やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

臨床医における問題解決の基本(第4部)

2015年06月14日 10時57分27秒 | 医学・医療総論
8.問題の解決策の決定

    問題点の感知と整理
     ↓
    診断(問題の分解→仮説の設定→問題点の原因特定)
     ↓
    治療(問題点の解決策の決定→解決策の実行)
     ↓
    問題の検証

 得られた情報を適切に評価し、疾患の原因ないし病態を特定することができたら、それに基づいた解決策の決定へと進む。いくつかの現実的に実行可能な方法の中から最善のものをエビデンスに基づいて選ぶのが基本だ。当然ながらその際には、病態生理的な配慮や、併存疾患・合併症などを踏まえておく必要がある。例えば、肺癌患者の治療方針決定において押さえるべきは組織型、病期、PS (performance status)の三つで、非小細胞肺癌の2B期、PS1なら手術療法の適応、となるけれども、肺気腫を合併し肺機能が不良である場合、手術は難しい。

 ここで、根本的治療を行なうとはすなわち、ある症候・疾患の「原因」ないしは「過程」に介入することを意味する。腫瘍の切除など原因そのものを取り除くことができればそれがもっとも望ましいに違いない。病態生理が解明されているものでは、それに基づいて治療法を検討するのが自然な流れだろう。かつて、心不全では心臓の収縮力低下が原因であるという想定のもとに、強心作用を有する薬剤が頻用されていたのはその1例である。しかしながら、この考え方は必ずしも結果を保証するものではなかった。臨床試験において、強心薬治療は長期予後を改善させるどころかむしろ悪化させ、逆に心筋収縮を抑制するβ遮断薬が長期予後を改善させたのだ。このように病態生理的な推論のみでは治療法の選択を正当化できないことが明らかにされ、現在では臨床試験に基づいたエビデンスが重視されているのは周知のことと思う。

 さらに実践としての医療においては、純粋に医学的観点のみから意思決定を行なうことができないことも少なくない。エビデンスの裏付けを持つ治療を提案しても、患者が理解ないし協力できない、あるいは宗教的信念などの理由から妥協せざるを得ないこともあるし、家族はもちろんのことその他の介護者の意向にもしばしば左右される。結果として対症療法ないし緩和ケアが行われるにしても、それは必ずしもその疾患を治癒せしめる根本的治療法がない場合とは限らない。確立されている“標準治療”が選択されないこともありえるのだ。たとえばⅣ期非小細胞肺癌において、約6-10か月の生存期間中央値を化学療法で1-2か月ほど延長させることが期待できるとされるが、そう説明された側の受け取り方はさまざまだろう。多少長く生きても入院期間が延びるだけで、むしろ体力が低下し有意義に過ごすことのできる時間は逆に短くなるとすれば意味がない、ととらえる患者もいる。医学的な結果以上に、患者・家族の満足・納得感に重きを置こうとするNarative-based Medicine(NBM)という考え方が広まりつつあるゆえんである。

 それ以前の問題として、医学に精通しているわけではない者に対してどのように説明するかも無視しえない。同じリスク情報を示していても表現の仕方により、異なって理解されることもあるのだ(枠組み効果)。

 もちろん、経済的な理由から治療を断念する患者・家族も少なくない。治療方針決定の場面における金銭的負担という要素も決して小さくはないのだ。その占める比重は近年ますます大きく、高額な医療を受けられるのは生活保護者のみという皮肉な結果を招いている。生命は宝、地球より重い、としばしば唱えられるけれども、だからといっていくら費用がかかっても構わない、というわけにもいかない。今や限られた医療資源をどのように分配するか、という観点からその治療の費用対効果について検討することも求められる時代である。これは国全体の医療行政にも関わっており、たとえば英国では科学的に有効性が証明されるだけでは充分とみなされない。新規の分子標的薬でも、その効果の大きさがコストに見合わないとの理由で承認されなかった例もあるようだ。

 意思決定にはその地域の医療特性も複雑にからみ合い、今ここでの最善の治療がその他の地域や時点でも最善であるとは限らない。ある疾患に対しては放射線療法が効果と副作用の面から医学的に最適であるとされていたとしても、そのために毎日遠方の専門病院まで通院することなどできるはずもないだろう。この狭い国土においてさえ、医療へのアクセスが劣悪な地域は今なお多数残されているのだ。




9.解決策の実行

    問題点の感知と整理
     ↓
    診断(問題の分解→仮説の設定→問題点の原因特定)
     ↓
    治療(問題点の解決策の決定→解決策の実行)
     ↓
    問題の検証

 ここまでくれば決められた方針を粛々と実行に移すのみである。とはいえ、自らの技量と利用できる医療資源の範囲で対応できる症例ばかりとは限らない。患者をしかるべき専門病院に紹介しなければならないこともあるだろう。これはプライマリケア医にとってしばしばかなりのストレスになるものだ。その場で直ちに判断しなければならないような症例、たとえば急性大動脈解離の診断はついたが血圧が低めで状態が不安定である場合、Stanford A型の急性大動脈解離は可能ならば手術したほうが予後はよいとは誰しも知るところだが、心臓外科のある専門施設に搬送するには2時間はかかるとしよう。搬送途中で血圧のコントロールが困難となり急変するかもしれないし、運よく送り届けられたとしても結局、手術は行なわず保存的に治療することになるかもしれない。それなら無理して転院させないほうがましだ、などとさまざまに逡巡するのだ。いずれかの方法を選択しなければならないけれども、実際に選択したものはその結果が明らかになる一方で、その時に選ばれなかった方を実際行なっていたらどうであったかは永遠に不明である。この観測の非対称性がある場合には一般に「保守性」をもたらすと言われている。つまりどちらを選択したほうがよいかわからない場合には、不確実性のより少ないほうが選ばれやすい。確率に基づいた選択を行なう場合には冒険をさけることになりがちであり、決断に偏りをもたらすことがありうるのだ。すべてがそろった環境にあれば、このような困難があることなど想像すらしにくいことかもしれない。そして、この連携こそ、効率的かつ適切に医療を提供すべく国が強力に推し進めようとしているものだけれども、ここに述べたようなことを克服する工夫も必要になるだろう。 (2009.3.24、2015.6.14改訂)