やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

組織球疾患――その1

2010年09月13日 04時34分09秒 | 全身疾患と肺
まれな病態であるとしても、自信をもって診療にあたろうとするなら頭の片隅に置いておかなければならない。だから、一生遭遇することなどないだろうと思いつつも、専門書のページを繰り、深い森の中に足を踏み入れることとなる。ところが、そのうちに行く手を見失い、迷ってしまうことも往々にしてあるものだ。たとえば、Histiocytosisにしても、histiocytic lymphomaのような悪性増殖性疾患から、いろいろな疾患でみられる単純な反応性増殖まで想像以上に多様でとらえがたい。そこで、たとえごく簡単なものではあっても全体を見通せる見取り図のようなものがあれば役に立つのではないかと思うのだ。

まず、histiocye(組織球)とは何だろうか。単球が血管外に出てそれぞれの組織中で成熟したmacrophageをこのように呼ぶことが多いけれども、実は研究者すべてが同じものを指しているとは限らない。WHOのCommittee on Histiocyte/Reticulum Cell ProliferationsとHistiocyte SocietyによるReclassification Working Groupはこれをmacrophageとdendritic cellからなる免疫系細胞と定義した(Med Pediatr Oncol 1997; 29: 157-166)。つまり、骨髄中の造血幹細胞のみならずリンパ球系にも由来する、出自の異なる細胞集団をまとめたのだ。そのうえで、Histiocytic disordersをDisorders of varied biological behaviorとMalignant disordersに分類した。前者をさらにDendritic cell-relatedとMacrophage-relatedとに分けているのだが、このDendritic cell-relatedの代表がLangerhans cell histiocytosis(LCH)である。

現在はLCHという名称に落ち着いているが、ここに至るまでにはやや複雑な経緯がある。もともと独立して認識されていた三つの疾患(Hand-Schüller-Christian病、Letterer-Siwe病、eosinophilic granuloma)を表現型が異なるものの病態は同一であるとの理解から、かつてHistiocytosis Xと総称していた。この特異な名前は、由来のわからないhistiocyteが増殖していることから名づけられたのだが、それが抗原処理・提示細胞として表皮や気道上皮に存在するLangerhans cellの特徴を有していることが明らかにされたことから、Hashimoto-Pritzker diseaseも加えて、1987年Histiocyte SocietyはLCHという名称を提案したのである(Interstitial Lung Diseases 4th ed. BC Decker 2003年)。しかしながら、ではここに含まれる病態が均一かと問われれば疑問がないわけではない。たとえば、小児例あるいは成人でも全身型LCHにおいてはLangerhans cellがモノクローナルに増殖しているのに対し、成人の肺LCHは喫煙と強く関連し、モノクローナル性が示されていないのだ。そのように考えれば、LCHを単一臓器に限局するものと複数臓器に広がるものとに分類するのも一理あるように思う(N Engl J Med 2000; 342: 1969-1978)。

いずれにせよ、その診断確定は臨床所見と光顕所見をふまえて、Langerhans cellを証明することによる(Pediatr Dermatol 2008; 25: 291-295)。電顕でBirbeck顆粒を同定することがgold standardとされるが、実際にはやや特異性に欠けるものの簡便なCD1a表面抗原やS-100蛋白の免疫染色が用いられることが多い(Med Pediatr Oncol 1997; 29: 157-166)。一方、Langerhans cellはLCH以外の病態でもみられることがあり、単にLangerhans cellが存在することのみをもって診断されるものでもない(N Engl J Med 2000; 342: 1969-1978)。その初期病変の組織所見はsmall airwayに沿ったLangerhans cellの増殖で、多くは径1~5mmの結節を作るが、なかには1.5cmに達するものもある。疾患の進行にともなってその結節に占める線維化の割合が徐々に増え、星状になった結節同士が結合してついには気腔の拡大と過膨張をともなった蜂窩肺様の構造を形成する。この段階ではLangerhans cellの検出がむつかしくなり注意が必要だ。さらに、鑑別上の問題点としてPseudo-DIP reaction(肺傷害に対する様々な反応のひとつとして、周囲の気腔内にマクロファージが集簇し、広範囲に及ぶことがある)がみられうることもここで指摘しておきたい。

ところで、上に述べたようにhistiocyteはLangerhans cellばかりではない。Non-Langerhans cell histiocytosisも存在し、Histiocyte Societyによる旧分類ではClassⅡとされていた。ただ、ここに含まれる疾患はいずれもきわめてまれなもので、たとえばErdheim-Chester病は日本では数例の報告があるに過ぎないと思う。従来脂質代謝異常症とされていたが、そうではなくprimary macrophage disorderであると主張するものがある(Am J Respir Crit Care Med 1998; 157: 650-653)。骨をはじめとする各臓器が侵されるところはLCHと同様だが、浸潤しているのはlipid-laden macrophageだ。肺にも6例のうち4例で所見がみられたとの報告があり、胸部CTにて小葉間隔壁や葉間胸膜の平滑な肥厚をともなうreticular interstitial pattern、びまん性GGO、胸膜下や気管支血管束周囲・小葉間・小葉中心に分布する小結節を認めたという(Radiol Med 2009; 114: 1319-1329)。また、Rosai-Dorfman病はAfro-Caribbeanの未成年に多く、両側無痛性の頚部リンパ節腫脹と発熱が典型的症候である(Thorax 2009; 64: 908-909)。25%の患者に皮膚や中枢神経系、腎、眼窩、頭蓋、肝、膵、口腔などリンパ節外病変がみられるものの、呼吸器を侵すことはまれであるという。

おそらくほとんどの総合診療医にとってここに述べてきたものは、現実の像をもたない希薄な存在だ。日々の診療の中でつかみ取った経験というものを至上の価値とする臨床医にしてみれば、体にしみこんだ記憶の裏づけがないままにいくら書物を読みこんだところで、その理解は皮相にとどまらざるをえず、たちまちのうちに過去のかなたへと拡散してしまうではないかと感じられるかもしれない。けれども十分な知識もないまま経験ばかり重ねても自らの血とし、肉とすることができないのもまた確かではないだろうか。わざわざこんなことで多言を弄するつもりもないが、患者からしか学べないような者にそれ以上の進歩は望めない。昼間の喧騒がすっかり拭い去られた当直室で、空調の音だけを聞きながら文献を紐解き現在の医学が到達している地点を目撃し、あるいは深刻な反省を促される。「学びて思はざれば則ち罔し、思ひて学ばざれば則ち殆し」。この言葉を胸に朝になればまた診察室に向かうのだ。ただ贅沢を許されるなら、有用か否かは二の次で、ただ好奇心の赴くまま知ることそのものを楽しみたい。この国には時にあまりに理想的にすぎ、あるがままの自己を肯定することさえ禁じているかのような雰囲気が感じられることがある。そして、はたして到達しうるのかわからない高みをめざし、ひたすら上り続けることを強いられる。だから、そんなこととは無縁だったディックのことがまぶしくてならないのだ(ご冗談でしょう、ファインマンさん 岩波現代文庫 2000年)。 (2010.9.13)