やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

ALI/ARDSとCapillary leak syndrome

2010年12月13日 04時56分11秒 | びまん性肺疾患
文献を一文字ずつ追いながらも、ページ一枚めくるのにも疲労を覚え、苦痛さえ感じるようになった。それは体力の低下によるばかりではないのだろう。すでに脳には老化に伴う変化がかなり蓄積しているはずなのだ。既視感に似た感覚にたびたび襲われるのも、記憶力の衰えを反映した現象であるに違いない。けれども、多くの疾患でその病態、とりわけサイトカインや細胞内シグナル伝達などの分子の絡みあいは、部分的にしろ共有されており、しばしば混乱させられるのもまた事実である。

ALI/ARDSとCapillary leak syndrome(CLS)にしても、その核にある概念は驚くほど似通っている。前者は言うまでもなく、肺胞領域の非特異的炎症による透過性亢進型肺水腫であるとみなされているのに対し(ALI/ARDS診療のためのガイドライン 第2版、日本呼吸器学会、2010年)、後者も血管内皮バリア機能不全を特徴とする多臓器疾患とされているのだ(Ann Intern Med 2010; 153: 90-98)。ではこの両者を区別するのは侵される臓器の違いにすぎないのかと思われるかもしれないが、話はそう単純でない。ARDSでの死亡には呼吸不全というよりむしろしばしば多臓器不全が寄与している。つまり、その原因となりうる基礎疾患は直接・間接に肺を損傷するのと同様、他臓器にも少なからず傷害を与えているのだ。一方、肺を震源とする傷害が全身血管に波及しうることを示す報告もある(Am J Respir Crit Care Med 2003; 167: 1627-1632)。そうであるとするなら、ALI/ARDSも多臓器疾患の一部分症としてとらえなければならず、CLSとの関連について今一度整理する意義があるだろうと思う。

ごくありふれた虚血などによる局所的血管透過性亢進とは異なり、CLSは上述のように、基本的に全身性の反応を表すもので、とくにSystemic capillary leak syndromeと呼ぶこともある。診断には心疾患やアナフィラキシーなど他疾患の除外を要するものの(Ann Intern Med 2010; 153: 90-98)、典型例では血管内volumeの70%ともいわれるほど多量の血漿成分が血管外に漏出することによる浮腫とhypovolemic shockをきたし、血液検査にて血液濃縮(ヘマトクリット値がしばしば60%以上になる)と低アルブミン血症を伴うのが特徴である(Intern Med 2007; 46: 899-904)。基礎疾患としてしばしばみられるのは敗血症、膵炎、外傷など、ALI/ARDSと共通するものもあるけれども、そればかりではなく薬剤(IL-2、IL-4、TNF、GM-CSF、G-CSF、IFN、gemcitabineなど)や幹細胞移植後、リンパ腫などの悪性腫瘍、血球貪食症候群、systemic mastocytosis、CO中毒、C1 esterase欠損によるhereditary angioedema、分娩後など様々な疾患に合併しているようだ(Ann Hematol 2005; 84: 89-94、Curr Opin Hematol 2008; 15: 243-249、Intern Med 2007; 46: 899-904)。

これらに加えて、基礎疾患が明らかでないIdiopathic systemic capillary leak syndrome(Clarkson’s disease)もあり、単にCLSといえばこちらのほうを指すことも多い。118例のまとめによれば、発症年齢中央値は45歳(5か月~74歳)、57%が男性であった(Ann Intern Med 2010; 153: 90-98)。時にインフルエンザ様症状や消火器症状などの前兆を伴い、低血圧/ショックが急激に発症する。浮腫が躯幹や四肢にみられるものの、体腔液の貯留はないのが普通だ。筋のcompartment syndromeや横紋筋融解症にいたるものがあり、静脈血栓塞栓症、臓器不全を合併した症例もある。幸いにも、これらの諸症候をもたらす透過性亢進は一過性で、1~3日のうちに急速に回復する。とはいえ、それを乗り切ったとしても、今度は組織間液が循環中に回収されることによるvolume overloadから肺水腫をきたし、これが致命的になることもまれではない。このような急性のエピソードを20年に一度から3~4日毎に繰り返すのが大部分であるけれども、少数ながら反復を認めない慢性型も存在しているようだ。意外なことに予後は比較的良好で、1990年以降の報告例では5年生存が70%程度であったという(Intern Med 2007; 46: 899-904)。

このような激烈な血管透過性亢進をもたらす機序は、その発生がきわめてまれなこともあり、ほとんど明らかになっていない。この点、ALI/ARDSの病態が詳細に検討されているのとは対照的である(Vascul Pharmacol 2008; 49: 119-133)。血液検査では約8割にMGUS(monoclonal gammopathy of undetermined significance)を伴い病態への関与が疑われるものの、結論には至っていない。免疫染色を含む組織所見で単核球浸潤を認めることがあるけれども、明らかな異常をみないことも多く、免疫グロブリンや補体の沈着もみられない。電顕でも血管内皮の障害は認められなかったという。

このように、その概念に重なるところの多いALI/ARDSとCLSではあるが、基礎疾患、臨床症状、検査所見など無視できないほどの違いがあると言わざるをえない。話を肺水腫に限っても、CLSにおけるそれは上述したように、血管透過性亢進が回復したあとの循環血液量負荷に由来するものとみなされている。IL-2投与に伴うCLSでは血管内皮の透過性は亢進するものの、肺胞上皮傷害はきたさないため、結果として起こる肺水腫もほとんど間質に限られることがALI/ARDSと決定的に異なるところで、ゆえに低酸素血症はほとんどなく急速に改善するのだと説明するものもある(J Thorac Imaging 1998; 13: 147-171)。いずれにせよ、現状では両者を同一視するのは困難だ。

しかしながら、この両者がどこかでつながっているのではないかという考えは、想像をおおいにかきたててやまない。簡単に捨て去ってしまうにはあまりにも魅力的で、もしかしたら、いつの日かミッシング・リンクが解き明かされることだってあるかもしれないとも思う。耄碌しかかった野良医者には仮定に仮定を接いで物語を紡いでいくくらいしかできないけれども、英国の医師アーサー・コナン・ドイル氏なら、そこにいかに巧妙なトリックが隠されていようとも、鮮やかに解決してくれるような気がするのである (2010.12.13)