やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

MPO-ANCAと肺線維症

2013年08月31日 04時47分19秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
疾患特異性の高いマーカーが、詳細な病歴の聴取と正確かつ漏れのない理学所見に取って代わることはないにしても、患者の負担と現場の労力を軽減するものであるのは間違いない。ANCAなどはまさにそうであり、血管炎のマーカーとしてのみならず、その病態にも深く関わっている(血管炎症候群の診療ガイドライン. 日本循環器学会ホームページ)。とはいえ、ANCAが引き起こす病態は思いのほか多様で、たとえばMPO-ANCAとの関連が想定されるのはMicroscopic polyangiitis(MPA)だけではない。Churg-Strauss症候群はもちろん、関節リウマチやWegener肉芽腫症なども陽性となりうる。一方、一つの疾患が呈しうる病理所見も実にさまざまだ。MPAの肺病変の特徴はneutrophilic capillaritisであり肺胞出血をきたす、とは誰しも知るところだろう。ところが最近、少なからぬ頻度で肺線維症をも合併することが注目されているのだ。

きっかけは特発性肺線維症(IPF)の経過中に顕在化したMPO-ANCA関連血管炎だった(Mayo Clin Proc 1990; 65: 847-856、Am J Med Sci 2001; 321: 201-202)。このことからIPFと診断されている症例のなかにMPAなどが紛れ込んでいる可能性が検討され、実際調べてみると、しばしばANCA陽性であることが判明したのである。53例のIPF患者を対象とした後ろ向きの検討によれば、17例がMPO-ANCA陽性、2例がPR3-ANCA陽性だった(Respiration 2009; 77: 407-415)。また、連続61例のIPF患者においてMPO-ANCAを測定したところ、初診時陽性は3例(4.9%)のみであったけれども、経過中にさらに6例が陽転し、この合計9例中2例がその後MPAを発症したと報告されたのだ(Respir Med 2013; 107: 608-615)。

一方、MPO-ANCA陽性の膠原病ないし糸球体腎炎患者46例における肺病変を検討した結果、28例(60.8%)に腫瘍や感染症以外の肺病変を認め、その内訳は肺線維症が20例(43.5%)、肺胞出血が11例(23.9%)、両者の合併が7例(15.2%)であった(リウマチ 1995; 35: 46-55)。生検で証明されたp-ANCA陽性MPA患者に限定しても、33例中12例(38%)が診断時に肺線維症を有していた(Eur Respir J 2010; 36: 116-121)。これらの結果をもとに、肺線維症はMPAの肺病変の一つとして認識されるに至ったのである。

その病理組織の基本的所見はUIPパターンであるとされる。血清MPO-ANCA陽性で原因が明らかでない間質性肺炎患者における外科的肺生検のレビューによれば、その9例中8例がUIPで1例はDADを呈していたという(Respir Med 2012; 106: 1765-1770)。毛細管炎・血管炎はみられなかったとする報告がある一方で(Respir Med 2013; 107: 608-615)、膠原病症例を含むMPO-ANCA陽性肺線維症の剖検にてUIPパターンに加え11例中5例に血管炎所見を認めたとするものもある(Respirology 2004; 9: 190-196)。この違いは疾患経過の異なる時期を見ていることによるのかもしれない。多くの研究が肺線維症はしばしばMPAに先行していると述べているのだ(Chest 2003; 123: 297-301、Respir Med 2008; 102: 1392-1398、Eur Respir J 2010; 36: 116-121)。

上に述べたように、ANCAそのものも肺線維症に遅れて出現する場合には、前者が後者の原因だとは考え難い。むしろ肺病変の存在が自己抗体の出現に影響しているのではないかと考えたくなる。実際、気管支拡張症などの慢性気道病変にANCA関連血管炎などを合併する例が知られており、感染を介した機序などが想定されているようだ(Postgrad Med J 1995; 71: 24-27、Lung 2005; 183: 273-281)。あるいは、肺病変ないしは血管炎を引き起こす要因が別に存在しているのかもしれない。粉塵吸入はその代表的な例で、阪神淡路大震災でのMPO-ANCA関連血管炎の発現頻度増加に建築物の倒壊とその後の復興事業による著しい大気汚染が関わっていることが示唆され(Am J Kidney Dis 2000; 35: 889-895)、なかでも注目されているのはシリカである(Adv Exp Med Biol 1993; 336: 435-440)。もちろん、MPO-ANCA値と肺線維症の活動性の間に直接的な関連はみられていないとはいうものの(Respirology 2004; 9: 190-196)、症例によっては潜在的な肺胞出血が反復することにより線維化をきたすこと、また、MPO-ANCAそのものが活性化好中球からさまざまな組織傷害産物を放出させ、その修復過程としての線維化を導いていることもありえるだろう。

MPA合併肺線維症例の約半数に喀血がみられ(Chest 2003; 123: 297-301)、経過中にMPO-ANCA陽性となったIPF患者ではMPO-ANCA陰性IPF患者に比べBALF中の好酸球の割合が高く、肺気腫の合併が多かった(Respir Med 2013; 107: 608-615)とする報告はあるけれども、肺機能や画像所見などからIPFとMPAないしANCA関連血管炎に合併した肺線維症とを区別するのは困難である(Respir Med 2008; 102: 1392-1398、Respiration 2009; 77: 407-415)。ANCA陽性肺線維症はステロイドやcyclophosphamideが有効である傾向があるとされるものの(Respiration 2009; 77: 407-415)、MPO-ANCA陽性肺線維症の5年生存率はMPO-ANCA陰性膠原病関連肺線維症より不良で、IPFと同等であると報告され(Respirology 2004; 9: 190-196)、MPO-ANCA陽性間質性肺炎症例においても致死的な急性増悪がみられているのだ(Respir Med 2012; 106: 1765-1770)。

IPF症例ではANCAに限らず自己抗体陽性であることが稀ではない。抗核抗体(ANA)も10~20%の症例にみられるとされるが、ANCAはその有用性の面でANAを圧倒する。他の全身性血管炎に比べてANCA関連血管炎は呼吸器系に病変を認めることが多いことが知られ(Mayo Clin Proc 1994; 69: 819-824、Clin Exp Rheumatol 2006; 24(Suppl 41): S48-S59)、また、c-ANCAないしp-ANCAが陽性なら何らかの血管炎が存在する可能性が96%、一方、共に陰性であれば90%以上の確率で血管炎がないとも紹介された(N Engl J Med 1999; 340: 1099-1106)。最終的にはしばしば病理所見がものをいうびまん性肺疾患の領域においても、その意義は決して少なくないことが理解されるだろう。

医薬品の有効性と安全性に関する臨床試験については日米欧の間でICHガイドラインが策定されており、科学的・倫理的に妥当、かつ信頼性のおける方法で実施することが求められている(医薬品医療機器総合機構ホームページ)。すなわち、GCPを遵守することが必須とされるのだ。治験に携わった経験があればわかると思うが、その信頼性確保には大変な労力を必要とする。違反なく忠実に行われていることの確認はもちろん、カルテなど原資料の直接閲覧にいたるまで多大な資金と人的資源なくしては行えない。治験以外の医師主導臨床試験にしても欧米ではGCPに則って行われるのだが、日本においてはGCPでなく“倫理指針”として条件が緩和されている。つまり信頼性が十分に担保されていないのだ。今社会を揺るがしているディオバンにまつわるスキャンダルは“医師主導”という看板の裏で実は企業の強い影響を受けていたというカラクリばかりか、世界標準を外れた日本の臨床試験の実状を海外にまで曝してしまったのではないだろうか。ついこの間まで日本の研究者たちが、中国発の論文は鵜呑みにできない、などと口にしていたのは自らを棚に上げた発言だった。今後、日本で行われた試験がそのような目で見られ、海外のトップジャーナルへの掲載にも影響があるかもしれない。これからの日本を支えるべき科学技術の分野での不祥事は想像以上に大きな代償を払うことになりかねないとも危惧するのだ。(2013.8.31)

小児喘息のoutgrow

2011年08月15日 05時30分29秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
気管支喘息の有症率は国内外ともに急速に増加しており、とくに小児で著しいことが指摘されている(日内会誌 2006; 95: 1417-1424)。にもかかわらず喘息死については、1996年以降順調に減少しつつあるという。医学の進歩を喜ぶべきだろうが、相変わらず早朝・深夜の時間外を受診する患者が絶えることはない。とりわけ、繰り返す発作にすっかり慣れきってしまい、吸入で凌いでいればいつか治るものだと高をくくっているらしき常連にはほとほと手を焼くのである。

たしかに小児喘息ではまれならず寛解し(outgrow)、成人における喘息と鮮やかな対照をなす(J Allergy Clin Immunol 2006; 118: 543-548)。だからといってすべてが寛解にいたるわけではもちろんなく、成人喘息に移行する例も約60~70%にのぼり、いったん寛解しても成人期に再発する例が少なくない。その詳細な機序はいまだに不明であるけれども、小児喘息に関して注目を集めているのが、衛生仮説(hygiene hypothesis)である。すなわち、乳幼児期の清潔すぎる環境が喘息などアレルギー疾患の発症に関連するというのだが、疫学的観察に端を発するこの説はまだ充分証明されているものとはいえない。しかしながらたとえば、EndotoxinはIL-12とIFN-γを強力に誘導し、Th2細胞の産生を抑制することが知られているけれども、その暴露の程度と学童における喘息との間には負の相関(OR 0.82、CI 0.69~0.97)があることがメタアナリシスの結果から明らかにされている(J Asthma 2011, DOI: 10.3109/02770903.2011.594140)。そして最近では疫学研究のみならず、分子レベルからも盛んにアプローチされているようだ。

この衛生仮説が正しいとすれば、その応用可能性が大いに期待されるに違いない。とはいえ、まだそのほんの入り口に到達したばかりの状況である。Endotoxinが喘息発症に予防的に作用するとしても、生理的にTh1反応が弱くTh2反応に傾きがちな乳児期に限られるともいう。そして、すでに感作されてしまった個体においては、喘息の悪化がしばしば感染症により引き起こされることからも想像されるように、Endotoxinへの暴露は炎症をむしろ促進する方向に働く。疫学的にも、劣悪な衛生環境に関連しうる社会経済的状態にある患児は寛解しにくいことが示唆されているのだ(Thorax 2011; 66: 508-513)。実のところEndotoxinに対する反応は決して単純なものではなく、SNPなどの遺伝子型でさまざまに修飾されるうえに、遺伝子型が同じであってもEndotoxinへの暴露量にも左右される(Clin Exp Allergy 2011; 41: 9-19)。いずれにせよ現時点では、小児喘息患者があえて清潔な環境を忌避する理由はないと思う。

喘息の発症が遺伝的要因にのみ依存しているわけではないように、寛解のメカニズムにおいても環境因子が少なからず関わっているはずだ。実際、小児喘息が寛解にいたらず持続する危険因子として、女性、親の喘息歴、気道過敏性の程度、アトピー疾患(鼻炎、皮疹、好酸球増加など)、アレルゲン感作に加え、喫煙暴露などが抽出されている(J Allergy Clin Immunol 2006; 118: 562-564)。したがって、アレルゲンやタバコ煙への暴露を避けることが勧められるのはいうまでもないのだが、残念ながら薬物治療を含む何らかの介入がはたして、喘息の自然経過を変えることができるのか否か明確な答えはない(Evidence-based Asthma Management 2001、 B.C.Decker Inc.)。そうはいうものの、もし寛解に持ち込むことができれば、患者・家族にとってはかり知れないほどの利益をもたらす。症状が消失し寛解とみなされた例においても呼吸機能検査で閉塞性変化がみられたり、気道過敏性が残存していることがまれでないとはいえ、小児気管支喘息を成人まで持ち越した群では、長い罹患年数によると思われるリモデリングの形成を反映して重症化しやすいのだ(日呼吸会誌 2010; 48: 475-481)。日ごろの管理を怠らず、可能な限り良好なコントロールを保つ努力を惜しむべきではないだろう。

あたかも医療が純粋な善意のみを寄せ集めて成り立っているかのように語られる。それが真実である瞬間もあるいはあるのかもしれないが、現場でそのように素直に感じることのできる者がいったいどれほどいるだろう。学問の府の奥深くに閉じこもることなく、押し寄せる救急をほかの誰かに押し付けて知らぬふりもできないとすれば、その代償として心が傷つき、ささくれ立たずにはいられない。困難な状況であればあるほど、さまざまな感情がうずまき、つかの間の休憩時間に張りつめた緊張を弛めることもできなくなる。たがいに助け合うべき医療従事者の間にさえ偏見が生まれ、多かれ少なかれどこの現場も抱え込んでいることを自分だけは超越しているがごとく、もっともらしく非難する輩もいる。いつの間にか患者、家族、そして医療者の誰も幸福にしない、堅固なシステムが築き上げられてしまっているのだ(ウォルフレン:人間を幸福にしない日本というシステム、毎日新聞社、1994年)。しかも、現実に危険に身を曝している者にはこの状況を変えていく術も与えられていないのである。 (2011.8.15)

Infusion reaction

2010年11月15日 05時19分19秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
KöhlerとMilsteinがハイブリドーマを用いてモノクローナル抗体をいくらでも生成できることを示したのは四半世紀以上も前のことだった。それが今や抗体医薬として結実し、従来の治療では満足すべき効果が得られなかった疾患に応用されている。日本でも既に十指に余る製品が市販され臨床の現場に広く迎えられている状況だが、はたして低分子化合物と異なる特性を充分に認識して使用されているのか懸念がないわけではない(Nat Rev Drug Discov 2010; 9: 325-338)。たとえば添付文書に重大な副作用としてInfusion reactionが記載されているけれども、聞き慣れない事象名にとまどっている者も少なくないのではないだろうか。

このInfusion reactionはモノクローナル抗体の輸注後24時間以内に発現する非血液毒性の総称として使われることが多い(癌と化学療法 2008; 35: 1671-1674)。裏をかえせば、厳密に定義されているわけではなく、症状も発疹や呼吸困難、口唇・咽頭浮腫、発熱、血圧低下など過敏症一般にみられるものと共通している。発現頻度は薬剤ごとに大きく異なり、初回投与に関してはrituximabで77~80%、trastuzumab約40%、bevacizumab 3%未満とされ、免疫抑制作用の有無とは関係ないようだ。おそらく新薬開発の過程で便宜的につけられたものと推測するのだが、あえて新たな名称で呼ぶからには通常のアレルギーとして片付けられない機序が想定されたからに違いない。ところがその漠然とした事象名ゆえに、そこには非特異的な軽度の反応から重篤なIgE-mediated typeⅠ hypersensitivity reactions(Anaphylactic reactions)やAnaphylactoid reactions、Cytokine release syndromeまで多くの病態が含まれ混同されることとなったのである(Curr Opin Drug Discov Devel 2010; 13: 124-135)。

もちろん、Infusion reactionをあらためてその病態から整理し、理解しようという試みもないわけではない。TypeⅠ hypersensitivityについては、IgEを介した肥満細胞や好塩基球からのヒスタミンやロイコトリエン、プロスタグランジン放出による、急速な平滑筋収縮と毛細血管の拡張が基本的病態であるのは言うまでもないだろう。当該薬物への反復暴露や薬物過敏症の既往(とくに同種の薬物)、経静脈投与は発現リスクを高めるとされる。感作されている必要があり、初回投与時にはみられないのが原則であるけれども、cetuximabの場合は例外的で、これと交叉反応するIgEがあらかじめ存在することがある。しかも面白いことに、このIgEが検出される頻度に地理的な差があるらしい(Oncologist 2008; 13: 725-732)。Anaphylactoid reactionsも基本的にTypeⅠ hypersensitivityと異なるものではないが、薬剤がIgEを介さず直接肥満細胞などを刺激するところで区別される。

これら従来から知られているものよりも、むしろCytokine release syndromeこそInfusion reactionの核にある概念とみなされるべきだろう。薬剤により活性化された様々な細胞から過剰に放出されたTNF-αやIFN-γ、さらにそれに続くIL-6やIL-10などが中心的役割を果たすと考えられている。しかしながら、これを誘発する薬剤(抗体)がどのように作用しているかについては不明な点が多い。そのFab領域を介してagonistとして働き標的細胞の“activation” receptorsを刺激したり、あるいは標的細胞に結合した抗体がさらに非標的細胞上のlow affinity Fc receptorsに結合しサイトカインが放出される機序(J Immunotoxicol 2008; 5: 11-15)、またToll-like receptorの関与なども想定されている(Curr Opin Drug Discov Devel 2010; 13: 124-135)。いずれにせよ発現頻度は初回投与時にもっとも高いのだが、奇妙なことに、投与回数を重ねるごとにその頻度や重篤度は低下する(Oncologist 2008; 13: 725-732)。そのため、Anaphylactic reactionをはじめとして過敏症なら再投与が推奨されず、時には禁忌ともされる一方で、Cytokine release syndromeの場合には投与速度を下げることで再開可能とされている薬剤がある。対応がまったく異なるこの両者をいかに鑑別すべきかが重要であるはずなのだが、臨床所見のみで選り分けるには限界があり、つまるところ、それぞれの薬剤で集積されている経験が頼りである(Oncologist 2007; 12: 601-609)。にもかかわらず、添付文書にもその肝心なことが書かれておらずリスクが放置されているように見える。Cytokine release syndromeでもまれではあるが時に“Cytokine storm”とも表現される激烈な反応をきたしうることを忘れてはならない。近年行われたTGN1412(ヒト化superagonistである抗CD28モノクローナル抗体)の治験では、健常ボランティアが次々に多臓器不全に陥り、高を括っていた医学界に冷水を浴びせかけたのだ(N Engl J Med 2006; 355: 1018-1028)。

このような副作用を含む薬剤に関する情報については当然のことながら、それを販売している製薬会社に大きく依存せざるをえない。だが、必要なときに速やかに情報が提供されるとは限らないのだ。TGN1412の事件では、患者の治療にあたった主治医は創薬元ないし治験を実施したCROと契約関係にはなかったけれども、入院直前の治験データのみならず非臨床データ、その他薬剤に関する詳細な情報の提供を受け、それが治療方針の決定に大いに役立ち救命に成功した(N Engl J Med 2006; 355: 1018-1028)。しかしながら、これはきわめて例外的で契約施設・医師以外への情報提供は企業秘密として厳しく制限されているのが一般的だろうと思う。そして、市販薬についても残念ながら、売る側の利害に直接かかわるものについては正確に伝えられているのか疑問である。ある大手メーカーの内部文書を公表論文とつき合わせてみたところ、かなりの割合で臨床試験の結果が意図的に操作されていた(N Engl J Med 2009; 361: 1963-1971)。また企業と独立しているはずのKey Opinion Leader(KOL)についてもその研究結果は情けないほど資金提供元の意向に左右されている(Arch Intern Med 2010; 170: 1490-1498)。これらの論文をいくら批判的に吟味してもそのことを見抜くのは至難である。さらに、抗体医薬のように新規性の高いものについては市販後の調査を求められるものの、業者にとっては検出力に乏しい小規模な調査で済ますことができるなら、そのほうが望ましいに違いない。多大な費用をかけ、しかもその結果、有効性の低い群やリスク因子など製品価値を下げかねないものが明らかになるかもしれないのだ。けれども、臨床医が必要としているのはまさにそのような情報であり、その結果を正しく還元してくれると信じればこそ貴重な時間を費やし調査票を書いているのだ。営利企業とはいえ、人の不幸につけ込んで儲けようとする輩ばかりではないだろう。患者や臨床医の期待に応える存在であってほしいのである。 (2010.11.15)

“非好酸球性”喘息

2009年09月05日 06時37分28秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
気管支喘息にはうんざりするほど多くの要因が関与し、さまざまな側面を持つ。可逆性の気道狭窄、過敏性といった呼吸生理学的な観点から喘息を定義した時代もあったが、現在その本態は慢性気道炎症であると理解されている(N Engl J Med 1990; 323: 1033-1039)。単純化して言えば、気道に浸潤している好酸球や肥満細胞がIgEを介して活性化され、放出されたケミカルメディエーターが気管支平滑筋や気道上皮細胞に直接作用することによって気道狭窄や過剰な粘液産生をきたす、このプロセスは炎症そのものとそれに随伴した事象であると説明されているのだ(日呼吸会誌 2003; 41: 589-594)。そしてこの炎症はTh2優位の反応に由来するというのが現在の理解であり、病理組織学的に好酸球の存在が特徴的であることから、Reedは喘息を“一種のdesquamating eosinophilic bronchitis(剥離性好酸球性気管支炎)”と称したのである(Ann Allergy 1989; 63: 556-565)。

このように認識されている病態は基本的に喘息一般に妥当するものとされ、“アトピー型”と“非アトピー型”にしても病理組織所見に違いがないことなどから、疾患メカニズムは多くの部分を共有しているとみなされている。事実、現在用いられている各種のガイドラインにおいても、治療方針の決定は重症度ないしコントロールの程度によることとされ、病態の違いは考慮されていないのである。

しかしながら、従来の“常識的”な喘息の概念に疑問を呈する研究者は少なくない(Thorax 2005; 60: 529-530)。治療の面に限ってみてもロイコトリエン拮抗薬に不応性の患者群が存在し、また、重症喘息患者においてステロイド抵抗性が観察されることがある。その原因として、気道リモデリングの成立のような炎症以外の要因に加え、ステロイド低感受性ないしステロイドで抑制が困難な好酸球性炎症、さらに好酸球性以外の異質の炎症の関与も推測されているのである(Am J Respir Crit Care Med 2005; 172: 149-160)。このように喘息の表現型には無視しえない差異があることが改めて注目され、必然的に臨床的意義を意識した亜型の抽出と(Am J Respir Crit Care Med 2008; 178: 218-224)、その差異をもたらす機序の探求が熱心に行なわれている状況にある(Am J Respir Crit Care Med 2009; 179: 869-874)。

中でも、好酸球が関与しない一群の存在をめぐって活発な議論があり、そこで主役と目されているのは好中球である。特に、職業性喘息や重症喘息症例の中には気道に好酸球がほとんどみられず、好中球が炎症細胞の主体を占めるものが知られ、たとえば重症喘息患者の気道組織における浸潤細胞を検討した報告によれば、好中球浸潤のみが目立つ群と好酸球浸潤も伴っている群に区別されるという(Am J Respir Crit Care Med 1999; 160: 1001-1008、Eur Respir J 2003; 22: 470-477)。しかも重症喘息のみならず、軽症~中等症喘息でも約半数に非好酸球性炎症が見られると報告されており(Thorax 2002; 57: 643-648)、重症度に関係なく非アトピー型喘息では好中球浸潤が特徴的であることを指摘するものもある(Am J Respir Crit Care Med 2000; 162: 2295-2301)。また、喘息発作にしばしばウイルス感染が関与しているのは日常的に経験されるところだが、ここにも好中球が関わっていることが示されている(Clin Exp Allergy 2002; 32: 1750-1756)。ただし、ここで取り上げている研究のほとんどは気管支生検ではなく喀痰中の好酸球の多寡(Cutt offは2-4%)により評価しているものであることに注意を促しておきたい。

この好中球性炎症形成の引き金として、吸入された微粒子(細菌のendotoxinや大気汚染微粒子、オゾン)への暴露やウイルス感染により気道上皮やマクロファージからケモカインが産生・遊離されることが想定されている(Thorax 2002; 57: 643-648)。そこで好中球の局所集積にIL-8が重要な役割を果たすとされており(Chest 2001; 119: 1329-1336)、さらに血管内皮細胞でのICAM-1の発現に関与するTNF-α、IFN-γなどの作用も推測される。重症喘息患者において気道上皮および気道上皮下のIL-8陽性細胞や気道平滑筋でのIL-8発現、同様に気道上皮下のIFN-γ陽性細胞が中等症喘息患者に比較し有意に増強していることが示されている(J Allergy Clin Immunol 2005; 116: 544-549)。さらに最近Th1、Th2の他に新たなhelper T細胞のサブセットとしてTh17細胞の存在が証明されており(呼吸 2008; 27: 755-763)、これも好中球優位な非アトピー型の重症喘息の病態形成に関わっている可能性が指摘されている(医学のあゆみ 2008; 226: 281-289)。

だが、ここに述べた好中球の役割は必ずしも十分に証明されているわけではない。好中球は健常者でも気道に多数存在する。単独で喘息を発症させ得るか否かについては、現時点では尚、否定的見解が強い。一部の症例では好中球浸潤がステロイド吸入による二次的な事象である可能性も指摘されている。非好酸球性喘息が存在するとしても、好酸球性喘息に移行しうるものなのか、あるいは全く独立に起こりうる亜型なのか、不明な点が多い。しかし、いずれにせよすべての喘息で好酸球が主役を演ずるわけではなく、気道過敏性と可逆性気道閉塞にいたる経路を共有しながらも、そこにいたる炎症メカニズムは複数存在しうることの証拠が蓄積されつつあるようである(Thorax 2002; 57: 566-568)。

ところで気管支喘息も非専門医の診療に大きく依存しているいわゆるcommon diseasesの一つである。ガイドラインに従えばほとんどの症例で適切に管理されるが、それでも稀に致死的になりうる疾患であることを忘れることはできない。では身近に呼吸器科医が存在し、気軽にコンサルトできるかと問えば、多くは否と答えるに違いない。地域差はあるだろうが、呼吸器科医は不足しているのが現状だ(日医会誌 2009; 138: 984-988、日呼吸会誌 2006; 44: 312-318)。しかしそのことをいくら訴えたところで直ちに充足されるものでもないだろう。繰り返し述べているように、プライマリケア医との連携・協力のためのしくみづくりが先決だと考える。 (2009.9.5)

PR3/MPO以外の抗原に対するANCA

2009年07月15日 05時07分29秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
1982年に初めて報告されたANCAは周知の如く血管炎の研究のみならず日常診療の場面にも大きな影響を与えた。文字通り好中球ないし単球のcytoplasmに存在する抗原に対する自己抗体で、IIF (indirect immunofluorescence)での蛍光パターンにより主としてC-ANCAとP-ANCAに分類され、前者の90%以上はPR3-ANCA 、後者の80%はMPO-ANCAとされている。ここまでは既に常識だろうが、実はそれだけではなくC/P-ANCAとは異なる蛍光パターンを呈するものがありatypical ANCA(x-ANCA)と呼ぶことがある。以上から推測されるように、PR3やMPO以外の“minor antigen”を標的とするANCAも存在し検討が重ねられている。

ヒト好中球は少なくとも3種類の顆粒をもちそこには多様な構成蛋白を含む。Azurophilic granules {PR3、MPO、bactericidal permeability increasing protein (BPI)、elastase (Elast)、cathepsin G (Cath G)}、secondary granules {lactoferrin (LF)、lysozyme}、tertiary granules (gelatinase)などが主なものだ。いずれもANCAの標的抗原となりうるが、最も良く調べられているのはBPI-ANCAだろう。BPIは特にLPSに対して強い親和性を持ち、グラム陰性桿菌の細胞膜表面やエンドトキシンに結合して殺菌あるいは中和作用を示し、また抗原提示細胞への微生物由来抗原の輸送にも関わっている。BPIに対する自己抗体が産生される理由として、BPIのエピトープのある部分が特定の大腸菌や緑膿菌の細胞膜成分と極似していることが関係すると言われているが、それほど単純な話でもないようだ(Autoimmun Rev 2007; 6: 223-227)。いずれにせよ嚢胞線維症やびまん性汎細気管支炎での緑膿菌等のグラム陰性菌の長期定着ないし慢性感染例においては80~90%の頻度で血清中にBPI-ANCAが出現し、好中球貪食能を減弱させることにより感染症を難治化させ得ることが指摘されている(J Infect Chemother 2001; 7: 228-238、日化療会誌 2005; 53: 603-618)。

これに劣らず興味の対象になっているのが薬剤により誘発されるANCA関連疾患である。Propylthiouracil(PTU)によるものなどが知られ、検出されるのは通常P-ANCAだ。MPO-ANCA陽性で、かつ、抗LF抗体や抗Elast抗体も陽性であれば薬剤誘発性を示唆する所見であるとする報告があり総説にも引用されている(Arthritis Rheum 2000; 43: 405-413、N Engl J Med 2001; 345: 981-986、日内会誌 2007; 96: 1117-1122)。しかしながら、腎病変を合併したPTUによるANCA関連血管炎15例全例が確かにP-ANCAとMPOに対する抗体陽性で、同時にelastase(8例)、lactoferrin(7例)が陽性であったものの、それに加えてcathepsin G(9例)、azurocidin(5例)、PR3(4例)も検出されている(Am J Kidney Dis 2007; 49: 607-614)。それどころかGraves病患者では薬物治療開始前からかなりの頻度でANCAが認められる(J Clin Endocrinol Metab 2003; 88: 2141-2146)ため、薬剤とANCAの関連については慎重な評価が必要だろう。
Cath Gも抗微生物活性をもち炎症の調節にも関与するとされるものだが、これに対する抗体がSjögren症候群や小児のWegener肉芽腫症(WG)、炎症性腸疾患で検出されている(Clin Rheumatol 1999; 18: 268-271)。またCath G-ANCAがsulphonamideにより誘導され薬剤過敏性の病態にも関与している可能性を示唆する報告がある(Clin Exp Allergy 2008; 38: 199-207)。

上記以外にもElast-ANCAがCocaine-induced midline destructive lesionでしばしば陽性になり、耳鼻科領域に限局したWGとの鑑別に役立つとするもの(Arthritis Rheum 2004; 50: 2954-2965)など、診断上の有用性ないし何らかの情報を追加する可能性を示唆するものは数多く存在するが、いずれも少数例の検討で必ずしも結論が一致するものではないことから、現時点ではPR3/MPO以外の抗原を標的としたANCAの臨床的意義は明らかでないと言わざるを得ない(Autoimmunity 2005; 38: 93-103)。最近この点に関して、ELISAでMPOないしPR3に対する抗体が陰性であるにもかかわらずC-ANCA陽性であった31例とP-ANCA陽性であった31例を調査した研究が報告された。臨床診断はWG、Microscopic polyangiitisなどの血管炎、炎症性腸疾患、その他(糸球体腎炎、感染症、肺線維症、cystic fibrosis、癌、自己免疫疾患)と多岐にわたり、ELISAでANCA標的抗原を調べてみると、61%はCath G、40%はBPIに対するものであったが、重複して陽性を示すものが多く単一の抗体が陽性であったのは35%に過ぎなかった。一方12例ではCath G、BPI、LF、Elastのすべてに陰性であった。また、IIFによる蛍光パターンとELISAとの対応もまちまちで、たとえばC-ANCA patternを呈していた症例の内訳は、Cath Gが68%、以下BPI(45%)、LF(19%)、Elast(16%)で、P-ANCA patternでも同様にCath G(32%)、BPI(26%)、LF(23%)、Elast(16%)の順であった。しかもP-ANCA・C-ANCA・MPO・PR3すべてに陰性でも25%の症例でCath Gに対する抗体が陽性で、その他BPI(14%)、LF(6%)であった(Clin Exp Immunol 2007; 150: 42-48)。この結果から、minor antigenに対する抗体は様々な疾患群で陽性になるものの特異性に欠けることが伺われる。

以上、ANCAをめぐる最近の展開を概観した。単一ないし少数の検査所見の結果で診断できるのは現在でもごく一部の幸運なケースである。これまでそうであったように、今後も診断技術は病歴、理学所見、検査所見を総合した高度に知的な営みであり続けるだろうと思う。IT技術の進歩により膨大なデータベースを駆使して診断の一助とする場面があることは否定しないが、コンピュータが臨床医に取って代わるなどというのはどこかの経済学者の夢想に過ぎないと思う(イアン・エアーズ. その数学が戦略を決める. 文芸春秋 2007)。 (2009.7.15)