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試運転 ~TRIAL RUN~

初心者の拘りと見切りが激しい自己責任による鉄道模型軽加工記録

国鉄101系津田沼電車区106F [Mc160] 6+4編成 (ツヌ118F[Mc155]再生産品Assy車体組立車投入) ※再生産品+旧製品

2016-07-20 21:43:14 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
二代目。

保留車,再生産品Assy車体組立車を連ねたKATO製国鉄101系ツヌ106F(Mc160:再生産品+旧製品)が出場した。
当初ツヌ103F(Tc66:1985/4)を出場させる計画だったが紆余曲折の末6+4編成が初登場に至った。
プロトタイプは在籍する101系津田沼区仕様でも少数派の1984年10月である。


国鉄101系ツヌ106F (1984/10)。
[ツヌ106F]:Mc160-M'204-T269-M217-M'210-T'c50+Tc81-M199-M'193-T'c64。
※再生産品+旧製品。

1985年10月現在の津田沼区101系はツヌ106F(Mc160)以外にツヌ108F(Mc133)が6+4編成だった。
組成条件の筆頭が前照灯違いだったためツヌ108Fは惜しくも落選している。
両先頭車両がLP411前照灯車で揃うツヌ101F-3(T'c30)が出場していなければツヌ108Fがお目見えしていたかもしれない。
◆ツヌ108F:Mc133-M'107-T262-M251-M'245-T'c52+Tc64-T247-M193-M'c154(1984/10)。
当初プロトタイプに選定したツヌ103F-2(Tc66)は十代目ツヌ118F(Mc155:再生産品←旧ツヌ118F)構成車の救済策も兼ねていた。
千葉方先頭車両は早々クハ101-75(ツヌ118F:再生産品)に内定し暫定出場解消直後より保留車へ廻した。
またクモハ100形にはクモハ100-133(ツヌ103F-2:塗装変更車),クモハ100-108(ツヌ118F:旧製品)を充当する予定だった。
だが途中でクモハ100-108(ツヌ118F:旧製品)が動力ユニット搭載試作車に改装されツヌ122F(Mc155)へ異動となる。
更にラシ107F(Mc202)への塗装変更車集約と連動してクモハ100-133はクモハ100-191(ラシ107F)に改番された。
これに乗じて旧クモハ100-191(塗装変更車)がクハ100-34(ラシ107F)に廻り旧クハ100-34(元ラシ107F:再生産品)を捻出した。
どうにか中野方先頭車両の新金型車体起用に目途が立った一方保留車からクモハ100形が消滅してしまった。
そのためクモハ100形2両組込編成が組成名目だったツヌ103F-2は成立不能に陥っている。
最初からプロトタイプ選定をやり直す羽目となり不足する形式は再生産品Assy車体組立車(ツヌ118F)で賄い10両編成化した。
◆クモハ101-160(再生産品)←クハ101-75(ツヌ118F:Mc155←クハ101-75:旧ツヌ118F)。
◆モハ101-199,モハ101-217,モハ100-193,モハ100-210,サハ101-269(再生産品):再生産品Assy車体組立車(ツヌ118F)。
◆モハ100-204(再生産品)←モハ100-208(元ツヌ122F:M215←モハ100-208:ツヌ118F)。
◆クハ100-50(旧製品)←クハ100-78(元ツヌ122F:Mc155クハ100-78:ツヌ118F)。
◆クハ101-81(旧製品)←クモハ101-155(ツヌ118F←クモハ101-155:ツヌ118F)。
◆クハ100-64(再生産品)←クハ100-34(元ラシ107F:Mc202←クハ100-78:ツヌ118F)。


クモハ101-160(クモハ101形編入車)。
※再生産品。

寄せ集めの車両が出自ながら他編成との振り替えにより全車メーカー塗装車体で統一された。
保留車,編成異動車,再生産品Assy車体組立車共にDT21非動力台車交換等を行い車輪は新品同様である。
ツヌ101F-3(Mc148:弁天橋区仕様+旧製品)も保留車組成名目だったが種車の下廻りを流用したためツヌ106Fの状態が上回る。
プロトタイプ選定が二転三転した割にはそれなりに揃った編成見附へ達したと思える。
なおクハ101-81,クハ100-50には旧ラシ107Fから捻出したメーカー塗装済LP411前照灯を取り付けた。
しかし何れも中間組込車であり殆ど効果は無く今後尾を引きそうな予感がする。
KATO製国鉄101系津田沼区仕様の行先表示は一巡し二廻り目に入ったため[03C 西船橋]とした。
採用編成が1編成に限られる[西船橋]幕,[飯田橋]幕,[武蔵小金井]幕のうち現在でも見られる[西船橋]幕を選択している。
[飯田橋]幕もかつて繁く見られた行先表示だが何処か中途半端さを抱いた。
101系メイクアップパーツ2だけに含まれる部品だが他編成の中間組込車で使用してしまい捜索が手間だった事も影響した。
運用数の少なかった[武蔵小金井]幕も起用し難く各々1編成で打ち止めになると思う。


ツヌ101F-2。
※旧製品+弁天橋区仕様。


ツヌ110F。

1984年10月がプロトタイプの編成はツヌ101F-2(Mc154),ツヌ110F(Mc195)に続く3本目となった。
ツヌ110Fは朱色1号編成,ツヌ101F-2は中間にクモハ101-193+モハ100-808を組み込む朱色1号混色編成である。
新たに加わったツヌ106Fも黄色5号編成ながら変則組成で何れも定番とは言い難い。
特に付属4両編成はクハ101-81,クハ100-64がモハ101-199+モハ100-193を挟む珍しい構成だった。
在籍する4+6編成には必ずサハ101形が付属4両編成側へ組み込まれておりツヌ106Fの特異点である。
手持ちの編成表でもこの形式構成は殆ど見受けられず良い隙間を突けたと思う。
付随車代用運転台付車両組込編成以外でサハ101形,サハ100形が1両のみに限定される組成例は少ない。
ツヌ106Fの構成がサハ101-264(ラシ101F:Mc201)での[サハ]標記インレタ使用にも繋がっている。
独特の組成だったが1986年4月現在の編成表では姿を消しており短期間だけ運用されたらしい。


ツヌ101F-2,ツヌ106F。
※弁天橋区仕様,再生産品。

編成前後で前照灯が異なるツヌ101F-2(Mc154:旧製品+弁天橋区仕様)は3+4+3編成である。
しかもクモハ101-154+モハ100-168をツヌ116F(T'c91:旧製品)から引き抜き都度組成する必要性が生じる。
そのためクハ100-53(弁天橋区仕様←クハ100-86:Mc170)だけが新金型車両になる。
再生産品先頭車両で前照灯違いを再現するのが最大の目的でありツヌ106Fの存在意義は大きい。
また習志野区仕様を含めて千葉方先頭車両だけがLP411前照灯車化されている編成は初登場となった。


元ツヌ106F。
※旧製品。

なおツヌ106Fは旧製品リリース当時に付番した時期があった。
初代ツヌ118F(Mc155)が回着した直後に4+6編成へと組み替え旧ツヌ106F(Mc155)を出場させた。
クモハ100-108(ツヌ118F)のみLP411前照灯へ交換しツヌ106F(Mc191:1986/8)に見立てたイメージ編成だった。
2013年3月付で習志野区仕様へと改装され旧ラシ106F(Mc155→ラシ106F:Mc191)に発展解消している。
それ以降KATO製101系は増備が続いたがツヌ106Fはプロトタイプ候補に挙がらず久々の編成番号復活となった。
元ツヌ106F以来約3年4箇月振りに現れたツヌ106Fだが形式構成はもちろん編成表に準拠し改番を行っている。


ツヌ106Fサイドビュー(クモハ101-160:ATS[B]標記インレタ再現車)。
※再生産品:クハ101-75形式変更車。

細かな箇所だが再生産品先頭車両起用に拘った結果ATS標記がインレタ再現に格下げされている。
クモハ101-160はクハ101-75(ツヌ118F)の編入車で折り込み済だったがクハ100-64でのATS[B]標記は意表を突かれた。
先にクハ101-35(ツヌ103F:Tc48)をATS[BS]標記へと改めたため唯一ATS[B]標記のクハ101形,クハ100形になっている。
形式変更車2両を含むツヌ106Fは地味な所に特徴がある編成になった。
プロトタイプ選定過程で要件を満たしたのはツヌ106Fだけで偶然が生み出した。
種車都合により当初の保留車組成計画はクモハ100形2両組込が絶対条件だった。
気が変わりクモハ100-108(ツヌ118F→ツヌ122F)を動力ユニット搭載試作車に起用した操配が分岐点となった。
その結果クモハ100形が組成されない編成の出現に至り初期計画とは真逆になっている。
6+4編成の登場で組成形態は更に雑多度が増し津田沼区仕様らしさを強める良い保留車再生になったと思う。

国鉄101系津田沼電車区122F [Mc155] 7+3黄緑6号混色:YG-Y編成 (組成変更:クモハ100-108 動力ユニット搭載試作車組込)

2016-07-04 21:23:57 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
新要素。

KATO製国鉄101系ツヌ122F(Mc155)はラシ107F(Mc202)組成時に中間車両を入れ替えたが形式構成は変わらなかった。
今回クモハ100-108(ツヌ118F)への動力ユニット搭載試行を切っ掛けにモハ100-158,サハ101-253を除く全車が入場した。
サハ101-108(再生産品)も編成内異動し7両が組成変更の影響を受け編成見附にも変更が生じている。




国鉄101系ツヌ122F 黄緑6号混色編成(1979/X)。
[ツヌ122F]:Mc155-M'158-T253-T267-T108-M91-M'c108+Tc75-M231-M’c170
※塗装変更車+再生産品+旧製品:イメージ編成(1979/10)。
◆組成変更,クモハ100-108 動力ユニット搭載試行。

入場前までは基本7両編成だけが101系800番代LOT側面窓セル装着車で揃えられていた。
ツヌ122Fでは10両全車が101系800番代LOT側面窓セル装着車で整えられ黄色5号車両も独特の見附になっている。
当初ムコ予備00F(Mc60)の明灰色Hゴム支持車統一も完了予定だったが部品確認不備により同時出場は果たせなかった。
基本7両編成用黄色5号車両はサハ101-108以外が新たに組み込まれた車両に変わった。
その中でも初登場のクモハ100形用動力ユニットを搭載させたクモハ100-108(旧製品)は出色の存在となっている。
これによりサハ101形が3両並ぶ7+3編成ながらモハ100-158(2号車)への動力ユニット搭載は回避された。


クモハ100-108(動力ユニット搭載試作車)。
※旧製品。

元ツヌ131F-1(M'c143)が廃止される遠因にもなった動力車位置偏位はツヌ122Fで解消に成功した。
これも保留車でクハ100形(旧製品)が所要になったためで混乱ばかり招いてきた車両異動の数少ない安打になっている。
同時に7+3編成でのサハ101形3両並びを可能にしてくれた。
なお旧ツヌ131F(Mc70)にはモハ100形動力ユニット搭載車が2両存在しクモハ100-68での試行は難しかったと思われる。
◆ツヌ131F-1:Mc70-M'68-T'216-T'25-M64-M'c68+T105-T239-M165-M'c143(廃止)。
◆ツヌ131F-2:Mc70-M'68-T'216-T'25-M247-M'241-T239-T25-M64-M'c68(→ツヌ131F:モハ100-68 非動力車化)。
◆ツヌ308F:Tc81-M165-M'c143+Mc70-M'68-T25-T'216-T'25-M64-M'c68(廃止)。
その他シルバーシートマークが無くプロトタイプ上齟齬になっていたクモハ101-155,クモハ100-170を修正した。
物理的にシルバーシートマークインレタが無かったのか転写を忘れたのか今となっては判らない。
ステッカーでは厚みが目立つため結果的にインレタ採用へ至り吉と出たらしい。


クモハ101-155+モハ100-158 (101系800番代LOT側面窓セル装着車+101系800番代LOT側面窓セル装着車)。
※塗装変更車。


モハ101-231+クモハ100-170 (101系800番代LOT側面窓セル装着車+101系800番代LOT側面窓セル装着車)。
※塗装変更車。

今回モハ101-231(→サハ101-267)が[モハ100-231]と転写されていた失策にも気付けた。
たまたま保留車に塗装変更車が残っており車両入替でユニット間の不揃い感も薄められている。
エラーだらけだった旧ツヌ122Fを考えると大幅に修正されたと思える。
行先表示類は変更したかったがHゴム支持再現保護を優先し[31C 幕張]を引き継いでいる。
カノ13F(Mc59)が[31C 幕張]表示のため変更する良い機会だったが見送りとした。
懸案だったクモハ101-155のダミーカプラー交換はようやく施工できた。
クモハ100-170にTNダミーカプラーを取り付ける計画もあったがTNカプラー温存と手間が壁になっていた。
ATS-B形車上子付胴受(101系メイクアップパーツ1:11-510)との交換で押し出された純正胴受は用途不要になるはずだった。
これを破棄せずに保管していたためクハ481形300番代用ダミーカプラー(Z04-0407)との組み合わせが実現している。




ツヌ122Fサイドビュー(クモハ101-155:準再用ダミーカプラー交換施工車)。
※塗装変更車。


ツヌ131Fサイドビュー(クモハ101-70:TNカプラーSP取付試作車)。
※塗装変更車。

準再用ダミーカプラーへの交換により運転台側床下の空間が目立つようになった。
しかし編成自体の存在感が強くそう気にしなくても良いと思う。
細かいところではクモハ100-170がATS[BS]標記からATS[B]標記へ変更され側面の趣が変わった。
ツヌ122Fは黄緑6号混色編成,クモハ100形動力ユニット搭載試作車,101系800番代LOT側面窓セル装着車と特異ぶりが際立つ。
正規編成の判明時に組成変更が必要となると手間が掛かる。
ただ恐らくその機会は当分やって来ないだろう。

JR101系習志野電車区107F [Mc202] 4+6編成 (車両振替:再生産品車両捻出) ※クモハ100-191:前照灯誤取付

2016-06-23 21:16:55 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
入出場。

車両異動を終えたKATO製JR101系ラシ107F(Mc202:塗装変更車+再生産品+旧製品)が再出場した。
一応組成準備編成は十代目ツヌ118F(Mc155:再生産品←旧ツヌ118F)であるが旧ラシ107Fの出場までに7両が異動となった。
今回の入場でモハ100-256(ラシ107F:再生産品←モハ100-158)が最後の十代目ツヌ118F出自車になっている。




JR101系ラシ107F (1988/4)。
[ラシ107F]:Mc202-M'256-T247-T'c34+Tc85-M253-M'247-T290-M262-M'c191
※塗装変更車+再生産品+旧製品。
※クモハ100-191 前照灯誤取付。
◆クモハ100-191,モハ101-262,クハ100-34 車体振替。

当初十代目ツヌ118Fのラシ107F改装計画ではここまで大規模な異動を考えておらず塗装変更車+再生産品編成にする予定だった。
最早再生産品車両が1両では十代目ツヌ118Fがラシ107F組成準備編成だったとは言い難くなっている。
今入場で初出場時に捻出出来なかったクハ100-34(ラシ107F:再生産品→元クハ100-34:元ラシ107F)をようやく保留車へ廻せた。
旧クハ100-34の代替にはクモハ100-191(ラシ107F:塗装変更車←クハ100-22:ムコ10F)を抜擢しクハ100-34に形式変更した。
これを捻出するためクモハ100-133(ツヌ103F-2:Tc66←元クモハ100-143:元ツヌ131F-1)がクモハ100-191用種車となった。
暫定竣工だったとは言えクモハ100-133として1度も走行することなくクモハ100-191(塗装変更車)に改番されている。
なおこの車両入替で前面見付の不揃いが生じクモハ101-202(塗装変更車←クモハ101-193:ムコ10F)までが入場した。
ラシ107Fはクハ100-34,クモハ100-191に加えモハ101-262(←サハ101-262:ラシ101F)が塗装変更車へ変更となった。
十代目ツヌ118F時代から大幅に格下げされた代わりにラシ101F(Mc201)と保留車9両がメーカー塗装車で揃っている。


ラシ104F,ラシ107F。
※再生産品,塗装変更車。

車両異動の結果クモハ101-202,クモハ100-191は表示器窓Hゴム支持再現修正により前面見附が変化した。
また前面用JRマークはTOMIX製旧インレタで転写し直しており若干灰色が濃くなっている。
行先変更機会でもあったが表示器窓Hゴム支持再現を傷めたため[07C 津田沼]から変更していない。
暫定出場扱いだった旧ツヌ118Fを分散配置させた契機は旧ラシ104F(Mc136:塗装変更車+旧製品)のメーカー塗装車両統一にある。
離散した十代目ツヌ118Fのうちクモハ101-155,クモハ100-108はラシ104F用車体更新種車に引き当てられた。
クハ101-75,クハ100-78(ツヌ118F:再生産品)をラシ107F用先頭車両に廻していればこの遣り繰りは不要だったかもしれない。
TOMIX製旧JRマークインレタに拘り過ぎクモハ101形,クモハ100形を振替えた作戦が入出場を繰り返した原因だと思う。




ラシ107Fサイドビュー(クモハ101-202:JRマークインレタ再転写施工車)。
※塗装変更車。

クモハ101-202,クモハ100-191ではJRマークがTOMIX製103系High-Grade製品用に変わり明灰色再現になってしまった。
TOMYTEC製JR201系ミツ19F(Tc154)は明灰色JRマークでありこの頃よりTOMYTECグループ製品では色温度を変更したらしい。
鋼製車の消滅から大幅な時間が経過し記憶に残るJRマークは旧インレタのような色温度だと思っていた。
だがTOMYTECグループ製品の経緯を踏まえると現行仕様が正しかったのかもしれない。
TOMIX製103系High-Grade製品用JRマークインレタ採用により今後JR101系増備の壁が低くなった。
強いて増備するとすればラシ104Fと共に最後まで習志野区に残ったラシ105F(Mc148)が候補になる。
[ニッセイわかば号]も組成可能になるがさよなら列車が貸切に変わった列車でありその気は全く無い。
短期間で度重なる車両振替を行ってきたラシ107Fだがモハ100-256は代替車両が存在せず一応の終着地点を迎えたと思われる。
無計画さが露骨に現れる編成になったが低水準の塗装変更車は青22号車両,黄緑6号車両が在籍し誤魔化しが利く範囲にある。
クモハ101-202(←元クモハ101-136),クハ100-34(←元クモハ101-175)は手を掛けた車両が種車で今後も第一線で活用したい。

JR101系習志野電車区101F [Mc201] 4+6編成 (塗装変更車廃止,ラシ107F[Mc202] 組成変更) ※弁天橋区仕様+旧製品+再生産品

2016-06-19 21:21:57 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
昇格。

保留車10両編成化を進めていたKATO製101系だがプロトタイプ候補だったツヌ103F(Tc66:1985/4)の出場は難しくなった。
クモハ100-133(ツヌ103F-2:Tc66←クモハ100-143:元ツヌ131F-1)の暫定竣工を以て手詰まりとなり身動きが取れなくなっている。
その結果カノ20F(Mc53:塗装変更車+旧製品)の再編で離脱した元サハ101-259(元カノ20F:旧製品)は用途変更を余儀なくされた。


JR101系ラシ101F (1988/2)。
[ラシ101F]:Mc201-M'255-T264-T'c59+Tc82-M238-M'231-T262-M263-M'c192。
※弁天橋区仕様+旧製品+再生産品。
◆サハ101-262 車体更新,サハ101-264 車体振替。

101系習志野区仕様は4編成まで勢力を拡大したがラシ106F(Mc191←ツヌ118F:Mc155)以外には塗装変更車が組み込まれていた。
このうち旧ラシ101Fは弁天橋区仕様(Mc170),ツヌ118F(Mc155:旧製品),ツヌ118F(Tc75:旧製品)出自車8両を軸とする編成だった。
残る2両にはサハ101-95(ツヌ109F:Mc156→元ツヌ116F-2:T95),サハ101-286(ツヌ109F→元ツヌ103F-2:T286)が引き当てられた。
何れも塗装変更車だが当時は編成見附よりも出場を重視しており各々サハ101-262,サハ101-264(旧ラシ101F)に改番している。
十代目ツヌ118F(再生産品→ラシ107F:Mc202)の車両異動でも差し替え対象には挙がらず初出場時から動きは無かった。


国鉄101系カノ13F。
※塗装変更車+旧製品+再生産品。

一方内嵌式尾灯車編成を特徴に据えていたカノ20Fだが資料不足によりプロトタイプ合致が難しくなった。
先頭に立つクモハ101-53,クモハ100-44(カノ20F:塗装変更車)を活かすべくカノ13Fへの再編が決定している。
そのカノ13F(Mc53:塗装変更車+旧製品+再生産品)にはサハ100-17が含まれておりサハ100形(黄色5号)の初登場へと結び付いた。
種車はサハ101-290(ラシ107F:旧製品←サハ101-127:元カノ20F)に床板を譲った元サハ101-233(ツヌ118F:Mc155)が務めた。
だが九代目ツヌ118F(旧製品←ツヌ118F)出自車でカノ20F用中間車両を賄っていたためLOTが崩れる原因にもなった。


国鉄101系サハ100-17(カノ13F)。
※再生産品。

旧ラシ107F(塗装変更車+再生産品+旧製品)を出場させた後にカノ20Fの再編へと着手しておりLOT維持は可能だった。
しかしサハ101形0番代用床板が廻ってきた元サハ101-233(ツヌ118F:再生産品)をサハ100-17用種車に起用してしまった。
サハ100形への形式変更は[サハ101-233]標記,[千ツヌ 定員144]標記,[(1)]エンド標記標記消去が必要となる。
加えてカノ13F組成準備車第一陣としてサハ100-17(再生産品)を竣工させた関係上もう後戻り出来る状況ではなかった。
最終的に元カノ20Fから元サハ101-259(←サハ101-233:旧製品)を離脱させる結果となりこの選択は誤りだったと思う。


サハ101-264(ラシ101F)。
※旧製品。

一時元サハ101-259はクモハ100-133のユニット候補に挙がっていたためモハ101形用床板を取り付けた。
しかしツヌ103F-2組成計画が頓挫してしまいモハ101形への形式変更は行われないまま保留車に廻されている。
ここで急浮上した編成が旧ラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品+塗装変更車)で元サハ101-259は塗装変更車廃止用種車となった。
保管品のサハ101形200番代用Assy床板を用いサハ101-264(ラシ101F:旧製品)として戦列復帰まで持ち込んでいる。
なお車両番号標記インレタが少なくなっており急いて[サハ101-259]標記を剥離していれば節約式改番は採用できなかった。


サハ101-262。
※再生産品。


モハ101-262(ラシ107F)。
※塗装変更車。

他方サハ101-262用更新種車には旧ラシ107Fの9号車だったモハ101-262(再生産品←モハ101-91:ツヌ118F)を抜擢した。
ユニット相手はクモハ100-191(ラシ107F:塗装変更車←クモハ100-175:元ラシ104F)であり釣り合いが取れていなかった。
そのため不都合無くラシ101Fへの異動が決定したが偶然にもモハ101-262でサハ101-262を置き換える展開となっている。
従って形式変更を伴いながらも車両番号標記は[サハ101-262],[モハ101-262]標記まで継続使用が可能だった。
節約式改番が最大限に活かされサハ101-262(再生産品),モハ101-262(ラシ107F:塗装変更車)の同時竣工へと漕ぎ着けた。


ラシ107F (1988/4)。
[ラシ107F]:Mc202-M'256-T247-T'c34+Tc85-M253-M'247-T290-M262-M'c191。
※塗装変更車+再生産品+旧製品。
◆モハ101-262:車体振替。

車両異動の結果ラシ107F(塗装変更車+再生産品+旧製品)の中野方ユニットは塗装変更車で統一された。
たまたま旧ラシ107Fへの塗装変更車集約を進めた直後であり極端な編成見附悪化には至っていないと思う。
また十代目ツヌ118F出自車はモハ100-256(ラシ107F←モハ100-158),クハ100-34(ラシ107F←クハ100-78)のみとなった。
このうち運転台付中間組込車のクハ100-34は新編成組成準備に向け捻出計画が組まれており何れ姿を消す予定である。


ラシ101Fサイドビュー(クモハ101-201:クモハ101-170改装車)。
※弁天橋区仕様。


ラシ106Fサイドビュー(クモハ101-191:クモハ101-155改装車)。
※旧製品。

2015年10月の初出場以降も車両異動とは無縁だった旧ラシ101Fだが思わぬ方向から編成見附向上へと梶が切られた。
だが元サハ101-259はサハ101形200番代へ復帰し旧ラシ107Fも再度組成変更を行う等無計画さが際立つ結果となった。
ちなみにメーカー塗装車で揃う習志野区仕様は初代ツヌ118F(Mc155:旧製品)を改装したラシ106Fの1編成体制が長かった。
2016年5月に旧ラシ104F(塗装変更車+旧製品)をラシ104F(再生産品+旧製品)へ格上げし流れが変わっている。
ラシ107Fへの塗装変更車集約と引き換えにラシ101F(弁天橋区仕様+旧製品+再生産品)もメーカー塗装車で統一された。
但しサハ101-262だけは塗装仕上げが異なる再生産品車両であり組み換えを経ていないラシ106Fには届かなかった。
それでも場当たり的な遣り繰りが無用な保留車発生へ繋がった直後だけに今回は効果的な入場だったと思う。

国鉄101系津田沼電車区101F [Mc193] 3+4+3朱色1号混色:R-Y編成 (クモハ101-193+モハ100-808[ツヌ101F-1] 編成内異動)

2016-06-15 21:24:37 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
偶発。

KATO製国鉄101系保留車組成用動力ユニット捻出のためモハ100-808(ツヌ101F-1:Mc154)を非動力車化した。
そのためクモハ101-193+モハ100-808(ツヌ101F-1:4,5号車)の中間組込を休止し1,2号車へ組み替えた。
結果イメージ編成ながら朱色1号車両が風を切るツヌ101F-1(Mc193)へと変更されている。


国鉄101系ツヌ101F 朱色1号混色編成(1984/X)。
[ツヌ101F-1]:Mc193-M'808(-T'c30+Mc109-M'103-T295-T'c35+Mc131-M'117-T'c53)。
※イメージ編成(1984/6)。
クモハ101-193+モハ100-808 編成内異動。

プロトタイプはクモハ101-193+モハ100-808の転入時期から1984年6月頃を推定時期とした。
程なくして中間に封じ込められこの組成は短期間で姿を消している。
実際にこのユニットを確認したのは夏頃で既に中間に入っていた。
よって実働期間は約2箇月に満たなかったかもしれない。


ツヌ110F,ツヌ101F-1。


クモハ101-195,クモハ101-193 (ツヌ110F,ツヌ101F-1)。
※LP411前照灯車,LP402前照灯車。

今回の組成変更でツヌ110F(Mc195)以来となる朱色1号のクモハ101形先頭車両が登場した。
念願とも言える組成だがツヌ110Fの津田沼区貸出は1984年9月からでツヌ101F(Mc193)との並びは実現しなかったはずである。
クモハ101-193だけはLP402前照灯車のまま残っており離合が見られたら良い対比になっていたと思う。
ちなみにクハ100-71(ツヌ110F)もLP402前照灯車だったが中間組込車であった。
新組成へ改められたもののツヌ101F(T'c30)に属する都合上行先表示類は[13C 千葉]に限られた。
編成管理番号は組成時期からツヌ101F-1(Mc193)とした。
なおカプラー,動力ユニット交換を伴う旧ツヌ101F-1はツヌ101F-2(Mc154)として一応存続させる。
既存編成は全て繰り下げられツヌ101F-3(Mc148←旧ツヌ101F-2)まで枝番を持つ。
よってツヌ101F(T'c30)は3編成を兼ねる体制に変わり旧ツヌ131F(Mc70)を彷彿とさせた。


ツヌ101F-2。
※旧製品,弁天橋区仕様。


ツヌ101F-3。
※弁天橋区仕様+旧製品。

このうちツヌ101F-2はクモハ101-154+モハ100-168をツヌ116F(T'c91:旧製品)から拝借する。
またツヌ101F-1もクモハ101-148+モハ100-170(ツヌ101F-3)とクモハ101-193+モハ100-808を入れ替え組成する。
基本的に従来を引き継ぐ車両操配でありツヌ101F(T'c30)は総勢12両体制のまま変わっていない。
ただ稼働率次第ではツヌ101F-2を廃止しツヌ116Fの運行番号,行先変更も考えている。


ツヌ101F-1サイドビュー(クモハ101-193:101系0番代2ndLOT側面窓セル交換施工車)。


ツヌ110Fサイドビュー(クモハ101-195:101系800番代LOT側面窓セル装着車)。

なおクモハ101-193+モハ100-808は101系2ndLOT側面窓セルへ交換したためツヌ110Fとは雰囲気が異なっている。
ムコ10F(Mc194)を種車とするツヌ110Fは101系800番代LOT側面窓セル装着車で揃っており前照灯以外の識別点になった。
加えてダミーカプラーにはATS-B形車上子が無くやや空間が目立つ。
しかしクモハ101-193,クハ100-53(ツヌ101F)だけを交換する訳には行かず対処に悩むところである。
1ユニットだけ朱色1号車両という風変わりな混色編成は千葉方への組成が基本になる。
保留車組成用動力ユニット捻出と連動しなければツヌ101F-1は未出場で終わっていた可能性が高い。
前面用[総武・中央線 各駅停車]誤乗防止ステッカーが引き立つ良い組成変更になったと思う。

国鉄101系中野電車区13F [Mc59] 3+7内嵌式尾灯車編成 (カノ20F[Mc53] 改番異動,車両振替)

2016-06-08 21:17:14 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
二例目。

KATO製国鉄101系カノ20F(Mc53:塗装変更車+旧製品)がカノ13F(Mc59:塗装変更車+旧製品+再生産品)へと再編された。
当初全車改番にて出場させる予定だったがサハ101-105(ラシ104F-1:T105)の竣工を挟む等大幅に工程が変わった。
塗装変更車集約も絡みラシ107F(Mc202:塗装変更車+再生産品+旧製品)に続き大迂回して出場を迎えている。


国鉄101系カノ13F 内嵌式尾灯車編成(1978/3)。
[カノ13F]:Mc59-M'45-T'c74+Tc39+M145-M'140-T230-T'17-M68-M'c34。
※塗装変更車+旧製品+再生産品。
◆カノ20F 廃止。

一時期カノ20F(Mc53←旧カノ20F:M'158←カノ20F:M'120)はイメージ編成のままで構わないと考えていた。
1984年10月現在のカノ20Fとはクモハ101-53+モハ100-136が異なっており実車はクモハ101-128+モハ100-67であった。
あくまで内嵌式尾灯車編成がカノ20Fの訴求点で千葉方にて生じていたユニット違いは見逃せる範囲内だった。
しかし在籍編成唯一の中野区仕様でもありプロトタイプ合致を実現させるべくカノ13Fへの再編が決定した。
両先頭を締めるクモハ101-59(塗装変更車←クモハ101-53),クモハ100-34(塗装変更車←クモハ100-44)は改番のみとした。
行先表示類変更も検討したが油性ペイントマーカーでの表示器窓Hゴム支持再現に行く手を阻まれ取り止めている。
新たな特徴となるサハ100-17用種車には元サハ101-233(ツヌ118F:再生産品←ツヌ118F:Mc155←旧ツヌ118F)を充当した。
そのサハ100-17だが九代目ツヌ118F(Mc155:旧製品→ツヌ118F)構成車で揃っていた中間車両8両が崩れる起点にもなった。
この後欲張って他編成との車両振替へ手を伸ばしたため思うように工程が進まない要因と化してしまった。
続くモハ101-68(塗装変更車←旧サハ101-105:元ラシ104F-1)以降よりカノ20F構成車の分散配置が開始される。
結果的にカノ13Fへ至るまで編成異動:3両,編成内異動:2両が行われようやくカノ20Fは発展解消を遂げた。
◆モハ101-68(塗装変更車)←サハ101-105(旧ラシ104F-1:T105)⇔モハ101-146(カノ20F:旧製品)。
◆モハ100-45,モハ100-140(旧製品)←モハ100-186,モハ100-139(カノ20F:編成内異動)。
◆サハ101-230(塗装変更車)←モハ101-165(元ツヌ131F-1:M'c143)⇔サハ101-259(カノ20F:旧製品)。
◆サハ100-17(再生産品)←サハ101-233(ツヌ118F:Mc155)⇔サハ101-127(カノ20F:旧製品)。
カノ20Fが出自のクモハ101-59,クモハ100-34にモハ101-68,サハ101-230が加わりカノ13F用塗装変更車は総勢4両となった。
また元サハ100-40(ムコ10F:Mc194)用屋根板を用いたサハ100-17に合わせサハ101-230は現行LOT相当屋根板へ振り替えた。
その他節約式改番を積極的に採用し少しでも保留車用車両番号標記インレタが減らないよう努めている。
なおカノ20Fへの改番時も古インレタが多用されており転写済の車両番号標記は抵抗無く剥離できた。
塗装変更車を含め[千ツヌ]電略標記再現は存置したが引き続きクモハ101-59,クモハ100-34だけは無標記のままである。


クハ100-74(未入場車)。
※旧製品。

なおカノ13Fへの再編では1両だけ改番を免れた車両が存在するため入場車は9両となった。
1984年4月から1978年3月へとプロトタイプが遡ったが奇遇にもクハ100-74はカノ13F(1978/3)に組み込まれていた。
クハ100-74(カノ20F)用種車はクハ100-78(ツヌ118F:旧製品←クハ100-78:ツヌ118F)で2016年4月に改番したばかりである。
そのため[クハ100-74]標記は入場を経たカノ13F編入車と大差ない配置に至っており現状維持とした。


サハ100-17(サハ100形0番代編入車)。
※再生産品。

当初クハ100-74(カノ20F→カノ13F)も入場させる予定だったが作業進行中に改番は不必要だと気付いた。
ちょうどサハ101-230への形式変更を控えるモハ101-165が入場する直前であり作業簡略化のため中止している。
入場を見送った関係上クハ101-39(旧製品←クハ101-58:カノ20F)とは異なり[13C 千葉]表示が生き残った。
◆カノ20F:Mc128-M'67-T'c74+Tc58-M192-M'186-T259-T127-M146-M'c44(1984/10)。
◆カノ13F:Mc59-M'45-T'c74+Tc39+M145-M'140-T230-T'17-M68-M'c34(1978/3)。


サハ101-230+サハ100-17 (元モハ101-165+元サハ101-233)。
※塗装変更車+再生産品。

カノ20Fに於ける最大の特徴だった内嵌式尾灯車編成はカノ13Fへと無事承継されプロトタイプ合致も達成した。
未だ内嵌式尾灯黄色5号車両は製品化されておらずクモハ101-59,クモハ100-34の異彩度が高く映る。
内嵌式尾灯車にサハ100形電装準備工事車(サハ100-17)まで加わったためカノ13Fは異色の車両が3両集まる構成へと至った。
なおこれまで浮上したサハ100形黄色5号車両投入計画は全て頓挫しておりカノ20F再編での収穫となっている。


カノ13Fサイドビュー(クモハ101-59:クモハ101-53改番車)。
※塗装変更車。

ばらばらに配置されていた塗装変更車は大半がカノ13F,ラシ107Fに集結し他編成の見附も向上した。
中でも旧サハ101-105が暫定出場扱いだった旧ラシ104F-1(再生産品+旧製品+塗装変更車)は正式出場を迎えている。
その代わりカノ13Fは屋根板色温度を含め統一感に欠けておりカノ20F時代よりも退化した箇所が多えた。
しかし課題だったプロトタイプ合致とサハ100-17の竣工が物を言い希少度は更に高くなった。
十代目ツヌ118F(Mc155:再生産品→旧ツヌ118F)を崩したラシ107Fに続き車両異動が重なったがこのまま定着すると思う。

JR101系習志野電車区104F [T105] 4+6編成 前期仕様 (サハ101-105 竣工:元モハ101-146[元カノ20F] サハ101形0番代編入) ※再生産品+旧製品

2016-06-02 21:06:28 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
奏功。

KATO製国鉄101系カノ13F(Mc59←カノ20F:Mc53)への再編を一時中断し元モハ101-146(元カノ20F:旧製品)が入場となった。
モハ101-68(カノ13F)と差し替えられた元モハ101-146をサハ101-105へ形式変更しJR101系ラシ104F-1(T105)に組み込む。
その元モハ101-146は旧サハ101-105(元ラシ104F-1:塗装変更車)と床板が入れ替えられ既にサハ101形0番代相当となっていた。


JR101系ラシ104F 前期仕様(1988/2)。
[ラシ104F-1]:(Mc136-M'111-T245-T'c30+Tc81-M230-M'224-)T105(-M237-M'c175)。
※再生産品+旧製品。
◆サハ101-105 車体振替。

2016年5月に竣工した旧サハ101-105は元ツヌ131F-1(M'c143)からの異動車でサハ101-40(ムコ10F:Mc194)が種車だった。
11両体制を敷くラシ104F(Mc136←ラシ104F-1,ラシ104F-2:T264)では唯一の塗装変更車となってしまうため暫定竣工扱いとした。
カノ20Fのプロトタイプ変更に乗じて塗装変更車集約が図られ早くもモハ101-68へと形式変更されている。
押し出された元モハ101-146がサハ101-105用種車となったがDT21非動力台車は元ツヌ131F-1(M'c143)時代のままであった。
今入場で正式竣工に至るサハ101-105(ラシ104F)には到底相応しくなく劣化した黒染車輪の交換も併せて行う。




国鉄101系元モハ101-146(元カノ20F)。
※旧製品。

九代目ツヌ118F(Mc155:旧製品←ツヌ118F)のうちモハ100-158以下8両はモハ100-139以下8両(カノ20F)へ改番された。
元モハ101-146はモハ101-91(ツヌ118F)が種車であり元サハ101-105よりも車両番号標記インレタ除去は容易だった。
そのため[モハ101-146]標記を除去した後に[サハ101-105]を追加転写する節約式改番でサハ101-105へと改める。
さっそく元モハ101-146の作業に入り[モハ101-146]を剥離したが何の抵抗も感じられず塗装変更車との大きな違いが現れた。
但し[モハ101-146]標記跡に残る転写糊だけは如何ともし難く磨きクロスで包んだ爪楊枝にて清掃している。


入工中の元モハ101-146。

継ぎ接ぎとなる[サハ101-105]には新台紙の形式称号単独[サハ]標記を用いサハ101形用組標記インレタは温存した。
保留車の10両編成化用に[サハ]標記インレタを2両分確保しておかなければならずサハ101-105で使う訳にはいかなかった。
また101系用インレタの中でも[サハ]標記は絶対数が少なく無用な失敗を避けるべく慎重に転写している。
幸い新インレタだったせいか転写安定性に長けており1-3位側,2-4位側揃って一発で[サハ101-105]へと持ち込めた。


[[サハ]101-1[0][5]]。

対照的に[サハ101-105]へ用いる[0]標記,[5]標記インレタは高経年台紙から探し当てた。
[サハ101-105]とLOTを揃えなかっため[サハ101-105]だけフォント太さに違いが出てしまうが致し方ない。
太フォントに近かった73系用バラ標記インレタを引き当て[サハ]+[101-1]+[0]+[5]での組み合わせとした。
転写後バーニッシャーで[サハ101-105]標記を潰し少しでも違和感を減らせるよう努めたが効果は少なかった。


予備品を活用したDT21非動力台車。

旧ラシ104F(Mc136:塗装変更車+旧製品→ラシ104F-2)は最も登場機会が多く一度車輪を交換していた。
サハ101-105(ラシ104F-1)もクモハ101-136以下10両(ラシ104F)に合わせるため踏面状態の良い黒染車輪へと交換する。
予定では旧サハ101-105用DT21非動力台車枠を流用するつもりだったが台車交換に変更した。
たまたま未使用のDT21非動力台車が予備品として眠っており車輪交換よりも簡便な方策を採った。
これまでDT21非動力台車を手配した記憶は無いため番代区分変更に伴うサハ101-108(ツヌ118F:旧製品)の発生品だと思われる。


台車交換を終えたサハ101-264,サハ101-105 (ラシ104F-2,ラシ104F-1)。
※旧製品,旧製品。

なおサハ101-264(ラシ104F-2:旧製品)は何故か1エンド側用DT21非動力台車が黒染車輪ではなかった。
旧ラシ104Fでの車輪交換は手持ちの発生品を含めて行ったためこの時に見落とした可能性が高いと思われる。
国鉄103系サハ103形750番代編入で発生したDT21非動力台車はツヌ101F-3(Mc148:弁天橋区仕様+旧製品)にて使い切った。
モハ100-158(ツヌ118F:非動力車)への動力ユニット搭載も床板交換で対処しており放置されてきた原因は不明のままである。
改めて保管品のDT21非動力台車をサハ101-264に取り付けたがこちらもサハ101-108(ツヌ118F:旧製品)が出自だと思う。
なお1エンド側用に充当したDT21非動力台車だが走行させた形跡は伺えず黒染車輪自体の状態も問題ない。




サハ101-105(ラシ104F-1:元モハ101-146 サハ101形0番代編入,DT21非動力台車交換施工)。
※旧製品。

一時離脱していた旧ラシ104F-1はサハ101-105(ラシ104F-1:旧製品)の竣工でラシ104F-1(再生産品+旧製品)へと改められた。
ラシ104F-1はメーカー塗装車で統一されラシ101F(Mc201:弁天橋区仕様+旧製品+塗装変更車)を凌ぐ編成見附に至っている。
なお旧ラシ104F-1を出場させた際に旧製品LOT屋根板へ交換していたためモハ101-68と振り替える必要は無かった。
当時その可能性だけでサハ101-105(元ツヌ131F-1→旧ラシ104F-1)用屋根板を入れ替えたが結果的に当たってくれた。
ラシ101Fとの車両番号重複解消が旧ラシ104F-1を出場させた切っ掛けだったが今後の出番は増えると思う。

JR101系習志野電車区104F [T105] 4+6編成 前期仕様 (サハ101-105[ツヌ131F-1] 編成異動,ツヌ131F-1[M'c143] 廃止)

2016-05-30 21:27:41 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
応急措置。

KATO製JR101系ラシ107F(Mc202:塗装変更車+再生産品+旧製品)の出場時に習志野区仕様内での車両番号重複が発覚した。
当該編成はラシ101F(Mc201:弁天橋区仕様+旧製品+塗装変更車)とラシ104F(Mc136:再生産品+旧製品)である。
各々のプロトタイプはラシ101F:1988年2月,ラシ104F:1988年11月で何れも運用離脱直前を選定している。


JR101系ラシ104F (1988/2,1988/11)。
[ラシ104F-1]:(Mc136-M'111-T245-T'c30+Tc81-M230-M'224-)T105(-M237-M'c175)。
[ラシ104F-2]:Mc136-M'111-T245-T'c30+Tc81-M230-M'224-T264-M237-M'c175。
※再生産品+旧製品+塗装変更車。
◆サハ101-105 竣工,ラシ104F-1 出場。

1988年2月を以て使用停止となったラシ101Fは編成がばらされ中原区への転属,予備車,廃車へと離散した。
このうちサハ101-264は1988年4月頃に習志野区唯一のサハ101形0番代だったサハ101-105(ラシ104F)と差替えられた。
従って1988年11月をプロトタイプとしたラシ104Fはサハ101-264がラシ101Fと被る結果になっている。
先発出場は旧ラシ104F(塗装変更車+旧製品)だが約7箇月の設定差が車両番号重複を招く原因になるとは思ってもいなかった。


ラシ101F。
※弁天橋区仕様+旧製品+塗装変更車。

弁天橋区仕様(Mc170),保留車,波動用車両を寄せ集めたラシ101Fであるがサハ101-264の重複には気付けなかった。
1986年4月現在から1988年2月までラシ101F(←ツヌ101F)の車両構成は変わっておらず改番は行えない。
そのため離合時の齟齬解消にはラシ104F用サハ101-105を竣工させるしかなく引当可能なサハ101形捻出へと取り掛かった。
機転が利けばサハ101-108(ツヌ118F:再生産品←旧ツヌ118F:Mc155)をサハ101-105(ラシ104F)へ改番していたはずである。
しかし既に101系800番代LOT側面窓セル交換を施しツヌ122F(Mc155)へ組み込んでしまったため手遅れだった。


サハ101-264(ラシ104F)。
※旧製品。


サハ101-264(ラシ101F)。
※塗装変更車。

サハ101形捻出と同時に保留車の10両編成化も同時進行させなければならず纏まった車両確保が必要だった。
在籍編成でも車両番号が特定できないイメージ編成の優先度は低いがその中でツヌ131F-1(M'c143)に辿り着いている。
ツヌ131F(Mc70←ツヌ131F-1,ツヌ131F-2:T25)は浦和区借入車を中心とし先に廃止された元ツヌ308F(Tc81)まで再現していた。
だが資料都合によりサハ101-105,サハ101-239(ツヌ131F-1:塗装変更車)の車両番号特定には至らず推測で付番した。
組成上ツヌ131F-2との共用都合が絡んだサハ101-239に対し単独で組み込まれるサハ101-105は在籍時期を目安とした。


さよならツヌ131F-1。

また形式構成からモハ100-68(ツヌ131F:動力ユニット搭載車)が2号車に配されるため推進偏位の激しさも弱点であった。
そこでツヌ131F-1を廃止しクモハ100-143+モハ101-239,サハ101-105(ツヌ131F-1:塗装変更車)の捻出へと動き出している。
1988年2月までのラシ104F(T105)に必要だったサハ101形0番代はサハ101-105であり種車には最適だと思われた。
だがクモハ101-155,クモハ100-108(ツヌ118F:再生産品)にてクモハ101-136,クモハ100-175(ラシ104F)を更新したばかりだった。


国鉄101系サハ101-105(ツヌ131F-1:TNカプラーSP取付試作車)。
※塗装変更車。

十代目ツヌ118F(Mc155:再生産品)を分散配置しメーカー塗装車で統一させたラシ104F(T264)の編成見附は乱したくなかった。
取り敢えず未改番のまま組み込めるサハ101-105(ツヌ131F-1)を一時的にラシ104F(T105)へ異動させる作戦とした。
これでツヌ131F-1は正式廃止が決定しツヌ131F-2の編成管理番号をツヌ131F(Mc70)へと変更した。
但しモハ100-68,モハ100-241(ツヌ131F)に動力ユニットが搭載されているためツヌ131Fは2M8Tとなる。
何れかの動力ユニットを保留車10両編成化用に廻す予定だがそれまでモハ100-68の都度床板交換は解消されない。


国鉄101系ツヌ131F。
※塗装変更車+旧製品。

なお脱車となったサハ101-105(元ツヌ131F-1)だがツヌ131F-1,ツヌ131F-2を両立させるべく特異な加工が成されていた。
ツヌ131F-1にてクモハ100-68(TNカプラーSP取付試作車)と突き合わされる1エンド側のみTNカプラーSPへの交換を行った。
当初接着剤固定だったTNカプラーSPはビス締結まで施され走行時に支障を来すことなく有効活用されてきた。
しかしクハ101-85(ラシ107F:旧製品←クハ101-81:元ツヌ308F)と同じく異動に際しTNカプラーSPはお役御免となる。


クモハ100-68+サハ101-105 (元ツヌ131F-1:TNカプラーSP取付試作車+TNカプラーSP取付試作車)。
※塗装変更車。

KATO製101系でのTNカプラーSP廃止は2両目となるが元クハ101-81(TNカプラーSP取付試作車)では床板流用を放棄した。
これは強力に固定されたTNカプラーSPの撤去が難しかったためで残念ながらサハ101-105用床板も同様であった。
皮肉にも固定方法は正しかったらしくKATOカプラーへ戻すには床板交換が最も簡便な方式だと判断している。
そのため改番を伴わない編成異動の割にサハ101-105(元ツヌ131F-1)は想定よりも工程数が多くなった。


入工中のサハ101-105(元ツヌ131F-1)。

床板はサハ101-247(ラシ107F:塗装変更車)を竣工させた際に保管品へ廻した元サハ101-91(元ツヌ122F:M132)用を起用する。
当時サハ101形0番代の増備には当面至らないと考えていたため元サハ101-91用DT21非動力台車はサハ101-247へ転用となった。
半ば緊急予備品相当だった元サハ101-91用床板だがまさかの出番が訪れ短期間でDT21非動力台車再装着を迎えている。
今回はあくまで暫定異動でありやや黒染車輪に劣化が見られたサハ101-105用DT21非動力台車を流用した。
そしてラシ104F(T264)の仕様に従い旧製品LOT屋根板へと振り替えたが無駄な作業となる可能性も否定できない。


部品を入れ替えたサハ101-105(ラシ104F)。

DT21非動力台車をサハ101-247へ供出しただけだった元サハ101-91用床板にはKATOカプラーが存置されていた。
そのため新たなKATOカプラーは必要とせずあっさりとサハ101-105(ラシ104F)用床板を仕立てられている。
ダミーカプラー交換やTNカプラーSP取付試行により余裕が生まれたKATOカプラーだが如何せん再用機会が少ない。
TNカプラーSP取付試作車もクモハ101-70,クモハ100-68(ツヌ131F)が残るのみとなりしばらく補充は不要だと思われる。


保管品に廻った元サハ101-105用床板(1エンド側)。

主工程がサハ101-105(ツヌ131F-1→ラシ104F)のKATOカプラー復旧だったため元サハ101-105用床板は行き場を失った。
前途の通り現時点でサハ101形0番代を竣工させる計画は存在せず元サハ101-91用床板に代わり保管品へ廻った。
二次に渡るTNカプラーSP取付試行を経たが1エンド側のみの交換で留まっており再登板は厳しいかもしれない。
なお製品原形のサハ101形0番代用床板はこれまでのサハ101形200番代編入等による発生品で十分な数量が確保されている。
サハ101-105(ラシ104F-1:塗装変更車)の竣工で1988年2月に対応できるラシ104F(T105)が出場に至った。
これでサハ101-264が重複する事態から脱しラシ101Fとラシ104F(T105)の離合に齟齬は無くなった。




サハ101-105(ラシ104F-1:旧製品LOT屋根板,床板交換施工)。
※塗装変更車。

編成表には合致しているもののやはり1両だけの塗装変更車は編成見附の足を引っ張る存在となってしまった。
塗装変更車でも低水準の仕上がりに終わったサハ101-105は柚肌が激しく異動対象には適さなかったらしい。
幸いカノ20F(Mc53:塗装変更車+旧製品)には塗装変更車が組み込まれており後日旧製品車両との振替えを行う予定である。
プロトタイプ変更を伴うカノ20Fならばサハ101-105(ラシ104F-1)用種車の確保は苦労しないと思う。
なお編成管理番号はラシ104F-1(T105:前期仕様)とし従来のラシ104Fをラシ104F-2(T264:後期仕様)に変更した。
これでラシ104F(Mc136)は11両体制となったがサハ101-105が暫定竣工で留まるためラシ104F-2を基本編成とする。
車体更新までは原則的にラシ101Fとの離合時のみサハ101-264(ラシ104F-2)とサハ101-105を差し替える方向である。


モハ100-224+サハ101-105 (ラシ104F-1:旧製品+塗装変更車)。

その他サハ101-105(元ツヌ131F-1)の暫定異動によりツヌ131F(Mc70←旧ツヌ131F-2:T25)も10両体制へと改められた。
連動してツヌ131F-1が廃止されたためクモハ100-143+モハ101-165(元ツヌ131F-1:塗装変更車)はひとまず保留車に廻した。
従ってクモハ101-155,クモハ100-108(ツヌ118F:旧製品),クハ101-75(ツヌ118F:再生産品)を含む5両が新編成組成準備車となった。
まだ未確定ながら新金型運転台付車のクモハ100-143,クハ101-75(←旧ツヌ118F:Mc155)は先頭車両に起用する予定である。
そうなるとクモハ100-108(←ツヌ118F:Mc155)を中間組込車に充当しなければならず編成構成は狭められる。
クモハ100形2両を組み込む10両編成化は編成表との照合が必要になるためカノ20Fの新たなプロトタイプ決定まで先送りする。

国鉄101系津田沼電車区122F [Mc155] 7+3黄緑6号混色:YG-Y編成 (組成変更:モハ101-215+モハ100-208,サハ101-108 竣工)

2016-05-23 21:10:26 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
復帰。

KATO製国鉄101系サハ101-108(ツヌ118F:再生産品)はサハ101-247(ラシ107F)へ部品を供出し分解されたままになっていた。
既に配置先は内定済でサハ101-108(ツヌ118F)を組み立て未改番のままツヌ122F(Mc155)へ投入し復帰させる。
ツヌ122Fはイメージ編成で未だ車両番号特定には至っていない。


国鉄101系ツヌ122F 黄緑6号混色編成(1979/X)。
[ツヌ122F]:Mc155-M'158-T253-T108-M215-M'208-T'c78+Tc75-M231-M'c170。
※塗装変更車+再生産品+旧製品:イメージ編成(1979/10)。

ツヌ118F(Mc155:1978/3)と比較的在籍時期の近いツヌ122Fへの異動であるが改番は見送った。
既に各種部品類は揃っており塗装済キットに手を着けるような気分である。
床板は供出対象外だったため回着時と再生産品LOT品になった。
屋根板もベンチレーターが取付済で簡単に片付けられると思っていた。


入工中のサハ101-108 (ツヌ118F)。
※再生産品)。

計算外だったのは1-3位側用側面窓セルがなかなか嵌まってくれなかった事である。
共に手を加えていないが妻面窓セルとの嵌合に余裕が無くなかなか受け入れてくれない。
何度か組み直しを行ったが状況は変わらなかった。
止む無く車体を撓ませ側面窓セルを押し込んでいる。
だがこれは強引すぎたようで車体中央部の側面窓セル押えを折損させてしまった。
幸い車体との嵌合がきつく側板からの浮き上がりは防げた。


経年で車輪色の異なるサハ101-247,サハ101-108 (ラシ107F,ツヌ122F)。
※塗装変更車,再生産品。

ここでサハ101-247(ラシ107F:塗装変更車)とのDT21非動力台車振替を行う。
サハ101-91の入場時に気を配らなかったせいで再生産品台車をサハ101-247へ履かせなかった。
その後のモハ101-215(ツヌ118F:再生産品→ツヌ122F)の入場で気付いた点だが編成内で車輪経年統一を図る。


黒染車輪劣化が目立つDT21非動力台車。

黒染車輪の経年劣化は各社共通の悩みである。
編成単位で揃えた方が管理に有利であり気を付けなければならない。
室内灯を使用しないため今のところ車輪交換は考えていない。
101系800番代LOT側面窓セル交換により濃灰色Hゴム支持再現へと変わり若干雰囲気が変わった。
これはモハ101-215+モハ100-208(ツヌ122F←モハ101-215+モハ100-208:ツヌ118F)と同様である。
引き続きツヌ122F基本7両編成側のHゴム支持色温度は同系統で纏められている。




サハ101-108(ツヌ122F:屋根板・101系800番代LOT側面窓セル・DT21非動力台車交換,サハ101形復帰)。
※再生産品。

基本7両編成は黄緑6号車両に合わせ101系800番代LOT側面窓セル装着車で統一していた。
一方付属3両編成は明灰色Hゴム支持車で揃っており編成内の対比となっている。
サハ101-108(ツヌ122F)の竣工でツヌ122Fも戦列に復帰した。


モハ100-158+サハ101-108 (ツヌ122F:101系800番代LOT側面窓セル装着車+101系800番代LOT側面窓セル装着車)。
※塗装変更車+再生産品。

JR101系ラシ107F(Mc202←ツヌ118F:再生産品)と振替えられた車両は何れも原番号を維持している。
元々未改番だったクハ101-75,クハ100-78(ツヌ122F:旧製品)と共に珍しい存在になった。
このうちクハ101-75は側面窓セル交換を行っておらず原形を残す貴重な車両である。
再出場を迎えたツヌ122Fだが出来れば車両番号を特定しイメージ編成から脱却させたい。

JR101系習志野電車区107F [Mc202] 4+6編成 (ツヌ118F[Mc155] 改番,車両振替) ※クモハ100-191:前照灯誤取付

2016-05-22 21:18:08 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
離散。

待望のKATO製国鉄101系ツヌ118F(Mc155:再生産品←旧ツヌ118F)だったがJR101系ラシ107F(Mc202)へと組み替えられた。
クモハ101-155,クモハ100-108(ツヌ118F)はクモハ101-136,クモハ100-175(ラシ104F:Mc136)用車体更新種車となった。
その結果クモハ101-202,クモハ100-191(ラシ107F)は塗装変更車へと代替され再生産品の有り難みはラシ104Fに譲っている。




JR101系ラシ107F (1988/4)。
[ラシ107F]:Mc202-M'256-T247-T'c34+Tc85-M253-M'247-T290-M262-M'c191。
※塗装変更車+再生産品+旧製品。
※クモハ100-191 前照灯誤取付。

10両編成中7両が他編成と差替えられ十代目ツヌ118F(Mc155)構成車は僅か3両まで減少した。
代替車両は殆どがインレタ節約を目的とし塗装変更車若しくは旧製品車両に入れ替えている。
ラシ104Fの車体更新と並行したクモハ101-202,クモハ100-191はJRマークが転写済でラシ107F化の鍵を握った。
◆クモハ101-202,クモハ100-191(塗装変更車)←クモハ101-136,クモハ100-175(元ラシ104F)。
◆モハ101-253+モハ100-247,サハ101-247(旧製品)←モハ101-132+モハ100-128,サハ101-91(元ツヌ122F:Mc155)。
◆クハ101-85(旧製品)←クハ101-81(元ツヌ308F:Tc81)。
◆サハ101-290(旧製品)←サハ101-127(元カノ20F:Mc53)。
再生産品車両と旧製品車両との差異だった屋根板色温度だが結局全車再生産品LOT品が取り付けられた。
クモハ101-202がLP402前照灯車へと戻った以外編成見附は旧ラシ104F(塗装変更車+旧製品)とそう変わらない。


旧ラシ104F。
※塗装変更車+旧製品。

101系習志野区仕様ではラシ106F(Mc191)に次いで編成前後の前照灯が異なる編成となった。
習志野区101系はJR移行までに4+6編成化されたはずで編成毎の特徴は薄れた。
クモハ101-201,クモハ100-192共にLP402前照灯車で残っていたラシ101F(Mc201)が最も個性的だったと思う。
次いでクモハ101形:LP402前照灯車,クモハ100形:LP411前照灯車だったラシ106F(Mc191),ラシ107Fに一癖があった。
強いて挙げればラシ104Fも1988年2月までサハ101形0番台が組成されており特異な部類に入っていた。


ラシ101F。
※弁天橋区仕様+旧製品+塗装変更車。


ラシ104F。
※再生産品+旧製品。


ラシ106F。
※旧製品。

ラシ102F(Mc173),ラシ103F(Mc133),ラシ104F,ラシ105F(Mc148)はクハ101形がLP402前照灯車であるかの違いしかなかった。
プロトタイプ選定ではこの小差が左右しラシ102F,ラシ103F,ラシ105Fは早々に候補から外れている。
そのラシ107Fだがラシ106Fとはクハ101-85がLP411前照灯に改造されている以外大きな違いは存在しない。
しかし初代ツヌ118Fを改装したラシ106F(旧製品)は旧金型編成であり新金型編成のラシ107Fとの対比要素になっている。



ラシ106F,ラシ107F。
※旧製品,塗装変更車。

在籍編成する101系習志野区仕様は少数派に留まっており[13C 津田沼]表示を採用した。
ラシ106F:[三鷹]幕,ラシ104F:[千葉]幕,ラシ101F:[中野]幕と主流の行先表示を出場順に割り当ててきた流れを継がせている。
代替車両が無かったクハ100-34(4号車:再生産品)は中間組込車のまま残されてしまい多少勿体ない気がする。
但し弁天橋区仕様車及び弁天橋区仕様Assy車体(Mc170)で車体更新を行った旧製品編成は一部に限られた。
現在旧製品先頭車両が残る編成は前照灯差異や第二次冷房改造車等の対比要素を持たせており更新対象から外している。
そのためひとまず運転台付中間組込車として竣工させたが今後の展開次第では車体更新用種車に起用すると思う。


クハ101-85,クハ100-34。
※旧製品,再生産品。

なお偶然ではあるが前照灯の差違は運転台付中間組込車のクハ101-85,クハ100-34も同様となった。
クハ101-85はLP411前照灯車へと改装しており旧製品LP402前照灯車よりも前面見附に優れているはずである。
それでも再生産品LP402前照灯車のクハ100-34には適わず所詮は違和感緩和策に過ぎないと痛感した。
行先方向幕は捩れた[臨時]幕と印刷消去済[]幕を採用し隠れた拘りとした。
隠れるのは中間組込車のためで目立つ機会はほぼ無きに等しいと思う。


クハ100-34+クハ101-85 (元クハ100-78+元クハ101-81)。
※再生産品+旧製品。

ラシ107Fの編成見附は旧ラシ104F時代と殆ど変わっておらず習志野区仕様も4編成目となった。
選択肢が限られたラシ107Fだが何と言ってもクモハ101-202,クモハ100-191で異なる前照灯に特徴がある
初代ツヌ118Fをツヌ106F(Mc155→旧ラシ106F:Mc155→ラシ106F)へ改装した切っ掛けも前照灯差異が決定打であった。
当時1編成だけの在籍だった津田沼区仕様で2種類の前面見附を生み出すには最も相応しいプロトタイプだと考えた結果だった。
そして今回再び編成番号重複回避と両立させながら新金型先頭車両で同形態の編成を登場させる理由になった。


ラシ107Fサイドビュー(クモハ101-202)。
※塗装変更車。

前途の通りJR101系習志野区所属編成はある程度纏まった形式構成で7編成しか存在しなかった。
だがKATO製101系に限ればツヌ118F(旧製品)とツヌ118F(再生産品)が差別化を可能にしてくれた。
両先頭車両が塗装変更車へ格下げされたのはご愛嬌だがラシ107Fほど新規出場に嵌まる編成は無かったと思う。

※記事訂正。

JR101系習志野電車区104F [Mc136] 4+6編成 (クモハ101-136,クモハ100-175 車体更新:塗装変更車廃止) ※再生産品+旧製品

2016-05-16 21:12:16 | 国鉄/JR101系出場:総武・中央線
恩恵。

KATO製国鉄101系ツヌ118F(Mc155:再生産品)からクモハ101-155,クモハ100-108がJR101系ラシ104F(Mc136)へ異動となった。
改装予定だったJR101系ラシ107F(Mc202)には組み込まず車体更新用種車とし旧製品LOT屋根板,側面窓セルへ交換している。
その結果先頭車両がクモハ101-136,クモハ100-175(再生産品)へと改められたラシ104F(再生産品+旧製品)の復帰を迎えた。




JR101系ラシ104F (1988/11)。
[ラシ104F]:Mc136-M'111-T245-T'c30+Tc81-M230-M'224-T264-M237-M'c175
※再生産品+旧製品。
◆クモハ101-136,クモハ100-175 車体更新,塗装変更車廃止。

今入場ではクモハ101-136,クモハ100-175の車体更新を行ったのみでモハ100-111以下8両(ラシ104F:旧製品)に変更は無い。
クモハ101-136,クモハ100-175とも厚塗りの塗装変更車からメーカー塗装車へ置き換えられすっきりとした印象に変わった。
なお[07C]幕をクモハ101-202,クモハ100-191(ラシ107F:Mc202)に譲ったため運行番号は[53C]幕へ変更となった。
ツヌ131F(Mc70)以来の[53C]幕採用であり[千葉]幕との組み合わせは初登場となるが運行番号と行先表示の整合は黙認している。
ダミーカプラーはクモハ101-202,クモハ100-191(ラシ107F:塗装変更車)と振替えておらずATS-B形車上子付胴受を承継させた。


[ありがとう 笑顔のせて25年 101系さよなら]ヘッドマークを掲げたラシ104F。
※再生産品。

旧ラシ104F(塗装変更車+旧製品)譲りのクイックヘッドマーク機構も引き継ぎ[101系さよなら]ヘッドマークを掲示可能にした。
営業運転撤退直前より掲げられたラシ104F用[101系さよなら]ヘッドマークのデザインは秀逸だった。
だからこそ総武本線開業120周年記念ヘッドマークステッカーのモチーフに採用されたのだと思う。
同じくラシ105F(Mc148)にもヘッドマークが掲げられたがすれ違いでしか見られなかったためラシ104F用に思い入れがある。
自作したラシ104F用ヘッドマークだがナイフ捌きの技量が上がっておらず再製作しても前面見附向上には繋がらない。
車体更新で編成見附が一新された分現在の[101系さよなら]ヘッドマークは見窄らしく映るが取り敢えず継続使用とする。


ラシ101F,ラシ104F (LP402前照灯車,LP411前照灯車)。
※弁天橋区仕様,再生産品。

ラシ104Fの再出場により両先頭車両ともLP411前照灯車で揃う習志野区仕様が復活した。
LP402前照灯編成は弁天橋区仕様(Mc170)を充当したラシ101F(Mc201:弁天橋区仕様+旧製品+塗装変更車)が在籍する。
またLP402前照灯+LP411前照灯編成もラシ106F(Mc191:旧製品←旧ツヌ106F:Mc155←ツヌ118F:Mc155)を出場させていた。
更にラシ107F(塗装変更車+再生産品←ツヌ118F:Mc155)が加わる予定で習志野区仕様の代表的な編成は一通り揃う。
習志野区仕様は全て4+6編成となる縛りがあり多士済々の津田沼区仕様よりもプロトタイプ選定に苦慮する。
残るはラシ102F(Mc173),ラシ103F(Mc133),ラシ105F(Mc148)だがラシ104Fとの差別化が難しいため増備は未定である。




ラシ104Fサイドビュー(クモハ101-136:車体更新車)。
※再生産品。

但しラシ104Fは完全な習志野区仕様とは言えず10両全車とも[千ツヌ]電略標記印刷のまま残されている。
可能ならば[千ラシ]電略標記インレタへと改めたいところだが手配都合により施工の目処は立っていない。
旧ラシ104F時代からの課題だったが遠目では[千ツヌ]電略標記と[千ラシ]電略標記は判別し難いため断念も頭に入れている。
その他2両分だけ残っていたTOMIX製旧インレタのお陰でクモハ101-136,クモハ100-175は側面見附を揃えられた。
だがTOMIX製側面用旧JRマークインレタは残0となりTOMIX製103系High-Grade製品用インレタに頼るしかなくなっている。
JRマークインレタ関連では綱渡りが続いたが弁天橋区仕様用LP411前照灯の活用等で無事再出場を迎えられた。
従来から登場機会の多かったラシ104Fであるが車体更新を経た今後は更に活躍する場が増えると思う。