やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

放射線検査による医療被曝

2011年07月11日 04時41分04秒 | 医学・医療総論
現代医学によってもたらされた成果のうち少なからぬ部分は検査手段の発達に負うのではないだろうか。とりわけ画像検査の進歩には刮目すべきものがあり、結果、日本における年間CT検査数は1989年から2000年にかけて約3倍に急増し、いつの間にか世界のなかでも突出したCT保有台数を誇るに至った。そしていまや患者の側も画像がなければ医師の言葉を信じようとしなくなったのである。ところが、それとは裏表の間柄にあるはずの医療被曝についてはこれまでまったくと言っていいほど無頓着であった。リスクなどないに等しいと無邪気に信じ、検査対象の拡大が図られてきたのだ。被曝のリスクに対する一般社会の懸念が高まっている今、一度振り返っておくのは意味のあることだろう。

それには診断目的の画像検査による患者被曝量がいったいどの程度なのかをまず確認しておかなければならない。胸部X線検査は吸収線量としておおよそ0.01mGyから0.15mGy、胸部CT検査ではそれよりはるかに大きく10~20mGyにもなるという。これを放射線の種類による人体への作用の違いを加味し、さらに全身に対する影響を総合した実効線量で表現すれば約8mSvだ。とはいえ、これらは機器や検査方法などの条件に左右され、施設間で想像以上に差が生じていることも無視できない。それでも50Gyとか60Gyを照射する放射線治療に比べればごくわずかであるようにも感じられる。この程度の被曝ではたしてどのような影響があるのか、実は専門家の間でも意見が分かれているようなのである。

放射線による生体影響は確定的影響と確率的影響とにわけて考えられることが多い(CT検診 2009; 16: 165-170)。前者は比較的高線量(およそ1000mGy以上)の被曝後数時間から数週間でみられるもので、リンパ球数の減少や不妊、脱毛、下痢などが知られ、放射線肺臓炎もその一つである。放射線によって組織の機能を損なうほどの多くの細胞が死ぬことが原因で、しきい値の存在が特徴的だ。一方後者は、高線量はもちろん、200mGy以下の低線量でも発現しうるもので、顕在化するのに数年を要する。診断目的の放射線暴露で問題にされるのはこちらのほうで、遺伝子の突然変異や染色体異常により、被曝した本人の発癌やその子孫に遺伝的影響をもたらすというのだが、とくに低線量での生体への影響については充分な情報があるわけではなく、まさに百家争鳴の様相を呈している状況だ。しきい線量以下であれば発癌リスクはなく、むしろ発癌抑制効果さえ期待できるとするホルミシス仮説から、逆に線量あたりのリスクが高まるとする説まで提出されているのである。

CT検査集団を対象にした直接的な証拠が得られていない現状で、基本データとみなされているのは原爆生存者におけるものだ(日内会誌 1998; 87: 1706-1715)。それによれば、少なくとも200mSv以上で悪性腫瘍による過剰死亡が明らかで、しかも線量とともに直線的に増加し、とくに白血病の発現は固形癌より際だっていた(Radiat Res 1996; 146: 1-27)。さらに詳細に調べてみると35mSv程度のレベルから固形癌の発現が有意に多くみられているという(Br J Radiol 2008; 81: 362-378)。注目されるのは、この結果が15か国の原子力産業の労働者407391人のretrospectiveな調査においても一致していることで、全体の平均累積線量が19.4mSv、90%の労働者は50mSv未満であったが、Excess relative riskは白血病以外の癌について0.97 per Sv、CLLを除く白血病では1.93 per Svと有意に上昇していた(Br Med J 2005; 331: 77)。これらの結果を踏まえて、放射線防御を目的とした観点からもっとも適切なリスクモデルとされているのが、しきい値のない、線量が減少するにつれて直線的に確率的効果も減少するという、いわゆるlinear no-threshold(LNT)modelである(断層映像研究会雑誌 2007; 34: 48-60)。国際放射線防護委員会(ICRP)も基本的にこの立場を支持し、1Svの放射線に被曝した場合、生涯に癌で死亡する確率は5%程度増加すると試算しているのだ。

このモデルが正しいと仮定し、中等度の線量から低線量レベルへ直線的に外挿して発癌リスクを推計したところ、年間医療被曝がもっとも多い日本においては75歳までの累積発癌の3%以上に診断目的の放射線が寄与していると指摘された(Lancet 2004; 363: 345-351)。妥当性に問題がないわけではないけれども、日本では年間7587人が検査のために癌を発症しているというその結果は確かに衝撃的である(日本医学放射線学会ホームページ; “診断用X線による発がんリスク”の論文に関するコメント、2004年)。単純X線写真のようなごく少ない線量領域でのリスク評価は不確実性に満ちているものの、少なくとも、通常のCT検査のレベル(2~3回の検査で30~90mSv相当)については悪性腫瘍が増加することを示す直接的な疫学的証拠が存在しているのだ(N Engl J Med 2007; 357: 2277-2284)。とりわけ小児は成人に比べて発癌の感受性が明らかに高い(日臨内会誌 2009; 23: 532-544)。したがって画像検査を行うのであれば、それにともなう被曝量をできるだけ減らす努力が求められるとともに、発癌をはじめとするリスクを補って余りある、患者にとっての明瞭な利益があるのかが改めて問われることとなった。今のところ、症状を現に有している患者で、他の検査をもって代替できない場合には、医療被曝を正当化しうるというのが一般的な考え方である。一方で、無症状の集団に対するCTによるスクリーニングについては、そのリスクに見合うか否かの議論がはじまったばかりだ。近頃の薬剤のなかには薬剤性肺障害の早期発見のためと称して、定期的なCT検査の実施を推奨するものさえあるけれども、その根拠をぜひ明らかにしてほしいと思う。 (2011.7.11)