やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

上葉優位の線維化病変

2013年03月11日 04時51分28秒 | びまん性肺疾患
X線が発見されたのは19世紀も末のことだったが、臨床への応用はそれから間もなく始まったという。以来、呼吸器診療において胸部X線写真は欠くことのできないものとなった。多数例の観察から帰納的に見出された画像パターンが診断に役立つのはもちろんのこと、多少なりとも病理所見を反映したそれは疾患の成立過程や病因への手がかりをも与えてくれる。画像診断学の領域はあまりにも奥深く、片手間に極めることなどとうていできるはずもないが、実地医家をも惹きつけてやまないのである。その仕方はそれぞれの心の赴くところ千差万別であるとはいえ、専門雑誌に掲載されているような希少な疾患の特異な所見にそそられることはない。むしろ、ごくありふれた陰影のなかに何かが見えてくるかもしれないと思えば、心躍らされずにはいられないのだ。

Pulmonary apical cap(PAC)は胸部単純X線写真における、肺尖部の胸膜に沿った曲線状の軟部陰影と定義される。そのほとんどは厚さ5mm以下でその下縁は辺縁明瞭でなめらか、ないしうねった形状を呈する(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999)。連続183の剖検肺のうち48例にみられたとの報告があり、とくに高齢者に多く、また高齢であるほど大きいことから、老化に伴う非特異的な胸膜下の瘢痕化の結果、肺尖部の胸膜肥厚をきたしたものとされる(Am J Pathol 1970; 60: 205-216)。その組織は肺実質における局在化した慢性間質性炎症・線維化で、胸膜に変化はないという。病的な意義に乏しいとみなされるものがそのほとんどを占めるとはいえ、画像上PACの範疇に入ってくるのはそればかりではない。炎症性ないし感染性の病変(結核や頚部から進展してきた胸膜外の膿瘍など)、放射線治療による線維化、腫瘍(リンパ腫、癌、中皮腫など)、外傷性(血管破裂や骨折による出血など)、血管、mediastinal lipomatosis、など多様である(Am J Roentgenol 1981; 137: 299-306)。とりわけ腫瘍性病変との鑑別はしばしば問題になるところだろう(Am J Surg Pathol 2001; 25: 679-683、Ann Thorac Cardiovasc Surg 2010; 16: 122-124)。とくに、片側性あるいは両側性の場合でも5mm以上の差がある、局所的に膨隆している、経時的に拡大している、例では慎重な評価が必要である。

このPACと類似した所見を呈し、時に鑑別を要するとも言われるのがidiopathic pleuroparenchymal fibroelastosis(IPPFE)である。病理学的には、上葉優位に臓側胸膜の強い線維化と胸膜下の顕著で均一なfibroelastosisを認め、胸膜から離れた肺実質には病変がみられず、また軽度で斑状のリンパ球・組織球浸潤、さらに線維化のleading edgeに少数のfibroblastic fociをみる、といった特徴を示す(Chest 2004; 126: 2007-2013)。従来の特発性間質性肺炎のいずれにも分類できず、間質性肺疾患の新しい臨床病理学的疾患単位として提唱されたものだ(Respir Res 2011; 12: 111)。

臨床的には、息切れや乾性咳嗽を初発症状とし、胸部X線写真では肺尖部胸膜の顕著な肥厚を認める。CTでも同様に、上葉を主体とした胸膜の著明な肥厚と線維化を伴う容量減少が認められるという(BMC Pulm Med 2012; 12: 72)。そして、ごく最近の研究によれば、従来認識されていた以上に病変が広がっている可能性も指摘されているようだ。胸膜から離れた肺実質には病変がないとしたオリジナルの報告とは異なり、主病変から離れた部位にも稀ならず線維化巣が存在し、さらに下葉にも軽度ではあるがpleuroparenchymal fibroelastosisの所見を認め、UIPや過敏性肺臓炎など他のパターンを伴う例も少なくないという(Eur Respir J 2012; 40: 377-385)。

その発症機序については不明であると言わざるを得ないものの、反復する肺感染との関連、また非特異的な自己抗体の陽性例や間質性肺疾患の家族歴を有する例など遺伝ないし自己免疫的なメカニズムの関与を示唆するものがある(Eur Respir J 2012; 40: 377-385)。興味深いことに、骨髄移植後に発症した例もあるようだ(Mod Pathol 2011; 24: 1633-1639)。

ここに述べてきたものを含め、上葉優位に陰影が広がるものに対しては特別な注意が払われてきた。言うまでもなく、間質性肺疾患は下肺野を病変の主座とすることが多いためである。特異な発症要因の存在が予想されるけれども、たとえばPulmonary apical fibrocystic diseaseというカテゴリーにしても特異的な病因を探る試みはたいした成果もないまま忘れ去られようとしているようだ(Eur J Respir Dis 1981; 62: 46-55)。結果、残されたのは鑑別診断上の意義にとどまり、実際、教科書を開けば上葉優位に分布する疾患としてサルコイドーシスや珪肺症、Langerhans cell histiocytosis、慢性過敏性肺臓炎、関節リウマチや強直性脊椎炎関連肺病変などが挙げられている。つまり特発性のものは極めてまれとされているのだが、IPPFEはそのような状況のなかで新たな視点から提唱されたものといえるだろう。その一方で、この日本においても特発性上葉限局型肺線維症idiopathic pulmonary upper lobe fibrosis(IPUF)という概念が提唱されて久しい(呼吸 1992; 11: 693-699)。国内ではそれなりに症例が集積しており、その特徴的な臨床像も浮かび上がっているのだが、残念ながら国際誌に発表されていないために、その他の概念との異同など十分な議論の対象とさえなっていないのだ。医学の発展に寄与すべき研究者であれば、この“異常”事態を放置しておいてよいとは思われないのである。 (2013.3.11)