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カエルが楽しく笑う庭

両生類を主体として彼等を取り巻く都会の自然環境と、投稿者のつれづれなる思い

<big>粋な計らい その二</big>

2014-08-26 18:47:45 | インポート
☆豊島区行政に御世話になっている私


Photo夜の帳が下りる頃から発光する物体と、人工光線に照らされると光る物体二点の写真です。

豊島区及び警察署の記載がある赤い「スピードを落とせ」の注意書と、手前は太陽光発電装置を持つ保安用品です。

写真には写っていませんが、暗くなると三角物体の先端部分がキラキラと連続的に虹色に点滅します。

手前の新式保安用品は、通行車両の被害を受け易い我が家の御地蔵様保護のため下水道工事関係者が好意的に工事終了まで御地蔵様前に置いて下さっている製品です。

お願いした訳ではないのに、何て粋な計らいなのでしょうか。

公道沿いの路肩工事のため、私が保護用に並べてあった鉢植え植物類は全て工事関係者が裏の敷地に移動して下さいました。

角家は車両に対して無防備ですし、

特に夜間は危険度が倍増しています。

「御地蔵様を疎かにすると、祟りがあるから」と心配して下さっている工事の警備員隊長さんが居られます。

近辺に車両事故がないように護って下さる御子守地蔵尊を御守りしている私にとりまして、願ってもない御好意です。

『亡くなって御地蔵様になったお父さん! 優しい気持ちの人々が御地蔵様と我が家を助けて下さっています。本当に有り難いことだとアタシは感謝の気持ちでイッパイです』







<big>粋な計らい</big>

2014-08-13 21:28:28 | インポート
☆巽の角と言えば聞こえはいいのですが


Dsc_4569わが豊島区は、目下のところ大掛かりな下水道管の取り替え工事中です。

20年振りだそうです。

都会では下水・雨水は地中を流れるようになっています。都会生活の基本ともいうべき基礎的な工事です。

近代文明は車両を優先するクルマ社会です。

車両運搬の利点は欠かせませんが、住民達が傍迷惑を蒙ることも多大です。

4メートルに満たない公道を走る車両はペット・両生類・昆虫類を殺傷することがあります。

我が物顔で走る車両の被害で角家でT地路に面する我が家の塀と外壁はキズだらけ。

区役所と関係筋に防衛策を依頼した結果、驚くべき粋な計らをして下さいました。

他では見た事がない洒落た注意書きを創作され、電信柱に貼って下さいました。

短文で目立つ配色、洒落たデザインに私は目を丸くしました。

門切り型の御役所仕事ではなく、かってない粋な防衛策に私は喝采を叫びました。

豊島区は東京の田舎区?、という私の先入観念は何処かへ素っ飛んでいきました。

この粋な御処置に、私の区政に対する評価が一変しました。

「豊島区政に協力しよう」、という気持ちがコンコンと湧いてきたのです。

                             
                               つづく
















<big>手負いのツマグロヒョウモン♀</big>

2014-08-01 12:32:36 | インポート




☆原因不明のキズ




Dsc_4431_2Dsc_4426どこで翅を傷めたのでしょうか?

破れかぶれの翅を持ったツマグロヒョウモン♀が我が家の植込みで休んでいました。

道路に撒いた残り水に暫く留まっていました。

産卵は終えたのでしょうか。

あの毒々しい幼虫が家のスミレに出現したら、此の子の子供かも知れません。





<big>野良猫「キク」よ</big>

2014-07-27 10:00:16 | インポート
☆私は夜7時半に家を出て、9時半に帰宅しました


Dsc_4349_2Dsc_4351_2今年4月半ば、野良老猫「ムミー」が姿を消しました。

最後に見掛けたのは我が家の近くで、私はずーっと現れるのを心待ちにしていました。

ムミーの連れ合いも姿が見えなくなり、彼等の♂子ネコ二匹が取り残されました。

何となく近所の野良猫家族状況に詳しくなったころ、白ネコ「キク」が出現したのです。

鳥肉とマタタビが好きで、毎日のようにやって来ます。

白菊という雰囲気ではないけれど、全身すすけた白の♂ネコ。

せっせと胸肉を買い込んでは蒸して、ほぐして、我が家の敷地内で与えています。

産まれて初めて味わったであろうマタタビの粉が大層お気に入りで、貰えるまで居座るのが習わし。

昨日は超猛暑日であったので、私は珍しく昼間少し寝て夜間に出掛けました。

鶏肉だけを貰って不服そうに玄関の斜め前に居たキクに「スズメさんの餌を買いに行くので出かけるわよ」

と7時半頃とくとくとキクに言い聞かせました。

約2時間過ぎの帰宅途中、我が家の近くを歩いていた白ネコがキクのようだったので声を掛けたら従いてきました。

ずうーっと私を待っていた様子でした。

マタタビの効果は大!

キクは、後で分ったことですが視力があるのは右目だけ。

懐中電灯で照らすと光るのは右目だけなので、左目は光りを失っている様子。

♂たちとの争いを避けている理由を納得しました。









<big>今年は種を沢山つけたアオシダレ</big>

2014-07-21 22:18:32 | インポート
☆と、毎年咲くオニユリ


Dsc_4299Dsc_43002_3Dsc_4306_5今の時期、春の出芽が信じられない赤色だったアオシダレは梅雨の雨で新緑のように青々しています。

新緑の時期との相違点は、小さく単一な枝豆のような可愛らしい種を彼方此方に持っていることです。

品があって雅(みやびやか)なアオシダレの葉先に、おどけたような種を見る度に私は失笑を禁じ得ません。

Dsc_4305Dsc_4304_2いつも此処に居て下さる御子守地蔵尊です。

昨夕ここを通り掛った知人が「お地蔵様を見掛けるたびに懐かしい気分になります」と云って下さいました。

ここに御尊体を招聘して「入魂してある御地蔵様だ」と誇らし気に繰り返し宣言していた亡父を想い出します。

ことしは毎年恒例のクロアゲハ乱舞を見ることは出来ませんでした。

代わりに、近くの小公園の一角に固まって咲いていたオニユリの周りで大規模な乱舞を偶然に見掛けましたよ。



<big>上野動物園で出会った印象的な動物たち その1</big>

2014-05-27 08:21:09 | インポート
☆今年午年に野間馬に遇いました


Dsc_3830Dsc_3813Dsc_3870_6新緑の馬場に憩う二匹の「野間馬」(のまうま)です。

さして広くない馬場ですが、小型種なので全体が広く見えます。

囲い下から頭だけ出して外を伺っていた白い野間馬(メス)さんの表情が愛らしかったこと。

身長が120センチぐらいです。軍用馬に適さないという理由から、一時は絶滅寸前まで追い込まれたこともあったとか。

身勝手な人間の振る舞いを知らされて、私は悲しくなりました。

思慮深い眼差しをしたテナガザルさんの食事風景に出くわしました。

おっとりして上品な風貌の、このお猿さんが好きになりました。





<big>子守地蔵尊とヤモリの子ども</big>

2014-04-19 21:37:53 | インポート
☆ヤモリの子供の体は柔らかくて、人間の肌色をしています




昨日も今日も季節にそぐわない寒さ。

外の御地蔵様は薄い毛織りセーター、の上に厚手毛織りセーターを羽織り、その上に厚手の棉トレーナー。そして頭に綿帽子を冠って居られます。

昨夜の寒さを知って、更に防寒用の小振りのマフラーを御地蔵様の首に巻こうとしました。

御地蔵様の服を脱がせ始めましたら、私の左手の親指の内側に何かが引っ付いたのです。

ナメクジのようでしたので思わず手を振りますと何と! 私の手から離れた物は、手も足も頭もある小型生物物体でした。

手を振ったことを後悔しましたが、後の祭り。植込みの草の上でしたので、急いで懐中電灯を照らして探しても見付かりませんでした。

私の指に掴まったのはヤモリの幼体と気が付くまで、大して時間が掛かりませんでした。

その時の子どものヤモリさん御免なさい。思慮浅い私が邪見にして悪かったわ。


*     *     *


故あって亡き父が仏師に依頼して建てた子守地蔵尊を、母亡きあと17年間に亘って私が御世話しています。

石の衣を纏っておいでですが、気候に合わせて綿や毛や絹の赤衣を着て頂いています。

こんな事は行き過ぎた行為かなと内心不安でしたが、暖かい衣服はヤモリの子供の隠れ場所にもなっていたのです。

家を守ってくれるヤモリさんを、御地蔵様が守っていて下さる事が判明しました。

御地蔵様の慈悲は、人間が与り知らないところで小動物にまで及んでいたとは。

またまた小動物や昆虫を大好きな私が御地蔵様の御世話番になっているなんて、仏様は何て手回しがいいのでしょうか。

夕べ仏様から励ましを頂けたような気がして、私は更に御世話をし続ける意欲が増してきました。













<big>サクラに川</big>

2014-04-09 20:18:51 | インポート
☆土手が美しければ

Dsc_3511_2Dsc_3516_2Dsc_3513_4土手とは言わないのかしら。護岸? 私にすれば、誤岸工事です。

真ん中の写真の中央にシラサギがいます。餌探しにオイソガシそうでした。

水に映えるサクラは美しいです。お互いに引き立て合いながら融合して、一幅の絵を醸し出します。











<big>東京都豊島区内のサクラ</big>

2014-03-31 09:18:14 | インポート
☆急に暖かくなりました

Dsc_3372_2Dsc_3368_2Dsc_3381雑司ヶ谷の威光山法明寺本殿の御門風景です。

時代劇に出て来るような建築様式が気に入っています。

境内の塀の上に野良猫一匹。日差しを遮り春風を受けるのに絶好な場所で寛いでいました。

猫ちゃんの写真を拡大しましたら、大きな目ヤニが目頭からトゲのように出ていました。

三枚目の写真は池袋西口公園のサクラです。

混み入ったビル街を背景にして、サクラの木は優しい風情を漂わせていました。





<big>三年まえの私の3・11</big>

2014-03-13 15:40:00 | インポート


☆三年も経ったのに、あの時の地震の恐怖は忘れられません。

東京でも振度5弱だったとか。

過剰に揺れる乗り物や揺れる設定場所が大の苦手の私は、地震が大嫌いです。

地震を好む人は居ないでしょうが、私は度を越した臆病者でして10階以上の会合には決して参加しません。

三年前の大地震は、私が生涯のうちで経験した最大のものでした。

想像を絶する大きな横揺れに家を飛び出した私は、船酔いになりそうでした。

遠くに見える高層住宅の揺れを確認しようとしました。

が、同時に揺れているので、震動を裸眼で確認することは不可能でした。





★家の一部屋を宛てがっているネコ三匹の姿は、地震が収まったあと数時間も見当たりませんでした。

ネコの勘で、身の安全を図って物陰に隠れたと思われます。

怪我もせずホットしました。

実は、受信機変更ご私はテレビを持っていません。

ラジオからだけの報道に限られている私は、数ヶ月してテレビで観た被災地の惨状は非常に大きなものでした。

三年目に報道される傷ましい新聞記事に、今でも涙することがあります。

第一の悲惨さは失われた掛け買いのない命。次に住まい、思いでの品々、職場、そして金銭。





★日本列島は地震と津波の自然災害から逃れることは出来ません。

海岸沿いの小学校が津波対策を怠っていたこと知って、私でさえ御両親の嘆き悲しみに同情以上のものがあります。

気の毒すぎる幼い人々。同情は憤りとなって私を更に悲しませます。

自然災害を甘く見くびっていた愚かな大人たち。

犠牲になるのは決まって弱者達です。

自然を侮ってはならないのですね。


























<big>雪国の人は偉い!</big>

2014-02-08 20:21:06 | インポート
☆私は雪国に生まれなくて良かった



Dsc_2953_4Dsc_2956_8外では、今も絶え間なく雪が降っています。

家の中に居て、gas stove(カタカナ表示より英語のほうが簡単です)なんぞ点けたりして、ヌクヌクとしている私です。

昔の雪国はどうだったのでしょうか? 大変だったことでしょう。

アカギレやシモヤケが出来たりして、さぞかし辛かったでしょうに。

現代の贅沢さは考えられなかったことでしょう。

東京で20年振りの大雪に、狼狽えている弱虫の私です。







<big>2月1日は写真倶楽部の撮影会日でした。場所は石神井公園です。 (1)</big>

2014-02-03 21:59:51 | インポート
☆自然は美しい、水鳥も美しい





Dsc_2738_2Dsc_2741_2石神井公園は水が豊富なところです。

そのせいか、水鳥たちが仕合わせそうに泳いでいます。

幸福そうな生物を見るのは、とても嬉しいことです。

私も幸福な気分になります。

冷たい水を物ともせずに泳ぎ回る水鳥達の元気さに圧倒されました。

冬枯れの季節にも青々と茂る植物を見るのは愉しいことです。

植物からも生物からも、いっぱい元気を貰った日でした。









<big>北区上中里の平塚神社</big>  其の三

2014-02-02 23:51:48 | インポート
☆此処は昔、源 八幡太郎義家・義光、ゆかりの地


Dsc_2719_2Dsc_2717現役と御見受けする年輩男性の参拝者が絶えませんでした。

あやかりを祈願されている風情でした。

今は東北新幹線の高架線路が眺望を遮っていますが、それ迄は江戸の低地帯を一望できる広大な台地でしたから。

高台の聖地に甲冑を埋め塚とし、武運を祈願するのに打ってつけの設定場所でしたでしょう。

遠い昔に想いを寄せながら、私は暫し神社の境内に佇んで冬の寒さを満喫しました。



<big>東京都北区上中里の平塚神社 </big> 其の二

2014-02-01 23:24:16 | インポート
☆すぐ傍で埋蔵文化財発掘調査中でした

Dsc_2725Dsc_2728_2社殿の後ろは塀になっています。塀の後ろの広大な台地で大規模な発掘が行われていました。

きっと歴史上、新たな発見があるに違いありません。

PCで検索しましたら、この一帯には平安時代より武士たちの目まぐるしい政権交代がありましたから。

今は静まり返っていますが、耳を澄ますと馬のヒズメの音が聞こえるようです。

歴史を感じさせる格調高く美しい社殿は昔ながらの木造建造物です。







<big>平安後期に創立された、東京都北区上中里の平塚神社 </big>  其の一

2014-01-31 22:21:19 | インポート
☆由緒ある神社です

Dsc_2712_2訪ねた先輩の御宅近くに、正確には尾久の方向きでしたが、かって私は10年も住んでいたのに、平塚神社縁起を知らなかった私。

1984年に、一身上の都合で此処を引揚げてから平塚神社を御参りすることが無くなりました。

何年振りかで昨日の1月28日に訪れたとき、神社の手水場が無垢の木材で囲まれているのに驚かされました。

手水の冬期の凍結を防ぐためなのでしょうか? 他の神社で見掛けたことがありません。

武蔵野台地一帯を支配した豊島氏の居城が、此処にあったとか。

飛鳥山まで続く此の広大な台地は、関東の武家政治の変遷に係わった大きな檜舞台であったようです。