たとえたいした検査や治療を必要とせず平凡な結果しか表出していないとしても、そこに至る思考過程にはしばしば周辺情報を含む膨大な知識が絡んでいるものだ。しかしながら外見で判断されるのが人の世の常、くたびれた格好の田舎医者が尊敬の対象となるはずもない。それはさておき、たとえば肺癌症例にコンソリデーションやすりガラス影を認めた場合、質的診断に難渋するのはままある話だ。たまたまgefitinibを投与中だからといって、短絡的に薬剤性肺炎と決めつけてしまうようなことはないにしても、患者にこれ以上の苦痛を強いることに躊躇し、しばしば限られた情報から病態を検討せざるを得ないこととなる。当然それはピースの欠けたパズルのようなもので、学会という大舞台に華々しく発表することをあきらめることになるのだが、それが自分なりの矜持だとひそかに誇っているのである。
診断を確定できない場合でも経験のある臨床医はさまざまな可能性の中から病態をしぼり込み、最善を尽くそうとするに違いない。上記の陰影の鑑別としてまず挙げるべきは癌自体によるものだろう。その典型はBronchioalveolar carcinoma (BAC)で、しばしば言及されるように肺炎様の陰影を呈する。しかも急速に進行するものがあり、念頭になければ診断できない(日呼吸会誌 2009; 47: 652-657)。ここまでは肺癌組織型の画像診断における常識だが、肺野型扁平上皮癌でも肺胞構造を維持しつつ肺胞基底膜に沿って進展するタイプのあることが指摘されており、刮目に値する(肺癌 1990; 30: 963-973)。
とはいえ、実際の頻度からいえば肺癌の間接所見としてみられるものの方が多い。気道閉塞や胸水貯留による閉塞性肺炎・無気肺は容易に診断可能だ。一方で、横隔神経麻痺などによる肺膨張障害ないしそれに伴う無気肺によってすりガラス影を呈することは稀でないにもかかわらず、案外忘却されているのではないだろうか。吸気不十分で不適切に撮像されたために、あたかもすりガラスのように見えるのは評価以前の問題である。画像の質を維持するには放射線技師の寄与する部分が大きいことを改めて銘記したい。やや特殊な例だが、肺梗塞やlipoid pneumonia(Jpn J Clin Oncol 1998; 28: 492-496)、さらに中枢リンパ節転移によるリンパ管うっ滞・うっ血による限局性肺水腫が原因と推測されたものも報告されている(肺癌 2006; 46: 823-827)。
ところで、癌組織は癌細胞のみから成り立っているのではない。当たり前のようだが多かれ少なかれ、腫瘍間質も重要な一部分を占めており、近頃は単に支持組織としての役割のみならず癌細胞の増殖にも深く関わっていることが注目されている(Lung Cancer 2004; 45 suppl. 2: S163-S175)。この腫瘍間質の中や周辺組織に急性ないし慢性の炎症性変化をみることがあり、間質反応stromal reactionという(病理学、第6版、医学書院、1995年)。これはさらに滲出性(細胞性)と増殖性(線維性)の二者に分けられ、後者を特にDesmoplastic reaction(線維形成性間質反応、間質線維化反応)と呼ぶことがある。
必ずしもここでいう間質反応ばかりではないが、小型肺野型扁平上皮癌28例の病理組織を検討したものによると、うち17例で腫瘍周囲に何らかの炎症性病変を認めたと報告されている(肺癌 1990; 30: 963-973)。その内訳はlipoid pneumonia 7例、腫瘍の角化物質の吸引による好中球の浸出を主体とする肺炎(通常ごく小範囲)4例、器質化/器質化肺炎6例、局所的間質性肺炎2例であった。この間質反応は臨床的にも無視できるものではなく、たとえば肺腺癌が画像上一過性に縮小することがあるのは線維化のためであるし、癌性リンパ管症の胸部単純X線所見において、Kerley A、B lineとして認められる陰影にリンパ管そのものが寄与する程度は少なく、周囲の線維性反応と細胞浸潤によるところが大きいとされている(Thorax 1964; 19: 251-260)など、画像診断にも影響を与える因子である。
また悪性腫瘍の周囲や局所リンパ節内に類上皮肉芽腫を形成することがある。サルコイド様反応と呼ばれ、思いのほか広範に広がる例もあるようだ(Radiology 1996; 200: 255-261)。腫瘍の代謝産物や崩壊した際の分解産物などがT細胞を活性化することによるとも言われているが、詳細は不明である(日呼吸会誌 2008; 46: 889-893)。
同様なものとしてBOOP reactionも知られており、これは腫瘍の周囲に器質化肺炎が見られるものである(肺癌 1998; 38: 69-73)。経気道転移により広範な肺胞性陰影を示した粘液非産生性肺腺癌症例で、コンソリデーションの1/3未満が器質化肺炎であったとの報告がある(肺癌 2002; 42: 139-143)。
さらに驚くべきことに、腫瘍と直接関連しない部位にも器質化肺炎(日呼吸会誌 2002; 40: 827-831、日呼吸会誌 2008; 46: 853-857)などの間質性肺炎を合併した報告が散見され、肺癌から産生された何らかのサイトカインの関与が推測されているが推測の域を出ない。それでもNSIP(nonspecific interstitial pneumonia)の合併を報告した文献では一種の腫瘍随伴症候群とまで述べられている(Intern Med 2004; 43: 721-726)。肺癌症例でPR3-ANCA陽性の腫瘍随伴性血管炎を合併したとするものもあり(日呼吸会誌 2006; 44: 139-143)、腫瘍の影響は予想以上に大きいのかもしれない。
放射線照射例では当然のことながら放射線肺臓炎(recall現象を含む)の可能性について十分に検討すべきである。また、ただし、この場合も通常みられる放射線肺臓炎ではなく、組織学的に器質化肺炎があり得ること(Chest 1990; 97: 1243-1244)、また照射野外に発現した器質化肺炎の報告がある(日呼吸会誌 2001; 39: 683-688)。
間質性肺炎、特に特発性肺線維症に肺癌を合併しやすいことは確立された事実である(Eur Respir J 2001; 17: 1216-1219)。今回はそれとは逆に、肺癌に間質性肺疾患を合併しうることを紹介した。だが、現時点では症例報告レベルの話に過ぎず科学的に議論できる段階でさえないことを認識しておくべきだ。しかもヒュームが指摘しているように、いくら事実を積み重ねてもそれだけで真理をすくい取ることなどできるはずもない。そうは言うものの知的想像力を喚起するテーマであるには違いなく、たとえ虚構の世界でもしばし現実を忘れることができるならば、それ以上は余分だとさえ思えるのである。 (2009.11.24)
診断を確定できない場合でも経験のある臨床医はさまざまな可能性の中から病態をしぼり込み、最善を尽くそうとするに違いない。上記の陰影の鑑別としてまず挙げるべきは癌自体によるものだろう。その典型はBronchioalveolar carcinoma (BAC)で、しばしば言及されるように肺炎様の陰影を呈する。しかも急速に進行するものがあり、念頭になければ診断できない(日呼吸会誌 2009; 47: 652-657)。ここまでは肺癌組織型の画像診断における常識だが、肺野型扁平上皮癌でも肺胞構造を維持しつつ肺胞基底膜に沿って進展するタイプのあることが指摘されており、刮目に値する(肺癌 1990; 30: 963-973)。
とはいえ、実際の頻度からいえば肺癌の間接所見としてみられるものの方が多い。気道閉塞や胸水貯留による閉塞性肺炎・無気肺は容易に診断可能だ。一方で、横隔神経麻痺などによる肺膨張障害ないしそれに伴う無気肺によってすりガラス影を呈することは稀でないにもかかわらず、案外忘却されているのではないだろうか。吸気不十分で不適切に撮像されたために、あたかもすりガラスのように見えるのは評価以前の問題である。画像の質を維持するには放射線技師の寄与する部分が大きいことを改めて銘記したい。やや特殊な例だが、肺梗塞やlipoid pneumonia(Jpn J Clin Oncol 1998; 28: 492-496)、さらに中枢リンパ節転移によるリンパ管うっ滞・うっ血による限局性肺水腫が原因と推測されたものも報告されている(肺癌 2006; 46: 823-827)。
ところで、癌組織は癌細胞のみから成り立っているのではない。当たり前のようだが多かれ少なかれ、腫瘍間質も重要な一部分を占めており、近頃は単に支持組織としての役割のみならず癌細胞の増殖にも深く関わっていることが注目されている(Lung Cancer 2004; 45 suppl. 2: S163-S175)。この腫瘍間質の中や周辺組織に急性ないし慢性の炎症性変化をみることがあり、間質反応stromal reactionという(病理学、第6版、医学書院、1995年)。これはさらに滲出性(細胞性)と増殖性(線維性)の二者に分けられ、後者を特にDesmoplastic reaction(線維形成性間質反応、間質線維化反応)と呼ぶことがある。
必ずしもここでいう間質反応ばかりではないが、小型肺野型扁平上皮癌28例の病理組織を検討したものによると、うち17例で腫瘍周囲に何らかの炎症性病変を認めたと報告されている(肺癌 1990; 30: 963-973)。その内訳はlipoid pneumonia 7例、腫瘍の角化物質の吸引による好中球の浸出を主体とする肺炎(通常ごく小範囲)4例、器質化/器質化肺炎6例、局所的間質性肺炎2例であった。この間質反応は臨床的にも無視できるものではなく、たとえば肺腺癌が画像上一過性に縮小することがあるのは線維化のためであるし、癌性リンパ管症の胸部単純X線所見において、Kerley A、B lineとして認められる陰影にリンパ管そのものが寄与する程度は少なく、周囲の線維性反応と細胞浸潤によるところが大きいとされている(Thorax 1964; 19: 251-260)など、画像診断にも影響を与える因子である。
また悪性腫瘍の周囲や局所リンパ節内に類上皮肉芽腫を形成することがある。サルコイド様反応と呼ばれ、思いのほか広範に広がる例もあるようだ(Radiology 1996; 200: 255-261)。腫瘍の代謝産物や崩壊した際の分解産物などがT細胞を活性化することによるとも言われているが、詳細は不明である(日呼吸会誌 2008; 46: 889-893)。
同様なものとしてBOOP reactionも知られており、これは腫瘍の周囲に器質化肺炎が見られるものである(肺癌 1998; 38: 69-73)。経気道転移により広範な肺胞性陰影を示した粘液非産生性肺腺癌症例で、コンソリデーションの1/3未満が器質化肺炎であったとの報告がある(肺癌 2002; 42: 139-143)。
さらに驚くべきことに、腫瘍と直接関連しない部位にも器質化肺炎(日呼吸会誌 2002; 40: 827-831、日呼吸会誌 2008; 46: 853-857)などの間質性肺炎を合併した報告が散見され、肺癌から産生された何らかのサイトカインの関与が推測されているが推測の域を出ない。それでもNSIP(nonspecific interstitial pneumonia)の合併を報告した文献では一種の腫瘍随伴症候群とまで述べられている(Intern Med 2004; 43: 721-726)。肺癌症例でPR3-ANCA陽性の腫瘍随伴性血管炎を合併したとするものもあり(日呼吸会誌 2006; 44: 139-143)、腫瘍の影響は予想以上に大きいのかもしれない。
放射線照射例では当然のことながら放射線肺臓炎(recall現象を含む)の可能性について十分に検討すべきである。また、ただし、この場合も通常みられる放射線肺臓炎ではなく、組織学的に器質化肺炎があり得ること(Chest 1990; 97: 1243-1244)、また照射野外に発現した器質化肺炎の報告がある(日呼吸会誌 2001; 39: 683-688)。
間質性肺炎、特に特発性肺線維症に肺癌を合併しやすいことは確立された事実である(Eur Respir J 2001; 17: 1216-1219)。今回はそれとは逆に、肺癌に間質性肺疾患を合併しうることを紹介した。だが、現時点では症例報告レベルの話に過ぎず科学的に議論できる段階でさえないことを認識しておくべきだ。しかもヒュームが指摘しているように、いくら事実を積み重ねてもそれだけで真理をすくい取ることなどできるはずもない。そうは言うものの知的想像力を喚起するテーマであるには違いなく、たとえ虚構の世界でもしばし現実を忘れることができるならば、それ以上は余分だとさえ思えるのである。 (2009.11.24)