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やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

有機粉塵吸入と疾患

2010年08月23日 04時40分58秒 | 外因による肺疾患
今日の日本は都市化が進み、目に触れる限りでは昔と比べ格段に清潔の度を増しているように見える。ゆえに、環境汚染による疾患など今やごく特殊な状況下で発生するにすぎないと思われがちで、実際にも日常診療の中でそのような症例に遭遇する頻度は減少しているのかもしれない。けれども、決して根絶されてしまったわけではなく、それどころか換気装置肺のように近代化ゆえに新たに生まれた疾患さえある。それら微生物や植物などに由来する有機粉塵organic dustを吸入して起こる疾患は、気をつけていれば一般病院でもたまに見られる程度には存在し、警戒を怠ることはできない。そして、とくに強調しておきたいのは、これらの疾患群の診断には職・住環境を含む病歴の詳細な聴取が不可欠であることだ。この基本をおろそかにすべきでないという教訓は、これに限らず学生時代にさんざん聞かされたと思うけれども、単なる精神論からの形式的言辞などではないと再認識させてくれるのである。

有機粉塵吸入の生体への影響は、アレルギーの関与の程度で二つに分類すると理解しやすい。一方の極が過敏性肺炎(HP)で、これは反復吸入しているうちに感作されて起こるアレルギー性肺炎の総称である。Ⅲ型およびⅣ型アレルギーにより、抗原が沈着する呼吸細気管支を中心に病変が形成され、組織学的には非乾酪性肉芽腫性間質性肺炎を特徴とする。生活環境や塵埃の種類によって50以上の疾患が知られているが、日本においては夏型過敏性肺炎がもっとも多い。次いで農夫肺、換気装置肺(空調肺、加湿器肺)、鳥飼病が主なものであるが、全国調査では原因物質が明らかでなかったものも6.8%を占めている(J Allergy Clin Immunol 1991; 87: 1002-1009)。夏型過敏性肺炎におけるTrichosporonや、加湿器肺におけるThermoactinomyces、Candidaなど抗原として認められているのは微生物関連のものが大部分であるが、その他鳥飼病のように鳥由来蛋白、イソシアネートのような無機粉塵によるものもある。さらにhot tub lungは感染症ともアレルギーとも決しがたく、hypersensitivity-like diseaseと呼ばれている。また、原因抗原が単独で作用しているとは限らず、症例によってはエンドトキシンやβ-Dグルカンの関与も推測され注目されるところだ(日胸疾会誌 1997; 35: 1232-1237、日呼吸会誌 2004; 42: 1024-1029)。

気管支喘息もIgE RASTなどの検査がすでに一般化していることに示されるように、ここに位置づけられるべき十分な資格がある。興味深いことに、HP患者の20~40%は非特異的な気道反応性の亢進を呈し、なかには喘息を発症するものもあるとされており(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)、両者は想像以上に近い関係にある のかもしれない。ところが意外にも、有機粉塵の関与する喘息の中ではむしろ非アレルギー性の多いことが指摘されており、そのようなものでは好中球が気道炎症の主体になっているという(Am J Ind Med 2004; 46: 323-326)。そして、エンドトキシンなど微生物の構成成分はアレルゲンというよりむしろ、直接innate immune systemを刺激することにより病態を修飾していることが知られている(Toxicol Appl Pharmacol 2005; 207: S310-S319)。

一方、反復吸入による感作を必要としない非アレルギー性疾患群を代表するのがorganic dust toxic syndrome(ODTS)だ。これは無機粉塵への暴露後に発症する発熱性疾患で、HPの所見がないものと定義される(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999年)。原因抗原は真菌胞子やactinomyces、endotoxin、その他穀物由来の粉塵が想定されており、とくに真菌の吸入によるものは従来pulmonary mycotoxicosisと呼ばれてきた。発熱、戦慄、筋痛、乾性咳嗽、頭痛、呼吸困難を呈し、典型例では比較的多量のorganic dustに暴露後4~8時間で発症し、36~48時間で自然に回復する。理学所見は正常のこともあるが、両肺底部のcracklesや散在性にwheezeを聴取することがあるという。血液検査では好中球優位の白血球増多をみるが、胸部X線で異常を認めず、“flu-like illness”と形容される(Chest 1999; 116: 1157-1158)。一方で、びまん性の間質陰影と粒状影がみられたとの報告や(Chest 1975; 67: 293-297)、胸部X線で両側の肺胞性ないし間質性の浸潤影を認めた3例のうち2例で低酸素血症を伴い、人工呼吸管理を要したとの報告もある(Mod Pathol 1998; 11: 432-436)。BALF細胞分画では好中球が目立ち、肺組織像は多巣性の急性炎症を認め、終末細気管支や肺胞、間質に好中球やマクロファージが浸潤し、肉芽腫の形成はないとされる(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)。これら以外にも血清中抗体の存在など感作を示す所見がなく、また永久的な肺障害をきたすことがないなどHPと異なる点を強調されることが多いけれども、研究者によってはこれらを二つの疾患単位として明瞭に切り分けるのではなく、一つの疾患群のスペクトラムの中での異なった表現型ととらえる立場もあるようだ。さらに、ODTS近縁疾患として知られるのがsick building syndrome(SBS)である。これは特定のオフィスや家、建物の住人に非特異的症候(粘膜刺激、頭痛、倦怠、認知障害、悪心、発疹、めまい)を生じるもので、ODTSとは異なり特定の原因を指摘しえないものを指す。生物学的・化学的・物理的・精神的要因を含む多因子が関わっているらしい(Curr Opin Allergy Clin Immunol 2005; 5: 135-139)。

ところでこのところ報道されている中国の大気汚染や環境破壊の問題は、日本国内にばかり眼が向きがちな意識に反省を迫るものだった。輸入される食材の安全性はもちろん、偏西風にのって大陸からもたらされる有機・無機のさまざまな微粒子が、呼吸器系に影響を与えると指摘する者もあるようだ。これらは隣国が抱える問題は決して他人ごとでないことを教えてくれる。そして、それは公害列島と呼ばれていたかつての日本の姿にほかならないのだ。有史以前からその恩恵を被り、おそらくは与えるより与えられることの多かったわれわれが一方的に非難する理由はない。求められれば手を差し伸べるのみである。脱亜入欧が唱えられ、国民感情が高揚していた明治期にあってすでに偏狭なナショナリズムを戒め、同朋たるべきことを説いていた勝海舟という人間の大きさを思わずにはいられない。 (2010. 8. 23)

火山灰吸入による疾患と珪肺症

2009年10月26日 05時20分08秒 | 外因による肺疾患
珪肺症silicosisは珪素(silicon)と酸素が結合した遊離珪酸(silica=SiO2)や、silicaが他の陽イオンと結合した珪酸塩(silicate)などを吸入することにより発症する。珪素は地殻に多量に含まれる元素であるため、鉱山などの採掘やトンネル工事、石の切り出し・加工など様々な職業で暴露され、すでに江戸時代には知られていたようだ(成人病と生活習慣病 2006; 36: 749-754)。そして火山灰にも3~7%のfree crystalline silicatesが含まれているのだが、こちらはあまり認知されていないのではないだろうか。活火山は世界各地に存在するものの、火山灰の成分はそれぞれ大きく異なるものではない。日常的に噴火の影響を被っている地域では呼吸器系への影響が懸念される。

桜島は火山列島日本の中でもとりわけ活動性が高く大正3年の大爆発時には東北地方にまで降灰がみられたという。その火山灰中にはSiO2が約58%含まれ、1980年代のウサギに火山灰を吸入させた研究によれば、胸部X線にて全肺野に粒状影がみられ、病理組織所見で慢性気管支炎、気管支肺炎、線維性増殖を呈したという(産業医学 1984; 26: 130-146)。しかしその後、動物実験において化学物質の暴露が過剰であれば、本来障害性の少ないものでも線維化を起こすなどの理由により、有害性を正しく評価できないことが明らかにされている(エアロゾル研究 2009; 24: 129-134)。また成分や暴露量のみならず、火山灰粒子の大きさ、濃度との関連についても検討が必要であり、たとえばさまざまな化学物質のうち、ミクロンサイズでは障害性が少なく、ナノサイズで障害を引き起こすものもあるようだ(産衛誌 2008; 50: 37-48)。従って基礎研究のみから火山灰の影響を結論するのは困難であり、火山灰の気管内注入により結晶質silicaよりも弱いながら炎症、線維化所見を認めたとする報告がある(Inhal Toxicol 2002; 14: 901-916)一方で、火山灰は高濃度であってもin vitro、in vivoいずれも肺細胞への毒性はほとんどないと主張するものもあり(Am J Public Health 1986; 76(3 suppl): 59-65)、必ずしも一致した見解があるわけではない。

桜島に関しては疫学的に、学童において喘息の頻度が高く、気管支炎や肺気腫での死亡が多いことを示すものもあるようだが、現時点で臨床的に最も研究されているのは、1980年のセント・ヘレナ火山噴火である(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders, 1999)。噴火の影響で死亡した35名のうち、25名で剖検が行われ、粘液と吸入された火山灰による大きな気道の閉塞による窒息が主要な所見であったという。また、その地域では咳、喘鳴、呼吸困難など、おそらく気道刺激に続発したと思われる急性呼吸器症状を訴える患者が軽度増加し、地域の医療施設では喘息や気管支炎患者の救急受診が顕著に増加したと報告されている(JAMA 1981; 246: 2585-2589)。一方、長期の影響についてはセント・ヘレナ山周辺の林業者712人を大噴火後4年間追跡した報告があり、噴火後1年の間に肺機能検査で1秒量が暴露の程度に関連して有意に低下したものの、4年後までにその影響は消失した。胸部X線異常の出現数に差はなかったという(Am Rev Respir Dis 1986; 244: 526-534)。三宅島噴火においては火山灰吸入により細気管支炎・器質化肺炎を発症した症例が報告されている(日呼吸会誌 2006; 44: 192-196)。現時点では火山灰吸入の長期的影響については明らかでないといわざるをえない。

ところで一般に珪肺症所見が画像に現れるには10~20年もの暴露が必要であるとされる。しかしながら少数の患者では5~10年以内の暴露で症状が出現することが知られ、accelerated silicosisと呼ばれている。もっとも、これは早期に発症し進行が早いことを除けば画像所見、臨床所見、病理所見は古典的な珪肺症と同様である(Lancet 1991; 337: 341-344)。

ところが、これらとは様相を異にし、急速に進行するものもある(acute silicosis)。これは珪素の大量暴露によるとされるが数ヶ月~数年以内に発症し、死に致るものである(Dis Chest 1969; 55: 274-278)。胸部CTにて両側性の肺野背側のconsolidationや多発性の小葉中心性結節として認められ、しばしば石灰化を伴う(J Thorac Imaging 2001; 16: 127-129、Am J Roentgenol 2007; 189: 1402-1406)。病理組織では慢性型でみられるようなsilicotic noduleはあまり見られず、間質は炎症細胞により肥厚しており、軽度の肺線維化が見られることが多い。剥離した肺胞上皮細胞、マクロファージ、silica particleが肺胞腔内にみられるが、特徴的なのはPAS陽性の物質が肺胞腔内に充満していることで、肺胞蛋白症に類似した所見を呈することからsilicoproteinosisとも呼ばれている(Interstitial Lung Disease 4th ed. BC Decker Inc, 2003)。臨床的には気胸を合併する例もまれではないとされ(日呼吸会誌 2003; 41: 117-122)、急性腎不全を合併した症例も報告されている(Am J Med 1978; 64; 336-342)。暴露回避やステロイド治療にも抵抗し、進行する予後不良な疾患である。ただし病理学的にsilicoproteinosisを示すものが必ずしもacute silicosisとは限らないことに注意が必要だ。20年のトンネル作業でdiffuse interstitial pneumoniaを発症し、さらにその16年後に進行し死亡した症例でsilicoproteinosisを認めたとする報告がある(Eur Radiol 2005; 15: 2210-2211)。

塵肺は多くの場合、画像所見から診断することも可能である。しかし、上述したように典型的なものばかりとは限らない。しかも歯科技工士など予想外の職種でもみられることがあり(日呼吸会誌 2002; 40: 579-582)、呼吸器専門医でさえ盲点となりうる疾患の一つである。多忙な診療の中で粉塵暴露に関する病歴の聴取がおろそかになりがちなのだが、基本に忠実であるべきことを改めて心にとめておきたい。 (2009.10.26)