やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

Infusion reaction

2010年11月15日 05時19分19秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
KöhlerとMilsteinがハイブリドーマを用いてモノクローナル抗体をいくらでも生成できることを示したのは四半世紀以上も前のことだった。それが今や抗体医薬として結実し、従来の治療では満足すべき効果が得られなかった疾患に応用されている。日本でも既に十指に余る製品が市販され臨床の現場に広く迎えられている状況だが、はたして低分子化合物と異なる特性を充分に認識して使用されているのか懸念がないわけではない(Nat Rev Drug Discov 2010; 9: 325-338)。たとえば添付文書に重大な副作用としてInfusion reactionが記載されているけれども、聞き慣れない事象名にとまどっている者も少なくないのではないだろうか。

このInfusion reactionはモノクローナル抗体の輸注後24時間以内に発現する非血液毒性の総称として使われることが多い(癌と化学療法 2008; 35: 1671-1674)。裏をかえせば、厳密に定義されているわけではなく、症状も発疹や呼吸困難、口唇・咽頭浮腫、発熱、血圧低下など過敏症一般にみられるものと共通している。発現頻度は薬剤ごとに大きく異なり、初回投与に関してはrituximabで77~80%、trastuzumab約40%、bevacizumab 3%未満とされ、免疫抑制作用の有無とは関係ないようだ。おそらく新薬開発の過程で便宜的につけられたものと推測するのだが、あえて新たな名称で呼ぶからには通常のアレルギーとして片付けられない機序が想定されたからに違いない。ところがその漠然とした事象名ゆえに、そこには非特異的な軽度の反応から重篤なIgE-mediated typeⅠ hypersensitivity reactions(Anaphylactic reactions)やAnaphylactoid reactions、Cytokine release syndromeまで多くの病態が含まれ混同されることとなったのである(Curr Opin Drug Discov Devel 2010; 13: 124-135)。

もちろん、Infusion reactionをあらためてその病態から整理し、理解しようという試みもないわけではない。TypeⅠ hypersensitivityについては、IgEを介した肥満細胞や好塩基球からのヒスタミンやロイコトリエン、プロスタグランジン放出による、急速な平滑筋収縮と毛細血管の拡張が基本的病態であるのは言うまでもないだろう。当該薬物への反復暴露や薬物過敏症の既往(とくに同種の薬物)、経静脈投与は発現リスクを高めるとされる。感作されている必要があり、初回投与時にはみられないのが原則であるけれども、cetuximabの場合は例外的で、これと交叉反応するIgEがあらかじめ存在することがある。しかも面白いことに、このIgEが検出される頻度に地理的な差があるらしい(Oncologist 2008; 13: 725-732)。Anaphylactoid reactionsも基本的にTypeⅠ hypersensitivityと異なるものではないが、薬剤がIgEを介さず直接肥満細胞などを刺激するところで区別される。

これら従来から知られているものよりも、むしろCytokine release syndromeこそInfusion reactionの核にある概念とみなされるべきだろう。薬剤により活性化された様々な細胞から過剰に放出されたTNF-αやIFN-γ、さらにそれに続くIL-6やIL-10などが中心的役割を果たすと考えられている。しかしながら、これを誘発する薬剤(抗体)がどのように作用しているかについては不明な点が多い。そのFab領域を介してagonistとして働き標的細胞の“activation” receptorsを刺激したり、あるいは標的細胞に結合した抗体がさらに非標的細胞上のlow affinity Fc receptorsに結合しサイトカインが放出される機序(J Immunotoxicol 2008; 5: 11-15)、またToll-like receptorの関与なども想定されている(Curr Opin Drug Discov Devel 2010; 13: 124-135)。いずれにせよ発現頻度は初回投与時にもっとも高いのだが、奇妙なことに、投与回数を重ねるごとにその頻度や重篤度は低下する(Oncologist 2008; 13: 725-732)。そのため、Anaphylactic reactionをはじめとして過敏症なら再投与が推奨されず、時には禁忌ともされる一方で、Cytokine release syndromeの場合には投与速度を下げることで再開可能とされている薬剤がある。対応がまったく異なるこの両者をいかに鑑別すべきかが重要であるはずなのだが、臨床所見のみで選り分けるには限界があり、つまるところ、それぞれの薬剤で集積されている経験が頼りである(Oncologist 2007; 12: 601-609)。にもかかわらず、添付文書にもその肝心なことが書かれておらずリスクが放置されているように見える。Cytokine release syndromeでもまれではあるが時に“Cytokine storm”とも表現される激烈な反応をきたしうることを忘れてはならない。近年行われたTGN1412(ヒト化superagonistである抗CD28モノクローナル抗体)の治験では、健常ボランティアが次々に多臓器不全に陥り、高を括っていた医学界に冷水を浴びせかけたのだ(N Engl J Med 2006; 355: 1018-1028)。

このような副作用を含む薬剤に関する情報については当然のことながら、それを販売している製薬会社に大きく依存せざるをえない。だが、必要なときに速やかに情報が提供されるとは限らないのだ。TGN1412の事件では、患者の治療にあたった主治医は創薬元ないし治験を実施したCROと契約関係にはなかったけれども、入院直前の治験データのみならず非臨床データ、その他薬剤に関する詳細な情報の提供を受け、それが治療方針の決定に大いに役立ち救命に成功した(N Engl J Med 2006; 355: 1018-1028)。しかしながら、これはきわめて例外的で契約施設・医師以外への情報提供は企業秘密として厳しく制限されているのが一般的だろうと思う。そして、市販薬についても残念ながら、売る側の利害に直接かかわるものについては正確に伝えられているのか疑問である。ある大手メーカーの内部文書を公表論文とつき合わせてみたところ、かなりの割合で臨床試験の結果が意図的に操作されていた(N Engl J Med 2009; 361: 1963-1971)。また企業と独立しているはずのKey Opinion Leader(KOL)についてもその研究結果は情けないほど資金提供元の意向に左右されている(Arch Intern Med 2010; 170: 1490-1498)。これらの論文をいくら批判的に吟味してもそのことを見抜くのは至難である。さらに、抗体医薬のように新規性の高いものについては市販後の調査を求められるものの、業者にとっては検出力に乏しい小規模な調査で済ますことができるなら、そのほうが望ましいに違いない。多大な費用をかけ、しかもその結果、有効性の低い群やリスク因子など製品価値を下げかねないものが明らかになるかもしれないのだ。けれども、臨床医が必要としているのはまさにそのような情報であり、その結果を正しく還元してくれると信じればこそ貴重な時間を費やし調査票を書いているのだ。営利企業とはいえ、人の不幸につけ込んで儲けようとする輩ばかりではないだろう。患者や臨床医の期待に応える存在であってほしいのである。 (2010.11.15)