あおの さま
ご近所のお店
青果店の あおの さまです
むかし
紅茶キノコが
日本中で
流行ったように、
10年ほど前
北海道では
カバノアナタケ茶(チャーガ)が
とても
人気となりました。
これは
白樺の仲間の
ダテカンバの木に
できるキノコの一種で
活性酸素の除去や
免疫力を高める
効果があるとされ
ガンに効くともいわれました。
いまでは
ほとんど
忘れ去られましたが
あおの青果店にありました!
これです
非常に堅いのですが
これを
砕いて
煎じて飲みます。
ご主人には
カバノアナタケの
効能を
熱く語っていただきました。
路線バスの
車内案内で
「つぎは・・・幻のキノコ カバノアナタケのあおの青果店前」
というアナウンスを
流すほど
力が入っています。
ご主人の
お話を聞いていると
とっても
効くような気になってきます。
ご興味のある方は
ぜひ
あおの青果店へ。
青野 青果店
http://navihokkaido.com/011-641-1134/
端午の節句
むかし
祖母が
この時期になると
よく作ってくれた
草もち。
三角山の
よもぎを
摘んで
つくりました。
本日は
端午の節句
お仏壇に
お供えしました。
端午といえば
道元さまと
阿育王山(あいくおうざん)の
典座(てんぞ)和尚さま
との問答が
思い出されます。
※典座-食事をつかさどる僧
道元さまが
中国へ渡られ
寧波(ニンポー)港の
船中におられたとき、
ひとりの
和尚さまが
たずねて来られます。
明日は
端午の節句、
お祝いのうどんの
だしに使う
シイタケを買いに来たのです。
道元さまは
たずねます
「文字とは
いかなるものでしょうか、
また
弁道とは
いかなるものでしょうか」と。
※弁道(べんどう)-修行のこと
その年の
7月に
その典座さまと再会し
和尚さまは
答えられます。
文字とは
「一二三四五」
弁道とは
「徧界曽つて蔵さず」 (へんかいかつてかくさず)
-あらゆるものごとは、いつでも明白にあらわれている-
よもぎは
春になると
ちゃーんと
新芽をだすのです。
ところが
ひとは
すぐ
固定観念にひっかかり
ものごとが
よく見えなくなるということでしょうか・・・。
山菜 その2
山菜が
どんどんでてきます。
↑クレソン・しどけ・タランボ
↑やちぶき・浜ボウフ
やちぶきの醤油炒め
浜ボウフ酢味噌
山菜の王様
タランボは
天ぷらが一番です。
方丈
友人から
加賀の
お菓子を
いただきました
大徳寺
一休さまの
創案だそうです
方丈(ほうじょう)とは
一丈(3.03㍍)四方のことです
(四畳半ほど)
天竺の
維摩居士の住まいが
一丈四方であったという
故事から
禅宗の寺院で
住職の住まいを
方丈というようになり
それが
転じて
住職のことを
「方丈さま」とも
呼ぶようになりました。
三角山
連休に入り
お天気なので
三角山散策です。
昨年の秋に
季節はずれの
重いぼた雪が降り
山の木は
ずいぶん
折れていました。
被害
フクジュソウ
エンレイソウ
エゾエンゴサク
タランボ
残雪
山頂
さて、
そのむかし
三角山を削り
砕石をだしていたことがあります。
ところが
市民の反対運動など
騒動となり
最終的に
札幌市が
買い上げ
採石は中止となります。
三世さまは (祖父)
その頃の
新聞記事を
スクラップしていました。
もともと
三角山は
宮内省の管轄で
北海道神宮(当時は札幌神社)の
境内でした。
山腹には
お社もあり
むかしから
神聖な山として
崇められてきました。
ところが
色々な事情により
利益を優先し
採石事業が
はじまってしまったのです。
私も
小さいころの
サイレンのあとに
「ドーン」と鳴る
発破の音を聞いた
記憶がのこっています。
採石所跡
それから
50年経ちましたが
現在も
削られた山肌は
むき出しのままで
木が1本も生えていません。
いちど破壊すると
自然は 二度と
元に戻らないのです。
ここを
通るたびに
考えさせられます。
人はいつから
経済を優先し
自然や 神さまを
敬うことを忘れて
しまったのでしょうか。
一歩間違うと
四角になるところでした・・・。
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