たいていの慢性疾患においては、その初期よりも病態が進み末期に至った時期のほうが治療は難しくなる。誤嚥性肺炎や気管支拡張症では感染を繰り返すたびに全身状態とともに治療反応性は悪化するし、肺癌においても一次治療の奏効率がおよそ30%であるのに対し、二次治療になれば10%以下である。併存疾患を有する例であればさらに予後不良となるだろう(J Chronic Dis 1987; 40: 373-383)。これらの治療困難例に対応しているのは必ずしも専門医とは限らず、むしろ総合診療医であることが多いかもしれない。身体機能や認知機能が低下し合併症を複数もつ高齢患者は専門病院に紹介されることが少なく、専門家による治療が開始されたとしても、ADLが低下してしまえば転院を勧められ、あるいは救急受け入れを断られるなどの結果、いずれかの時点で一般病院の門をくぐることになるのだ。
COPDも年を経るにつれさまざまな病態を併発するようになる。その行き着くところの一つが肺性心(cor pulmonale)だ。その概念は時代により変遷しているけれども、一次的に肺実質ないし肺血管床を障害する疾患によって持続的な肺高血圧(PH)を生じ、その結果として右室の拡大、肥大をきたした状態を指す(日内会誌 2002; 91: 917-922)。すなわち終末病態とみなされることから、治療による予後改善を目指すならより早い段階での介入が望ましい。ほとんどの研究が肺性心そのものではなく、PHをターゲットにしているのも故なしとしないのだ。
COPDにおけるPHの合併頻度は決して少ないものではない。とはいえ、その詳細は明らかでなく、対象患者や診断手技、判定基準の違いからそれぞれの研究により異なる数字が示されている。その中にあって肺動脈圧の上昇の程度についてはおおむね一致しており、大多数が軽度ないし中等度にとどまるという。肺容量減少術(lung volume reduction surgery: LVRS)予定の重症肺気腫患者120名(平均%FEV1 27%)の平均肺動脈圧(mPAP)を術前に評価したところ、90.8%の患者で20mmHgを超えていたが、そのほとんどは20~35mmHgで、35mmHg以上であったのは5%にすぎなかった(Am J Respir Crit Care Med 2002; 166: 314-322)。同様に、LVRSや肺移植の術前に右心カテーテル検査を行った重症COPD患者215例(%FEV1 24.3%)の後ろ向きの検討においても、肺高血圧(mPAP>25mmHg)を認めたのは50.2%で、中等症(35~45mmHg)/重症(>45mmHg)はそれぞれ9.8%/3.7%と少数であったと報告されている(Chest 2005; 127: 1531-1536)。
予想されるように、肺動脈圧は時とともに上昇する。軽度ないし中等度の低酸素血症を有し、安定しているCOPD患者131例を2回の右心カテーテル検査で評価した研究によれば、第1回目の検査で肺高血圧(安静時のmPAP>20mmHg)を伴うものはなかったが、平均6.8±2.9年後の再検査で33例(25%)の患者が肺高血圧をきたしていた。ただし対象患者全体においてはmPAPの上昇は1年で0.4mmHgと極めて緩徐であったようだ(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 219-224)。
発現機序を認識することは日常の診療にも役立つ。長期に持続する重篤な低酸素血症(PaO2<55~60mmHg)を呈するCOPD患者においては、肺胞低酸素が肺高血圧の発現に寄与するもっとも主要な因子であるというのは分かりやすい話だろう(Chest 2010; 137(Suppl): 39S-51S)。肺循環系では大循環系とは異なり低酸素に反応して血管が収縮する(低酸素性肺血管収縮hypoxic pulmonary vasoconstriction: HPV)、というのはよく知られている。主肺動脈から径500μm程度の肺実質内の小肺動脈までは弾性血管で、それより末梢の径70~100μm程度までが筋性肺動脈であるけれども、HPVを生じるのはこのうち径100~200μmの血管であるらしい。いずれにせよCOPDにおいてHPVが持続すると、肺血管のリモデリング、ひいては肺高血圧の原因となるのだ。
しかしながら、一般病院を受診するCOPD患者のほとんどはPaO2>60mmHgである。そのような例でも肺高血圧は皆無ではない(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 219-224)。もちろん、日中覚醒時に有意な低酸素血症がなくとも、夜間にPaO2が低下していれば肺高血圧をきたしうる。そして、低酸素以外にも肺血管床の減少や胸腔内圧の変動など複数の要因が絡み合っていることは従来から想定されていたところである。さらに、COPDにおける肺高血圧の病態上の特徴が血管リモデリングであることから、近年ではそのプロセスに関わる種々のメディエーターが注目され(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2009; 4: 351-363)、遺伝子のレベルでも検討が行われているようだ(BMC Pulm Med 2012; 12: 25)。
言うまでもなくCOPD自体さまざまな表現型をもつ症候群である。身体機能を制限し、予後を悪化させうる肺高血圧の合併もその多様性の中に位置づけて考えたほうがいいのかもしれない。この不均一かつ複雑な対象を適切に分類することができれば、病態の理解や患者管理のうえで有用であるはずだ。だからこそ古くから、病理や呼吸生理学、あるいは画像所見などに基づき、病型分類が提案されているのに違いない。最近では「気腫型」と「非気腫型」に分けられ(COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン 第4版、日本呼吸器学会、2013年)、後者のほうが肺高血圧や右心不全をきたしやすいのは周知だろう。また、肺高血圧の側から眺めれば、COPDを特徴づけている気流制限などの肺機能検査パラメータ―との相関が良好でないことから、ここでもクラスター分析が試みられているのだ(Chest 2005; 127: 1531-1536、Multidiscip Respir Med 2012; 7: 39)。もちろんこれらはいまだ十分検討されているとは言い難い。それでも、上述したmPAPが35~40mmHg以上の例外的とも言える一群については、気流制限や低酸素の程度の割に肺動脈圧が上昇しているという意味でdisproportionate PHなどと呼称されることがあるけれども、肺高血圧に特異的な治療が考慮されうるなどの理由で別に扱われるべきだと考えられている(Chest 2010; 137(Suppl): 39S-51S)。
患者の側に寄り添うこと、言うは易いが、実行するのは案外難しい。時間に追われる中で立ち止まることを忘れ、じっくり患者に向き合うことがなくなっている。そして相手の気持ちを推し量ろうとすることもなく、知らずしらずのうちにこちらの都合を押しつけていた。自分や身内の者が患者となり、身にしみて感じられるようになったことは否めないのである。頭ではわかっていたつもりだったけれども、想像力に欠けていたことを白状しなければならない。(2013.10.28)
COPDも年を経るにつれさまざまな病態を併発するようになる。その行き着くところの一つが肺性心(cor pulmonale)だ。その概念は時代により変遷しているけれども、一次的に肺実質ないし肺血管床を障害する疾患によって持続的な肺高血圧(PH)を生じ、その結果として右室の拡大、肥大をきたした状態を指す(日内会誌 2002; 91: 917-922)。すなわち終末病態とみなされることから、治療による予後改善を目指すならより早い段階での介入が望ましい。ほとんどの研究が肺性心そのものではなく、PHをターゲットにしているのも故なしとしないのだ。
COPDにおけるPHの合併頻度は決して少ないものではない。とはいえ、その詳細は明らかでなく、対象患者や診断手技、判定基準の違いからそれぞれの研究により異なる数字が示されている。その中にあって肺動脈圧の上昇の程度についてはおおむね一致しており、大多数が軽度ないし中等度にとどまるという。肺容量減少術(lung volume reduction surgery: LVRS)予定の重症肺気腫患者120名(平均%FEV1 27%)の平均肺動脈圧(mPAP)を術前に評価したところ、90.8%の患者で20mmHgを超えていたが、そのほとんどは20~35mmHgで、35mmHg以上であったのは5%にすぎなかった(Am J Respir Crit Care Med 2002; 166: 314-322)。同様に、LVRSや肺移植の術前に右心カテーテル検査を行った重症COPD患者215例(%FEV1 24.3%)の後ろ向きの検討においても、肺高血圧(mPAP>25mmHg)を認めたのは50.2%で、中等症(35~45mmHg)/重症(>45mmHg)はそれぞれ9.8%/3.7%と少数であったと報告されている(Chest 2005; 127: 1531-1536)。
予想されるように、肺動脈圧は時とともに上昇する。軽度ないし中等度の低酸素血症を有し、安定しているCOPD患者131例を2回の右心カテーテル検査で評価した研究によれば、第1回目の検査で肺高血圧(安静時のmPAP>20mmHg)を伴うものはなかったが、平均6.8±2.9年後の再検査で33例(25%)の患者が肺高血圧をきたしていた。ただし対象患者全体においてはmPAPの上昇は1年で0.4mmHgと極めて緩徐であったようだ(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 219-224)。
発現機序を認識することは日常の診療にも役立つ。長期に持続する重篤な低酸素血症(PaO2<55~60mmHg)を呈するCOPD患者においては、肺胞低酸素が肺高血圧の発現に寄与するもっとも主要な因子であるというのは分かりやすい話だろう(Chest 2010; 137(Suppl): 39S-51S)。肺循環系では大循環系とは異なり低酸素に反応して血管が収縮する(低酸素性肺血管収縮hypoxic pulmonary vasoconstriction: HPV)、というのはよく知られている。主肺動脈から径500μm程度の肺実質内の小肺動脈までは弾性血管で、それより末梢の径70~100μm程度までが筋性肺動脈であるけれども、HPVを生じるのはこのうち径100~200μmの血管であるらしい。いずれにせよCOPDにおいてHPVが持続すると、肺血管のリモデリング、ひいては肺高血圧の原因となるのだ。
しかしながら、一般病院を受診するCOPD患者のほとんどはPaO2>60mmHgである。そのような例でも肺高血圧は皆無ではない(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 219-224)。もちろん、日中覚醒時に有意な低酸素血症がなくとも、夜間にPaO2が低下していれば肺高血圧をきたしうる。そして、低酸素以外にも肺血管床の減少や胸腔内圧の変動など複数の要因が絡み合っていることは従来から想定されていたところである。さらに、COPDにおける肺高血圧の病態上の特徴が血管リモデリングであることから、近年ではそのプロセスに関わる種々のメディエーターが注目され(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2009; 4: 351-363)、遺伝子のレベルでも検討が行われているようだ(BMC Pulm Med 2012; 12: 25)。
言うまでもなくCOPD自体さまざまな表現型をもつ症候群である。身体機能を制限し、予後を悪化させうる肺高血圧の合併もその多様性の中に位置づけて考えたほうがいいのかもしれない。この不均一かつ複雑な対象を適切に分類することができれば、病態の理解や患者管理のうえで有用であるはずだ。だからこそ古くから、病理や呼吸生理学、あるいは画像所見などに基づき、病型分類が提案されているのに違いない。最近では「気腫型」と「非気腫型」に分けられ(COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン 第4版、日本呼吸器学会、2013年)、後者のほうが肺高血圧や右心不全をきたしやすいのは周知だろう。また、肺高血圧の側から眺めれば、COPDを特徴づけている気流制限などの肺機能検査パラメータ―との相関が良好でないことから、ここでもクラスター分析が試みられているのだ(Chest 2005; 127: 1531-1536、Multidiscip Respir Med 2012; 7: 39)。もちろんこれらはいまだ十分検討されているとは言い難い。それでも、上述したmPAPが35~40mmHg以上の例外的とも言える一群については、気流制限や低酸素の程度の割に肺動脈圧が上昇しているという意味でdisproportionate PHなどと呼称されることがあるけれども、肺高血圧に特異的な治療が考慮されうるなどの理由で別に扱われるべきだと考えられている(Chest 2010; 137(Suppl): 39S-51S)。
患者の側に寄り添うこと、言うは易いが、実行するのは案外難しい。時間に追われる中で立ち止まることを忘れ、じっくり患者に向き合うことがなくなっている。そして相手の気持ちを推し量ろうとすることもなく、知らずしらずのうちにこちらの都合を押しつけていた。自分や身内の者が患者となり、身にしみて感じられるようになったことは否めないのである。頭ではわかっていたつもりだったけれども、想像力に欠けていたことを白状しなければならない。(2013.10.28)