やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

肺の間質interstitiumと実質parenchyma

2009年04月25日 05時45分34秒 | びまん性肺疾患
病理所見はしばしばgold standardとして位置づけられるが、こと間質性肺炎に関してはいまだ混沌としており複雑怪奇とも言いたくなる状況だ。ATS/ERSや日本呼吸器学会による分類基準が現時点でのコンセンサスではあるとはいえ、著明な病理医の間でさえしばしば診断が一致せず(Thorax 2004; 59: 500-505)、そのため臨床・画像情報をも総合して決定されたものが最終診断とみなされる(Am J Respir Crit Care Med 2004; 170: 904-910)。臨床医にしてみればはなはだ頼りない状況であり、ある程度の病理の知識を要請される所以である。

さて、肺の“間質”と“実質”という用語は病理学の基本概念であり、いまさら整理するまでもないかもしれない。が、文献を読んでいると著者ごとに様々な内容で使われているのに気づくのだ。気道・血管・小葉間隔壁・胸膜を間質とし、それ以外の気腔・肺胞隔壁を実質と記載するものもある(びまん性肺疾患の臨床、金芳堂、2003)が、むしろ現時点の日本においては日本呼吸器学会による「特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き」(2004)にあるように、「肺の実質は気腔および気腔を囲む上皮組織からなり、これら以外の支持構造が肺の間質」である、とするのが大多数の理解ではないだろうか。さらにまた“狭義の間質”を肺胞隔壁の部分の間質とし、“広義の間質”はそれ以外の気管支血管周囲や小葉間隔壁、胸膜下の間質を指すとしている。すなわち、間質と実質はお互いに補完し合うように定義されており、間質性肺炎とはこの「肺の間質を病変の主座としてびまん性に炎症が広がる病態」である、と非常にクリアカットな形で述べられている。

一方、この「手引き」が準拠しているというATS(American Thoracic Society)とERS(European Respiratory Society)による「International Multidisciplinary Consensus Classification」(Am J Respir Crit Care Med 2002; 165: 277-304)にはIdiopathic Interstitial Pneumonias (IIPs)はDiffuse parenchymal lung diseases (DPLDs)の中の一つのグループである」との記述がみられ、上記の定義からすれば違和感のある表現である。そこで手元にある海外の教科書をいくつか確認してみると例えば、Fishmanの教科書(Pulmonary Diseases and Disorders 第3版)には、「Interstitial lung diseases (ILD)よりDPLDのほうがより適切な名称である。というのは間質とは肺胞上皮と血管内皮の基底膜で境されたごく狭い空間を指す用語であり、多くの場合これらの疾患では病変が間質に限定されているわけではないからである」とあり、Schwarz & Kingによる教科書(Interstitial Lung Disease 第4版)でも同様に、「ILDとはいうもののこれらのほとんどの疾患は気道、肺実質、血管、胸膜も広範に侵すので、間質という用語は幾分誤解を招くものである」と記載され、「間質性肺炎は肺実質にさまざまな程度の線維化や炎症をきたすもので、細菌性肺炎に典型的にみられるようなair space diseaseとは対照的である」と述べられている。さらに肺の間質は「parenchymal interstitium (alveolar wall or the alveolar septae)」と「loose-binding connective tissue (peribronchovascular sheaths, interlobular septa, and visceral pleura)」に分けられる、などのような言葉遣いがされていることから推測すると、欧米における“間質”は狭い範囲に限局して用いられていること、さらに“間質”と“実質”とは同列にある概念ではなく、前者は後者に含まれるものと捉えられていることが伺われる。

このように日本と欧米との間にはごく基本的な概念においてさえも微妙な相違があり、しかも同様の事例は案外多いのではないかと推測する。学生時代に、炎症の主体が間質にあれば「肺臓炎pneumonitis」、肺実質なら「肺炎pneumonia」と使い分けることを教えられたけれども、現在のガイドラインでは採用されていない。一方、病理形態学的観察から、肺胞末梢領域の間質の炎症が主たる病変であると考えられていた間質性肺炎であるが、実はその炎症は二次的に惹起されたもので、上皮細胞障害と肺胞領域の線維化のほうが一次的所見である(日内会誌 2006; 95: 1858-1862)などという議論もある。このように、病態の理解にも変遷があることを考慮すれば、一つの定義にこだわる意義は少ないかもしれない。しかしながら現実世界を認識する道具としての言葉の影響は思いのほか大きく、国際的なコミュニケーションを阻害する可能性を懸念せずにはいられないのだ。 (2009.4.25)

成人Still病

2009年04月21日 04時41分28秒 | アレルギー・膠原病関連疾患
内科医、総合診療医の力量を見るにはそれぞれ考えがあるだろうが、不明熱の鑑別をさせるのも一つの良い方法だと思う。そこで検討すべき疾患は広く多岐にわたるものの、常に念頭に置かれるのが成人Still病(AOSD)だ。膠原病一般の中でも特に身体機能・生命予後は良好であるとされ(Am J Med 1995; 98: 384-388)、ともすれば侮りがちであるけれども、実はそのような理解に反省を促す報告も少なくない。思いのほか油断のならない疾患である。

AOSDは関節リウマチ(RA)の類縁疾患とされ、同様に慢性例や再燃を繰りかえす例が多いのは周知だろう。薬剤による肝機能障害を起こしやすいこともしばしば言及されるが、肝不全(Medicine 1991; 70: 118-136)を始めとする各臓器の機能不全(Semin Arthritis Rheum 1987; 17: 39-57)、最近では血球貪食症候群、マクロファージ活性化症候群(Macrophage activation syndrome;MAS、日本臨床免疫学会会誌 2007; 30: 428-431)を合併し得ることが指摘されており、それ以外にも炎症持続によるアミロイドーシスの合併やDIC、敗血症が死因になりうることに注意が必要だ。

呼吸器疾患の合併も0~53%にみられ、急性ないし慢性肺臓炎、呼吸機能障害、横隔膜機能障害、薬剤性肺炎が挙げられていものの(Curr Opin Pulm Med 1999; 5: 305-309)、胸膜炎の頻度が最も多い。たとえば文献報告228例の集計では胸膜炎を24.6%、肺臓炎を12.8%に認めたという(J Rheumatol 1987; 14: 1139-1146)。これは本邦90例の検討でも同様の傾向で、11例(12%)に胸膜炎、5例(6%)にparenchymal infiltrationが合併していた(J Rheumatol 1990; 17: 1058-1063)。しかしながら胸水所見についての詳細な報告は少なく、診断に有用な所見は今のところ見当たらない。関節症状に先行した場合には膠原病以外に感染や腫瘍なども慎重に鑑別しなければならないだろう(Eur Respir J 1990; 3: 1064-1066)。

そして、それ以上に注目されているのは急性の経過をたどり呼吸不全をきたす間質性肺炎である。AOSDにARDSを合併した8例(男性2例、女性5例、1例不明)をまとめたものによれば、7例にDICを合併しており、ARDSとDICはAOSDの活動性が高い時期に発症していた。また7例はステロイド大量投与でARDSの改善をみており、他の原因によるARDSの死亡率(6か月以内に40~60%)に比べ予後良好であったという。なお、これら症例の平均年齢43.4歳は、AOSDの好発年齢とされる16~36歳に比べやや高年齢である。組織学的検査は2例に行われ、剖検の1例で硝子膜の形成とⅡ型肺胞上皮細胞の過形成、他の1例はfocal fibrosisを伴うinterstitial pneumonitisの像であった(日呼吸会誌 2002; 40: 894-899)。その他組織学的に検討されたものはいまだ少なく血管炎の報告もないようである。また、胸水を伴う頻度が多い傾向にあるが(Clin Rheumatol 2006; 25: 766-768)、画像所見やBALF所見(Clin Rheumatol 2006; 25: 766-768、日呼吸会誌 1998; 36: 545-550)に関してもさらに多数例での検討が必要であろう。

上記以外にも慢性間質性肺疾患(Clin Rheumatol 1993; 12: 418-421)、最近では肺胞出血(J Korean Med Sci 2009; 24: 155-157)や肺高血圧(Clin Rheumatol 2007; 26: 1359-1361)が報告されるなど、他の膠原病に劣らぬ多彩な呼吸器病変を呈することが認識されつつある。ただし現時点ではAOSDに気道病変を合併したとの報告は見られず、この点はしばしば気道病変を合併するRAと異なるかもしれない。これについても多数例での詳細な解析を期待したいと思う。

これまで述べてきたように、AOSDに合併した呼吸器疾患に特異的なものはみられない。AOSD一般の関節痛、発熱、皮疹の頻度はそれぞれ100%、100%、97%とほとんどの症例でみられる(J Rheumatol 1990; 17: 1058-1063)が、非特異的な所見である。除外診断が重要である状況に変わりはなさそうだが、最近glycosylated ferritin (<20%)が診断に有用であったとする研究があり注目されているようだ(Clin Rheumatol 2006; 25: 766-768)。<br>
治療は肺疾患合併例でもステロイドが基本である(Curr Opin Pulm Med 1999; 5: 305-309)。ステロイド大量療法に反応しない場合免疫抑制療法も試みられている(Arch Intern Med 1986; 146: 2409-2410、日本医事新報2007; No 4355: 57-62)が実際に必要とされる例は少ないと思われる。

AOSDに限らず常に専門医が診療すべきとは思わない。むしろ必要時に適切に連携をとることこそ実地医家が心すべきことではないだろうか。たとえそこが大病院であったとしても一施設ですべてまかなうのは現実的でない。現状では幾多の困難はあるだろうが、地域医療圏内で役割を分担し医療を完結させることができればよしとする意見を支持する。 (2009.4.21)

びまん性肺疾患に対する外科的肺生検

2009年04月11日 05時08分37秒 | びまん性肺疾患
びまん性肺疾患(diffuse pulmonary diseases;DPD)には様々な病態が含まれ、呼吸不全をきたし致命的になりうることから、専門施設で対応されるべきであるのは当然だ。だが現実を知ればそれは理想に過ぎない。僻地・離島など地理的条件のみならず患者や医療環境など様々な要因により地域の医療機関で対応せざるを得ないことも稀ではない。今回はこのDPDの診断をめぐる欧米と日本の相違に焦点を当ててみたい。

DPDの中で重要な部分を占める特発性間質性肺炎(IIPs)の確定診断には外科的肺生検(surgical lung biopsy;SLB)が必要であることが、日本呼吸器学会による「特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き(2004)」にも明記されている。地方の片隅で四苦八苦している者にすれば専門施設ならごく日常的に行われている検査であるかのような印象を持つが、実際には必ずしもそうではないようだ。たとえば、ある調査によれば1998年1年間のSLBは132施設で410例にすぎず、1施設当たり平均3.1例/年程度である(日呼吸会誌 2000; 38: 770-777)。一方、Mayo Clinicでは1975年から1985年の10年間に1628例が施行されたと報告(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94)されるなど、欧米の専門施設での施行数は桁違いであり、この分野における彼我の学問的レベルの差の源泉をみるのである。

しかしながらDPDのすべてにSLBが必要とされるわけではなく、過敏性肺臓炎、サルコイドーシス、肺胞蛋白症、癌性リンパ管症についてはTBLBで診断されるのがむしろ普通だろう。それでもDPD一般に対するTBLBの診断率は50%程度と言われるのに対し、SLBでは90~100%であることから最終的な診断法として位置づけられている。SLBの方法に関しては従来開胸肺生検(open lung biopsy;OLB)が行われてきたが、近年はより侵襲の少ない胸腔鏡下肺生検(videothoracoscopic lung biopsy;VTLB(あるいはVATS(video-assisted thoracoscopic surgery)肺生検)が行われることが多い。

さらに安全性の面においても、DPDに対するVTLB報告のまとめによれば手術関連死亡率は0~6%、術後合併症率は3~25%で、持続するエアリーク、肺炎、血胸がその主なものであったという(気管支学 2005; 27: 442-446)。この成績は肺癌手術における術後30日死亡率0.5~2.9%、合併症17~41%(EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2005年版)に比べても決して高率とは言えないだろう。

以上教科書的に概観したが、DPDの病態は一様でなくしばしば基礎疾患を持ち、それ自体予後不良であることも多いなど、IIPsと同列に論じることができない面がある。そのため血液悪性腫瘍やAIDSを含む免疫異常者におけるDPDもSLBの対象とされることが多い欧米ではDPDに対するSLBの有用性について議論のあるところである。

たとえばDPD患者では呼吸状態が悪化していることが少なくない。一般に急性呼吸不全においては原因の早期診断が予後の改善に関連すると言われており、確実な診断能を持つSLBの有用性が期待される。ところが、80例の急性呼吸不全症例における検討では生存退院したものは24例(30%)に過ぎず(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94)、呼吸不全群とそうでない群の間で診断された疾患分布に差はみられなかったにもかかわらず治療への反応や生存退院は呼吸不全群で有意に低かった(J Thorac Cardiovasc Surg 2005; 129: 984-990)と報告されるなど、SLB自体の死亡率、合併症率は低いとは言うものの、術前の呼吸状態が不良である場合には院内ないし術後30日の死亡率は38~75%(Chest 1994; 106: 706-708、Ann Surg 1994; 60: 564-570)と高率であることが知られている。

このような問題を抱えるDPDをSLBの対象にするには合理的な根拠がなければならないが、SLBが生存率に影響することを明確に示す研究はまだ存在しないようである。代替的指標として“得られた結果に基づく治療の変更”を診療上の利益とみなして患者背景別に検討された報告が数報ある。

まず呼吸不全については、人工呼吸管理下の患者にOLBを行なった27例全例で特異的な組織診断が得られ、治療の変更を要しなかったのは9例(33%)、ステロイド増量が7例(26%)、ステロイド開始が6例(22%)、新たな抗生剤追加が5例(19%)であったとの報告(J Cardiovasc Surg 1994; 35: 151-155)や、急性呼吸不全患者80例のOLBの結果56例(70%)で治療が変更されたが、呼吸不全の特異的な診断が得られたこと、術前診断が変更されたこと、そしてそれをもとに治療の変更をしたこと、による生存率の改善は確認されなかった(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94)と否定的に考察するものがある一方で、進行する肺浸潤影のOLB62例のうち40例で治療が変更され、術前に呼吸不全を呈していた群に限れば治療が変更されたものは治療が変更されなかったものより生存者が多かった(Ann Surg 1994; 60: 564-570)と評価するものがある。

免疫能との関連では、肺浸潤影が進行しOLBを施行された62例の検討で免疫障害の程度は予後に関連がなかった(Ann Surg 1994; 60: 564-570)とされ、待機的ないし準緊急の肺生検は免疫異常のない患者では死亡率が低く治療の変更にもつながり、さらに緊急肺生検においても死亡率が高いものの免疫抑制状態の患者では治療の変更が見込まれること(J Thorac Cardiovasc Surg 1999; 118: 1097-1100)や、何らかの免疫抑制状態にあるDPD患者に対し行われたOLB74例のうち42%で治療が変更された(Surg Gynecol Obstet 1992; 175: 8-12)とする報告がある。一方で103例のOLB後も56例(54%)では治療に変更がなく、特に免疫異常のない群では既にステロイド治療が開始されていたため治療の変更は18%に過ぎず、免疫異常のある群でも72%が術前診断と異なっていたため多くは治療が変更されたにも関わらず予後の改善には結びつかず39%が死亡したことから否定的見解を述べる研究者もいる(Ann Thorac Surg 1998; 65: 198-202)。

以上のように、特に正確な診断と適切な治療が要求されるものを対象として検討が繰り返されているが、SLBにより適切な治療が導かれたとしても、予後の改善につながっているか確認されていない。死亡に寄与する危険因子として、上述した呼吸不全に加え、高年齢、緊急生検、昇圧治療、腎不全、出血素因が挙げられており(Am Rev Respir Dis 1988; 137: 90-94、Ann Thorac Surg 1998; 65: 198-202、J Thorac Cardiovasc Surg 1999; 118: 1097-1100)、リスクに見合った有用性が得られるかに関してそれぞれの症例毎に十分検討することが必要であろう。

日本からの報告によればSLBによる病理診断の結果、間質性肺疾患がそのほとんどを占めている(日呼吸会誌 2000; 38: 770-777、日呼吸会誌 2006; 44: 675-680)。欧米では感染症や悪性腫瘍の割合が比較的多いことを考慮すると、本邦では予後不良が予測される場合に侵襲的な検査を避ける傾向があるのは確かであろうが、それだけではなくSLBの対象を精選していることも考えられる。学問的興味ないし自己満足に流されず、意義の少ない検査を排除しようとする慎重な態度を反映しているとすれば、SLBの施行数が少ないからといって恥ずべきことではないと思う。 (2009.4.11)

lepidic metastasis

2009年04月04日 06時07分33秒 | 腫瘍
胸郭外に発生した腫瘍が肺に転移したとしても、呼吸器を専門としない医師によって診療されることが多いだろう。だから呼吸器科医の興味を惹くことが少ないのは理解できるにしても、患者にとっては治療方針や予後に関わる重要な事象であるに違いない。そして、一見したところごく単純な現象であるように思われるかもしれないが、転移形式は思いのほか多様であり、その病態・メカニズムは精妙を極めるものだ。ここでは臨床的な立場から控えめに一歩を踏み入れることしかできないけれども、もし知らないとすれば専門家としての能力を疑われてしかるべき肺転移のひとつとしてlepidic metastasis(肺胞壁被覆型転移などと訳される)を取り上げてみたい。

肺転移の画像所見は辺縁が明瞭で、平滑な多発結節影というのが典型である。しかしながら、そのようなものばかりとは限らず、このlepidic metastasisは肺炎と紛らわしい陰影を呈し、時には剖検ではじめて診断されることさえあるものだ。原発性肺癌のうち、腺癌の一型である細気管支肺胞上皮癌(bronchioloalveolar carcinoma;BAC)が肺炎様陰影を呈するのはよく知られているだろう。lepidic metastasisはこのBACに画像ばかりでなく病理組織上も非常に類似したもので、逆にいえば、肺外に原発腺癌がないことを証明しなければBACの診断は信頼性に欠けることになる(Eur Radiol 2000; 10: 1683-1684)。

まず肺転移について基本的なところから押さえておくと、肺を構成する組織との関連で①肺実質、②リンパ管内(癌性リンパ管症)、③血管内(腫瘍塞栓)、④気管支内、への転移として認識されるはずだ(Radiologic diagnosis of diseases of the chest、Saunders 2001)。このうち最も多いのはいうまでもなく肺実質への転移であるけれども、これも大きく分けると肺胞腔内に進展するものと間質内で進展するものがある。さらに前者は肺胞内に充実性腫瘤として突出するものと、BACのように肺胞構造が保たれつつ腫瘍細胞が肺胞上皮を置換しながら広がるlepidic growthと呼ばれるものに分けられるのだ。

原発性肺癌におけるBACと同様の病理組織所見が転移性腫瘍でもみられることは既に1946年に報告されているようだ。その後1987年に“metastatic bronchiolo-alveolar carcinoma”としてまとまった形で報告された(Dis Chest 1967; 52: 147-152)。それによると胸郭外原発腫瘍症例の剖検416例の検討で肺転移がみられたものは215例であり、そのうち34例(16%)で病理学的にlepidic metastasisが証明されたという。その病理組織はいずれも腺癌で、原発臓器は膵(8例)、結腸(6例)、乳腺(6例)、胃(4例)、腎(3例)であったと報告されている。

画像所見が検討されるようになったのはさらにその後のことで、air bronchogramを呈した大腸癌の肺転移症例(Chest 1992; 101: 215-216)、またBAC様の増殖を示す転移病変は画像上、辺縁が不明瞭になる傾向(Semin Ultrasound CT MR 1995; 16: 379-394、Am J Roentgenol 1993; 161: 37-43)があると報告された。さらに消化器原発腺癌の肺転移65症例をretrospectiveに検討したところ、このうち6例(10%)にair bronchogramやangiogram signを伴うconsolidation、 すりガラス陰影などのair-space pattern(浸出性肺炎のように肺胞内に病変の主体があることを反映する)を認め、これには組織学的にlepidic metastasisが確認された症例も含まれており、病理組織だけでなく画像所見もBACに類似していることが示されたのだ(J Comput Assist Tomogr 1996 20 300-304)。ただし、臨床・画像所見で転移が明らかなものではわざわざ生検など行われないことがほとんどであることを考慮すると、実際にはair-space patternを呈する頻度はもっと少ないことが予想される。

急性間質性肺炎様の臨床経過、CT所見を呈し生前診断が困難であった胆嚢癌の肺転移も報告されていることから(Clin Radiol 2005; 60: 1213-1215)、lepidic metastasisはびまん性肺疾患やARDSの鑑別診断の一つとしても考慮しておくべきだろう。いずれにせよ画像診断にはいまだ限界があるのは明らかであり、典型的所見でなくとも読影にあたっては常に癌ないし結核などではないかと疑うことも必要である。 (2009.4.4)

ARDSの病理組織型について

2009年04月01日 04時59分35秒 | びまん性肺疾患
ALI(acute lung injury)/ARDS(acute respiratory distress syndrome)イコールDAD(diffuse alveolar damage びまん性肺胞障害)と考えるのが常識的なところだろう。つまり、何か病態を同じくするものを臨床の側から表現すればALI/ARDSとなり、病理組織的な面から表現すればDADと呼ばれる。実際、日本呼吸器学会による「ALI/ARDS診療のためのガイドライン」(2005)にも「ALI/ARDSは、病理学的にはdiffuse alveolar damage (DAD)と呼ばれる定型的な肺胞傷害である」と記載されている。が、そう言い切ってしまってよいのか、というのが今回のテーマである。

まず議論の前提として、ALI/ARDSは現行のガイドラインに基づけば臨床所見のみで診断されるのに対し、一方、DADはあくまでも病理学的な概念であることを改めて確認しておきたい。すなわち、上記の「ALI/ARDS診療のためのガイドライン」によれば、ALI/ARDSの診断基準は、①先行する基礎疾患をもち、②急性に発症した低酸素血症で、③胸部X線写真上では両側性の肺浸潤影を認め、かつ④心原性の肺水腫が否定できるもの、とされている。このように、その病態や病理組織所見にも配慮された基準ではないことから、簡便すぎて混乱を招いているとの批判が絶えないのはガイドライン自身に記載されているとおりだ。

本来、ARDSのキーコンセプトは「肺胞領域の非特異的炎症による透過性亢進型肺水腫permeability edema」というものだった。様々な原因により著明な肺胞上皮障害や症例によっては血管内皮障害も加わり、肺胞上皮―毛細血管のバリアーが破綻していることが病態の根本で、高濃度の血漿成分が肺胞腔内へしみ出し、上皮細胞の崩壊産物、サーファクタントも加わって硝子膜を形成する。これは浸出期DADにみられる所見に他ならない。ただし余談ながら、DAD自体の概念についても、日本(特発性間質性肺炎診断と治療の手引き、2004)と欧米(ATS/ERS international multidisciplinary consensus classification of the idiopathic interstitial pneumonias、2002)とではやや異なっていることが指摘され(日呼吸会誌 2007; 45: 772-778)、しかも最近AFOP(acute fibrinous and organizing pneumonia)という病理所見が古典的なDADとは異なるものの亜型として報告されたりしている(Arch Pathol Lab Med 2002; 126: 1064-1070)状況にある。

もちろん、DADがARDSの主要な病理所見であることは疑いようがない。しかしながらそれ以外にも臨床的にARDSを呈しうる病理像がないわけではないのだ。たとえば、ARDSの診断基準を満たす症例の外科的肺生検による病理像は多彩で、organizing DADは約40%、残りは感染症や出血、BOOP (bronchiolitis obliterans organizing pneumonia)などであったとするもの(Chest 2004; 125: 197-202)や、剖検例での検討ではARDSと臨床診断された127例のうち112例でDADを認めたものの、DAD以外の病理診断としては肺炎が最も多く、その他肺出血、肺塞栓、肺水腫、化学療法後の間質線維化がみられたという報告(Ann Intern Med 2004; 141: 440-445)がある。上述のようにARDSの診断基準が感染症などを排除するものでないことを考えれば、これらの結果も驚くにはあたらないだろう。とはいえ、実地臨床上では感染症の鑑別は必須である。レジオネラ肺炎は当然としても、意外に念頭にないのが粟粒結核だろう(日呼吸会誌 2007; 45: 874-878)。

そして、BOOPなど器質化肺炎(organizing pneumonia;OP)と器質化期のDADでポリープ型気腔内線維化の目立つものとは時に鑑別が困難である(日呼吸会誌 2004; 42: 37-42)、というような病理診断の精度の問題を考慮に入れる必要はあるものの、急速進行性の間質性肺炎に限ってもすべて病理学的にDADを呈するわけではなく、NSIP (nonspecific interstitial pneumonia 非特異性間質性肺炎)パターンやBOOPパターンを呈することもあるという(日呼吸会誌 2004; 42: 23-27)。

これらの議論を踏まえれば、ARDSの診断基準を満たしていてもそれで満足すべきではなく、さらに鑑別を進めなければならないのは自明だろう。現行のALI/ARDS診断基準には治療反応性や予後がまったく異なる種々の疾患が含まれてしまうのだ。このことの注意をうながす立場から、それらのびまん性肺疾患を“Imitators of the ARDS”と呼び、AIP (acute interstitial pneumonia 急性間質性肺炎)、AEP (acute eosinophilic pneumonia 急性好酸球性肺炎)、acute BOOP、びまん性肺胞出血、acute HP (hypersensitivity pneumonitis 過敏性肺臓炎)が記載されていたり(Chest 2004, 125, 1530-1535)、また“ARDSの原因”としてDAD、infectious pneumonia、BOOP、Hemorrhage (capillaritis)、pulmonary edema、AEP、Emboli (thromboemboli、fat、foreign material、tumor)、bronchioloalveolar carcinoma、pulmonary alveolar proteinosis、acute transplant rejectionが列挙されていたりする(N Engl J Med 2003; 348: 1902-1912)。つまり、ここにはARDSに関する臨床診断と病理診断を直ちに同一視することなく検証を怠らない姿勢があるのだ。

逆に、DADの病理組織所見に臨床的に対応するものもARDSのみとは限らない。AIPやIPF(idiopathic pulmonary fibrosis特発性肺線維症)・膠原病肺(RA、SLE、PM/DMなど)の急性増悪でもみられるものだ。このAIPは以前Hamman-Rich症候群と呼ばれたもので、DADに類似の病態であるとされるが、特発性(誘因・基礎疾患がない)であり、硝子膜形成が軽い点(臨床医 1998; 24: 2372-2377)、また臨床的には多臓器障害が少ない点(日呼吸会誌 2007, 45, 237-242)が異なるという。またDADをきたす原因として、膠原病(RA、SLE、DM/PM)、肝硬変、ショック、低酸素症のエピソード、外傷、敗血症、慢性閉塞性肺疾患、放射線療法、薬剤、吸入歴(防水スプレー、浴室洗剤、イソシアネートなど)を記載する総説もある(日呼吸会誌 2004; 42: 43-48)。その他、急性好酸球性肺炎でも間質および肺胞領域の著明な好酸球浸潤に加え、急性あるいは器質化期のDAD所見が見られることが指摘されている(Am J Respir Crit Care Med 1997; 155: 296-302)。ただし、人工呼吸管理を要した症例では、ventilator-induced lung injury (VILI)の結果としてDADを呈している(Am J Respir Crit Care Med1999, 160, 2118-2124)可能性に注意が必要だろう。 (2009.4.1)