やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

びまん性嚥下性細気管支炎

2009年07月03日 05時01分40秒 | 気道病変
老年医学が対象とする疾患は多いが、中でも嚥下性肺疾患は重要な位置を占める。「嚥下性肺疾患の診断と治療(嚥下性肺疾患研究会編、ファイザー製薬発行、2003)」に嚥下性肺炎、人工呼吸器関連肺炎、メンデルソン症候群とともにびまん性嚥下性細気管支炎Diffuse aspiration bronchiolitis (DAB)が記載されているのだが、プライマリケアの現場ではあまり認知されていないように思う。これは1978年に山中らがびまん性汎細気管支炎(DPB)に類似した肉眼・組織所見を呈するものを誤嚥性DPBと記述したのがその発端とされているが、その後福地らがDPBとは異なる疾患単位としてDABの名称を提唱し(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)、今や欧米の教科書にも一項目を割いて記載されるようになったものである(Dail and Hammar’s Pulmonary Pathology第3版、Springer 2008)。

“異物を繰り返し誤嚥することにより引き起こされた細気管支の慢性炎症性反応を特徴とするもの”というのがその定義であるが(Chest 1996; 110: 1289-1293)、当初剖検肺で検討が開始された時には、“両側性に一葉以上にわたって黄白色の小結節散布を呈し、肺実質炎症所見を欠くか、または最小限度の合併にとどまるもの”とされていた(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)。嚥下性肺炎が日常的に見られるのに比べると、DAB症例に遭遇することは少なく稀といっても良いくらいだが、嚥下性肺疾患81例の中でDABは13例を占めていたと報告され(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)、連続剖検4880例中31例(0.64%)がDABであったという(Chest 1996; 110: 1289-1293)。

嚥下性肺炎は高齢者に多いこともあり臨床症状がしばしば非特異的であることに注意が促されているが、DABはそれ以上にその存在が想起されにくいものかもしれない。嚥下性肺炎と比べ突然の発症は少なく潜行性と表現され、喀痰・咳は比較的軽度、発熱を伴わない例もまれではない。炎症反応の上昇も比較的軽度にとどまる(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)。一方、喘鳴を伴う急性の呼吸困難発作を呈する場合には高年発症喘息などとの鑑別が必要であることが指摘されている(呼吸 1990; 9: 263-267)。約半数は多量の誤嚥や嘔吐のエピソードがなく、微量誤嚥の反復が原因とされており(日老医誌 1994; 31: 435-440)、脳神経疾患・認知症・心血管疾患を並存する高齢者や寝たきりの患者に多い(Chest 1996; 110: 1289-1293)。比較的若年者(40歳台~)あるいは小児でもアカラシアなどの嚥下障害を有する例で報告がある(Chest 1998; 114: 350-351)。その他誤嚥に関与するものとしてGERDやCOPDも知られている(Chest 2004; 125: 349-350、Chest 2002; 122: 1104-1105)。症状が食事に関連して発現・悪化すれば誤嚥の関与を疑う重要な契機になるが、必ずしも食事との関連が証明されるとは限らないことは銘記しておくべきだ。唾液の少量反復誤嚥によるものが推測された症例も報告されている(日呼吸会誌 1998; 36: 444-447)。

画像ではDPBと同様に小葉中心性粒状影が主要な所見である。小葉中心性陰影を呈した553例のHRCT所見をレトロスペクティブに検討したものによると、DAB13例のうち12例はcentrilobular nodules with tree-in-bud appearanceを呈し、しばしば気管支壁肥厚を伴っていた。さらに陰影の分布は肺野末梢領域で、ほとんどは下肺野であったと報告されている(Chest 2007; 132: 1939-1948)。DPBとの相違点として、小葉中心性粒状影の分布は主に下肺野で比較的限局する傾向があること、嚥下性肺炎による浸潤影が混在しこれは両下葉背側、右上葉に好発することが挙げられている。組織学的には細気管支壁へのリンパ組織球の浸潤を主体とし一部に泡沫化マクロファージを混在する慢性炎症が特徴で、しばしば細気管支内に異物やそれに関連した巨細胞がみられる(Chest 1996; 110: 1289-1293)。呼吸細気管支における狭窄、肉芽形成および粘膜剝脱の所見が強いのもDPBとは異なる所見である(日胸 1996; 55: 1027-1033)。また喀痰の細菌学的検討で、嚥下性肺炎ではS. pneumoniae、Enterococcusが上位を占めたのに対し、DABではK. pneumoniae、P. aeruginosaが約半数に観察されたという(日胸疾会誌 1989; 27: 571-577)。

DABの定義自体に明示されているように、診断には嚥下機能障害を確認することが必要である。しかしながら明らかな誤嚥エピソードがなく、video fluoroscopic swallow assessmentでも誤嚥所見が証明されない場合の診断は困難を極め、外科的生検で初めて診断されることもありえる(Mayo Clin Proc 2006; 81: 172-176)。臨床的に診断に至らない症例も少なからず存在するのかもしれない。
DAB治療は誤嚥の防止と気道感染のコントロールを目標とする。近年ACE阻害薬が嚥下性肺疾患の頻度を減少させることが示されているが、依然として厄介な存在であることに変わりはない。内科的治療で不十分な症例では輪状咽頭筋切除術なども有用である可能性がある(日胸疾会誌 1996; 34: 926-930)。一方、コントロール困難な嚥下性肺疾患に対し内視鏡的胃瘻造設術(PEG)が多用されるが、その有用性が疑問視されているのが現状だ(Geriat Med 2007; 45: 1289-1293)。

高齢化の進行は以前から予測されていたが、既に地方では深刻である。高齢者の抱える問題を医療の枠内で解決できれば幸運だ。多くの場合、そこに紛れ込んでくる介護をめぐる課題の解決に多大な労力を払い、消耗してしまうことになる。身一つで対応できるわけもなく結局は看護師が加わり、ケースワーカーに主導権を譲り、そのうちに何となくゴールが見えてくる。その過程で、従来の医師教育に欠けている指導力やコミュニケーション力が、プライマリケアの現場ではもっとも必要とされる能力であることに気づかされ、自分の専門性はチームの中でこそ発揮されるものであることが見えてくる、というのが多くの医師の実感ではないだろうか。(2009.7.3)