やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

COPDに対するβ2刺激薬のベネフィットとリスク

2013年07月16日 05時07分26秒 | 気道病変
治療によって達成されるレベルを一概に示すことは難しいけれども、症状の緩和と予後の改善という二つの軸を基準に据えることが多い。両者ともに満足する治療法が理想的なのは間違いないにしても、しばしばエビデンスが不十分であるというのも事実だろう。まさにそのように議論を重ねられてきたのがβ2刺激薬で、その検討の対象となる領域も近頃では喘息からCOPDへと広がっている。実のところ相反する研究結果が交錯し、結論めいたことを述べられるわけでもないのだが、ここで現状を確認しておくことも無意味ではないと思う。

COPDに対する薬物療法の中心は言うまでもなく長時間作用性気管支拡張薬である。その気管支拡張の指標とされるFEV1と自覚症状は必ずしも比例するわけではないものの相関し、さらにFEV1が増加するほど増悪頻度も減少すると考えられている(Respir Res 2011; 12: 161)。当然のようにより強く安定して気管支拡張効果を発揮する薬剤の開発が進められてきたのだが、この点においてβ2刺激薬(LABA)は抗コリン薬(LAMA)に劣るというのが従来の常識だった(Chest 2002; 122: 47-55、Thorax 2003; 58: 399-404、N Engl J Med 2011; 364: 1093-1103、Cochrane Database Syst Rev 2012; 9: CD009157)。COPD患者では健常人に比べ肺組織のβ2受容体の比率が低下しているうえに、吸入β2刺激薬は連続使用によって効果が減弱する(tachyphylaxis)ことによる、と説明されていたのである。

ところが最近上市されたIndacaterolはTiotropiumと同等以上の気管支拡張効果や健康関連QOLの改善効果を示し、標準治療の中に加えられることとなった(Am J Respir Crit Care Med 2010; 182: 155-162、Eur Respir J 2011; 38: 797-803)。COPD患者においては高齢者が多く、抗コリン薬は使いづらいことも少なくないことを考えれば、歓迎すべき進歩であるには違いない。とはいえ、長期予後についてのデータがまだ不足しているのは否めず、喘息患者で呼吸器関連死亡の増加が示唆されたことなどを踏まえて、FDAは日本での承認の半量(75μg1日1回投与)にすべきとの判断を下しているのだ(N Engl J Med 2011; 365: 2247-2249)。

もちろん、喘息においてLABAの単独使用が警告されているからといって、それだけでその病因や病態生理、疾患進行、予後などの面で異なるCOPDにおいても同等とみなせるはずはない。実際、安定しているCOPD患者に対しβ2刺激薬を24週以上使用し評価した20のプラセボ対照比較試験(LABA治療患者総数8774人)を概観した総説によれば、LABAの使用とCOPD増悪、COPD関連有害事象、死亡との間に関連を示唆した研究はなかった。LABAの使用はプラセボに比較して一般にCOPD増悪を減少させ、COPD関連有害事象の頻度はプラセボと同様であり、β2刺激薬との関連が知られている高血糖、血清K値への影響も軽微であったと述べられている(Int J Chron Obstruct Pulmon Dis 2013; 8: 53-64)。ただし、ほとんどの臨床試験は薬剤の有効性の検証に必要と見込まれる被験者数をもって実施されていることから、稀な有害事象については有意差をもって確認することは難しい。メタアナリシスが重宝される所以である。

閉塞性気道疾患患者を対象としβ2刺激薬を単回投与した13研究と、長期投与した20のランダム化比較試験(RCT)のメタアナリシスによれば単回投与はプラセボに比較して、心拍数を9.12/分(95%信頼区間 5.32~12.92)増加させ、血清K濃度を0.36 mmol/L(同 0.18~0.54)減少させたという。そして長期投与(3日ないし1年間)においては、β2刺激薬はプラセボと比べ心血管リスクを有意に増加させた(相対リスク(RR) 2.54、1.59~4.05)と報告されている(Chest 2004; 125: 2309-2321)。さらにCOPD患者に対し少なくとも3か月間、抗コリン薬あるいはβ2刺激薬を使用したRCT(15276の被験者を含む22の試験)を統合してメタアナリシスを行った結果では、抗コリン薬はプラセボと比べ重篤な増悪(RR 0.67)、呼吸器関連死亡(RR 0.27)を有意に減少させていたのに対し、β2刺激薬はプラセボに比較し重篤な増悪を減少させないばかりか(RR 1.08)、呼吸器関連死亡についてはむしろ増加させた(RR 2.47)というのである(J Gen Intern Med 2006; 21: 1011-1019)。

ただし、これらの試験が対象とする患者群は必ずしも均一な集団でないことに注意を促しておきたい。とりわけβ2刺激薬の効果と安全性はその併存疾患により少なからず左右される。喘息がその一つであるのは言うまでもなく、COPD症例の約10%に合併しているとも言われるが、これに関してはすでに別の機会にまとめた。それ以上に無視できないのが心血管系の併存症であり、COPD患者においてはその2割以上の例で心不全を伴うとも言われているのだ。

実際、心不全とCOPDの合併例に難渋することも稀ではない。β刺激薬については、肺疾患を有する患者で心不全を起こしやすく、また、心不全を有する患者では死亡や入院の増加を招くとも言われている(J Am Coll Cardiol 2011; 57: 2127-2138)。たとえば心不全患者7599人を対象としたCandesartanの臨床試験において、気管支拡張薬の使用は全死亡や心血管死、心不全による入院、心血管イベントに関連していたという(Eur J Heart Fail 2010; 12: 557-565)。一方で、心不全患者に対するβ遮断薬は確立された治療であることが広く認められているけれども、COPD患者に対して用いた場合、β遮断薬が気管支攣縮や気道の過敏性をもたらし、呼吸器症状などを悪化させるのではないかとの懸念があった。しかしながら、心臓選択性のβ遮断薬をCOPD患者に用いても呼吸器症状やFEV1が有意に悪化することはないというエビデンスが示されつつあり、欧州心臓病学会によるガイドラインなどでもβ遮断薬は禁忌ではないと明確に述べられるにいたっている。そして、心臓選択性のβ遮断薬はCOPDを合併する心不全患者の生存を改善するばかりか、明らかな心血管系合併症を持たないCOPD患者においてさえ死亡やCOPD増悪を減らすことが示されたのだ(Arch Intern Med 2010; 170: 880-887、BMJ 2011; 342: d2549、BMC Pulm Med 2012; 12: 48)。これに関するエビデンスはまだ十分とはいえず、自覚症状や肺機能、QOLに対する長期的な影響も明らかでない。それでもβ2刺激薬の果たす役割を考えるうえで興味深い視点を提供しているのは確かである(J Am Coll Cardiol 2011; 57: 2127-2138、J Thorac Dis 2012; 4: 310-315)。

都市化の波が地方にも押し寄せてきたのはすでに半世紀も前のことだ。「ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ」と唱えられ、ムラ社会は克服すべき遺制ともとらえられがちであった(きだみのる 気違いから日本を見れば. 徳間書店1967年)。けれども、ごく身近な共同体としての組織が今なお機能している地域も少なくなく、一方で、たとえば専門科学における学会などのように、その対極にあるはずの機能集団の中にさえムラ的感性はなお根深く残り、“原子力ムラ”などと揶揄されたりする。表面的にはともかく、姿を変えながらもそこにあり続けているとすれば何らかの必然性があるに違いない。 “ムラ社会”は地域医療の面からはもちろん、いろいろな意味で見直されるべき対象だと思う。 (2013.7.16)