やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

ウイルスと市中肺炎

2014年11月03日 17時21分18秒 | 感染症
市中肺炎は多くの総合診療医にとって苦労させられる疾患の一つである。起炎菌を検出するための十分な検査を常に行えるとも限らず、しばしばエンピリックな治療に終始せざるを得ない。とはいえ、高度医療機関においてさえ起炎微生物が同定されるのは全体のせいぜい6割程度だ(Am Rev Respir Dis 1993; 148: 1418-1426、Chest 1998; 114: 1588-1593)。結果として、それらを踏まえた国内外のガイドラインは残りの約4割をほとんど無視する形となっている。その少なからぬ部分を占めるのはウイルスではないかと想像されてはいたものの、一般にその検出が容易ではないことや、そもそも治療薬剤が限られることもあって、大方の関心を惹いてこなかった。けれども、SARS(severe acute respiratory syndrome)やavian influenza A(H5N1)、2009 pandemic influenza A(H1N1)、そしてMERS(Middle East respiratory syndrome)とグローバル化した世界にあっては他人事として片づけられない脅威が相次ぎ、呼吸器ウイルスの役割に改めて目が向けられている状況だ。

近年ではPCR法のような核酸増幅アッセイが進歩し、ウイルス検出能は格段に改善しているらしい(Clin Infect Dis 2005; 41: 345-351)。これらの方法も用いて再評価した結果、市中肺炎症例のおよそ3分の1程度にウイルスが寄与しているといわれている(BMC Pulm Med 2014; 14: 144、Chest 2010; 138: 811-816、Curr Opin Infect Dis 2009; 22: 143-147)。しかも、これは医療・介護関連肺炎においても同様であったという(Am J Respir Crit Care Med 2012; 186: 325-332)。その頻度は季節や流行状況に左右されるとはいえ、市中肺炎ではインフルエンザウイルスやライノウイルス、パラインフルエンザウイルス、ヒトメタニューモウイルス、アデノウイルス、ヒトコロナウイルス等々が検出されている。ライノウイルスは従来、感冒の原因としてはよく知られていたものの、最近になって下気道感染へのかかわりを示すエビデンスが増えているようだ(Am J Respir Crit Care Med 2012; 186: 325-332)。小児における肺炎や細気管支炎、また、喘息やCOPDなどを有する患者での増悪、さらにはnursing home居住者における肺炎その他の重篤な呼吸器疾患のアウトブレイクに関連することが指摘されている。一方で、ライノウイルスRNAは無症候の高齢者でも上気道検体の3%から検出されるなど(BMJ 1996; 313: 1119-1123)、健常者において検出される呼吸器ウイルスの頻度は市中肺炎患者におけるそれよりも有意に低いとはいえゼロではなかったという(Chest 2010; 138: 811-816)。鼻咽頭の検体からウイルスを検出したとしても、それがどの程度下気道感染を反映するのかさらに検討が必要だろう。

ウイルスが肺炎発症に寄与するにしても、そこにはしばしば細菌感染を伴っていることが示されている。とすれば、それぞれがどのように関わっているのかは解明されるべき重要なテーマであるに違いない(Infect Dis Clin North Am 2013; 27: 157-175)。市中肺炎においては従来、複数の起炎微生物による重複感染は例外的なものとみなされていた(Pneumonia Essentials 3rd ed. Physician’s Press 2010)。多くの呼吸器ウイルスは単独で下気道粘膜に浸潤し、複製されうることを示す証拠が増えつつある一方で、細菌感染リスクを上昇させることも知られている(Expert Rev Respir Med 2010; 4: 221-228)。ウイルス感染と肺炎球菌感染には相関がみられ、呼吸器ウイルス感染が細菌性肺炎に先行する例も少なくない(Clin Infect Dis 1996; 22: 100-106、Clin Microbiol Rev 2006; 19: 571-582)。インフルエンザと細菌性肺炎の合併は広く認識されており、その機序としてインフルエンザウイルスが好中球機能を抑制することなどが明らかにされている(Am J Respir Crit Care Med 2000; 161: 718-722)。ウイルスと細菌の混合感染はそれぞれの単独感染よりも強い炎症を引き起こし、臨床的にも重症化しやすくなることが懸念され(Scand J Infect Dis 2009; 41: 45-50)、実際、いまだエビデンスとして十分とは言えないものの、ライノウイルスと肺炎球菌の混合感染は重症化に関連するとの報告がある(Thorax 2008; 63: 42-48)。

ウイルス性肺炎を正しく診断することができれば抗生剤の適正使用の上からも大きな意味があるのは言うまでもない(J Infect 2014; 69: 507-515)。ところが、感染を確認するための簡便な検査が限られている上、臨床所見から予測することさえ必ずしも容易ではないのだ。ウイルス性肺炎や細菌性肺炎でみられる症候はきわめて多様で、しかも共通するところが多い。それなりに特異的とされる所見はいくつか報告されているものの、明瞭に区別できるほど信頼を置けるものではないようだ。ウイルス性肺炎患者でもっともよくみられる症候は39℃以上の発熱(66.7%)、倦怠感(64.6%)、膿性痰(52.1%)で(BMC Pulm Med 2014; 14: 144)、筋痛の存在は何らかの呼吸器ウイルスによる肺炎(OR 3.62)やインフルエンザ肺炎(OR 190.72)と関連していたとするもの(Thorax 2008; 63: 42-48)や、ウイルス感染例では非ウイルス感染例と比較して咽頭痛が有意に多かったとする報告(日呼吸会誌 2011; 49: 10-19)がある。

一方、画像所見がウイルス性肺炎と細菌性肺炎との鑑別に役立つかもしれない(日呼吸誌 2013; 2: 678-687)。季節性インフルエンザおよびH1N1インフルエンザやアデノウイルス肺炎では高頻度に小葉内網状陰影がみられ、それ以外のウイルスによるものでも同様な所見を呈するという。胸部X線で間質影をみた場合は一般にウイルス性で、肺胞性陰影は細菌性を示すものとされるけれども、前者のほとんど(90.3%)が両側に病変を伴っており、胸部X線パターンとして優勢にみられたのは、interstitial(43.1%)、peribronchial(37.5%)、alveolar(19.4%)で、胸水が存在したのは14例(19.4%)だったと報告されている(Am J Respir Crit Care Med 2012; 186: 325-332)。

CRPが10mg/dL以上なら80%以上の確率で細菌感染と判断できるとする文献もあるとはいえ、一般に白血球数やCRP値では十分な感度と特異度をもって鑑別することは難しいとされる(Curr Opin Infect Dis 2009; 22: 143-147)。マイコプラズマ感染症例の約50%で陽性になるとされ古くから用いられてきた寒冷凝集反応も特異性が高いものではなく、EBウイルス、サイトメガロウイルスなどのウイルス感染症やリンパ腫でも上昇する(Clin Infect Dis 1993; 17Suppl1: S79-82)。細菌感染発症後6~12時間以内に増加し、感染が制御されれば1日で半減するというプロカルシトニンは、肺炎症例で0.5 μg/L以上であれば細菌感染を支持し、繰り返し低値であれば細菌感染は否定的とされるけれども、肺炎の管理における正確な役割についてはいまだ議論されているところだ(Scand J Infect Dis 2014; 46: 787-791)。コミュニティーでのウイルス疾患の流行の存在や患者の年齢、発症の速さ、症状、バイオマーカー、画像、治療反応性、などから総合的に判断するしかなさそうだが、細菌性とウイルス性肺炎を明らかに鑑別するような臨床的アルゴリズムは存在しないのである(Lancet 2011; 377: 1264-1275)。

いままさに世界の耳目を集めているのがエボラ出血熱である。このウイルスを抑え込めるのか、あるいは日本に上陸することもあるのかいまだ見通せていないけれども、人間社会に脅威を与える感染症は現代も後を絶たない。あらゆる疾患の中でも、感染症ほど人類に影響を与えてきたものはなかった(ジャレド・ダイアモンド 銃・病原菌・鉄 草思社文庫 2012年)。それは人類史をも左右し、現代の文明のあり方にも少なからず関わってきたのだ。そして、これからもそのように存在し続けるのだろう。(2014.11.4)