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やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

COPDにおける肺高血圧

2013年10月28日 04時49分08秒 | 血液・循環障害
たいていの慢性疾患においては、その初期よりも病態が進み末期に至った時期のほうが治療は難しくなる。誤嚥性肺炎や気管支拡張症では感染を繰り返すたびに全身状態とともに治療反応性は悪化するし、肺癌においても一次治療の奏効率がおよそ30%であるのに対し、二次治療になれば10%以下である。併存疾患を有する例であればさらに予後不良となるだろう(J Chronic Dis 1987; 40: 373-383)。これらの治療困難例に対応しているのは必ずしも専門医とは限らず、むしろ総合診療医であることが多いかもしれない。身体機能や認知機能が低下し合併症を複数もつ高齢患者は専門病院に紹介されることが少なく、専門家による治療が開始されたとしても、ADLが低下してしまえば転院を勧められ、あるいは救急受け入れを断られるなどの結果、いずれかの時点で一般病院の門をくぐることになるのだ。

COPDも年を経るにつれさまざまな病態を併発するようになる。その行き着くところの一つが肺性心(cor pulmonale)だ。その概念は時代により変遷しているけれども、一次的に肺実質ないし肺血管床を障害する疾患によって持続的な肺高血圧(PH)を生じ、その結果として右室の拡大、肥大をきたした状態を指す(日内会誌 2002; 91: 917-922)。すなわち終末病態とみなされることから、治療による予後改善を目指すならより早い段階での介入が望ましい。ほとんどの研究が肺性心そのものではなく、PHをターゲットにしているのも故なしとしないのだ。

COPDにおけるPHの合併頻度は決して少ないものではない。とはいえ、その詳細は明らかでなく、対象患者や診断手技、判定基準の違いからそれぞれの研究により異なる数字が示されている。その中にあって肺動脈圧の上昇の程度についてはおおむね一致しており、大多数が軽度ないし中等度にとどまるという。肺容量減少術(lung volume reduction surgery: LVRS)予定の重症肺気腫患者120名(平均%FEV1 27%)の平均肺動脈圧(mPAP)を術前に評価したところ、90.8%の患者で20mmHgを超えていたが、そのほとんどは20~35mmHgで、35mmHg以上であったのは5%にすぎなかった(Am J Respir Crit Care Med 2002; 166: 314-322)。同様に、LVRSや肺移植の術前に右心カテーテル検査を行った重症COPD患者215例(%FEV1 24.3%)の後ろ向きの検討においても、肺高血圧(mPAP>25mmHg)を認めたのは50.2%で、中等症(35~45mmHg)/重症(>45mmHg)はそれぞれ9.8%/3.7%と少数であったと報告されている(Chest 2005; 127: 1531-1536)。

予想されるように、肺動脈圧は時とともに上昇する。軽度ないし中等度の低酸素血症を有し、安定しているCOPD患者131例を2回の右心カテーテル検査で評価した研究によれば、第1回目の検査で肺高血圧(安静時のmPAP>20mmHg)を伴うものはなかったが、平均6.8±2.9年後の再検査で33例(25%)の患者が肺高血圧をきたしていた。ただし対象患者全体においてはmPAPの上昇は1年で0.4mmHgと極めて緩徐であったようだ(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 219-224)。

発現機序を認識することは日常の診療にも役立つ。長期に持続する重篤な低酸素血症(PaO2<55~60mmHg)を呈するCOPD患者においては、肺胞低酸素が肺高血圧の発現に寄与するもっとも主要な因子であるというのは分かりやすい話だろう(Chest 2010; 137(Suppl): 39S-51S)。肺循環系では大循環系とは異なり低酸素に反応して血管が収縮する(低酸素性肺血管収縮hypoxic pulmonary vasoconstriction: HPV)、というのはよく知られている。主肺動脈から径500μm程度の肺実質内の小肺動脈までは弾性血管で、それより末梢の径70~100μm程度までが筋性肺動脈であるけれども、HPVを生じるのはこのうち径100~200μmの血管であるらしい。いずれにせよCOPDにおいてHPVが持続すると、肺血管のリモデリング、ひいては肺高血圧の原因となるのだ。

しかしながら、一般病院を受診するCOPD患者のほとんどはPaO2>60mmHgである。そのような例でも肺高血圧は皆無ではない(Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 219-224)。もちろん、日中覚醒時に有意な低酸素血症がなくとも、夜間にPaO2が低下していれば肺高血圧をきたしうる。そして、低酸素以外にも肺血管床の減少や胸腔内圧の変動など複数の要因が絡み合っていることは従来から想定されていたところである。さらに、COPDにおける肺高血圧の病態上の特徴が血管リモデリングであることから、近年ではそのプロセスに関わる種々のメディエーターが注目され(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2009; 4: 351-363)、遺伝子のレベルでも検討が行われているようだ(BMC Pulm Med 2012; 12: 25)。

言うまでもなくCOPD自体さまざまな表現型をもつ症候群である。身体機能を制限し、予後を悪化させうる肺高血圧の合併もその多様性の中に位置づけて考えたほうがいいのかもしれない。この不均一かつ複雑な対象を適切に分類することができれば、病態の理解や患者管理のうえで有用であるはずだ。だからこそ古くから、病理や呼吸生理学、あるいは画像所見などに基づき、病型分類が提案されているのに違いない。最近では「気腫型」と「非気腫型」に分けられ(COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン 第4版、日本呼吸器学会、2013年)、後者のほうが肺高血圧や右心不全をきたしやすいのは周知だろう。また、肺高血圧の側から眺めれば、COPDを特徴づけている気流制限などの肺機能検査パラメータ―との相関が良好でないことから、ここでもクラスター分析が試みられているのだ(Chest 2005; 127: 1531-1536、Multidiscip Respir Med 2012; 7: 39)。もちろんこれらはいまだ十分検討されているとは言い難い。それでも、上述したmPAPが35~40mmHg以上の例外的とも言える一群については、気流制限や低酸素の程度の割に肺動脈圧が上昇しているという意味でdisproportionate PHなどと呼称されることがあるけれども、肺高血圧に特異的な治療が考慮されうるなどの理由で別に扱われるべきだと考えられている(Chest 2010; 137(Suppl): 39S-51S)。

患者の側に寄り添うこと、言うは易いが、実行するのは案外難しい。時間に追われる中で立ち止まることを忘れ、じっくり患者に向き合うことがなくなっている。そして相手の気持ちを推し量ろうとすることもなく、知らずしらずのうちにこちらの都合を押しつけていた。自分や身内の者が患者となり、身にしみて感じられるようになったことは否めないのである。頭ではわかっていたつもりだったけれども、想像力に欠けていたことを白状しなければならない。(2013.10.28)

Thrombotic microangiopathy

2011年06月13日 04時52分24秒 | 血液・循環障害
小舟で急流を下るようであった研修の日々もすでに遠く、かつて世阿弥が盛りの極めと教えた年齢も意識することなくとおり過ぎた。振り返れば悔やむことばかりで、できるものなら消し去ってしまいたい出来事の連続ではあるけれども、どこかに残しておきたいと未練を感じるものもある。次からつぎへと更新されたちまちのうちに古びてしまうのが科学の世界の宿命であるとしても、もって生まれた能力を恨めしく思いつつようやくものにしたものであれば弊履を捨てるようなわけにいかない。波打ち際に砂像を築くがごとき戯れにすぎないと承知しつつ、何かが変わるかもしれないとひとり満足するのだ。

血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)と溶血性尿毒症症候群(HUS)については古くから周知されている。TTPが中枢神経を含む全身性の微小血管における血小板凝集により諸臓器の虚血を呈するのに対し、HUSは主として腎循環系に血小板-フィブリン血栓を生じるものをいう(N Engl J Med 2002; 347: 589-600)。さらに、胎盤・肝を中心として血栓が形成されるHELLP(hemolysis with elevated liver enzyme levels and a low platelet count) syndromeも含めて、臨床的にいずれとも截然と区別しがたい症例が存在し、病態的にも類似することから、これらをまとめてThrombotic microangiopathy(TMA)と総称したのも最近のことではない。とはいえ、まったく同一の病態のなかでの表現型の違いにすぎないと考えるのは即断に過ぎるのだ。TTPではvon Willebrand 因子を特異的に切断する酵素(ADAMTS13)の活性がしばしば低下していることが認められ、これは遺伝子異常や自己抗体によることが明らかにされている。一方、HUSの多くはE. coli O157:H7株などのグラム陰性菌感染による胃腸炎が先行し、産生されたShiga toxin(verotoxin)が血管内皮や単球上の受容体に結合し、放出された種々のサイトカインが血小板を活性化することによる。しかしながら、この古典的なタイプ以外にも少数ながら遺伝子異常や自己抗体が関与するものなどもあり、その内容は決して均一なものではない(Curr Opin Nephrol Hypertens 2010; 19: 372-378)。

より臨床的な観点からは、TMAを誘発しうる要因のほうに興味がもたれるだろう。内科系で遭遇するものとしては上述の細菌感染によるHUSがもっとも知られるところだが、その他腫瘍と薬剤関連のものが比較的多い。前者についてある報告では、一施設で診断された93例のTMA(TTPが77例、HUSが8例、HELLP症候群が8例)のうち、活動性の癌に随伴したものが9例でいずれもTTPだった(Oncologist 2003; 8: 375-380)。7例は3か月以内に化学療法を受けておらず、そのうち6例で骨髄転移が陽性で二次性のMyelofibrosisを伴っていたという。また、癌そのものではなくマイトマイシンCやシスプラチンなど抗癌剤との関連を疑うものも散見される。Bevacizumabをはじめとする抗VEGF薬では蛋白尿や腎機能障害が特徴的な副作用として知られるけれども(Semin Nephrol 2010; 30: 582-590)、これらも病理学的にはTMAの所見に一致し、VEGFの抑制そのものがTMAを発現させることが示され、多くの研究者の注目を集めた(N Engl J Med 2008; 358: 1129-1136)。薬剤性としてはその他に、チクロピジンやクロピドグレル、経口避妊薬、シクロスポリン、タクロリムス、インターフェロンなどが報告されている。それ以外にも妊娠中ないし産褥期にみられるものや、骨髄などの臓器移植、全身放射線照射、HIV感染症、そして膠原病関連のものなど、思いのほか多様である(日内会誌 2001; 90: 1427-1433)。

脳や腎、肝に病変がみられるなら同様に広大な血管床を有する肺を主体に侵したとしても不思議ではない。事実、単一施設で経験された56例のTTP症例のうち7例において前面に現れた症候はARDSであった(Am J Med Sci 2001; 321: 124-128)。そのすべてが女性で4例は手術合併症として生じており、また4例では驚くべきことに血漿交換ないしFFP輸注によりTTPのみならずARDSも顕著な改善を示し、結局完全寛解に至っている。一方、死亡した1例の剖検所見では、組織学的に著明なうっ血、肺胞内への出血、巣状の肺炎を認めたが、硝子膜はみられなかったという。肺胞出血と診断されている症例も同様の範疇に入るものかもしれない(日呼吸会誌 2009; 47: 227-231)。報告数はそれほど多いものではないにしろ、肺の所見が問題となる例も少なからず存在しているのではないだろうか。

情報が幾何級数的に増殖し氾濫するにいたった現代においては、もはや一つひとつの論文が主張する内容そのものよりも、それが情報の網の目のどこに位置づけられるかのほうが意味をもつ。従来の文脈のなかで加工され、あるものはメタアナリシスなどに統合された形で、二次情報として利用されてこそ価値があるのだ。そうでなければ、臨床医学系の論文など発表当時に多少話題になったとしても、数年のうちに想起されることさえ稀になってしまうに違いない。画期的な研究成果であっても臨床現場への影響力という点ではよくできたレビューにかなわないのである。一方、先端で活躍する研究者ほど厳しい競争を生き抜いていくために、しばしば専門領域を可能なかぎり絞り込んでいるので、万人に評価されるレビューの著者としては最適であると限らない。あまりに特殊なテーマでは多くの人の耳目を惹きつけることなどできないから、それなりに普遍性のある、けれども必ずしも精通しているとは言えない分野の問題をも扱わざるを得ないだろう。このことを社会が専門家に求める役割という観点から考えてみると、彼が専門家として振る舞うことができるのはごく狭い範囲でしかないにもかかわらず、それよりずっと広い領域を期待され責任を担わされていることが多々あるのではないかと思われるのだ。そして、もしそうだとすれば、論文の査読者の質が粗悪であるなどというのとは比べものにならないほどのリスクを社会も負っているとは言えないだろうか。日本が直面している問題が解決されないばかりか、しばしば先送りされ事態を複雑化させているとすれば、このことも原因の一つではないかと憂えずにはいられないのである。 (2011.6.13)

肺梗塞

2009年03月20日 05時46分03秒 | 血液・循環障害
しばしば鑑別診断のひとつに挙げられるものの、ともすれば忘れられがちな疾患がある。肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism; PTE)はそんな存在かもしれない。血栓塞栓性肺血管障害は臨床経過から急性と慢性に、また発症機序からは肺動脈内において血栓が形成されて生じる肺血栓症と、静脈血中の内因性あるいは外因性の塞栓子が肺動脈につまり生じる肺塞栓症に分類される。しかし臨床的には肺血栓症と肺塞栓症を区別することができないことも多いので、これらをPTEとしてまとめて述べるのが通常である。

そして教科書(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999)では閉塞した肺動脈の末梢にある一つないしそれ以上の肺区域ないし亜区域に陰影が出現した場合に画像上、肺梗塞と呼ぶのが適切であると述べられている。ところがこれに対応する病理所見としては、①出血のみ、②肺実質の壊死を伴う出血、に加えて③肺炎、もありえる。肺梗塞に特有なのが前二者であるのは言うまでもないのだが、逆に言えば、臨床的に肺梗塞と診断されているものでも、病理組織上、壊死がみられるとは限らないのだ。そもそも肺は他の組織と異なり、肺動脈、気道、気管支動脈の3系統から酸素が供給されること、肺静脈からの逆行性血流がありえること、のため肺動脈の閉塞のみでは組織壊死に陥らない。よってPTE患者が梗塞に陥る正確な頻度は不明ながら剖検例での検討によると10~15%に過ぎないという。PTE症例において梗塞の頻度増加に関連する因子としては心不全、ショック、悪性腫瘍の存在、多発性の血栓塞栓、一葉以上にわたる血栓塞栓、中枢性でなく末梢性のもの、が挙げられている。

また、肺梗塞症例のほとんどは出血を伴っていることになるけれども、この機序として日本循環器学会等による「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断・治療・予防に関するガイドライン」(2004)では以下のように説明されている。すなわち、気管支細動脈と肺細動脈の末梢側に交通チャネルが存在するため、肺細動脈レベルで血流が途絶えると気管支動脈血流が肺毛細血管へ流入する。狭い範囲に高圧の側副血流が流入することになり、毛細血管圧が上昇し容易に肺実質への出血が起こる、というのだ。

臨床所見として、肺梗塞は炎症を伴うため胸膜性胸痛や発熱が生じ、発症初期の画像所見は非特異的であるものの、数日の時間経過とともに胸膜に接する肺末梢に楔型陰影が出現するのが典型とされる。しかしながら胸水のために所見が明らかでないこともまれではない。肋骨横隔膜角では胸水は肺門側に向かって凹のカーブを描くが、梗塞の場合、肺門側に凸(Hampton’s hump)となるので鑑別に役立つ。

狭心症/心筋梗塞の類推から、急性に肺梗塞をきたしたものは重症であるかのような印象を持たれているかもしれないが、そのようなエビデンスはないようだ。実際、上述のように急性肺血栓塞栓症の中でも、梗塞例は肺動脈の末梢に閉塞を認める傾向があり、そのため動脈血酸素分圧は正常範囲にあることが多いとも言われている(日内会誌 2001; 90: 199-206)。

むしろ、臨床上は癌との鑑別に注意が必要である(日呼吸会誌 2007; 45: 170-173)。肺癌の原発巣と同じ肺葉の末梢に陰影がある場合には、肺内転移だけではなく肺梗塞も考慮されなければならない(Radiat Med 2008; 26: 76-80)。一方、開胸生検にて肺梗塞と診断された43例を検討した報告によると、16例は単発性の肺腫瘤像を呈し、さらにその内6例は造影CTで濃染していたり、PET陽性、あるいは経皮的生検による細胞診所見などで癌を強く疑う所見を示していたという(Mayo Clin Proc 2004; 79: 895-989)。一筋縄ではいかない、その診断の難しさを感じずにはいられないのである。 (2009年3月20日)