアがいずれにともなく尋ねた。
「そうそう、レーイと戦ったナッソスの姫さん、どこ行ったの? あれからずっと行方不明だって聞いてるぜ。遺体が見つかったという噂もない。いや、遺体という線はないかもな。アルマ・ヴィオの損傷状況からみて《ケーラ》は無事らしいし、中のエクター自身が生きていてもおかしくないだろ」
「カセリナ姫ですか。まだ私も状況を把握していませんが、どうなされたのでしょうね。いずれにせよ、ナッソス方としては、切り札の《四人衆》が次々と倒され、あるいは戦線を離脱し、通常の兵力もギルドとの乱戦で削られ、そのうえに、制御を失ったアルフェリオンのブレスに焼き尽くされ・・・ルキアン君が去った時点では、もう戦える力も意志も残っていなかったようでした」
 昨日、激戦の果てに、その結果としてはあまりにも呆気なく、ナッソス城が明け渡されたことを思い起こしつつ、ルティーニが応じた。
 彼らの話を黙って聞いていたヴェンデイルが、立ち上がって遠くを眺めながら、あまり抑揚のない口調で付け加える。
「今回の戦い、こちらも、いまひとつ勝利感とかそういうのが足りない気もするんだけど・・・それでもさ、ナッソス軍が最後まで城に立て籠って、あれからみんな血みどろの白兵戦に入るような流れにならなくて、もっと沢山の人が死ぬことにならなくて、それは本当に良かったと思うよ」
「そうですね。私もそう思います。おや、来たようですよ?」
 ルティーニがナッソス城の方を手で指した。背中のマギオ・スクロープ1門のみ、つまりは最低限の火力しか備えていないティグラーと、MT(マギオ・テルマ―)で形成された光の武器や楯ではなく、実体型の槍と楯を持った「型落ち」感の否めないペゾンを中心に、およそ精強とは表現し難いアルマ・ヴィオの一隊が城に向かって進んでくる。
 その様子を見ると、ベルセアは額を押さえて苦笑いした。
「いま議会軍が《レンゲイルの壁》攻略に全力をつぎ込んでいるからって、あんなのを送ってくるしかないのか? あれじゃ山賊以下だろ・・・。それでも軍のお偉いさんたちには、《形》が大事なんだろうさ」
「えぇ、まったく。宮廷や保守的な人々に言わせれば、我々エクター・ギルドなど得体の知れない無頼集団にすぎず、そんなゴロツキのような者たちが公爵の城を奪って居座るなど、きっと許せないことなのでしょう。ただ、そんなところで揉めてしまうと、議会軍にとっても好ましくありません。それで、戦いの済んだ今さらになって、議会軍のあのような寄せ集め部隊がナッソス領に慌てて進駐してきた・・・と、いうわけですか。勿論、この城やナッソス領を放置しておくのは治安上も戦略上も好ましくないですし、一時的に統制下に置く目的で軍が部隊を送るのは当然でしょうが、あれではね」
 三人は顔を見合わせて溜息をついている。

 それからしばらくして、ルティーニはベルセアたちと別れ、クレドールに戻った。途中で会った仲間たちに手を挙げてひとこと交わしつつ、彼は薄暗い廊下を進んでいく。
 ――もうひとつ、クレヴィス副長から密かに頼まれていたことがありましたね。医務室に行かないと。
 彼はフロックの内側から一通の手紙を取り出した。怪訝そうな顔をして。
 ――しかし、ミトーニアの神殿書庫に至急向かうよう、シャリオさんにお願いするとはどういう意図でしょうね。こんな緊急時に。副長は、レマリア時代の古地図や街道図が残っていないか彼女に調べてほしいと言っていましたが、次の戦いのために何か考えがあるのでしょうか・・・。

 


3.もう一人の御子!? 交錯する運命


 

「な、な、何だ、こりゃ!?」
 突然、ブレンネルの素っ頓狂な声が森に響いた。人の気配の無い、深い緑の懐に、とぼけた叫びが反響する。これに続いた無音の間が数秒、何とも滑稽だったが、しばらくして思い出したかのように、数羽の小鳥が頭上の木の枝から逃げ去っていった。
 ブレンネルは地面にしりもちをついて、目の前を遮る白銀色の鋼の巨塊を見上げている。
「ルキアン君、本当に・・・エクターだったんだな。しかし、こんなアルマ・ヴィオ、見たことないぞ。翼が生えた、竜・・・それとも、鷲の・・・騎士?」
「す、すみません。驚かせてしまって」
 ルキアンは手を額に当て、眩しそうに日光を遮った。様々な樹木の織り成す緑の天井の間から、木漏れ日というには意外にも強過ぎる陽の幾筋かが、二人を射抜くように差し込んでくる。この様子だと、もう日は高い。すでに昼前だろうか。ルキアンは若干急いた様子で告げる。
「パウリさん、僕がアルフェリオンに乗ったら開けますから、下の乗用室に入ってください」
 昨夕、ブレンネルと出会い――それが実は初めてではなく、再会あるいは《二周目》の出会いであると彼らが覚えているはずもなかったが――結局、ルキアンは、この森に来るまでに自身に起こった出来事をブレンネルに話し、彼に助力を求めることにしたのだった。《初対面》の胡散臭げな文筆屋を彼が何故か信用できたのは、ひょっとすると、ワールトーアの廃村という閉じた虚ろな世界における、あの幻夢のごとき体験が、なおも二人の無意識の底に沈んでいるからかもしれない。
 ちなみに現時点では、ワールトーア村の痕跡は彼らの周囲にほぼ残っていなかった。そもそも、ルキアンとブレンネルが入り込んだあの廃村が現実のものだったのか、幻影だったのか、もはやそれすらはっきりしない。実際には、足元の茂みや入り組んだ木々の壁の向こうに、廃墟の名残くらいは隠れていても不思議ではないだろうが。しかし今のルキアンには、ただ戦場から逃げ去って気が付けばここにいたという記憶しかなく、ワールトーア村のことは、ブレンネルに聞いて《初めて》知ったにすぎない。ブレンネルにしても、《ワールトーアの帰らずの森》の噂話を調べにやって来たことは覚えているにせよ、そこまでである。一応、彼は昨晩から今朝にかけて周囲を歩き回ってみたものの、せいぜいの成果は、かつて街路に敷かれていた石畳らしきものが点々と顔を出しているのを何か所か見つけた程度であった。
 いや、それ以前にブレンネルの目の前には、存在すら怪しいワールトーアの廃村よりもずっと興味津々な素材、オーリウムの内戦に深くかかわる白銀の天使とその乗り手がいるのだから。昨晩、彼は、飛びつかんばかりの勢いでルキアンの願いを聞き入れ、ある助力をすることにした。
 地面に片膝をついて屈み込み、森に幾分埋もれるようにしてアルフェリオンが置かれている。どことなく危なっかしい動作ではあれ、予想外に手早く機体に乗り込んでいくルキアンを見て、ブレンネルは、戦いとは縁の無さそうな彼がエクターとしての経験を本当にもっていることを、実感させられるのだった。
 そうしている間にもアルフェリオンは、鈍い響きを伴って兜のバイザーを降ろし、奥のくらがりで目を青白く光らせた。乗り手を得て、その魂と融合し、かりそめの生命を再び吹き込まれたのだ。魔法合金の装甲面を光が縦横に走り、白銀色の輝きが一段と増したようにみえる。幾重にも結界が展開され、目には見えないにせよ、あまりにも強い魔法力の波動が伝わってくる。
「おいおいおいおい、すごいな! この肌を刺すみたいな感じって」
 思わず声をあげたブレンネル。さらにアルフェリオンの背で六枚の翼が開かれ、森を貫いて真昼の太陽を浴び、煌めく威容を目の前にして、彼は、ただただ息を呑むばかりだった。

 ◇

「あの、このあたりでしょうか。ハルス山系にさっき入って、この谷の上を飛んで、両側から迫る崖があって・・・。あ、もしかしてあれが、パウリさんが言っていた、滝ですか?」
 遥か上空に輝く一点の光。それは真昼の刻に迷い出た星などではなく、銀色の閃光となって、およそ現実味のない速さで飛ぶ何かだ。アルフェリオン・ノヴィーア――その翼を自身に重ねているルキアンは、アルフェリオンの魔法眼にも強めに意識を込め、視点を地表に寄せてみた。大写しになった視界の中、ほど近い場所にあると思われる源流から、険しい崖を経て流れ落ちる、いわゆる「魚止め」と呼ばれそうな滝が見える。
「そうだ。あそこだよ。どこか降りられるところがあれば頼む。近くにリオーネおばさんの庵がある。もし、今も引っ越してなかったら、だけどな」
 トランクの中を思わせる、お世辞にも乗り心地が良いとは言い難い乗用室にて、ブレンネルは身体の位置がうまく定まらず、窮屈そうに手足を動かしている。ルキアンの声は機体を通じて響いてくる。どうも妙な感じだが、声は多少こもったような音になりがちではあれ、それなりに明瞭に聞き取れた。
「しかし、このアルマ・ヴィオ、どんだけ速いんだよ。着くのは夕方か夜になるかと思っていたが。まだ、さっき乗ったばかりだろ・・・」
 いかに立派な翼があるとはいえ、所詮は人の姿をした汎用型らしきアルマ・ヴィオ、まともに「飛べる」のかも怪しいと疑っていたブレンネルだったが、そんなアルフェリオンが飛行型アルマ・ヴィオにさえ不可能な速さで飛び、その驚きも冷めないうちに王国北部のハルス山系に到達したことで、いったい何が起こったのかと戸惑っている様子だ。

 ◇

「来ましたね」
 アルフェリオンが到着するよりも少し前、ハルスの谷を抱いた今日の気持ち良い蒼穹には、まだ何の影も映っていなかったとき、これから起こることにすでに気づいた者がいた。
 件の滝の前に置かれた小さな木製のベンチに、銀髪の少年らしき者、いや、エレオンことエレオノーアが腰掛けている。彼女は、ベレー帽を思わせる濃紺色の帽子を手で押さえながら、嬉しさが漏れ出しそうな弾んだ声でつぶやく。
「はい、待っていました」
 彼女は何の邪気も感じさせない澄んだ目を細め、そして再び開く。
「ずっと、待ってたのです」
一転、彼女の左目には、素朴な姿には似つかわしくない、ある種の魔術形象が浮かび上がっている。金色に輝く何重かの魔法円、その隅々にまで同じく黄金色の光で描き込まれているのは、現世界のいかなる国の言葉でもなく、旧世界のそれですらない得体の知れない文字と、見知らぬ記号や数式のような何かで記述された、極めて高度で複雑な術式。
「ふぅ・・・」
 彼女は深く息を吸い込み、小さな声とともに吐いた。
「やっと会えます」
 一瞬で左目の瞳が漆黒に染まり、金色の魔法円が白熱化したかのように、閃光のごとく輝きを増した。凄まじい魔力の高まりに、彼女の周囲の空間が歪み、靄さながらに二重三重に揺れている。それに呼応し、付近の山々や木、草、岩、すべてのものから色が失われ、灰色に凍り付いたかのように感じられた。

「おにい、さん」


【第53話 中編 に続く】

※2023年6月に本ブログにて初公開。

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