やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

気腫を伴う間質性肺疾患

2009年06月21日 05時16分54秒 | びまん性肺疾患
肺気腫と間質性肺疾患はプライマリケアの現場においても重要な疾患であるが、時に両者の合併例に遭遇する。ある報告によればIPF連続110例のうち31例(28%)に肺気腫を合併していたとされ(Chest 2009, doi:10.1378/chest.08-2306)、思いのほか多いのに驚く。これまで決して無視されていたわけではなく、かつて本邦では非定型(B群)間質性肺炎として関心を惹いていたのだが(日胸疾会誌 1992; 30: 1371-1377)、2005年にCottinらが上肺野優位に肺気腫、下肺野にILDを認める61症例を取り上げ、combined pulmonary fibrosis and emphysema (CPFE)という概念を提唱したのを機に俄然注目を集めるようになった(Eur Respir J 2005; 26: 586-593)。彼らの報告によれば、ILD病変に関しては画像上IPFないしfibrosing NSIPパターンを呈していたのが84%を占め、組織が得られた8例のうち5例はUIPで、その他DIP、OP、unclassifiable IPがそれぞれ1例ずつであった。一方、肺気腫病変についてはcentrilobular emphysema が95%にみられたのに加え、paraseptal emphysemaも93%と高頻度であったのは特徴的である。他の点ではCPFEに合併するILDないし肺気腫をそれぞれ単独例と比べても画像や病理像に特異な所見はみられていないようだ(Respir Med 2008; 102: 1753-1761)。ほとんどの症例が安静時に低酸素血症を呈し(82%;50/61)、拡散能も低下していた(98%;56/57)のとは対照的に、1秒率が低下していたのは49%(30/61)、拘束性障害を呈していたのは21%(12/56)にとどまっていた。この点は他の報告でも一致しており(Respir Med 2005; 99: 948-954、Respiration 2008; 75: 411-417、Respir Med 2009, doi:10.1016/j.rmed.2009.02.001)、肺気腫による閉塞性障害とIPFによる拘束性障害が互いに相殺されるため、通常行われる肺機能検査の範囲内では軽度の異常にとどまることがあると説明されている。またしばしば肺高血圧を合併し予後に関連する重要な因子として重視される。ただし生存期間については、IPF単独例に比べ予後不良であるとするものと(Chest 2009, doi:10.1378/chest.08-2306)、差はみられないとするものがあり(Respir Med 2009, doi:10.1016/j.rmed.2009.02.001)、予後因子の評価を含めさらに検討が必要である。

肺気腫と間質性肺炎とを関連づけて検討されるようになったのはこのようにごく最近のことだ。これまでそのような研究が少なかった第一の原因は、両者が呼吸生理学のみならず病理学的にも明瞭に異なり、互いに対極に位置するとさえ言ってよいほどであるため、両者の病態がどのように相関するのか想像しにくいことにある。ここで簡単に肺気腫の側から基本事項を再確認しておこう。まず終末細気管支より末梢の気腔が拡大している群を“respiratory airspace enlargement”と総称する。これは肺胞構造の破壊のないもの(Down症候群のような先天性のものや加齢に伴うものなど)と肺胞構造の破壊を伴うものに分けられる。さらに後者のうち、明らかな線維化がみられないものを“肺気腫”と定義し、一方で線維化を伴うものは“airspace enlargement with fibrosis (AEF)”と呼ばれる(Am Rev Respir Dis 1985; 132: 182-185)。つまり肺気腫は肺胞構造が破壊されながらも原則として線維化を形成しないものとされているため、肺線維症をはじめとする間質性肺炎と合併することはあっても、それは機序を異にする偶然の事象とされたのである。そうはいうものの、特に遠位細葉型肺気腫(distal acinar emphysema)では線維化をしばしば伴うことが知られており(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2008; 3: 193-204)、この理由としてFraserの教科書では組織破壊や感染性肺炎などの局所の炎症が続発性の線維化を伴うためと記述している(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 第4版、Saunders 1999)。しかしながら一般に肺気腫症例の肺胞隔壁ではコラーゲン量が増加していることも報告されており(Thorax 1994; 49: 319-326)、上記の肺気腫の定義は検討の余地がありそうだ。

一方、AEFについてはむしろirregular emphysemaの名称のほうが知られている。組織学的に病変が細葉内の一定の領域に局在する傾向が見られないものをいい、多くの場合近傍に存在する線維性瘢痕によるものだ。病変は軽度であることが多いが広範に見られることもあり、結核やサルコイドーシス、好酸球性肉芽腫症などに加えhoneycombingによるものが記載されている(Am Rev Respir Dis 1985; 132: 182-185、Am J Respir Crit Care Med 1995; 152: S77-S121)。ところが最近このような概念から一歩踏み出し、AEFを肺気腫と間質性肺炎の接点にあるものと捉える病理学の側からの研究がある(Histopathology 2008; 53: 707-714)。それによれば、AEFの肉眼所見は、大きさにばらつきがある薄い壁をもつ嚢胞、網状病変ないしそれらの混在としてみられ、一見honeycombingに似ているが嚢胞の壁がより薄いことに加え、その分布はUIP症例と同様に下肺野優位ではあるがやや頭側に存在している(AEFは“costal region”にみられ、UIPは横隔膜面に多い傾向が見られた)ことが異なる点として挙げられている。組織学的には構造改変を伴った線維性間質(しばしばhyaline化している)や気腫性変化が通常 細気管支を中心に分布し、fibroblast fociを欠くものとされている。このAEFの頻度は喫煙量とともに増加することが示され、臨床的にsmoking-related ILDと認識されているものの一部を説明できるかもしれないと主張している。
これとは独立に同様の病理像を示すものが、respiratory bronchiolitis-associated interstitial lung disease with fibrosisとして臨床病理学的な観点から報告された(Mod Pathol 2006; 19: 1474-1479)。これもやはり気腫性変化を伴うが、著者はむしろfibrotic NSIPと区別されるべきことを強調している。その9例中8例はcurrent smokerであり、肺機能検査では閉塞性障害優位の混合性換気障害を示し、肺気量は比較的保たれているにも関わらず、拡散能は著明に低下していたのが特徴的であった。画像では両側のmicronodularないしlinear infiltrateが主な所見でGGOや肺気腫像もみられたという。

このように肺気腫と間質性肺炎の合併が注目を集めるのは、その臨床的な意義によるばかりではない。それ以上に病因の面から両者をsmoking-related lung diseasesとしてひと括りに捉えようとする壮大な企てが多くの研究者を惹きつけているのである。言うまでもなく肺気腫、間質性肺炎ともに危険因子として喫煙を有する。同一の刺激に対する個人毎の感受性・反応の程度・様式とその結果としての表現型はかなり異なるように見えても、その根幹の機序は共有される部分が多いのではないかと考えるのは自然だろう。実際、TGF-βとそのSmadシグナル伝達経路(Proc Am Thorac Soc 2006; 3: 696-702)をはじめとして、TNF-α(Am J Respir Crit Care Med 2005; 171: 1363-1370)、PDGF(Am J Pathol 1999,154,1763-1775)、VEGF(Respiration 2008; 75: 411-417)、MMPs(Respir Med 2008; 102: 1753-1761)の関与が検討されている。このように考えてくると、ゲフィチニブやエルロチニブによる間質性肺炎は既存肺にCOPD/肺気腫を有する例に多いことが指摘されているのは興味深く思える(医薬ジャーナル 2005; 41: 772-789)。

以上2回に分けて、蜂巣肺の概念が提出されてからの半世紀を概観した。そこには先人による無数の苦闘の積み重ねがある。それでも病因・病態を極める道程のいまだ通過点に過ぎない。しかも表現型を細かく分類した上で、その原因をサイトカイン、さらに遺伝子のレベルまで分け入って分析するという現在の方法論ではこれ以上先に進めないのではないかという予感も漂う。かつてトマス=クーンは科学の進歩は不連続であると説いたのだが、今後この分野でもパラダイムの変換があるのだろうか。 (2009.6.21)