鏡海亭 Kagami-Tei  ネット小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

・画像生成AIのHolara、DALL-E3と合作しています。

・第58話「千古の商都とレマリアの道」(その5・完)更新! 2024/06/24

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第58)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第58話(その5・完)ふたり、北を目指す

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ


5.王都(ケンゲリックハヴン)へ


 
 朝霧のわずかに残る渓谷を、ただ、川の流れに沿って――両岸の鬱蒼とした樹々がいったん途切れるところまで歩く。分かりやすい道案内をここまで務めてくれた谷川のせせらぎに、しばしの別れを告げ、森の小径が街道の支道のひとつと交差する場所まで、ルキアンは辿り着いた。
 どこか不安そうに振り返る彼に対し、囁くような低めの声でアマリアが告げる。山歩きには不似合いな、長い裾かつ純白の法衣と、その上に羽織った真紅のケープとをそよがせながら、彼女は息も乱さず歩みを進める。
「闇の御子よ、心配は無用だ。単に、エリーは準備に手間取っているだけなのだろう。もちろん、君のためにな。鏡の前で何度も何度も着替えていたよ」
 そう言って、まだ肌寒い森のそよ風を味わうように、心地良さげに目を閉じるアマリア。こうして《紅の魔女》と二人で居ることに――彼女の圧倒的な力を間近で見ただけにいっそう――幾分の気疲れを感じながらも、眼鏡を掛けた内向的な銀髪の少年は、遠慮がちに頷いた。
「は、はい……そうでした。《エリー》でしたね」
 昨晩、長年の肩の重荷を降ろせたとでもいうふうに、同時に一抹の寂しさを漂わせつつ、ずっと朝方まで絡み酒をしていたリオーネの顔が、改めてルキアンの頭に浮かんだ。
 ――いつまでもエレオノーアだなんて長ったらしい名前を連呼せずに、この子を《エリー》と呼んであげなよ、白馬の王子様! あははは。
 そう言ってルキアンの頬に空の酒瓶を押し付けたリオーネを横目で見ながら、エレオノーアは眠そうに目を擦り、アマリアは素知らぬ顔でグラスを傾けていたのだった。その時とほとんど変わらない表情のアマリアが隣を歩いているのを見て、ルキアンは我に帰った。
「旅立ちの朝に君とここで待ち合わせするのだと、固い約束を交わして、それなのに何故かエリーが来ない。いつまで経っても彼女は来なかった……。そんな悲しい別れに至ったふたりを、いったいどれだけの物語が伝えてきたことか。しかし、君が同じことを経験せずに済んだのは、他の誰でもない君自身のおかげだ」
 アマリアは、彼女の恐ろしいほどの威厳や仰々しい言動からは意外にも思えるような、ごく気軽な調子で、ルキアンの胸に拳を押し当てた。
「誇ってよいのだぞ、少年。君は《あれ》の《因果の糸》を断ち切り、繋ぎ直したのだから。たとえ本物を写し絵にした程度の思念体が相手であったにせよ、仮にもあの《いにしえの四頭竜》を追い詰めたのだ」
 ――よかったのぅ、闇の御子よ。我が主アマリアが人を褒めるのは珍しいのじゃ。この大魔女は、これでも案外に不器用なものでな。
 姿を見せないまま、フォリオムのしわがれた声だけがどこからともなく響いた。実際に声がしたのか、それともルキアンの脳裏に心の声が反響したのか、いずれともよく分からない。一言も二言も多い《地のパラディーヴァ》に、アマリアが即座に釘を刺す。
「余計なことを……。それより見よ、ルキアン・ディ・シーマー。噂をすれば、やって来たようだ」
 
 ◇
 
「おにぃ~さ〜ん!!」
 少しとぼけたような、エレオノーアの陽気な声が風に乗って届いて来る。
「待ってください、おにいさーん!」
 昨日出会ったばかりの頃に感じた、当初のエレオノーアの印象通りの――いや、あのときの《少年エレオン》と同じ屈託のない口調で、いま、彼女は大声を張り上げている。白いシャツの胸元に紺色のスカーフをリボンのように結び、これとお揃いの紺のチュニックを羽織って、短めのベージュのキュロットを履いたエレオノーアが元気いっぱいに駆けてくる。
 そんな彼女を見つめつつ、何故か不安そうな表情になるルキアンに向けて、ごく真面目な顔つきでアマリアが言った。
「安心しろ。万が一、ここで何が現れて二人を邪魔しようとも、そのときは私が全力で守ってやる」
 ――ま、そんなことは起こらないがの。この谷一帯、今は不穏な気配はまったく感じられない。魔物も、野盗も、一切な。昨晩あたりから谷に《化け物》が現れたような気配を、感じたからじゃろうか?
 フォリオムが呑気に付け加えた。今のは、アマリアなりの冗談だったのだろうか。
 
「お待たせしたのです、おにいさん」
 誰かに袖口を引っ張られる感じ。そうこうしている間に、エレオノーアがルキアンたちに追いついていた。
「一緒に、連れていってください」
 そう言って笑顔を一気に弾けさせ、首を可愛らしく傾けたエレオノーアに、ルキアンの方が思わず顔を赤らめている。
「どこまでもお供します、わたしのおにいさん!」
 濃紺のベレー帽を手に取って被り、隣に歩み寄ってきたエレオノーアに対し、ルキアンはぎこちなく硬直している。突然、彼の背中を軽く叩く者があった。
「うちの大事な《娘》を頼んだよ、ルキアン」
 いつの間にか追いついてきて、気配もなく背後にいたリオーネを見て、ルキアンは必要以上に驚いている。
「何をびっくりしているのかと思えば……。あたしだって、若い者にはまだまだ負けないさね。たとえ二日酔いでも」
 リオーネは被っていたフードを払いのけ、ルキアンの横を通り過ぎようとする。そのとき、彼女はルキアンの耳元で囁いた。彼にしか聞こえないような密かな声で。
「王都に着いたら、シェフィーアのことも気にかけてやってくれ。あの子の力は、これからの戦いに絶対に必要だ」
 ルキアンは、微妙な居心地の悪さを一瞬感じながらも、その直後には嬉しそうに頷くのだった。彼の真横、エレオノーアが不可解そうな目で見つめている。無言のひとときを気まずく感じたのか、ルキアンがぶっきらぼうに尋ねた。
「エ、エリー、今回は《エレオン》の格好をしないんだね」
「はい! いまの私を、おにいさんにぜひ見て欲しくて。あ、でも、もしかして、おにいさんは《僕》の方が良かったですか?」
 そう言ってエレオノーアが、男の子のように声を少し作ったので、ルキアンは慌てて首を振っている。リオーネとアマリアは顔を見合わせ、特にリオーネが意味ありげに笑っていた。無反応で静観するアマリア。
「一応、今日泊まる町に着く前には、念のためエレオンになっておきます。よろしくね、おにいさん!」
 悪戯っぽく片目を閉じたエレオノーアと、落ち着かない様子のルキアン。エレオノーアに促され、ルキアンが彼女と一緒に頭を下げて、旅立ちの挨拶を告げる。元気のよい声を最初に発したのは、勿論、エレオノーアの方だった。
「それでは、リオーネ先生、アマリアさん、行ってきます!!」
「あぁ、気を付けて行っておいで。待ってるよ。いや……そうだね、もし帰りたくなったら……いつでも戻って来ていいからね」
 エレオノーアと手をつないで、あるいは彼女に強引に手を取られて、ルキアンは並んで一礼している。微笑ましい彼らを前に、リオーネがアマリアに誘いの声を掛けた。
「さぁ、後は若い者たちに任せて、あたしらはそろそろ帰ろうか。それで、もう一杯くらい付き合ってくれるのかい、紅の魔女」
「私は構わないが……どうせ一杯では済まないのだろう?」
 次第に離れていくルキアンたちに手を振りながら、アマリアが苦笑している。そして、木々の中へと再び伸びている道を銀髪の少年少女が辿り、二人の姿が遠くの曲がり角に消えていったのを見届け、アマリアはリオーネに念を押した。
「アルフェリオンはそちらで預かってくれるということで、本当によいのだな、リオーネ? あれを私の館まで転移させて運んでいくのも、まったく構わないが。簡単なことだ」
「あぁ、任せておくれ。何しろ、あたしの子たちの大事なものだからね。責任を持って預かるさ。なぁに、引退してから何年か経った後、あたしのアルマ・ヴィオを《灰の旅団》の後輩に譲っちまってからさ、それ以来、うちの大きな《保管庫》が、がらんと空っぽで……何だか寂しかったんだよ」
 ほとんど表情を変えないまま、アマリアが微かに笑ったような気がした。
「では、頼む。いくらミルファーンとオーリウムが友好国同士であろうと、今のご時世、重武装した未確認の機体が空から越境するのは、さすがに不適切だ。それに、あなたからの書状があれば、二人が街道を通って国境を越えるのも容易であろう」
 すると今度はリオーネも笑った。しかし、アマリアとは違って大声で、大口を開けて。
「お堅いねぇ、魔女様は。それ以前に、考えてもごらん。若い彼らが王都まで二人っきりで旅する道中ってのも……あたしゃ、なかなか良いものだと思うよ。そうさねぇ、今日か明日の晩あたり、何が起こることやら……。それにしても、若いっていいもんだね。あんたにもそんな時代があっただろ?」
 呆れたという反応が《紅の魔女》から帰ってくるかとばかり、リオーネは予想していた。だが、そうではなかった。当のアマリアは黙って目を細め、何かを想い起そうとするような瞳で遠くを見つめた。空の向こうを、しばらくの間。そして思い出したかのように、淡々と答えた。
 
「まったく、まだ酔っているらしいな。こちらの気も知らずに……。いっそのこと、もうそんな戯言を吐けないよう、眠りこけるところまで徹底的に飲ませるしかなさそうだが」
 
【第59話 北方の王者 に続く】
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