「稀な疾患でしばしば見られる所見である可能性よりも、ありふれた疾患に見られるまれな所見であると考えよ」と言うよく知られた箴言がある(日内会誌 2008; 97: 466-470)。このような先人の知恵は全能ならぬ臨床医にとっては闇夜にともされた灯火のようにも感じられるものだ。感染症と血管炎との関連づけに多くの研究者が惹かれているのもこの教えに無関係ではなかろうとさえ思われる。
感染症により血管炎を発現する機序として血管への微生物の直接的な浸潤と免疫学的な機序を介した間接的なものが想定されているが、因果性が確認されているものは実は少ない(Curr Opin Rheumatol 2006; 18: 39-47)。それでもβ溶連菌や緑膿菌などの細菌、ヘルペス属などのウイルス、マイコプラズマ、リケッチア、真菌、寄生虫など想像以上に多くの微生物の関与が疑われていることに驚嘆する(N Engl J Med 1999; 340: 1099-1106、Clin Exp Rheumatol 2006; 24: S71-S81、Int J Dermatol 2006; 45: 996-998)。血管炎への感染症の関与の程度は対象とする血管炎の種類により異なるだろうが、たとえばLeukocytoclastic vasculitis82例のうち、原因を推定し得たのは38例で、このうち膠原病が17例で最も多く、次に多かったのが薬剤と感染症でともに8例であったとの報告があり(Arch Dermatol 1984; 120: 484-489)、欧米ではB型肝炎ウイルス感染の減少に伴い結節性多発動脈炎(PAN)の頻度も減少しつつあると言われている。
それらすべてを網羅するわけにはいかないので、ここでは結核についてまとめてみることにしよう。Oxford Textbook of Rheumatology(第3版)には血管ないし血管周囲に結核菌が証明されるタイプのものが記載されている。大小血管を侵し、panarteritisやthrombotic phlebitisを発現するが、動脈より静脈に病変を認める傾向があるとする。臨床的には結節性紅斑として認識されることが多いという。
一方、免疫的機序が想定される症例も集積されつつある。免疫機能に障害のない若年者に多く、性差はないとされ(Infection 2000; 28: 55-57)、その主な様式は①皮膚Leukocytoclastic vasculitis、②Henoch-Schönlein purpura、③リファンピシンに続発した血管炎、の3つである。
皮膚Leukocytoclastic vasculitisはChapel Hill Consensus Conference systemによればsmall-vessel vasculitisに分類され、血管炎の中では最も遭遇されるものの一つだ(N Engl J Med 1997; 337: 1512-1523)。病理学的にはleukocytoclasia(好中球断片)とfibrinoid壊死を伴うangiocentric inflammationを特徴とする。血管壁に結核菌は証明されない。結核菌に対する感染防御にはなり得ないが、液性免疫反応により血中に免疫複合体が存在することが以前から知られている(Thorax 1981; 36: 610-617)。この免疫複合体の沈着(通常IgM、IgG)により補体経路を活性化し、走化因子の産生と接着因子の発現を誘導するのが機序と考えられており、病変は皮膚に限られる(J Bras Pneumol 2008; 34: 745-748)。
Henoch-Schönlein purpuraは紫斑、関節痛、消化器症状と腎障害を合併するもので、腎病理組織はIgA腎症に類似しており腎糸球体への免疫複合体・IgA沈着を特徴とするのだが、皮膚ではLeukocytoclastic vasculitisの所見を示すのは興味深い。一般に、薬剤が関与するものの他、30~80%の症例において溶血性連鎖球菌やアデノウイルスなどのウイルス、マイコプラズマ等の呼吸器感染症が先行するといわれている。好発年齢は5歳前後とされているのに比べ、肺結核症に合併したHenoch-Schönlein purpuraはより高年齢の患者が多いのが注目される(Am J Med Sci 2007; 333: 117-121、Chest 1991; 100: 293-294、日呼吸会誌 2008; 46: 645-649)。
上述のように血管炎の発現部位のほとんどは皮膚であるが、眼、腸管(Histopathology 1992; 21: 477-479)、神経などに生じたものも報告されており、見逃されている例もありそうだ。抗結核療法が治療の基本とされているが、ステロイドを追加している症例もある。
冒頭に述べた箴言は人口に膾炙したものではあるが、このような原則の常として例外が多いものである(N Engl J Med 2007; 356: 504-509)。認知心理学的な診断過程においてはヒューリスティクスを用いた問題空間の探索など、その者に備わった知識や経験がものをいうのだが、それだけでは正解にたどりつかないことも多い。ある種の“創発的な問題解決”も必要とされ認知科学の進展に期待したい。いずれにせよ、医学は怠惰な者に対しては堅く門を閉ざし、その高みを望み、またその果てを測ることができるのはごく限られた幸運な人々である。透明な世界に憧れを抱きつつ何とかして潜り込もうとしてもかなわない。かといって下界にも安住の地はなく彷徨する。そのような医師の一人が、かのセリーヌであった。 (2009.5.25)
感染症により血管炎を発現する機序として血管への微生物の直接的な浸潤と免疫学的な機序を介した間接的なものが想定されているが、因果性が確認されているものは実は少ない(Curr Opin Rheumatol 2006; 18: 39-47)。それでもβ溶連菌や緑膿菌などの細菌、ヘルペス属などのウイルス、マイコプラズマ、リケッチア、真菌、寄生虫など想像以上に多くの微生物の関与が疑われていることに驚嘆する(N Engl J Med 1999; 340: 1099-1106、Clin Exp Rheumatol 2006; 24: S71-S81、Int J Dermatol 2006; 45: 996-998)。血管炎への感染症の関与の程度は対象とする血管炎の種類により異なるだろうが、たとえばLeukocytoclastic vasculitis82例のうち、原因を推定し得たのは38例で、このうち膠原病が17例で最も多く、次に多かったのが薬剤と感染症でともに8例であったとの報告があり(Arch Dermatol 1984; 120: 484-489)、欧米ではB型肝炎ウイルス感染の減少に伴い結節性多発動脈炎(PAN)の頻度も減少しつつあると言われている。
それらすべてを網羅するわけにはいかないので、ここでは結核についてまとめてみることにしよう。Oxford Textbook of Rheumatology(第3版)には血管ないし血管周囲に結核菌が証明されるタイプのものが記載されている。大小血管を侵し、panarteritisやthrombotic phlebitisを発現するが、動脈より静脈に病変を認める傾向があるとする。臨床的には結節性紅斑として認識されることが多いという。
一方、免疫的機序が想定される症例も集積されつつある。免疫機能に障害のない若年者に多く、性差はないとされ(Infection 2000; 28: 55-57)、その主な様式は①皮膚Leukocytoclastic vasculitis、②Henoch-Schönlein purpura、③リファンピシンに続発した血管炎、の3つである。
皮膚Leukocytoclastic vasculitisはChapel Hill Consensus Conference systemによればsmall-vessel vasculitisに分類され、血管炎の中では最も遭遇されるものの一つだ(N Engl J Med 1997; 337: 1512-1523)。病理学的にはleukocytoclasia(好中球断片)とfibrinoid壊死を伴うangiocentric inflammationを特徴とする。血管壁に結核菌は証明されない。結核菌に対する感染防御にはなり得ないが、液性免疫反応により血中に免疫複合体が存在することが以前から知られている(Thorax 1981; 36: 610-617)。この免疫複合体の沈着(通常IgM、IgG)により補体経路を活性化し、走化因子の産生と接着因子の発現を誘導するのが機序と考えられており、病変は皮膚に限られる(J Bras Pneumol 2008; 34: 745-748)。
Henoch-Schönlein purpuraは紫斑、関節痛、消化器症状と腎障害を合併するもので、腎病理組織はIgA腎症に類似しており腎糸球体への免疫複合体・IgA沈着を特徴とするのだが、皮膚ではLeukocytoclastic vasculitisの所見を示すのは興味深い。一般に、薬剤が関与するものの他、30~80%の症例において溶血性連鎖球菌やアデノウイルスなどのウイルス、マイコプラズマ等の呼吸器感染症が先行するといわれている。好発年齢は5歳前後とされているのに比べ、肺結核症に合併したHenoch-Schönlein purpuraはより高年齢の患者が多いのが注目される(Am J Med Sci 2007; 333: 117-121、Chest 1991; 100: 293-294、日呼吸会誌 2008; 46: 645-649)。
上述のように血管炎の発現部位のほとんどは皮膚であるが、眼、腸管(Histopathology 1992; 21: 477-479)、神経などに生じたものも報告されており、見逃されている例もありそうだ。抗結核療法が治療の基本とされているが、ステロイドを追加している症例もある。
冒頭に述べた箴言は人口に膾炙したものではあるが、このような原則の常として例外が多いものである(N Engl J Med 2007; 356: 504-509)。認知心理学的な診断過程においてはヒューリスティクスを用いた問題空間の探索など、その者に備わった知識や経験がものをいうのだが、それだけでは正解にたどりつかないことも多い。ある種の“創発的な問題解決”も必要とされ認知科学の進展に期待したい。いずれにせよ、医学は怠惰な者に対しては堅く門を閉ざし、その高みを望み、またその果てを測ることができるのはごく限られた幸運な人々である。透明な世界に憧れを抱きつつ何とかして潜り込もうとしてもかなわない。かといって下界にも安住の地はなく彷徨する。そのような医師の一人が、かのセリーヌであった。 (2009.5.25)