春にひばりが空高く舞い、秋は紅く染まった山のあたりまで黄金色に埋まる小さな町では日和見感染症の可能性を想定して診療することなどまれだろう。実際、10年ほど前まではそれで大きな問題はなかった。しかしながら、今や患者もインターネットにより専門的な医学知識を獲得し、病院の評判を確認してから外来を訪れる時代である。遠くの専門病院に通う人びとも少なくないようだ。急患として受け入れた患者が免疫抑制薬や抗腫瘍薬、さらには聞いたこともない新薬などを服用しているのを後から知って驚くこともしばしばである。地域の医療機関においても遭遇しうる疾患の範囲は広がりつつあるように思う。
ニューモシスティス肺炎(PCP)は定期的にフォローしている患者であればたやすく疑うことのできる疾患だ。けれども、突然飛び込んでくる多くの肺炎患者を診療する中で、しかも基礎疾患や治療内容などの情報を充分得ることができないとすれば、想起することさえ容易ではない。とはいうものの、HIV感染者は今も増え続けている。都会とは隔絶した片田舎であったとしても存在して何ら不思議ではなく、また、PCPを発症するのはHIV感染者に限らない。血液悪性腫瘍や臓器移植、膠原病関連疾患、原発性免疫不全症、ステロイドや化学療法を受けている患者にもみられるのは周知のところだ(Chest 1984; 84: 81-83)。これらHIV陰性のPCP症例はHIV陽性例に比べさらに悪条件が重なってくる。突然の呼吸不全で発症し検査に制約を受けることが多いうえに、診断でもっとも重視されるのが病原体の確認であるにも関わらず、肺内の病原体数は有意に少なく、それを反映して喀痰などでの陽性率は低いのだ。死亡率もAIDS症例が10~20%であるのに対し、非AIDS症例は30~60%と高いことが知られている(N Engl J Med 2004; 350: 2487-2498)。
さらに驚くべきことに、一見、何らの基礎疾患も有していない例さえあるという(N Engl J Med 1991; 324: 246-250)。臨床的に免疫抑制を示唆する背景要因や所見は明らかでなかったというのだが、それでも詳細に検討してみるとTリンパ球機能の顕著な低下があったようだ。一方で、不顕性ながら正常な免疫能をもつ成人の半数以上にP. jiroveciiが感染しているという報告もあり(Clin Infect Dis 2010; 50: 347-353)、極めてまれではあるだろうが、免疫能に問題がない人でのPCPもありえない話ではないのかもしれない。
いずれにせよ、警戒すべきは基礎疾患を有する患者であるのは間違いない。ただし、ST合剤を予防内服させようとすれば、とくにリスクの高い患者群を抽出する必要がある。HIV感染者におけるPCPはCD4陽性T細胞が200個/μL以下で発生しやすくなるのはよく知られるところだろう。非HIV患者においても免疫抑制療法中にPCPを発症した7例全例で末梢血CD4が200/μL以下 (20~182/μL)であったとの報告があり、HIV感染者同様、末梢血CD4による管理が有用でありうるのかもしれない(Infection 2000; 28: 227-230)。しかしながら、たとえば低用量Methotrexate(MTX)療法中に発生したPCPの過去の研究ではCD4陽性細胞の減少はみられておらず、その有用性は限られる(Thorax 1992; 47: 628-633)。日本リウマチ学会による生物学的製剤の使用ガイドラインにはリスク因子として高齢、既存の肺疾患、ステロイド併用が挙げられているようだ(日本リウマチ学会ホームページ)。また、PCPを発症した癌患者26名(21名は固形癌、5名はリンパ腫)の検討によれば、遷延する高度のリンパ球減少、長期入院、放射線療法、強力な化学療法(とくにタキサン系を含む)が発症の危険因子であったという(Anticancer Res 2005; 25: 651-656)。
ところで、MTX治療中の患者ではPCP予防にST合剤を使用すべきでないといわれることがある。これは、MTXと同様、ST合剤の成分であるtrimethoprim も葉酸代謝を阻害する一方で、sulphamethoxazole がMTXの排泄を障害するため、骨髄抑制の危険性が増大するとされることによる。けれども、MTXが週25mg未満の量であれば重篤な骨髄抑制は発現しないと述べる総説もあるようだ(N Engl J Med 2004; 350: 2487-2498)。よって、禁忌であるとみなす必要はないのかもしれないが、他の薬剤を用いることも含めて慎重な態度が要求されると思う。
診断に際してまず最初に行われるべきは誘発喀痰であるとされ、その診断率は一般に50~90%と記載されている。この誘発喀痰は専門病院でなければあまり行われていないけれども、3%ほどの高張食塩水(10%食塩水15mLに35mLの蒸留水を加えれば作成できる)をネブライザーで吸入させて採取する方法が一般的だろう。陰性であれば次にBALが検討されることになるものの、侵襲的であることから行えないケースも多い。必然的にempiric therapyを開始せざるを得ないことになる。
その際、参考になるのがβ-D-glucanとKL-6である。BALFから診断されたPCP群57名と非PCP群238名を比較し、細胞数や分画は両群間で有意差はなかったが、血清LDH、β-D-glucanとKL-6はPCP群で有意に高く、ROC曲線からはβ-D-glucanがもっとも信頼できる指標であったと報告されている(Chest 2007; 131: 1173-1180)。β-D-glucan は菌体の構成成分そのものであることに加え、KL-6は好中球数が減少している症例では上昇しないことがあるというのもその理由かもしれない(Intern Med 2000; 39: 659-662)。
時代は目まぐるしく変化し、過去の成功体験はむしろ過ちのもとになりかねない。あちらこちらでつぶやかれているに違いないけれども、医療の分野も例外ではなさそうである。かつての常識が通用しなければ虚心坦懐に教えを乞うのみだ。そして最善を尽くすべく、今日も地域のなかで多くの関係者が奮闘しているに違いない。それでも想定されるすべての疾患について適切に対応するのは困難だという医療機関も少なくないはずである。検査を行うことができない、経験あるスタッフがいない、などというのはやむを得ないとしても、もし、経営上の観点から患者を抱え込み、しかるべき施設に紹介しないことがあるとすれば、そのことこそ責められるべきだろうと思う。 (2012.7.17)
ニューモシスティス肺炎(PCP)は定期的にフォローしている患者であればたやすく疑うことのできる疾患だ。けれども、突然飛び込んでくる多くの肺炎患者を診療する中で、しかも基礎疾患や治療内容などの情報を充分得ることができないとすれば、想起することさえ容易ではない。とはいうものの、HIV感染者は今も増え続けている。都会とは隔絶した片田舎であったとしても存在して何ら不思議ではなく、また、PCPを発症するのはHIV感染者に限らない。血液悪性腫瘍や臓器移植、膠原病関連疾患、原発性免疫不全症、ステロイドや化学療法を受けている患者にもみられるのは周知のところだ(Chest 1984; 84: 81-83)。これらHIV陰性のPCP症例はHIV陽性例に比べさらに悪条件が重なってくる。突然の呼吸不全で発症し検査に制約を受けることが多いうえに、診断でもっとも重視されるのが病原体の確認であるにも関わらず、肺内の病原体数は有意に少なく、それを反映して喀痰などでの陽性率は低いのだ。死亡率もAIDS症例が10~20%であるのに対し、非AIDS症例は30~60%と高いことが知られている(N Engl J Med 2004; 350: 2487-2498)。
さらに驚くべきことに、一見、何らの基礎疾患も有していない例さえあるという(N Engl J Med 1991; 324: 246-250)。臨床的に免疫抑制を示唆する背景要因や所見は明らかでなかったというのだが、それでも詳細に検討してみるとTリンパ球機能の顕著な低下があったようだ。一方で、不顕性ながら正常な免疫能をもつ成人の半数以上にP. jiroveciiが感染しているという報告もあり(Clin Infect Dis 2010; 50: 347-353)、極めてまれではあるだろうが、免疫能に問題がない人でのPCPもありえない話ではないのかもしれない。
いずれにせよ、警戒すべきは基礎疾患を有する患者であるのは間違いない。ただし、ST合剤を予防内服させようとすれば、とくにリスクの高い患者群を抽出する必要がある。HIV感染者におけるPCPはCD4陽性T細胞が200個/μL以下で発生しやすくなるのはよく知られるところだろう。非HIV患者においても免疫抑制療法中にPCPを発症した7例全例で末梢血CD4が200/μL以下 (20~182/μL)であったとの報告があり、HIV感染者同様、末梢血CD4による管理が有用でありうるのかもしれない(Infection 2000; 28: 227-230)。しかしながら、たとえば低用量Methotrexate(MTX)療法中に発生したPCPの過去の研究ではCD4陽性細胞の減少はみられておらず、その有用性は限られる(Thorax 1992; 47: 628-633)。日本リウマチ学会による生物学的製剤の使用ガイドラインにはリスク因子として高齢、既存の肺疾患、ステロイド併用が挙げられているようだ(日本リウマチ学会ホームページ)。また、PCPを発症した癌患者26名(21名は固形癌、5名はリンパ腫)の検討によれば、遷延する高度のリンパ球減少、長期入院、放射線療法、強力な化学療法(とくにタキサン系を含む)が発症の危険因子であったという(Anticancer Res 2005; 25: 651-656)。
ところで、MTX治療中の患者ではPCP予防にST合剤を使用すべきでないといわれることがある。これは、MTXと同様、ST合剤の成分であるtrimethoprim も葉酸代謝を阻害する一方で、sulphamethoxazole がMTXの排泄を障害するため、骨髄抑制の危険性が増大するとされることによる。けれども、MTXが週25mg未満の量であれば重篤な骨髄抑制は発現しないと述べる総説もあるようだ(N Engl J Med 2004; 350: 2487-2498)。よって、禁忌であるとみなす必要はないのかもしれないが、他の薬剤を用いることも含めて慎重な態度が要求されると思う。
診断に際してまず最初に行われるべきは誘発喀痰であるとされ、その診断率は一般に50~90%と記載されている。この誘発喀痰は専門病院でなければあまり行われていないけれども、3%ほどの高張食塩水(10%食塩水15mLに35mLの蒸留水を加えれば作成できる)をネブライザーで吸入させて採取する方法が一般的だろう。陰性であれば次にBALが検討されることになるものの、侵襲的であることから行えないケースも多い。必然的にempiric therapyを開始せざるを得ないことになる。
その際、参考になるのがβ-D-glucanとKL-6である。BALFから診断されたPCP群57名と非PCP群238名を比較し、細胞数や分画は両群間で有意差はなかったが、血清LDH、β-D-glucanとKL-6はPCP群で有意に高く、ROC曲線からはβ-D-glucanがもっとも信頼できる指標であったと報告されている(Chest 2007; 131: 1173-1180)。β-D-glucan は菌体の構成成分そのものであることに加え、KL-6は好中球数が減少している症例では上昇しないことがあるというのもその理由かもしれない(Intern Med 2000; 39: 659-662)。
時代は目まぐるしく変化し、過去の成功体験はむしろ過ちのもとになりかねない。あちらこちらでつぶやかれているに違いないけれども、医療の分野も例外ではなさそうである。かつての常識が通用しなければ虚心坦懐に教えを乞うのみだ。そして最善を尽くすべく、今日も地域のなかで多くの関係者が奮闘しているに違いない。それでも想定されるすべての疾患について適切に対応するのは困難だという医療機関も少なくないはずである。検査を行うことができない、経験あるスタッフがいない、などというのはやむを得ないとしても、もし、経営上の観点から患者を抱え込み、しかるべき施設に紹介しないことがあるとすれば、そのことこそ責められるべきだろうと思う。 (2012.7.17)