社会を見て、聞いて、感じる。

人生そのものがフィールドワーク。

4月9日(火) 埼玉のおばあちゃん。

2024年04月12日 00時00分00秒 | 2024年

 6時過ぎ、妻が電話をしている声で目が覚める。

 電話は私の母からだった。私は寝ている間はスマホを機内モードにしているので、連絡がつかなかったのだ。

 老人ホームに入っている(父方の)祖母の呼吸が止まった。早朝5時過ぎの見回りで呼吸が弱まっていることが確認され、その後6時過ぎに止まったとのこと。

 朝食はソイプロテイン。

 今日から登校班で登校する娘を集合場所まで送っていく。天気はあいにくの雨。しかも暴風雨である。大雨の中、同じく新1年生のお子さんのご両親と一緒に班長さんや他の上級生の皆さん、見守りに来ていらっしゃった保護者の皆さんに挨拶し、出発を見送る。妻は今日は在宅勤務なので、学校まで付き添って行ってくれた。

 私はそのまま駅へ向かい、電車の中から上司に休みの連絡を入れ、実家の近くにある祖母の老人ホームへ急ぐ。

 9時過ぎに到着。案内してくださった責任者の方からお悔やみの言葉を掛けられ、亡くなったことを知る。先述のように6時過ぎに呼吸が止まり、6時45分に正式な死亡診断が下りたそうだ。老衰により、享年94歳。大往生である。

 祖母の部屋には既に父と母、叔父、叔母、弟がいた。祖母はただ眠っているように見える。身体もまだ温かく、死んでいるとは思えない。しかし、当然ながら呼吸も、脈もない。顔を撫でても目を開けないし、手を握り続けても握り返してくれることはない。

 10時過ぎ、叔父が手配してくださった実家近くの葬儀社さんが祖母をお迎えに来る。祖母は2014年頃から認知症を発症し、2015年の年末に病院へ入院、その後この老人ホームに入居し、約8年間お世話になった。最後は職員の皆さんが勢揃いしてお一人ずつ手を合わせて拝み、とても丁寧に見送ってくださった。本当にお世話になりました。ありがとうございました。

 葬儀社さんへ移動して、お線香をあげる。それまであまり実感がわいていなかったのだが、お線香の香りで一気に現実味を感じるようになった。

 葬儀の打ち合わせにも参加する。石巻(宮城県)にある菩提寺からこちらで葬儀をする(お経を上げる)ことを許されなかったため、まずは明後日にお経なしのお別れ会を行うことになった。お経を上げない(お坊さんがいない)ことを除けば、一般的な家族葬である。私の希望(提案)も聞いてもらい、おくりびと(納棺師さん)をお願いし、納棺式から始めることにした。その日に火葬まで執り行い、四十九日のタイミングで石巻の菩提寺へお骨を持って行き、本葬・初七日・四十九日法要を行う。

 なぜお別れの流れを勝手に決められなければならないのか、なぜ火葬前にお経を上げられないのか、一体何様だよと思う。葬儀社の方も「今の時代ではかなり珍しいですね」と呆れていた。一応我が家は正式な檀家で、今は父がその役目を担っている(実態としては檀家料を払っている以外に何もすることはないが)。それを引き継ぐのは、長男である私だ。しかし、家族との最期のお別れをどのように進めるかという究極のプライベートに口を出してくるようなお寺は不要だ。私の代になったら即刻離檀する。

 お昼過ぎに打ち合わせを終え、帰途につく。最初は午後から会社へ出勤しようと思ったのだが、電車で座った瞬間に疲労感が襲ってきて、そのまま帰ることにする。

 新横浜まで戻ってから、駅ビルに入っている「串カツ田中」で昼食。

 ダメだ、全然味がしない。お店のせいではなく、私のメンタルの問題だろう。

 14時前に帰宅。娘は既に学校から帰宅しており、今日は義母がヘルプに来てくださっていた。妻は2階でテレワーク中だ。義母に温かい言葉をかけて頂き、今日起きたことをひとしきりお話ししたら、頭も整理できたし心も軽くなった。ありがとうございます。

 義母はたくさんの料理を作り、冷蔵庫を超がつくほど充実させてから帰っていった。我が家の救世主である。いつも本当にありがとうございます。

 帰りがけにスーパーで買ってきたチョコレートケーキを、娘と2人で食べる。祖母は甘いものが好きで、実家で暮らしていた頃はこういうケーキなどのお菓子をよく食べていた。私が家にいる時には私の分も買ってきてくれて、一緒に食べたものだ。認知症が始まってからはそんな甘いものへの衝動が抑制を失い、両親や私が管理しようとしてもいつの間にか買ってきて食べているという状態だった。その結果、入院前には糖尿病と診断されるほどになっていたが、施設に入って食事管理を徹底されるようになってからは一気に健康体へ回復した。だからこそ、94歳まで生きられたのだと思う。そんな祖母との思い出を娘に話し、「おばあちゃんがもう食べられない分、代わりに娘ちゃんとお父さんでケーキ食べようぜ」と誘ったのだ。ケーキを頬張る娘の笑顔を見ながら、ふと、私とケーキを食べていた祖母もこんな幸せな気持ちだったのだろうかと思った。

 妻が勤務を終えてから順番に入浴を済ませ、夕食。義母が作ってくださったクリームシチューを食べる。圧巻の美味しさである。

 洗濯を済ませ、一緒に明日の学校の準備をしてから、娘を寝かしつける。半日とはいえ、いきなりの大雨だったし、小学校の新しい環境で疲れたのだろう、あっという間に眠った。

 妻と今後のスケジュールについて話し合う。忌引きとはいえ、入学早々に娘を休ませるのはいかがなものだろうと思っていたのだが、最終的には明後日のお葬式(じゃなくてお別れ会)には3人で出席することにした。こういう言い方をすると霊安室の義母が渋い顔をしているかもしれないが、「死者を弔う」という貴重な経験をさせるいい機会である。

 23時半過ぎに就寝。


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