見えるものすべてが眼にまぶしいこの季節、かつて西行が望んだようにただ心穏やかに過ごしたいと思う。けれども、そのような気持ちとは裏腹に年度の移り変わるこの時期は慌しいままに過ぎていく。去る者と来る者、変わるものと変わらぬもの、数年後もこのまま続けているのかさえわからない。利己的な人間であればこそ将来を見通そうと心を砕き、後進の指導に努めるのだ。
血液ガス検査の解釈などごく初歩的なものであるに違いない。しかしながら、あまりに日常的に行われているために、必ずしも適切に把握されていないのではないかと感じることもある。生命に直結する二つの情報が含まれるにも関わらず、もし基本的事項を学習する機会がなかったとすればここであらためて確認しておくべきだろう。
その第一はいうまでもなく低酸素血症に関する情報である。とくに緊急時であればPaO2の値にのみ気をとられがちで、酸素を吸入させればそれで事足りるという症例も多いかもしれない。とはいえ、そのような対応ばかりを繰り返すうちに、患者の病態をより詳細に評価しようという態度もいつしか消え失せ、ついにはCO2ナルコーシスや酸素中毒など酸素投与そのものが有害となりえることさえ忘却してしまっている、ということはないだろうか。
PaO2が低下するメカニズムとして、①吸入気O2分圧の低下、②肺胞低換気、③AaDO2の開大が挙げられる。①の吸気O2分圧の低下については改めて説明の必要はないだろう。だが、たとえば人工呼吸器の回路異常など、臨床的にはきわめてクリティカルな状況もありえるため、常に念頭に置かれるべきものである。
次の肺胞低換気については、よく知られているようにPaCO2上昇がメルクマールとなる。肺胞換気式により、PaCO2 = 0.863・V[・]CO2/V[・]A (注;[・]は「単位時間当たり」であることを示し、本来その前のVの上につくべきものだが、文字変換の都合上このようになった。つまり、V[・]CO2;CO2産生量、V[・]A:肺胞換気量)という関係があり、つまり炭酸ガス排泄量を一定と仮定できる場合には、肺胞換気量はPaCO2と反比例するのだ。一方、肺胞気式から、PAO2 = PIO2 - (PaCO2/R) + F (PAO2;肺胞気PO2、PIO2;吸入気PO2、R;呼吸商、F;小さな補正因子で通常無視しうるもの)という関係があり、たとえば、PaCO2が40mmHgから80mmHgへと2倍に増加する著しい肺胞低換気があったとしても、Rが1であるとすればPAO2は100mmHgから60mmHgまでしか低下しない。つまり、純粋な肺胞低換気でPaO2が著しく低下するのはまれであると考えられ、PaCO2の上昇を伴う低酸素血症であったとしても他の要因の関与をも考慮しておいたほうがよいだろう。
一方、AaDO2はすなわち、PAO2 - PaO2であるから、その開大の有無を確認するには、肺胞気式からPAO2を求める必要がある。実際には概算式が用いられることが多く、空気呼吸下では、AaDO2=150-1.2×PaCO2-PaO2となる。このAaDO2の開大は拡散障害、シャント、換気血流比不均等により生じうるけれども、これらを血液ガスの値のみから鑑別するのは必ずしも容易ではない。それでも、シャント式を使えばシャント率を求めることもできるし、そのような面倒な計算をせずとも、シャント率がおよそ20%以上になると吸入気酸素濃度をいくら上げてもPaO2はそれほど上昇しないことが知られていることから、酸素投与に対するPaO2の反応が不良であればシャントの存在を推測しうる。もちろん、その限界をわきまえておけば拡散障害の指標としてDLCOが参考になるだろう。
このように様々な要因の影響を受けるPaO2ではあるものの、呼吸管理の観点からはRespiratory Index(RI)が便利である。異なる濃度の酸素を吸入しているときでも酸素化能の悪化ないし改善を認識することが容易で、RIノモグラムを用いれば測定されたPaO2値をもとに吸入酸素濃度を最適化するのに役立つのだ。また、臨床の場では意識されることが少ないかもしれないけれども、PaO2はあくまでも分圧である。すなわち、PaO2のみでは評価できない病態も存在することをわきまえておく必要があり、その一つの例として一酸化炭素(CO)中毒を挙げておけば足りるだろう。
血液ガスデータから得られるもう一つの重要な情報はもちろん、酸塩基平衡に関するものである。その理論的基礎がHenderson-Hasselbalchの式、pH=pK+log([HCO3ˉ]/0.03×PCO2)にあることもわざわざここに述べるまでもなく、当然のごとくpHとともに呼吸性因子としてのPCO2、さらに代謝性因子としての[HCO3ˉ]をまず確認しなければならない。そのうえで、一次性の変化(主過程)はpHに反映され、二次性の変化(代償過程)はpHを過剰にすることはない、という原則を踏まえつつ解釈することになる。つたとえば、まず何らかの原因でアシドーシスをきたした場合、呼吸性ないし代謝性に代償作用が働くにしても、そのプロセスが過剰となってアルカリ血症をきたすことはまずないのである。
なお、代償については注意すべき点がいくつかある。その第一は、呼吸性因子による代償は数十分以内に完了するのに対し、代謝性因子による代償は数日を要することだ。よって、たとえば慢性の高CO2血症がみられる症例(すなわち[HCO3ˉ]は増加している)に対し、人工呼吸管理などによりPaCO2をいきなり正常化してしまうと、一時的にせよアルカリ血症をきたすことになる。もう一つの注意点は、代償反応の大きさにもある一定の限界があることだ。たとえば、慢性の呼吸性アシドーシス症例でPaCO2が60mmHgであるとすれば、その正常値を40mmHgとすると代償性に変化しうる[HCO3ˉ]は7.0mEq/Lとなり、もともとの[HCO3ˉ]が24mEq/Lであるなら、24+7=31mEq/Lまでは代償性変化と理解することができる。これをいちいち計算するのは大変なので、一般にはConfidence (significance) bandを参照することが多い。
こんなことを勉強会で話してはいるものの、ほんのさわりでしかないのでさらに成書(シャピロ 血液ガスの臨床 医学書院エムワイダブリュー 1995年、など)にあたることを薦めることになる。彼らが一人前になった暁には、自分は楽隠居させてもらおうなどともくろんでいるのだが、そのとき医療をとりまく環境はどうなっているだろうか。人口が減少しつつあるなかで高齢化が急速に進行している日本の経済は、今後必然的に縮小せざるをえないという(松谷明彦 「人口減少経済」の新しい公式. 日本経済新聞社 2004年)。だからといって、いざそのときに医療に対する需要を身の丈に合わせようとしてもできるとも思えない。経済とともに医療が破綻したギリシャのようなことにはなるまいが、思いはさまざまに巡るのである。 (2012.4.23)
血液ガス検査の解釈などごく初歩的なものであるに違いない。しかしながら、あまりに日常的に行われているために、必ずしも適切に把握されていないのではないかと感じることもある。生命に直結する二つの情報が含まれるにも関わらず、もし基本的事項を学習する機会がなかったとすればここであらためて確認しておくべきだろう。
その第一はいうまでもなく低酸素血症に関する情報である。とくに緊急時であればPaO2の値にのみ気をとられがちで、酸素を吸入させればそれで事足りるという症例も多いかもしれない。とはいえ、そのような対応ばかりを繰り返すうちに、患者の病態をより詳細に評価しようという態度もいつしか消え失せ、ついにはCO2ナルコーシスや酸素中毒など酸素投与そのものが有害となりえることさえ忘却してしまっている、ということはないだろうか。
PaO2が低下するメカニズムとして、①吸入気O2分圧の低下、②肺胞低換気、③AaDO2の開大が挙げられる。①の吸気O2分圧の低下については改めて説明の必要はないだろう。だが、たとえば人工呼吸器の回路異常など、臨床的にはきわめてクリティカルな状況もありえるため、常に念頭に置かれるべきものである。
次の肺胞低換気については、よく知られているようにPaCO2上昇がメルクマールとなる。肺胞換気式により、PaCO2 = 0.863・V[・]CO2/V[・]A (注;[・]は「単位時間当たり」であることを示し、本来その前のVの上につくべきものだが、文字変換の都合上このようになった。つまり、V[・]CO2;CO2産生量、V[・]A:肺胞換気量)という関係があり、つまり炭酸ガス排泄量を一定と仮定できる場合には、肺胞換気量はPaCO2と反比例するのだ。一方、肺胞気式から、PAO2 = PIO2 - (PaCO2/R) + F (PAO2;肺胞気PO2、PIO2;吸入気PO2、R;呼吸商、F;小さな補正因子で通常無視しうるもの)という関係があり、たとえば、PaCO2が40mmHgから80mmHgへと2倍に増加する著しい肺胞低換気があったとしても、Rが1であるとすればPAO2は100mmHgから60mmHgまでしか低下しない。つまり、純粋な肺胞低換気でPaO2が著しく低下するのはまれであると考えられ、PaCO2の上昇を伴う低酸素血症であったとしても他の要因の関与をも考慮しておいたほうがよいだろう。
一方、AaDO2はすなわち、PAO2 - PaO2であるから、その開大の有無を確認するには、肺胞気式からPAO2を求める必要がある。実際には概算式が用いられることが多く、空気呼吸下では、AaDO2=150-1.2×PaCO2-PaO2となる。このAaDO2の開大は拡散障害、シャント、換気血流比不均等により生じうるけれども、これらを血液ガスの値のみから鑑別するのは必ずしも容易ではない。それでも、シャント式を使えばシャント率を求めることもできるし、そのような面倒な計算をせずとも、シャント率がおよそ20%以上になると吸入気酸素濃度をいくら上げてもPaO2はそれほど上昇しないことが知られていることから、酸素投与に対するPaO2の反応が不良であればシャントの存在を推測しうる。もちろん、その限界をわきまえておけば拡散障害の指標としてDLCOが参考になるだろう。
このように様々な要因の影響を受けるPaO2ではあるものの、呼吸管理の観点からはRespiratory Index(RI)が便利である。異なる濃度の酸素を吸入しているときでも酸素化能の悪化ないし改善を認識することが容易で、RIノモグラムを用いれば測定されたPaO2値をもとに吸入酸素濃度を最適化するのに役立つのだ。また、臨床の場では意識されることが少ないかもしれないけれども、PaO2はあくまでも分圧である。すなわち、PaO2のみでは評価できない病態も存在することをわきまえておく必要があり、その一つの例として一酸化炭素(CO)中毒を挙げておけば足りるだろう。
血液ガスデータから得られるもう一つの重要な情報はもちろん、酸塩基平衡に関するものである。その理論的基礎がHenderson-Hasselbalchの式、pH=pK+log([HCO3ˉ]/0.03×PCO2)にあることもわざわざここに述べるまでもなく、当然のごとくpHとともに呼吸性因子としてのPCO2、さらに代謝性因子としての[HCO3ˉ]をまず確認しなければならない。そのうえで、一次性の変化(主過程)はpHに反映され、二次性の変化(代償過程)はpHを過剰にすることはない、という原則を踏まえつつ解釈することになる。つたとえば、まず何らかの原因でアシドーシスをきたした場合、呼吸性ないし代謝性に代償作用が働くにしても、そのプロセスが過剰となってアルカリ血症をきたすことはまずないのである。
なお、代償については注意すべき点がいくつかある。その第一は、呼吸性因子による代償は数十分以内に完了するのに対し、代謝性因子による代償は数日を要することだ。よって、たとえば慢性の高CO2血症がみられる症例(すなわち[HCO3ˉ]は増加している)に対し、人工呼吸管理などによりPaCO2をいきなり正常化してしまうと、一時的にせよアルカリ血症をきたすことになる。もう一つの注意点は、代償反応の大きさにもある一定の限界があることだ。たとえば、慢性の呼吸性アシドーシス症例でPaCO2が60mmHgであるとすれば、その正常値を40mmHgとすると代償性に変化しうる[HCO3ˉ]は7.0mEq/Lとなり、もともとの[HCO3ˉ]が24mEq/Lであるなら、24+7=31mEq/Lまでは代償性変化と理解することができる。これをいちいち計算するのは大変なので、一般にはConfidence (significance) bandを参照することが多い。
こんなことを勉強会で話してはいるものの、ほんのさわりでしかないのでさらに成書(シャピロ 血液ガスの臨床 医学書院エムワイダブリュー 1995年、など)にあたることを薦めることになる。彼らが一人前になった暁には、自分は楽隠居させてもらおうなどともくろんでいるのだが、そのとき医療をとりまく環境はどうなっているだろうか。人口が減少しつつあるなかで高齢化が急速に進行している日本の経済は、今後必然的に縮小せざるをえないという(松谷明彦 「人口減少経済」の新しい公式. 日本経済新聞社 2004年)。だからといって、いざそのときに医療に対する需要を身の丈に合わせようとしてもできるとも思えない。経済とともに医療が破綻したギリシャのようなことにはなるまいが、思いはさまざまに巡るのである。 (2012.4.23)