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カエルが楽しく笑う庭

両生類を主体として彼等を取り巻く都会の自然環境と、投稿者のつれづれなる思い

<big> 高野山真言宗 黄雲山 逗子大師 延命寺</big>

2011-06-22 15:11:11 | 思い出
☆三浦一族ゆかりの場所

Imgp0585_2Imgp0584Imgp0591_2Imgp059042歳で乳癌のため亡くなった知人の菩提所に詣でた。黄泉の國に逝かれてから7年も経ったが、豪州 Sydney で愉しかった一時を分かち合った彼女の思い出は、消える事がない。

墓前に香を焚き生花を供え、追憶は果てしなく尽きる事がなかった。

例え魂が墓所に存在しなくとも、初夏の風が頬を撫でて吹く墓地は広々として気持ちが良く、現世では叶わぬ彼女との幻の再会は夢のようであった。

携帯電話は便利な交信手段。80歳を超えた御母堂との墓前での言葉の遣り取りは、途方もない悲しみを和らげてくれた。

「また来て良かった。毎年かならず詣でよう」、と心に決めた。

逗子駅の構内にツバメの巣があった。

卵を暖めているのか、休憩しているのか。

季節を感じさせる野生生物達の行動は、見ているだけで臆面もなく愉しい。




<big>再び、「お薬師さん」</big>

2011-01-06 20:36:29 | 思い出
☆幼い頃の思い出がイッパイ

Imgp0088_2Imgp0089Imgp0090Imgp0091Imgp00921586年の創建ですから、今年で425年にもなるのですねぇ。驚きました。

私は、江戸言葉でいう川向こう(下町)生まれですが、幼稚園も小学校も中野区でした。

家から新井薬師までは、子供でも歩いて20分ぐらいで行けました。ですから、私は一人でも行ったことがあります。

或る日、境内の公園のベンチに一人で腰掛けていました。少し離れたところで、私より年長の女学生達が5・6人でお弁当を食べていました。

幼い頃は年長の女学生達に憧れていましたから、きっと彼女達をジッ~と見ていたに相違ありません。

女学生の一人が、何故か私に茹で卵を一つ呉れました。私は、女学生のお姉さん達がチビだった私を構ってくれたことが、とてもとても嬉しくて、その夜は布団の中で、その日の出来事を思い出しては仕合わせな気持ちに包まれていました。

その頃の梅照院の様子は良く覚えていませんが私にとって御薬師さんは、とても懐かしいお寺なのです。