高齢化にまつわる諸問題はすでに日本のここかしこで表面化している。老人が増え続けているというだけではなく、核家族化の成れの果てとして、かつてのように子や孫からの支援を受けることもできず孤独の中に置き去りにされているようなケースも増えているようだ。望みうる最善の健康状態を維持するには患者の置かれた状況を踏まえないわけにはいかない。薬剤の管理にも支障をきたしているとすれば、メリットとデメリットを勘案したうえで可能なかぎり処方を減らすことも選択肢の一つとなる。
高齢者における医学的に大きな問題の一つが肺炎の合併であることに異論はないだろう。このリスクを下げることができるとすれば大いに意義のあることであるに違いない。とくに誤嚥が懸念される場合には、嚥下機能を悪化させる薬剤を避けることが勧められ、そのようなものとして鎮静薬や睡眠薬、また抗コリン薬など口内乾燥をきたす薬剤が挙げられる(医療・介護関連肺炎診療ガイドライン、日本呼吸器学会、2011年)。同様の理由でドーパミン抑制作用をもつ抗精神病薬もここに含められることが多い(老年医学Geriat Med 2007; 45: 1313-1316)。
ただし、これらは薬理作用から問題視されているとはいえ、臨床的に意味のある影響があるのか否かについて十分なエビデンスがあるというものではなさそうだ。たとえば、65歳~94歳の地域住民の免疫能に問題のない成人を対象としたケースコントロール研究において、肺炎1039例と年齢、性、暦年を一致させたコントロール2022例が同定され、オピオイド使用例の非使用例に対する補正されたオッズ比は1.38(95%CI 1.08-1.76)で、とくに免疫抑制作用を有するものや長時間作用型のオピオイドでオッズ比が高かったものの、ベンゾジアゼピンについてはリスクの上昇はみられなかった(J Am Geriatr Soc 2011; 59: 1899-1907)。胃食道逆流(GER)も肺炎のリスク因子になりうるとされてはいるけれども(Dysphagia 1996; 11: 87-89)、下部食道括約筋を弛緩させるというカルシウム拮抗薬、テオフィリン、β刺激薬の関連について述べるにはデータが不足している。
一方で、肺炎リスクを低減させるものとしてほぼ確立された地位にあるのがACE阻害薬(ACE-I)である。Substance PやBradykininを介して気道の感覚神経の感受性を高め、咳嗽反射を促進し嚥下を改善するというのはすでに周知のことだろう。とくに嚥下障害が問題となることの多い脳血管障害の既往を有する患者でその有効率が高いのに加え(Br Med J 2012; 345: e4260)、アジア人種がその利益を享受しやすいことも見いだされた(Am J Respir Crit Care Med 2004; 169: 1041-1045)。さらに、すべてのACE-Iが有効であるわけではないのかもしれない。Hydrophilic ACE-Iはリスクを低下させたのに対し、Lipophilic ACE-Iではむしろ肺炎を増加させていたとする報告がある(J Hypertens 2010; 28: 401-405)。なお、この研究ではカルシウム拮抗薬やβ遮断薬も肺炎リスクの増大と関連していた。探索的な結果にすぎないけれども、注目しておくべきだろう。
このACE-Iと同様に肺炎発症リスクを低減させ、死亡率をも低下させうると期待されているのがスタチンである。データベースレベルの後ろ向きコホート研究において、市中肺炎で入院した65歳以上の患者8652名(平均75歳、男性が98.6%)が同定され、その9.9%が30日以内に死亡していたが、可能性のある交絡因子を補正したところ、スタチンの現使用は30日死亡率の有意な低下(OR 0.54、95%CI 0.42-0.70)と関連していた(Eur Respir J 2008; 31: 611-617)。同様の結果は複数の研究で得られており、市中肺炎の予防ないし治療に関するメタアナリシスの結果によれば、スタチンは市中肺炎のリスクが低く(0.84、95%CI 0.74-0.95)、市中肺炎による短期死亡率も低下(0.68、0.59-0.78)していたという(PLoS One 2013; 8: e52929)。しかも、この効果は肺炎のみならず菌血症・敗血症でも観察されている(Arch Intern Med 2009; 169: 1658-1667)。その正確な機序は不明であるとはいえ、スタチンによる免疫調節ないし抗炎症作用や、内皮機能への影響、さらに直接的な抗微生物効果も寄与している可能性が考えられている。スタチンの有する多面的効果に改めて注目せざるを得ないのだ。
高齢者で処方されることの多いビタミンD製剤についての報告もある(Am J Clin Nutr 2014; 99: 156-161)。それによれば高用量ビタミンD投与群はプラセボ群に比べ抗菌薬の処方率が28%低く(相対リスク(RR)0.72、95%CI 0.48~1.07)、とくに70歳以上の高齢者では有意であったという(RR 0.53、95%CI 0.32~0.90)。逆に鉄剤については感染症の悪化に関与しうることが示唆されているようだ(J Nutr 2001; 131: 616S-635S、Nephrol Dial Transplant 1990; 5: 130-134)。
さらに、エビデンスが蓄積されつつあるのがH2ブロッカーやプロトンポンプインヒビター(PPI)である。これら酸抑制薬の使用と肺炎リスクに関するシステマティックレビューによれば、ケースコントロール研究(5研究)とコホート研究(3研究)の8つの観察研究からのメタアナリシスでは、PPI使用者における肺炎リスクの補正オッズ比は1.27(95%CI 1.11-1.46)、H2ブロッカーでのそれは1.22(95%CI 1.09-1.36)であった(CMAJ 2011; 183: 310-319)。ランダム化比較試験(23研究)を対象としてもH2ブロッカーの使用は院内肺炎のリスクを上昇させていたという(relative risk 1.22、95%CI 1.01-1.48)。胃酸分泌を抑えることにより、上部消化管における細菌の過剰増殖と定着、そしてそれらの誤嚥による肺への移動を誘発すると推測されている。また、In vitroの研究において、酸抑制薬が好中球やnatural killer cellの機能を障害することも示されているらしい。しかもプロトンポンプは胃壁細胞のみならず気道にも存在するという。つまり想像以上に悪影響があるのかもしれないのだ。しかも、PPIを併用することの多い抗血小板薬についても、日本ではシロスタゾールが誤嚥性肺炎予防に有用であるとして紹介されることが多いのだが、出血リスクが増すので使用すべきではないと結論しているシステマティックレビューもあることに注意を促しておきたい(Am J Geriatr Pharmacother 2007; 5: 352-362)。一方、腸管蠕動を促進するモサプリドが胃瘻患者における生存を延長させるとの報告があり、注目される(J Am Geriatr Soc 2007; 55: 142-144)。
以上、肺炎リスクを左右する薬剤についてまとめてみた。ただし、残念なことに薬に関する臨床試験の結果をそのまま鵜呑みにできないことが多いのも事実である。かつてGabapentinの臨床試験の結果をファイザー社が恣意的に操作していたとして指弾されたけれども(N Engl J Med 2009; 361: 1963-1971)、その後も同様の例が後をたたない。そうでなくとも、実はまったく薬効のないものでさえ試験を数多く行えば行うほど(20のうち1つの割合、それぞれの試験でアウトカムを複数設定していればより高い確率で)どこかで有意差がつき、何らかの適応症で承認されてしまうことになる。あらゆるタイプの癌種に対して1000もの臨床試験を行ったBevacizumabなど、そのようにして臨床現場に提供されているものもないとは言えず、しかもそれらのうち論文化され結果が公表されているものはごく一部にすぎないとすればなおさらだ(Br Med J 2010; 341: c4875)。トップジャーナルに掲載されたランダム化比較試験であったとしても、後追い研究で結果が再現されるものは驚くほど少ない(JAMA 2005; 294: 218-228)。とくに中間解析などで予定よりも早く終了した試験においては、薬の有効性がしばしば過大に報告されている。いったん承認された場合、取り消されるものは稀であるのが現実である以上、臨床医に求められる役割は決して小さなものではないと思うのだ。(2014.3.31)
高齢者における医学的に大きな問題の一つが肺炎の合併であることに異論はないだろう。このリスクを下げることができるとすれば大いに意義のあることであるに違いない。とくに誤嚥が懸念される場合には、嚥下機能を悪化させる薬剤を避けることが勧められ、そのようなものとして鎮静薬や睡眠薬、また抗コリン薬など口内乾燥をきたす薬剤が挙げられる(医療・介護関連肺炎診療ガイドライン、日本呼吸器学会、2011年)。同様の理由でドーパミン抑制作用をもつ抗精神病薬もここに含められることが多い(老年医学Geriat Med 2007; 45: 1313-1316)。
ただし、これらは薬理作用から問題視されているとはいえ、臨床的に意味のある影響があるのか否かについて十分なエビデンスがあるというものではなさそうだ。たとえば、65歳~94歳の地域住民の免疫能に問題のない成人を対象としたケースコントロール研究において、肺炎1039例と年齢、性、暦年を一致させたコントロール2022例が同定され、オピオイド使用例の非使用例に対する補正されたオッズ比は1.38(95%CI 1.08-1.76)で、とくに免疫抑制作用を有するものや長時間作用型のオピオイドでオッズ比が高かったものの、ベンゾジアゼピンについてはリスクの上昇はみられなかった(J Am Geriatr Soc 2011; 59: 1899-1907)。胃食道逆流(GER)も肺炎のリスク因子になりうるとされてはいるけれども(Dysphagia 1996; 11: 87-89)、下部食道括約筋を弛緩させるというカルシウム拮抗薬、テオフィリン、β刺激薬の関連について述べるにはデータが不足している。
一方で、肺炎リスクを低減させるものとしてほぼ確立された地位にあるのがACE阻害薬(ACE-I)である。Substance PやBradykininを介して気道の感覚神経の感受性を高め、咳嗽反射を促進し嚥下を改善するというのはすでに周知のことだろう。とくに嚥下障害が問題となることの多い脳血管障害の既往を有する患者でその有効率が高いのに加え(Br Med J 2012; 345: e4260)、アジア人種がその利益を享受しやすいことも見いだされた(Am J Respir Crit Care Med 2004; 169: 1041-1045)。さらに、すべてのACE-Iが有効であるわけではないのかもしれない。Hydrophilic ACE-Iはリスクを低下させたのに対し、Lipophilic ACE-Iではむしろ肺炎を増加させていたとする報告がある(J Hypertens 2010; 28: 401-405)。なお、この研究ではカルシウム拮抗薬やβ遮断薬も肺炎リスクの増大と関連していた。探索的な結果にすぎないけれども、注目しておくべきだろう。
このACE-Iと同様に肺炎発症リスクを低減させ、死亡率をも低下させうると期待されているのがスタチンである。データベースレベルの後ろ向きコホート研究において、市中肺炎で入院した65歳以上の患者8652名(平均75歳、男性が98.6%)が同定され、その9.9%が30日以内に死亡していたが、可能性のある交絡因子を補正したところ、スタチンの現使用は30日死亡率の有意な低下(OR 0.54、95%CI 0.42-0.70)と関連していた(Eur Respir J 2008; 31: 611-617)。同様の結果は複数の研究で得られており、市中肺炎の予防ないし治療に関するメタアナリシスの結果によれば、スタチンは市中肺炎のリスクが低く(0.84、95%CI 0.74-0.95)、市中肺炎による短期死亡率も低下(0.68、0.59-0.78)していたという(PLoS One 2013; 8: e52929)。しかも、この効果は肺炎のみならず菌血症・敗血症でも観察されている(Arch Intern Med 2009; 169: 1658-1667)。その正確な機序は不明であるとはいえ、スタチンによる免疫調節ないし抗炎症作用や、内皮機能への影響、さらに直接的な抗微生物効果も寄与している可能性が考えられている。スタチンの有する多面的効果に改めて注目せざるを得ないのだ。
高齢者で処方されることの多いビタミンD製剤についての報告もある(Am J Clin Nutr 2014; 99: 156-161)。それによれば高用量ビタミンD投与群はプラセボ群に比べ抗菌薬の処方率が28%低く(相対リスク(RR)0.72、95%CI 0.48~1.07)、とくに70歳以上の高齢者では有意であったという(RR 0.53、95%CI 0.32~0.90)。逆に鉄剤については感染症の悪化に関与しうることが示唆されているようだ(J Nutr 2001; 131: 616S-635S、Nephrol Dial Transplant 1990; 5: 130-134)。
さらに、エビデンスが蓄積されつつあるのがH2ブロッカーやプロトンポンプインヒビター(PPI)である。これら酸抑制薬の使用と肺炎リスクに関するシステマティックレビューによれば、ケースコントロール研究(5研究)とコホート研究(3研究)の8つの観察研究からのメタアナリシスでは、PPI使用者における肺炎リスクの補正オッズ比は1.27(95%CI 1.11-1.46)、H2ブロッカーでのそれは1.22(95%CI 1.09-1.36)であった(CMAJ 2011; 183: 310-319)。ランダム化比較試験(23研究)を対象としてもH2ブロッカーの使用は院内肺炎のリスクを上昇させていたという(relative risk 1.22、95%CI 1.01-1.48)。胃酸分泌を抑えることにより、上部消化管における細菌の過剰増殖と定着、そしてそれらの誤嚥による肺への移動を誘発すると推測されている。また、In vitroの研究において、酸抑制薬が好中球やnatural killer cellの機能を障害することも示されているらしい。しかもプロトンポンプは胃壁細胞のみならず気道にも存在するという。つまり想像以上に悪影響があるのかもしれないのだ。しかも、PPIを併用することの多い抗血小板薬についても、日本ではシロスタゾールが誤嚥性肺炎予防に有用であるとして紹介されることが多いのだが、出血リスクが増すので使用すべきではないと結論しているシステマティックレビューもあることに注意を促しておきたい(Am J Geriatr Pharmacother 2007; 5: 352-362)。一方、腸管蠕動を促進するモサプリドが胃瘻患者における生存を延長させるとの報告があり、注目される(J Am Geriatr Soc 2007; 55: 142-144)。
以上、肺炎リスクを左右する薬剤についてまとめてみた。ただし、残念なことに薬に関する臨床試験の結果をそのまま鵜呑みにできないことが多いのも事実である。かつてGabapentinの臨床試験の結果をファイザー社が恣意的に操作していたとして指弾されたけれども(N Engl J Med 2009; 361: 1963-1971)、その後も同様の例が後をたたない。そうでなくとも、実はまったく薬効のないものでさえ試験を数多く行えば行うほど(20のうち1つの割合、それぞれの試験でアウトカムを複数設定していればより高い確率で)どこかで有意差がつき、何らかの適応症で承認されてしまうことになる。あらゆるタイプの癌種に対して1000もの臨床試験を行ったBevacizumabなど、そのようにして臨床現場に提供されているものもないとは言えず、しかもそれらのうち論文化され結果が公表されているものはごく一部にすぎないとすればなおさらだ(Br Med J 2010; 341: c4875)。トップジャーナルに掲載されたランダム化比較試験であったとしても、後追い研究で結果が再現されるものは驚くほど少ない(JAMA 2005; 294: 218-228)。とくに中間解析などで予定よりも早く終了した試験においては、薬の有効性がしばしば過大に報告されている。いったん承認された場合、取り消されるものは稀であるのが現実である以上、臨床医に求められる役割は決して小さなものではないと思うのだ。(2014.3.31)