今日は前日の報告以外の、管理人の興味(歴史・文化)に偏ったようなレポートになってしまいますが、よろしく。理系バリバリ、統計学が得意、歴史はあんまり興味は・・・というトエエモンさんにしつこく質問してごめんなさい。いろいろ教えてもらえました。
★素晴らしい自然★
バングラデシュ、チッタゴン州、コックスバザールの海岸です。
遠浅のビーチに、夕日を眺めに人々が入っています。
棒のように見えるのは、すべて夕涼みに来た人たちです。
宗教的な意味はなく、夕日を眺め、海風に吹かれに水の中に入っているのです。
心地よい海風、足元の海水の感触、やわらかな夕陽の赤の中に身をゆだねる。なんて、すてきな場所、日常の癒しの習慣なんでしょう。
バリのビーチに沈む夕焼けに負けない、とっておきの場所ではないでしょうか。
トエエモンさんは皆が遊びに来ている写真だといいますが、一日の終わりにこんなところに来ることのできるのは幸せ、贅沢ですね。
トエエモンさんは「僕も落ち込んだとき、よくこうやって水に入りました」といいます。私もこの風景のなかに入ってゆきたくなりました。水は命の源、自然の風景が、風が私たちを癒し、励ましてくれます。
★地理・歴史・文化★
ラカイン族は仏教徒。もともとこの地はほぼ全員が仏教徒だったが、戦後、イスラム教徒の国である東パキスタン、のちバングラデシュに含まれており、少数民族として、政治的経済的に不利な状況にあります。
彼らに連帯する1989年発行の日本の仏教者による報告冊子を、私はたまたま持っています。
チッタゴンの仏教徒への人権抑圧はもう少し世界が知るべきだったと思います。
なぜ、ミャンマーやインドに同族が広く存在するというのに、いくつもの国に分かれてさらに各国で少数民族扱いの不利をこうむるのか。私が思っていたことをトエエモンさんに確かめてみました。やはり根っこにはイギリスの植民地支配時代の境界線引きの問題があります。アフリカの民族問題と同じ原因です。実は中東のキーワード、クルド族も同じ状況で列強の植民地支配地域の都合で民族の連続性を無視した分割が行われたのです。
★写真は、コックスバザールの仏塔★
1784年まではラカイン王国が、広くミャンマー、インド地域まで一帯にあったそうです。誇り高いラカイン族の歴史ではないでしょうか。
仏教遺跡もきっと埋もれたままだったり、ほったらかしになっているような気がします。もったいないことです。きっとあると思うとトエエモンさんも言ってました。
もし残っているなら、これから文化遺産を再評価できないだろうか。トエエモンさんによれば、やっと最近外国人がチッタゴン州のこのあたりを訪問できるようになったそうです。
チッタゴンは第2次世界大戦の戦場になりました。日本軍と英軍との激戦地になったところです。そのあと日本はビルマ・インパール作戦という無謀な戦いに突入します。トエエモンさんに戦場であった歴史について聞いてみました。きっと村の人たちには大変な被害があったはずです。学校では教えてもらわなかったけれど、広場があって、昔米軍のキャンプがあったとか、武器の倉庫があったとか、爆撃があったことを、老人から聞いて知っていると言っていました。
忘れられてはいけないマイノリティ。これから、この地域や人々に光が当たって欲しい。世界の人々の視野にはいって欲しいと思います。
バングラデシュはインドの右下、海に面しています。
この地図のどまんなか。
ラカイン族の住むチッタゴン州は、そのまた右端、右にミャンマー、
上ではインドと接しています。
なお、ミャンマーの地域名「アラカン」と、この「ラカイン」は同じ地名なのだそうです。「ジャパン」と「ニッポン」みたいな関係ということです。
少数民族の人たちのこと、管理人さんの率直な想いにも心打たれました。私も、もっと勉強しなければと思いました。ありがとうございます。
多くの人に、トエエモンさんの想いが伝わりますように。
という参加者の声でした。岩田さんといい、ト
エエモンさんといい、関東からはるばる来られ
て素晴らしい内容を持ってきてくださり、私た
ちも視野が広がり、学ばせていただけました。
関東ブログさんのサポート、ありがとうござい
ました!!