患者の身にしてみれば、目の前に座っている医師が自分の抱える病気に精通していてほしいと思うのは当然だ。しかしながら、そのような僥倖にいつも巡り会えるとは限らない。救急・時間外ならなおのこと内科疾患を診ているのが外科医である、などというのはよくあることだろう。決して理想的とはいえないけれども、それが現実なのだ。
肺炎などそのように診療されている代表かもしれない。非専門医であってもストレスなく対応可能な症例が多いとはいえ、重症例に苦慮することも少なくないと思う。そのような場合の起炎菌としては肺炎球菌、レジオネラがよく知られているけれども、今回取り上げるクレブシエラも市中肺炎一般の起炎菌としてはむしろまれであるかもしれないが(J Infect Chemother 2004; 10: 359-363)、考慮しておくべきもののひとつである。ついでながら、成人市中肺炎診療ガイドライン(日本呼吸器学会編、2007年)にはこれらに加えて、緑膿菌、マイコプラズマ、オウム病が挙げられていることを確認しておかなければならない。
クレブシエラは古くよりFriedlander’s bacillusとして知られ、とりわけ大酒家との関連が強調されてきた(J Crit Care 2000; 15: 85-90)。多数例の報告によれば市中肺炎(CAP)患者の4~15%に菌血症を伴い、これは主にS. pneumoniaeによるもので、グラム陰性菌による菌血症は1~2%と少ないけれども(Am J Respir Crit Care Med 2004; 169: 342-347、Clin Infect Dis 2009; 49: 409-416、Infection 2010; 38: 453-458)、CAPで入院となったアルコール依存患者28例のうち11例(39.3%)が菌血症を伴うK. pneumoniae肺炎で、発症後ごく短時間のうちに重症化し、適切な抗菌薬投与にも関わらず入院後平均24.6±7.9時間で全例死亡したという報告がある(Chest 1995; 107: 214-217)。K. pneumoniaeが咽頭に定着している頻度は健常者より大酒家で高いとも言われ、宿主因子を無視できないのは間違いなさそうだ。これはクレブシエラに限った話ではなく、成人CAP症例についての文献122報をレビューし、127のコホートにおける33148例を検討した研究によれば、全体の死亡率は13.7%で、死亡と関連する背景因子として、男性(OR 1.3)、糖尿病(OR 1.3)、悪性腫瘍(OR 2.8)、神経疾患(OR 4.6)、などが抽出されているのである(JAMA 1996; 275: 134-141)。
一方で、特別リスクになるような既往のない健常者が激烈な経過をたどり死に至ったとの報告も注目される(J Microbiol Immunol Infect 2012; 45: 321-323)。すなわち、菌自体に備わる病原性を問題にすべきだというのだ。実際、K. pneumoniae自体を予後因子として抽出した研究もあり、免疫能に明らかな問題がなくICUに入院した市中肺炎112例において多変量解析した結果、敗血症性ショックなどとともに、K. pneumoniaeが死亡の独立した因子であったという(Eur Respir J 2004; 24: 779-785)。さらに、国際共同研究の結果からクレブシエラ肺炎と大酒家との関連には地域差があることが明らかにされた。要するに、菌血症を伴うK. pneumoniae市中肺炎のほとんどは東アジアと南アフリカにみられ、この臨床的差異は大酒家というより、菌のもつ病原因子に地域差があることで説明できるという(Emerg Infect Dis 2002; 8: 160-166、Emerg Infect Dis 2007; 13: 986-993)。従来から知られているように、K. pneumoniaeの病原因子としては莢膜が重要であり、数多くの血清型がある。フランスにおいて急速致死性の菌血症例を引き起こした5例はすべてSerotype K2であった(J Clin Microbiol 2011; 49: 3012-3014)。これに対する生体側の反応として、サイトカインの役割も指摘されており、たとえば、人工呼吸管理を要する重篤な市中肺炎症例で、最初のempiric treatmentに対する反応が不良であった連続47例を対象とした研究において、K. pneumoniaeが分離された患者(n=10)においては、他の起炎菌に比べBALF中のIL-1β、血清とBALF中のIL-10レベルが有意に高く、非生存者においては生存者に比べ血清IL-8、血清とBALFのIL-10値が有意に高かったと報告されている(J Formos Med Assoc 2006; 105: 49-55)。
起炎菌そのものが予後因子になりうるとすれば、微生物学的検索を欠かすことができないはずだ。画像の特徴として、K. pneumoniae肺炎は大葉性で浸出液により葉間が圧排された“bulging fissure sign”が有名であり、膿瘍・空洞形成もしばしばみられるとされる。しかしながら、典型的所見を示すものはそれほど多いわけでない以上、喀痰や血液などの検体を提出する努力を惜しむべきではないだろう。
市中の多くの病院・診療所はもちろんのこと、ともすれば大学病院でさえ専門外の医師による診療が行われる。さらに連携を強化する方策がなければ、いくら専門医制度を充実させたとしても、コストがかかるばかりで、現場の医療レベルの向上に寄与するところが少ないものにならざるを得ない。コストばかりかかるシステムを、今後の経済状況がはたして維持できるのか不安を感じずにいられないのである。
そして実際、“専門医”にどれほどの権威があるのかわからないが、職を得るのには有利な場合もあるらしい。かつて漱石は「おれは博士なんかにはけっしてならない。博士だからえらいなんて思うのはたいへんなまちがいだ。博士なんていうものは、やってることはいくらか知ってるでもあろうが、そのほかのことはいっさい知りませんというはなはだ不名誉千万な肩書きだ」といった(阿部謹也:「世間」とは何か 講談社現代新書 1995年)。自己は一人自己によって立つと考えていた漱石の心情に近しいものを感じるのである。 (2012.12.31)
肺炎などそのように診療されている代表かもしれない。非専門医であってもストレスなく対応可能な症例が多いとはいえ、重症例に苦慮することも少なくないと思う。そのような場合の起炎菌としては肺炎球菌、レジオネラがよく知られているけれども、今回取り上げるクレブシエラも市中肺炎一般の起炎菌としてはむしろまれであるかもしれないが(J Infect Chemother 2004; 10: 359-363)、考慮しておくべきもののひとつである。ついでながら、成人市中肺炎診療ガイドライン(日本呼吸器学会編、2007年)にはこれらに加えて、緑膿菌、マイコプラズマ、オウム病が挙げられていることを確認しておかなければならない。
クレブシエラは古くよりFriedlander’s bacillusとして知られ、とりわけ大酒家との関連が強調されてきた(J Crit Care 2000; 15: 85-90)。多数例の報告によれば市中肺炎(CAP)患者の4~15%に菌血症を伴い、これは主にS. pneumoniaeによるもので、グラム陰性菌による菌血症は1~2%と少ないけれども(Am J Respir Crit Care Med 2004; 169: 342-347、Clin Infect Dis 2009; 49: 409-416、Infection 2010; 38: 453-458)、CAPで入院となったアルコール依存患者28例のうち11例(39.3%)が菌血症を伴うK. pneumoniae肺炎で、発症後ごく短時間のうちに重症化し、適切な抗菌薬投与にも関わらず入院後平均24.6±7.9時間で全例死亡したという報告がある(Chest 1995; 107: 214-217)。K. pneumoniaeが咽頭に定着している頻度は健常者より大酒家で高いとも言われ、宿主因子を無視できないのは間違いなさそうだ。これはクレブシエラに限った話ではなく、成人CAP症例についての文献122報をレビューし、127のコホートにおける33148例を検討した研究によれば、全体の死亡率は13.7%で、死亡と関連する背景因子として、男性(OR 1.3)、糖尿病(OR 1.3)、悪性腫瘍(OR 2.8)、神経疾患(OR 4.6)、などが抽出されているのである(JAMA 1996; 275: 134-141)。
一方で、特別リスクになるような既往のない健常者が激烈な経過をたどり死に至ったとの報告も注目される(J Microbiol Immunol Infect 2012; 45: 321-323)。すなわち、菌自体に備わる病原性を問題にすべきだというのだ。実際、K. pneumoniae自体を予後因子として抽出した研究もあり、免疫能に明らかな問題がなくICUに入院した市中肺炎112例において多変量解析した結果、敗血症性ショックなどとともに、K. pneumoniaeが死亡の独立した因子であったという(Eur Respir J 2004; 24: 779-785)。さらに、国際共同研究の結果からクレブシエラ肺炎と大酒家との関連には地域差があることが明らかにされた。要するに、菌血症を伴うK. pneumoniae市中肺炎のほとんどは東アジアと南アフリカにみられ、この臨床的差異は大酒家というより、菌のもつ病原因子に地域差があることで説明できるという(Emerg Infect Dis 2002; 8: 160-166、Emerg Infect Dis 2007; 13: 986-993)。従来から知られているように、K. pneumoniaeの病原因子としては莢膜が重要であり、数多くの血清型がある。フランスにおいて急速致死性の菌血症例を引き起こした5例はすべてSerotype K2であった(J Clin Microbiol 2011; 49: 3012-3014)。これに対する生体側の反応として、サイトカインの役割も指摘されており、たとえば、人工呼吸管理を要する重篤な市中肺炎症例で、最初のempiric treatmentに対する反応が不良であった連続47例を対象とした研究において、K. pneumoniaeが分離された患者(n=10)においては、他の起炎菌に比べBALF中のIL-1β、血清とBALF中のIL-10レベルが有意に高く、非生存者においては生存者に比べ血清IL-8、血清とBALFのIL-10値が有意に高かったと報告されている(J Formos Med Assoc 2006; 105: 49-55)。
起炎菌そのものが予後因子になりうるとすれば、微生物学的検索を欠かすことができないはずだ。画像の特徴として、K. pneumoniae肺炎は大葉性で浸出液により葉間が圧排された“bulging fissure sign”が有名であり、膿瘍・空洞形成もしばしばみられるとされる。しかしながら、典型的所見を示すものはそれほど多いわけでない以上、喀痰や血液などの検体を提出する努力を惜しむべきではないだろう。
市中の多くの病院・診療所はもちろんのこと、ともすれば大学病院でさえ専門外の医師による診療が行われる。さらに連携を強化する方策がなければ、いくら専門医制度を充実させたとしても、コストがかかるばかりで、現場の医療レベルの向上に寄与するところが少ないものにならざるを得ない。コストばかりかかるシステムを、今後の経済状況がはたして維持できるのか不安を感じずにいられないのである。
そして実際、“専門医”にどれほどの権威があるのかわからないが、職を得るのには有利な場合もあるらしい。かつて漱石は「おれは博士なんかにはけっしてならない。博士だからえらいなんて思うのはたいへんなまちがいだ。博士なんていうものは、やってることはいくらか知ってるでもあろうが、そのほかのことはいっさい知りませんというはなはだ不名誉千万な肩書きだ」といった(阿部謹也:「世間」とは何か 講談社現代新書 1995年)。自己は一人自己によって立つと考えていた漱石の心情に近しいものを感じるのである。 (2012.12.31)