今日の日本は都市化が進み、目に触れる限りでは昔と比べ格段に清潔の度を増しているように見える。ゆえに、環境汚染による疾患など今やごく特殊な状況下で発生するにすぎないと思われがちで、実際にも日常診療の中でそのような症例に遭遇する頻度は減少しているのかもしれない。けれども、決して根絶されてしまったわけではなく、それどころか換気装置肺のように近代化ゆえに新たに生まれた疾患さえある。それら微生物や植物などに由来する有機粉塵organic dustを吸入して起こる疾患は、気をつけていれば一般病院でもたまに見られる程度には存在し、警戒を怠ることはできない。そして、とくに強調しておきたいのは、これらの疾患群の診断には職・住環境を含む病歴の詳細な聴取が不可欠であることだ。この基本をおろそかにすべきでないという教訓は、これに限らず学生時代にさんざん聞かされたと思うけれども、単なる精神論からの形式的言辞などではないと再認識させてくれるのである。
有機粉塵吸入の生体への影響は、アレルギーの関与の程度で二つに分類すると理解しやすい。一方の極が過敏性肺炎(HP)で、これは反復吸入しているうちに感作されて起こるアレルギー性肺炎の総称である。Ⅲ型およびⅣ型アレルギーにより、抗原が沈着する呼吸細気管支を中心に病変が形成され、組織学的には非乾酪性肉芽腫性間質性肺炎を特徴とする。生活環境や塵埃の種類によって50以上の疾患が知られているが、日本においては夏型過敏性肺炎がもっとも多い。次いで農夫肺、換気装置肺(空調肺、加湿器肺)、鳥飼病が主なものであるが、全国調査では原因物質が明らかでなかったものも6.8%を占めている(J Allergy Clin Immunol 1991; 87: 1002-1009)。夏型過敏性肺炎におけるTrichosporonや、加湿器肺におけるThermoactinomyces、Candidaなど抗原として認められているのは微生物関連のものが大部分であるが、その他鳥飼病のように鳥由来蛋白、イソシアネートのような無機粉塵によるものもある。さらにhot tub lungは感染症ともアレルギーとも決しがたく、hypersensitivity-like diseaseと呼ばれている。また、原因抗原が単独で作用しているとは限らず、症例によってはエンドトキシンやβ-Dグルカンの関与も推測され注目されるところだ(日胸疾会誌 1997; 35: 1232-1237、日呼吸会誌 2004; 42: 1024-1029)。
気管支喘息もIgE RASTなどの検査がすでに一般化していることに示されるように、ここに位置づけられるべき十分な資格がある。興味深いことに、HP患者の20~40%は非特異的な気道反応性の亢進を呈し、なかには喘息を発症するものもあるとされており(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)、両者は想像以上に近い関係にある のかもしれない。ところが意外にも、有機粉塵の関与する喘息の中ではむしろ非アレルギー性の多いことが指摘されており、そのようなものでは好中球が気道炎症の主体になっているという(Am J Ind Med 2004; 46: 323-326)。そして、エンドトキシンなど微生物の構成成分はアレルゲンというよりむしろ、直接innate immune systemを刺激することにより病態を修飾していることが知られている(Toxicol Appl Pharmacol 2005; 207: S310-S319)。
一方、反復吸入による感作を必要としない非アレルギー性疾患群を代表するのがorganic dust toxic syndrome(ODTS)だ。これは無機粉塵への暴露後に発症する発熱性疾患で、HPの所見がないものと定義される(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999年)。原因抗原は真菌胞子やactinomyces、endotoxin、その他穀物由来の粉塵が想定されており、とくに真菌の吸入によるものは従来pulmonary mycotoxicosisと呼ばれてきた。発熱、戦慄、筋痛、乾性咳嗽、頭痛、呼吸困難を呈し、典型例では比較的多量のorganic dustに暴露後4~8時間で発症し、36~48時間で自然に回復する。理学所見は正常のこともあるが、両肺底部のcracklesや散在性にwheezeを聴取することがあるという。血液検査では好中球優位の白血球増多をみるが、胸部X線で異常を認めず、“flu-like illness”と形容される(Chest 1999; 116: 1157-1158)。一方で、びまん性の間質陰影と粒状影がみられたとの報告や(Chest 1975; 67: 293-297)、胸部X線で両側の肺胞性ないし間質性の浸潤影を認めた3例のうち2例で低酸素血症を伴い、人工呼吸管理を要したとの報告もある(Mod Pathol 1998; 11: 432-436)。BALF細胞分画では好中球が目立ち、肺組織像は多巣性の急性炎症を認め、終末細気管支や肺胞、間質に好中球やマクロファージが浸潤し、肉芽腫の形成はないとされる(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)。これら以外にも血清中抗体の存在など感作を示す所見がなく、また永久的な肺障害をきたすことがないなどHPと異なる点を強調されることが多いけれども、研究者によってはこれらを二つの疾患単位として明瞭に切り分けるのではなく、一つの疾患群のスペクトラムの中での異なった表現型ととらえる立場もあるようだ。さらに、ODTS近縁疾患として知られるのがsick building syndrome(SBS)である。これは特定のオフィスや家、建物の住人に非特異的症候(粘膜刺激、頭痛、倦怠、認知障害、悪心、発疹、めまい)を生じるもので、ODTSとは異なり特定の原因を指摘しえないものを指す。生物学的・化学的・物理的・精神的要因を含む多因子が関わっているらしい(Curr Opin Allergy Clin Immunol 2005; 5: 135-139)。
ところでこのところ報道されている中国の大気汚染や環境破壊の問題は、日本国内にばかり眼が向きがちな意識に反省を迫るものだった。輸入される食材の安全性はもちろん、偏西風にのって大陸からもたらされる有機・無機のさまざまな微粒子が、呼吸器系に影響を与えると指摘する者もあるようだ。これらは隣国が抱える問題は決して他人ごとでないことを教えてくれる。そして、それは公害列島と呼ばれていたかつての日本の姿にほかならないのだ。有史以前からその恩恵を被り、おそらくは与えるより与えられることの多かったわれわれが一方的に非難する理由はない。求められれば手を差し伸べるのみである。脱亜入欧が唱えられ、国民感情が高揚していた明治期にあってすでに偏狭なナショナリズムを戒め、同朋たるべきことを説いていた勝海舟という人間の大きさを思わずにはいられない。 (2010. 8. 23)
有機粉塵吸入の生体への影響は、アレルギーの関与の程度で二つに分類すると理解しやすい。一方の極が過敏性肺炎(HP)で、これは反復吸入しているうちに感作されて起こるアレルギー性肺炎の総称である。Ⅲ型およびⅣ型アレルギーにより、抗原が沈着する呼吸細気管支を中心に病変が形成され、組織学的には非乾酪性肉芽腫性間質性肺炎を特徴とする。生活環境や塵埃の種類によって50以上の疾患が知られているが、日本においては夏型過敏性肺炎がもっとも多い。次いで農夫肺、換気装置肺(空調肺、加湿器肺)、鳥飼病が主なものであるが、全国調査では原因物質が明らかでなかったものも6.8%を占めている(J Allergy Clin Immunol 1991; 87: 1002-1009)。夏型過敏性肺炎におけるTrichosporonや、加湿器肺におけるThermoactinomyces、Candidaなど抗原として認められているのは微生物関連のものが大部分であるが、その他鳥飼病のように鳥由来蛋白、イソシアネートのような無機粉塵によるものもある。さらにhot tub lungは感染症ともアレルギーとも決しがたく、hypersensitivity-like diseaseと呼ばれている。また、原因抗原が単独で作用しているとは限らず、症例によってはエンドトキシンやβ-Dグルカンの関与も推測され注目されるところだ(日胸疾会誌 1997; 35: 1232-1237、日呼吸会誌 2004; 42: 1024-1029)。
気管支喘息もIgE RASTなどの検査がすでに一般化していることに示されるように、ここに位置づけられるべき十分な資格がある。興味深いことに、HP患者の20~40%は非特異的な気道反応性の亢進を呈し、なかには喘息を発症するものもあるとされており(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)、両者は想像以上に近い関係にある のかもしれない。ところが意外にも、有機粉塵の関与する喘息の中ではむしろ非アレルギー性の多いことが指摘されており、そのようなものでは好中球が気道炎症の主体になっているという(Am J Ind Med 2004; 46: 323-326)。そして、エンドトキシンなど微生物の構成成分はアレルゲンというよりむしろ、直接innate immune systemを刺激することにより病態を修飾していることが知られている(Toxicol Appl Pharmacol 2005; 207: S310-S319)。
一方、反復吸入による感作を必要としない非アレルギー性疾患群を代表するのがorganic dust toxic syndrome(ODTS)だ。これは無機粉塵への暴露後に発症する発熱性疾患で、HPの所見がないものと定義される(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999年)。原因抗原は真菌胞子やactinomyces、endotoxin、その他穀物由来の粉塵が想定されており、とくに真菌の吸入によるものは従来pulmonary mycotoxicosisと呼ばれてきた。発熱、戦慄、筋痛、乾性咳嗽、頭痛、呼吸困難を呈し、典型例では比較的多量のorganic dustに暴露後4~8時間で発症し、36~48時間で自然に回復する。理学所見は正常のこともあるが、両肺底部のcracklesや散在性にwheezeを聴取することがあるという。血液検査では好中球優位の白血球増多をみるが、胸部X線で異常を認めず、“flu-like illness”と形容される(Chest 1999; 116: 1157-1158)。一方で、びまん性の間質陰影と粒状影がみられたとの報告や(Chest 1975; 67: 293-297)、胸部X線で両側の肺胞性ないし間質性の浸潤影を認めた3例のうち2例で低酸素血症を伴い、人工呼吸管理を要したとの報告もある(Mod Pathol 1998; 11: 432-436)。BALF細胞分画では好中球が目立ち、肺組織像は多巣性の急性炎症を認め、終末細気管支や肺胞、間質に好中球やマクロファージが浸潤し、肉芽腫の形成はないとされる(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McGraw-Hill 1998年)。これら以外にも血清中抗体の存在など感作を示す所見がなく、また永久的な肺障害をきたすことがないなどHPと異なる点を強調されることが多いけれども、研究者によってはこれらを二つの疾患単位として明瞭に切り分けるのではなく、一つの疾患群のスペクトラムの中での異なった表現型ととらえる立場もあるようだ。さらに、ODTS近縁疾患として知られるのがsick building syndrome(SBS)である。これは特定のオフィスや家、建物の住人に非特異的症候(粘膜刺激、頭痛、倦怠、認知障害、悪心、発疹、めまい)を生じるもので、ODTSとは異なり特定の原因を指摘しえないものを指す。生物学的・化学的・物理的・精神的要因を含む多因子が関わっているらしい(Curr Opin Allergy Clin Immunol 2005; 5: 135-139)。
ところでこのところ報道されている中国の大気汚染や環境破壊の問題は、日本国内にばかり眼が向きがちな意識に反省を迫るものだった。輸入される食材の安全性はもちろん、偏西風にのって大陸からもたらされる有機・無機のさまざまな微粒子が、呼吸器系に影響を与えると指摘する者もあるようだ。これらは隣国が抱える問題は決して他人ごとでないことを教えてくれる。そして、それは公害列島と呼ばれていたかつての日本の姿にほかならないのだ。有史以前からその恩恵を被り、おそらくは与えるより与えられることの多かったわれわれが一方的に非難する理由はない。求められれば手を差し伸べるのみである。脱亜入欧が唱えられ、国民感情が高揚していた明治期にあってすでに偏狭なナショナリズムを戒め、同朋たるべきことを説いていた勝海舟という人間の大きさを思わずにはいられない。 (2010. 8. 23)