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やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

誤嚥と肺線維症

2013年12月09日 04時48分51秒 | びまん性肺疾患
日常臨床で誤嚥を繰り返す症例への対応に苦労することが少なくない。嚥下性肺炎はその代表的なものと言えるけれども、肺浸潤影や結節影の原因としての誤嚥は想像以上にしばしば過小評価されているようだ(Am J Surg Pathol 2007; 31: 752-759)。胃食道逆流(GER)が慢性咳嗽、喉頭炎、気管支喘息、胸痛など食道を超えた領域の疾患にまで関与しているというのはもはやよく知られたことであり、その病態の重要な部分を占めているのも誤嚥である(Swiss Med Wkly 2012; 142: w13544)。ともすれば専門医から忌避され、結果的に総合診療医が苦慮していることの多い誤嚥なのだが、一般に認識されている以上に様々な疾患・病態に関わっている。ここに述べる特発性肺線維症(IPF)もその一つとして最近注目を集めているのだ。

IPFはその定義により原因が明らかでないものとされているとはいえ、喫煙や木材・金属粉塵、慢性ウイルス感染、抗うつ薬等の薬剤、遺伝要因などとの関連が示唆されてきた。慢性のMicroaspirationについても、IPFの発現や自然経過に何らかの役割を果たしている可能性が指摘されたのはそれほど新しいことではない(Thorax 2009; 64: 167-173)。しかしながら、それを直接証明するのは難しく、代わりにMicroaspirationのリスク因子と想定されるGERとの関連に焦点が当てられてきたのである。

たとえば、24時間食道pHモニタリングによる検討ではIPF患者30人のうち20人(67%)がGERを有していた(J Thorac Cardiovasc Surg 2007; 133: 1078-1084)。同様に連続65例のIPF患者を対象とした前向きの研究においても87%もの高い頻度でGERが検出され、対照群のGER症状を有する不応性喘息患者133例と比較しても有意に多かった(Eur Respir J 2006; 27: 136-142)。逆にGERを有する患者を評価したところやはり肺線維症を有する頻度が高く(Age Ageing 1992; 21: 250-255)、米国退役軍人20万人以上におけるcase control studyでは、びらん性食道炎の患者はそうでない患者に比較して肺線維症が多く、OR(odds ratio)は1.36であったという(Gastroenterology 1997; 113: 755-760)。 

IPFとGERに何らかの関連が疑われるとしても、GERがそのままMicroaspirationの存在を保証するものではない以上、誤嚥の寄与についてさらなる評価が要求されるのは当然だ(Am J Med 2010; 123: 304-311)。肺シンチクラフィー検査を用いた検討では、健常成人においても約半数が少量ながら口腔咽頭内容物を誤嚥していた(Chest 1997; 111: 1266-1272)。また、24時間pHモニタリングがGER診断のgold standardとみなされてはいるものの、そもそもpHの変化では捉えきれないGERもある。そこで誤嚥のより直接的な指標としてBALF中胆汁酸塩を用いた研究も行われているようだ。IPFではないが、肺移植を受けた50人の患者を前向きに調査した研究によれば、BOS(bronchiolitis obliterans syndrome)は術後早い時期でのBALF中胆汁酸塩が高かった例に多く発症していたという(Am J Transplant 2006; 6: 1930-1938)。

そして驚くべきことに、GERを治療することによってIPFの自然経過に好ましい効果が得られる可能性さえ報告されているのだ。GERを有する新規診断IPF患者でGER治療(PPIと必要に応じて噴門形成術を行った)のみを選択した4名を2~6年観察した後ろ向きの研究がある(Chest 2006; 129: 794-800)。肺機能検査データは適切に治療されている期間は安定ないし改善しており、急性増悪や呼吸器の問題に対する治療を必要としなかった。1名は5年目に毎日の治療に対するコンプライアンスが不良となったことに関連して悪化し、その他のもう一人の患者もアドヒアランス不良に伴って悪化した後に治療を遵守することで再び安定したという。別の報告では、肺移植待機患者149名のうち、重篤なGERに対しNissen法による腹腔鏡下噴門形成術を施行されたIPF患者14名は平均15か月のフォローアップ期間中に肺機能の低下はなく、6分間歩行による運動機能も保たれ、酸素の必要量も安定していたのに対し、噴門形成術を施行されなかった移植待機IPF患者31名においては酸素の必要量が有意に増えたとされている(J Thorac Cardiovasc Surg 2006; 131: 438-446)。やはり後ろ向きに同定されたIPF患者204名のコホートを対象に回帰分析を行ったところ、GER治療の実施がより長い生存時間の独立した予測因子であり、しかも、画像上の線維化スコアが低いことと関連していた(Am J Respir Crit Care Med 2011; 184: 1390-1394)。

ここで見てきたように、GERに続発した慢性的なMicroaspirationがIPFの成立や進行に寄与していることを示唆するエビデンスが蓄積されつつある。IPFでときにみられる急性増悪もMicroaspirationが関わっているかもしれない(Am J Respir Crit Care Med 2007; 176: 636-643)。しかしながらこれまでのところ、このことを確認する大規模前向き試験はまだ行われていないようだ。誤嚥が関係しているにしても、そこには咳嗽反射やMucociliary clearance、免疫機能などの生体側の反応はもちろんのこと、誤嚥したものの性状や量、誤嚥の頻度など数多くの因子が絡み合っているに違いない。それでも、有効な治療法が限られ予後不良とされるIPFのなかに抗GER治療によって利益が得られるsubsetが存在するかもしれないのである。これからも一つひとつ解きほぐしていく作業が続けられていくことだろう。 (2013.12.9)

上葉優位の線維化病変

2013年03月11日 04時51分28秒 | びまん性肺疾患
X線が発見されたのは19世紀も末のことだったが、臨床への応用はそれから間もなく始まったという。以来、呼吸器診療において胸部X線写真は欠くことのできないものとなった。多数例の観察から帰納的に見出された画像パターンが診断に役立つのはもちろんのこと、多少なりとも病理所見を反映したそれは疾患の成立過程や病因への手がかりをも与えてくれる。画像診断学の領域はあまりにも奥深く、片手間に極めることなどとうていできるはずもないが、実地医家をも惹きつけてやまないのである。その仕方はそれぞれの心の赴くところ千差万別であるとはいえ、専門雑誌に掲載されているような希少な疾患の特異な所見にそそられることはない。むしろ、ごくありふれた陰影のなかに何かが見えてくるかもしれないと思えば、心躍らされずにはいられないのだ。

Pulmonary apical cap(PAC)は胸部単純X線写真における、肺尖部の胸膜に沿った曲線状の軟部陰影と定義される。そのほとんどは厚さ5mm以下でその下縁は辺縁明瞭でなめらか、ないしうねった形状を呈する(Fraser and Pare’s Diagnosis of Diseases of the Chest 4th ed. Saunders 1999)。連続183の剖検肺のうち48例にみられたとの報告があり、とくに高齢者に多く、また高齢であるほど大きいことから、老化に伴う非特異的な胸膜下の瘢痕化の結果、肺尖部の胸膜肥厚をきたしたものとされる(Am J Pathol 1970; 60: 205-216)。その組織は肺実質における局在化した慢性間質性炎症・線維化で、胸膜に変化はないという。病的な意義に乏しいとみなされるものがそのほとんどを占めるとはいえ、画像上PACの範疇に入ってくるのはそればかりではない。炎症性ないし感染性の病変(結核や頚部から進展してきた胸膜外の膿瘍など)、放射線治療による線維化、腫瘍(リンパ腫、癌、中皮腫など)、外傷性(血管破裂や骨折による出血など)、血管、mediastinal lipomatosis、など多様である(Am J Roentgenol 1981; 137: 299-306)。とりわけ腫瘍性病変との鑑別はしばしば問題になるところだろう(Am J Surg Pathol 2001; 25: 679-683、Ann Thorac Cardiovasc Surg 2010; 16: 122-124)。とくに、片側性あるいは両側性の場合でも5mm以上の差がある、局所的に膨隆している、経時的に拡大している、例では慎重な評価が必要である。

このPACと類似した所見を呈し、時に鑑別を要するとも言われるのがidiopathic pleuroparenchymal fibroelastosis(IPPFE)である。病理学的には、上葉優位に臓側胸膜の強い線維化と胸膜下の顕著で均一なfibroelastosisを認め、胸膜から離れた肺実質には病変がみられず、また軽度で斑状のリンパ球・組織球浸潤、さらに線維化のleading edgeに少数のfibroblastic fociをみる、といった特徴を示す(Chest 2004; 126: 2007-2013)。従来の特発性間質性肺炎のいずれにも分類できず、間質性肺疾患の新しい臨床病理学的疾患単位として提唱されたものだ(Respir Res 2011; 12: 111)。

臨床的には、息切れや乾性咳嗽を初発症状とし、胸部X線写真では肺尖部胸膜の顕著な肥厚を認める。CTでも同様に、上葉を主体とした胸膜の著明な肥厚と線維化を伴う容量減少が認められるという(BMC Pulm Med 2012; 12: 72)。そして、ごく最近の研究によれば、従来認識されていた以上に病変が広がっている可能性も指摘されているようだ。胸膜から離れた肺実質には病変がないとしたオリジナルの報告とは異なり、主病変から離れた部位にも稀ならず線維化巣が存在し、さらに下葉にも軽度ではあるがpleuroparenchymal fibroelastosisの所見を認め、UIPや過敏性肺臓炎など他のパターンを伴う例も少なくないという(Eur Respir J 2012; 40: 377-385)。

その発症機序については不明であると言わざるを得ないものの、反復する肺感染との関連、また非特異的な自己抗体の陽性例や間質性肺疾患の家族歴を有する例など遺伝ないし自己免疫的なメカニズムの関与を示唆するものがある(Eur Respir J 2012; 40: 377-385)。興味深いことに、骨髄移植後に発症した例もあるようだ(Mod Pathol 2011; 24: 1633-1639)。

ここに述べてきたものを含め、上葉優位に陰影が広がるものに対しては特別な注意が払われてきた。言うまでもなく、間質性肺疾患は下肺野を病変の主座とすることが多いためである。特異な発症要因の存在が予想されるけれども、たとえばPulmonary apical fibrocystic diseaseというカテゴリーにしても特異的な病因を探る試みはたいした成果もないまま忘れ去られようとしているようだ(Eur J Respir Dis 1981; 62: 46-55)。結果、残されたのは鑑別診断上の意義にとどまり、実際、教科書を開けば上葉優位に分布する疾患としてサルコイドーシスや珪肺症、Langerhans cell histiocytosis、慢性過敏性肺臓炎、関節リウマチや強直性脊椎炎関連肺病変などが挙げられている。つまり特発性のものは極めてまれとされているのだが、IPPFEはそのような状況のなかで新たな視点から提唱されたものといえるだろう。その一方で、この日本においても特発性上葉限局型肺線維症idiopathic pulmonary upper lobe fibrosis(IPUF)という概念が提唱されて久しい(呼吸 1992; 11: 693-699)。国内ではそれなりに症例が集積しており、その特徴的な臨床像も浮かび上がっているのだが、残念ながら国際誌に発表されていないために、その他の概念との異同など十分な議論の対象とさえなっていないのだ。医学の発展に寄与すべき研究者であれば、この“異常”事態を放置しておいてよいとは思われないのである。 (2013.3.11)

ALI/ARDSとCapillary leak syndrome

2010年12月13日 04時56分11秒 | びまん性肺疾患
文献を一文字ずつ追いながらも、ページ一枚めくるのにも疲労を覚え、苦痛さえ感じるようになった。それは体力の低下によるばかりではないのだろう。すでに脳には老化に伴う変化がかなり蓄積しているはずなのだ。既視感に似た感覚にたびたび襲われるのも、記憶力の衰えを反映した現象であるに違いない。けれども、多くの疾患でその病態、とりわけサイトカインや細胞内シグナル伝達などの分子の絡みあいは、部分的にしろ共有されており、しばしば混乱させられるのもまた事実である。

ALI/ARDSとCapillary leak syndrome(CLS)にしても、その核にある概念は驚くほど似通っている。前者は言うまでもなく、肺胞領域の非特異的炎症による透過性亢進型肺水腫であるとみなされているのに対し(ALI/ARDS診療のためのガイドライン 第2版、日本呼吸器学会、2010年)、後者も血管内皮バリア機能不全を特徴とする多臓器疾患とされているのだ(Ann Intern Med 2010; 153: 90-98)。ではこの両者を区別するのは侵される臓器の違いにすぎないのかと思われるかもしれないが、話はそう単純でない。ARDSでの死亡には呼吸不全というよりむしろしばしば多臓器不全が寄与している。つまり、その原因となりうる基礎疾患は直接・間接に肺を損傷するのと同様、他臓器にも少なからず傷害を与えているのだ。一方、肺を震源とする傷害が全身血管に波及しうることを示す報告もある(Am J Respir Crit Care Med 2003; 167: 1627-1632)。そうであるとするなら、ALI/ARDSも多臓器疾患の一部分症としてとらえなければならず、CLSとの関連について今一度整理する意義があるだろうと思う。

ごくありふれた虚血などによる局所的血管透過性亢進とは異なり、CLSは上述のように、基本的に全身性の反応を表すもので、とくにSystemic capillary leak syndromeと呼ぶこともある。診断には心疾患やアナフィラキシーなど他疾患の除外を要するものの(Ann Intern Med 2010; 153: 90-98)、典型例では血管内volumeの70%ともいわれるほど多量の血漿成分が血管外に漏出することによる浮腫とhypovolemic shockをきたし、血液検査にて血液濃縮(ヘマトクリット値がしばしば60%以上になる)と低アルブミン血症を伴うのが特徴である(Intern Med 2007; 46: 899-904)。基礎疾患としてしばしばみられるのは敗血症、膵炎、外傷など、ALI/ARDSと共通するものもあるけれども、そればかりではなく薬剤(IL-2、IL-4、TNF、GM-CSF、G-CSF、IFN、gemcitabineなど)や幹細胞移植後、リンパ腫などの悪性腫瘍、血球貪食症候群、systemic mastocytosis、CO中毒、C1 esterase欠損によるhereditary angioedema、分娩後など様々な疾患に合併しているようだ(Ann Hematol 2005; 84: 89-94、Curr Opin Hematol 2008; 15: 243-249、Intern Med 2007; 46: 899-904)。

これらに加えて、基礎疾患が明らかでないIdiopathic systemic capillary leak syndrome(Clarkson’s disease)もあり、単にCLSといえばこちらのほうを指すことも多い。118例のまとめによれば、発症年齢中央値は45歳(5か月~74歳)、57%が男性であった(Ann Intern Med 2010; 153: 90-98)。時にインフルエンザ様症状や消火器症状などの前兆を伴い、低血圧/ショックが急激に発症する。浮腫が躯幹や四肢にみられるものの、体腔液の貯留はないのが普通だ。筋のcompartment syndromeや横紋筋融解症にいたるものがあり、静脈血栓塞栓症、臓器不全を合併した症例もある。幸いにも、これらの諸症候をもたらす透過性亢進は一過性で、1~3日のうちに急速に回復する。とはいえ、それを乗り切ったとしても、今度は組織間液が循環中に回収されることによるvolume overloadから肺水腫をきたし、これが致命的になることもまれではない。このような急性のエピソードを20年に一度から3~4日毎に繰り返すのが大部分であるけれども、少数ながら反復を認めない慢性型も存在しているようだ。意外なことに予後は比較的良好で、1990年以降の報告例では5年生存が70%程度であったという(Intern Med 2007; 46: 899-904)。

このような激烈な血管透過性亢進をもたらす機序は、その発生がきわめてまれなこともあり、ほとんど明らかになっていない。この点、ALI/ARDSの病態が詳細に検討されているのとは対照的である(Vascul Pharmacol 2008; 49: 119-133)。血液検査では約8割にMGUS(monoclonal gammopathy of undetermined significance)を伴い病態への関与が疑われるものの、結論には至っていない。免疫染色を含む組織所見で単核球浸潤を認めることがあるけれども、明らかな異常をみないことも多く、免疫グロブリンや補体の沈着もみられない。電顕でも血管内皮の障害は認められなかったという。

このように、その概念に重なるところの多いALI/ARDSとCLSではあるが、基礎疾患、臨床症状、検査所見など無視できないほどの違いがあると言わざるをえない。話を肺水腫に限っても、CLSにおけるそれは上述したように、血管透過性亢進が回復したあとの循環血液量負荷に由来するものとみなされている。IL-2投与に伴うCLSでは血管内皮の透過性は亢進するものの、肺胞上皮傷害はきたさないため、結果として起こる肺水腫もほとんど間質に限られることがALI/ARDSと決定的に異なるところで、ゆえに低酸素血症はほとんどなく急速に改善するのだと説明するものもある(J Thorac Imaging 1998; 13: 147-171)。いずれにせよ、現状では両者を同一視するのは困難だ。

しかしながら、この両者がどこかでつながっているのではないかという考えは、想像をおおいにかきたててやまない。簡単に捨て去ってしまうにはあまりにも魅力的で、もしかしたら、いつの日かミッシング・リンクが解き明かされることだってあるかもしれないとも思う。耄碌しかかった野良医者には仮定に仮定を接いで物語を紡いでいくくらいしかできないけれども、英国の医師アーサー・コナン・ドイル氏なら、そこにいかに巧妙なトリックが隠されていようとも、鮮やかに解決してくれるような気がするのである (2010.12.13)

癌と間質性肺疾患など

2009年11月24日 05時12分15秒 | びまん性肺疾患
たとえたいした検査や治療を必要とせず平凡な結果しか表出していないとしても、そこに至る思考過程にはしばしば周辺情報を含む膨大な知識が絡んでいるものだ。しかしながら外見で判断されるのが人の世の常、くたびれた格好の田舎医者が尊敬の対象となるはずもない。それはさておき、たとえば肺癌症例にコンソリデーションやすりガラス影を認めた場合、質的診断に難渋するのはままある話だ。たまたまgefitinibを投与中だからといって、短絡的に薬剤性肺炎と決めつけてしまうようなことはないにしても、患者にこれ以上の苦痛を強いることに躊躇し、しばしば限られた情報から病態を検討せざるを得ないこととなる。当然それはピースの欠けたパズルのようなもので、学会という大舞台に華々しく発表することをあきらめることになるのだが、それが自分なりの矜持だとひそかに誇っているのである。

診断を確定できない場合でも経験のある臨床医はさまざまな可能性の中から病態をしぼり込み、最善を尽くそうとするに違いない。上記の陰影の鑑別としてまず挙げるべきは癌自体によるものだろう。その典型はBronchioalveolar carcinoma (BAC)で、しばしば言及されるように肺炎様の陰影を呈する。しかも急速に進行するものがあり、念頭になければ診断できない(日呼吸会誌 2009; 47: 652-657)。ここまでは肺癌組織型の画像診断における常識だが、肺野型扁平上皮癌でも肺胞構造を維持しつつ肺胞基底膜に沿って進展するタイプのあることが指摘されており、刮目に値する(肺癌 1990; 30: 963-973)。
とはいえ、実際の頻度からいえば肺癌の間接所見としてみられるものの方が多い。気道閉塞や胸水貯留による閉塞性肺炎・無気肺は容易に診断可能だ。一方で、横隔神経麻痺などによる肺膨張障害ないしそれに伴う無気肺によってすりガラス影を呈することは稀でないにもかかわらず、案外忘却されているのではないだろうか。吸気不十分で不適切に撮像されたために、あたかもすりガラスのように見えるのは評価以前の問題である。画像の質を維持するには放射線技師の寄与する部分が大きいことを改めて銘記したい。やや特殊な例だが、肺梗塞やlipoid pneumonia(Jpn J Clin Oncol 1998; 28: 492-496)、さらに中枢リンパ節転移によるリンパ管うっ滞・うっ血による限局性肺水腫が原因と推測されたものも報告されている(肺癌 2006; 46: 823-827)。

ところで、癌組織は癌細胞のみから成り立っているのではない。当たり前のようだが多かれ少なかれ、腫瘍間質も重要な一部分を占めており、近頃は単に支持組織としての役割のみならず癌細胞の増殖にも深く関わっていることが注目されている(Lung Cancer 2004; 45 suppl. 2: S163-S175)。この腫瘍間質の中や周辺組織に急性ないし慢性の炎症性変化をみることがあり、間質反応stromal reactionという(病理学、第6版、医学書院、1995年)。これはさらに滲出性(細胞性)と増殖性(線維性)の二者に分けられ、後者を特にDesmoplastic reaction(線維形成性間質反応、間質線維化反応)と呼ぶことがある。
必ずしもここでいう間質反応ばかりではないが、小型肺野型扁平上皮癌28例の病理組織を検討したものによると、うち17例で腫瘍周囲に何らかの炎症性病変を認めたと報告されている(肺癌 1990; 30: 963-973)。その内訳はlipoid pneumonia 7例、腫瘍の角化物質の吸引による好中球の浸出を主体とする肺炎(通常ごく小範囲)4例、器質化/器質化肺炎6例、局所的間質性肺炎2例であった。この間質反応は臨床的にも無視できるものではなく、たとえば肺腺癌が画像上一過性に縮小することがあるのは線維化のためであるし、癌性リンパ管症の胸部単純X線所見において、Kerley A、B lineとして認められる陰影にリンパ管そのものが寄与する程度は少なく、周囲の線維性反応と細胞浸潤によるところが大きいとされている(Thorax 1964; 19: 251-260)など、画像診断にも影響を与える因子である。

また悪性腫瘍の周囲や局所リンパ節内に類上皮肉芽腫を形成することがある。サルコイド様反応と呼ばれ、思いのほか広範に広がる例もあるようだ(Radiology 1996; 200: 255-261)。腫瘍の代謝産物や崩壊した際の分解産物などがT細胞を活性化することによるとも言われているが、詳細は不明である(日呼吸会誌 2008; 46: 889-893)。
同様なものとしてBOOP reactionも知られており、これは腫瘍の周囲に器質化肺炎が見られるものである(肺癌 1998; 38: 69-73)。経気道転移により広範な肺胞性陰影を示した粘液非産生性肺腺癌症例で、コンソリデーションの1/3未満が器質化肺炎であったとの報告がある(肺癌 2002; 42: 139-143)。

さらに驚くべきことに、腫瘍と直接関連しない部位にも器質化肺炎(日呼吸会誌 2002; 40: 827-831、日呼吸会誌 2008; 46: 853-857)などの間質性肺炎を合併した報告が散見され、肺癌から産生された何らかのサイトカインの関与が推測されているが推測の域を出ない。それでもNSIP(nonspecific interstitial pneumonia)の合併を報告した文献では一種の腫瘍随伴症候群とまで述べられている(Intern Med 2004; 43: 721-726)。肺癌症例でPR3-ANCA陽性の腫瘍随伴性血管炎を合併したとするものもあり(日呼吸会誌 2006; 44: 139-143)、腫瘍の影響は予想以上に大きいのかもしれない。

放射線照射例では当然のことながら放射線肺臓炎(recall現象を含む)の可能性について十分に検討すべきである。また、ただし、この場合も通常みられる放射線肺臓炎ではなく、組織学的に器質化肺炎があり得ること(Chest 1990; 97: 1243-1244)、また照射野外に発現した器質化肺炎の報告がある(日呼吸会誌 2001; 39: 683-688)。

間質性肺炎、特に特発性肺線維症に肺癌を合併しやすいことは確立された事実である(Eur Respir J 2001; 17: 1216-1219)。今回はそれとは逆に、肺癌に間質性肺疾患を合併しうることを紹介した。だが、現時点では症例報告レベルの話に過ぎず科学的に議論できる段階でさえないことを認識しておくべきだ。しかもヒュームが指摘しているように、いくら事実を積み重ねてもそれだけで真理をすくい取ることなどできるはずもない。そうは言うものの知的想像力を喚起するテーマであるには違いなく、たとえ虚構の世界でもしばし現実を忘れることができるならば、それ以上は余分だとさえ思えるのである。 (2009.11.24)

肺胞出血

2009年11月09日 05時34分32秒 | びまん性肺疾患
脳出血や消化管出血なら非専門医でもしばしば遭遇し、診断に難渋することもあまりないだろう。だが、肺胞出血については実は呼吸器専門医でさえそれほどなじみのあるものではない。事象そのものは単純明快で、文字通り肺胞腔内に出血しているものだ。しかし容易に想像されるように単一の疾患ではなく、治療法や予後を異にする様々な病態を含む。従って、実際の診療にあたっては肺胞出血の診断のみならず基礎疾患の確認も必須で、総合的な臨床能力が要求される症候群である。

まず免疫学的機序によるものと、免疫学的機序によらないものとに大きく分けると考えやすいだろう。順序としては後者(免疫学的機序によらないもの)を鑑別することから始めるのがよいと思う。ここに含まれるものとしては、腫瘍、動静脈奇形、肺炎、気管気管支炎、気管支拡張症、心不全、尿毒症、血小板減少症、凝固機能異常、肺塞栓などがあり、現代日本では滅多にお目にかからないが壊血病に合併した報告もある(日呼吸会誌 2002; 40: 941-944)。これだけでも一瞥して多種多様な疾患が含まれているのがわかる。診断に際しては病歴、臨床所見、止血・凝固所見、その他の補助的検査(心エコー、肺動脈造影、気管支鏡検査など)を適切に評価することが必要である。

一方、前者(免疫学的機序によるもの)は全身性壊死性血管炎(顕微鏡的多発血管炎やWegener肉芽腫症)が主なもので、その他、膠原病(SLEなど)やGoodpasture症候群、薬剤性(プロピルチオウラシル、チアマゾールなど、J Clin Endocrinol Metab 2009; 94: 2806-2811)が知られている。ここに分類されるものの多くは急速進行性糸球体腎炎(RPGN)を合併するのが特徴である。よって、肺胞出血症例では常に尿沈渣と腎機能を確認すべきとされ、異常を呈していれば腎生検を施行することが正当化される。蛇足ながら、血管炎症候群に含まれる疾患すべてが肺胞出血を合併するわけではないことを確認しておきたい(血管炎は多くの疾患を包含し、かつその概念も幾たびか変遷しているため、総合診療医にとって理解しにくい分野の一つと思う。簡明なレビューとして日本循環器学会ホームページに「血管炎症候群の診療ガイドライン」が公開されているので、一度目を通すことをお勧めする)。

これと重なる意味内容で教科書や研究論文にはしばしば、びまん性肺胞出血diffuse alveolar hemorrhageという名称が登場する。これは局所的な異常(気管支拡張症、悪性腫瘍、肺局所の感染症など)や気管支動脈系からの出血ではないことを強調する概念だ(Interstitial Lung disease 4th ed., BC Decker, 2003)。より病態に即して、肺の微小血管系(肺胞毛細血管、細動脈、細静脈)の傷害により肺胞内に出血したものと記述する総説もある(Clin Chest Med 2004; 25: 583-592)。従って、ワーファリンなど抗凝固療法によるもの(Chest 1992; 102: 1301-1302)など、様々なメカニズムによるものが含まれることを認識しておくべきではあるが、免疫学的機序の関与する疾患がその主要な部分を占めるのは間違いない。生検で確認されたびまん性肺胞出血34例のretrospectiveな検討によると最も多いのは疑い例も含めたWegener肉芽腫症11例(32%)であったという(Am J Surg Pathol 1990; 14: 1112-1125)。ただし日本ではANCA関連血管炎に占める割合はWegener肉芽腫症より顕微鏡的多発血管炎のほうが多いことが知られており、欧米とは異なっている(血管炎症候群の診療ガイドライン;日本リウマチ学会などによる合同研究班、日本循環器学会ホームページ、2008年)。膠原病のなかではSLEに伴うものが多く(Arch Intern Med 1981; 141: 201-203、Medicine 1997; 76: 192-202)、少数ながらPSS(Thorax 1990; 45: 903-904)やRAに合併したものも報告されている。

それぞれの疾患ごとに様々な修飾を受けるにせよ、肺胞出血の四主徴は喀血、貧血、びまん性浸潤影、呼吸不全とされる。もちろん、これらすべてがそろうとは限らず、特に重症例であっても喀血を認めない例がまれならずあることに注意を要する(日呼吸会誌 1998; 36: 1017-1022)。また、胸部X線・CT所見は両側のびまん性肺胞性陰影が典型的であるものの、限局性・片側性のこともあり、画像所見のみで診断するのは困難である。出血が止まっていれば陰影は24~72時間以内に急速に改善ないし消失する。いずれも特異的所見に乏しく、特に貧血のある例では肺胞出血の可能性を念頭に置くことが診断には重要だろう(Clin Chest Med 2004; 25: 583-592)。さらに気管支鏡検査を行い、肉眼的に血性のBALF(気管支肺胞洗浄液)を認めるか、多数のヘモジデリン含有マクロファージの存在を確認できれば、肺胞出血が強く示唆される。なお、ヘモジデリンは出血後少なくとも48時間経過してからみられるもので、その存在は生検などの操作に伴う出血ではないと判断するのに役立つ。気管支鏡検査は感染症など他の疾患の鑑別にも有用であることは言うまでもない。

さらに基礎疾患を同定するためには、詳細な病歴・服薬・職業歴の聴取に加え、眼部(episcleritisやretinal vasculitisの有無)・鼻咽頭部(鼻中隔びらんや鞍鼻変形の有無)の評価が必要だ。血清学的検査としてはANCAや抗基底膜抗体、さらに膠原病関連のマーカー(抗核抗体や抗リン脂質抗体など)が用いられる。肺生検(気管支鏡下、開胸下)の意義については議論のあるところであるが、一定のリスクを冒しても得られた組織所見は非特異的で基礎疾患を確定することができないことが多く、肺組織の免疫染色の手技的な困難さもあり否定的見解が多い。病理学的にはcapillaritisがしばしばみられ(Am J Surg Pathol 1990; 14: 1112-1125)、全身性血管炎のマーカーとして記述されたこともあったが、その後、膠原病や抗糸球体基底膜抗体病、薬剤性などの疾患にもみられうることが明らかとなった(Fishman’s Pulmonary Diseases and Disorders 3rd ed. McBraw-Hill, 1998)。そのため、上述のように尿異常や腎機能異常を有する症例ではむしろ経皮的腎生検が勧められ、免疫蛍光染色でそれぞれの疾患に特徴的な所見を得ることができる。

喀血という事象は多くの人にとってとりわけ不安感を刺激するものだろう。医師として日常的に対応していても、この自分に起こった時に冷静でいられる自信はない。西洋医学の導入が始まって間もない頃、最期の数年は上体を起こすこともできぬ状態で闘病することを余儀なくされた若き歌人がいた。初めて喀血した時、彼がこれをどのように受け止めたのか知らないが、これを機に彼は子規と号し、後の世まで知られる存在になったのである。ここには死に直面しながら自己を磨き上げることのできた人間がいる。しかし、これはおそらく決して稀有な例ではなく、あえて顕示することもなく、それぞれの仕方で病と向きあっている無名の多くの人がいる。私はそのような人々の杖となる存在でありたいと思う。 (2009.11.9)