一つのメルヘン
中原中也
秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。
陽といっても、まるで珪石か何かのやうで、
非常な個体の粉末のやうで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音をたててもいるのでした。
さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。
やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れていなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました。。。
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21歳のときに「中原中也詩集」(神保光太郎編)を購入しました。
中原中也は流水を好んでうたったと言われ、
それは彼の「長門峡」という詩にも現れています。