霊の「関東……もとい、長州ウォーキング」

「関東歩き旅」の続編で、「長州歩き旅」を始めました

三回目の萩往還(佐々並⇒萩市) その1

2012年10月20日 | 萩往還

2012年10月20日(土)

前回の続きで、愈々最終行程の佐々並から萩市内まで(寄り道無しなら約20km)を、ゆるゆると歩いてみた。
自宅から佐々並まではマイカーで行き、JA佐々並の売店で飲み物他を仕入れて、さて車をどうしようかと思い、このままJA佐々並の駐車場に置いておくか、それとも、道の駅か佐々並支所へ移動させておくか、暫し迷ったのだ。
が、どうせ17時頃までには帰ってこれるだろうとたかをくくって、そのままJA佐々並の駐車場においたままにして歩き始めることにした。・・・・・・これが、後々の悪夢に繋がることになるとは、この時は夢にも思っていなかったのだぁ~。
そぉ、あの「なぎらけんいち」の「悲惨な戦い」の様な光景なのだぁ~   (・・・古いか)

佐々並橋を渡り右手に西岸寺を見ながら往くと、旧国道を離れて右手に登っていく街道が見えてくる。「小松川への石畳」と呼ばれる坂道(タイトル写真)で、鬱蒼とした木々に囲まれた石畳道は、辺りの静寂と相まって平成の現代にいることをふと忘れさせてしまう程の、魅力的な道だ。
やがて、千持峠の小さな峠に差し掛かった後は緩やかな下りになる。坂道を下ったところにあるのが「落合の石橋」(写真下)で、気づかずに通りすぎてしまうと何のことはない石橋なのだが、説明板によれば国登録有形文化財だそうだ。

ただ、その説明板の建っている位置が非常に不適切で、佐々並方面から来ると、橋を渡ってから180度振り向いて、更に気をつけて見なければ見つけられないような位置にあるのだ。このような配慮不足の説明板は、この萩往還の随所に見受けられるのが、とっても残念だナ。
そう言えば、この石橋と似た様な形式でもう少し規模の大きな橋を、防府市の新田地区で見た記憶があるが、これかな?

その先には「落合の石畳」と呼ばれるこれまた風情のある石畳道があり、やがて国道262号に合流して舗装路を歩くことになる。
国道を暫く往くと、地図や公式パンフ上では「中ノ峠」と書いてあるが、道路標識には「釿ノ切峠(ちょうのぎりとうげ)」と書かれた小さな峠に差し掛かる(写真下)。

一体、この峠の名前はどっちが正しいのか分からなかったが、やはり調べる人もいるもので、それによれば萩往還として若しくは旧来からの呼び名的には「中ノ峠」が正しく、「釿ノ切峠」はここよりももう少し先の竹林公園辺りにあった小さな峠のことだったらしい。
が、国道改修時にかなりの部分が掘り下げられたり埋められたりした結果、旧来とは様子が大きく変わってしまったことから、峠の位置や名前が曖昧になったみたいだ。・・・ってぇことは、国交省が適当に名付けたってぇことかぃ?
ま、どっちでもいいけど(・・・って、読者も思っていることでせう)

その先で国道から左に外れると「竹林公園」があり、そこの展望台からは角力場や萩市三見方面が遥かに見渡せる。以前訪れた時は展望台の周囲は木々が鬱蒼としていて全く遠景が見えなかったが、今は見晴らしよくしてあったのはありがたい。

釿切バス停近くで国道を地下道で潜ると、すぐにまた石畳道が見えてくる。これが「釿切の石畳」だ(写真下)。

この石畳は少し上り坂になるが大した坂ではなく、猪避けの柵をすぎるとまもなく、「五文蔵峠」、別名「一升谷十合目」に差し掛かる(写真下)。

この標識も、以前歩いた時には無かったので、最近になって設置されたのだろう。ここから先も、一合下る毎に同様な標識があるので、坂を下る時はそうでもないが登る際には休憩の目安になっていいと思う。
さぁ、この一升谷を快適に下って行けば、もうそこは明木市(あきらぎいち)だぁ~

その2へ続く



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