2020年1月、「最後のセンター試験」が全国で行われた。2020年に大々的な入試改革が行われ、「大学入試センター試験」は「大学入学共通テスト」に変更になるからだ。この激動のなか行われた今年の東大入試には大きな変化があったという。『 東大式スマホ勉強術 』著者である西岡壱誠さんに聞いた。
>環境の差が生み出す「意欲格差」こそが階層を固定化させる
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◆◆◆ 東大入試最初の科目「国語」で起きた事件
今年、東大入試にとある「事件」が起こりました。
別に入試が中止になったわけでもなければ、試験に不備があったわけでもありません。入試自体はつつがなく終了しました。
しかし、その内容は多くの人を驚かせる、重大なメッセージを持ったものでした。
東大の入試は2日間に分かれ、1日目は「国語」と「数学」を受験することになります。
そして東大入試最初の科目である「国語」の、一番初めの現代文の問題の文章の冒頭には、こう書かれていました。
「学校教育を媒介に階層構造が再生産される事実が、日本では注目されてこなかった」。(小坂井敏晶『神の亡霊』「第6回目 近代の原罪」より)
学歴社会の頂点である東大が、日本の受験システムの問題点を示唆するような文章を出題したのです。
東大は、これまで度々、入試問題で現代社会に対するメッセージを発信してきました。
©文藝春秋
「ゆとり教育」で円周率を “3”にした時の入試問題
例えば「ゆとり教育」の議論が活発化し「円周率を3として教育する」ということが決定された2003年には、「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」という問題が出題され、ゆとり教育に対する警鐘か、と話題になりました。
そして前述の問題は、入試改革が行われる2020年に合わせて出題された、教育に関する文章です。
東大は一体どのようなメッセージを発するために、今年この問題を出題したのでしょうか。
3000人の東大合格者のうち800人は10の名門校出身
「学校教育を媒介に階層構造が再生産される」――。
3・2・2020
毎年、東大合格者を多く輩出する上位10校は、開成・麻布・筑駒・桜蔭高校をはじめとする名門高校で構成されており、そのほとんどが都心に位置する中高一貫校です。そして3000人の合格者のうち800人前後は毎年この10校から合格しているのが現状です。
これらの学校に入ろうとした場合、中学受験をするケースがとても多いわけですが、この中学受験は現在非常に競争率が高く、塾が乱立している状況です。小学4年生から塾に行っておかないと、とても名門中学には入れないし、入塾も拒否される場合が多いといいます。
そしてなにより、これらの進学塾に通うには、多額の費用がかかります。
実際のところ、東大生の多くは裕福な家庭出身です。東京大学が発行した「2010年学生生活実態調査の結果」(2011年12月発行)によると、世帯年収950万円以上の家庭が51.8%だとのこと。厚生労働省発表では世帯平均年収は約500万円なので、東大生は一般家庭の2倍ほどの世帯平均年収を持つ家庭出身者が多いと言えます。
偏差値の低い学校から東大を目指すには?
最近では、文部科学大臣による「身の丈にあった受験」という言葉が物議を醸しました。この発言自体は決して擁護されるべきものではありませんが、背景にはこのような実態があるのです。
もちろん、そのような恵まれた状況ではなく東大に合格した学生もいます。偏差値の低い学校から東大を目指す――漫画『 ドラゴン桜 』のような――逆転だって不可能ではありません。しかし、そこには大きな落とし穴があると言えます。
僕はそれまで東大輩出者数ゼロの高校出身で、高校3年生の頃の偏差値は35でした(二浪を経てやっと東大に合格)。また現在、僕は、現役東大生たちによる「リアルドラゴン桜プロジェクト」という試みで、東大輩出者の決して多くない高校から東大合格を目指す学生たちを日々サポートしています。
人間は環境に左右される生き物
そして、僕が見てきたかぎり、教育による「階層構造の再生産」とは経済的な格差や情報の格差ではなく、「意欲の格差」が大きなボトルネックになっているのではないかと感じます。
人間は環境に左右される生き物です。そして、日本人というのは他の国の人に比べてその傾向が強いとも言われています。「出る杭は打たれる」「空気を読む」文化がまだまだ根強い。
その状況だと、まずもって「東大を目指そう!」というような意欲的な学生は、それまでOB・OGに東大生がいない/少ない学校ではなかなか生まれにくいのです。これは何も、勉強面における「東大」に限ったことではないかもしれません。部活や課外活動も含め、周囲に模範になる先輩や同級生が少ないと、何かに意欲的に取り組むことが「かっこ悪い」という雰囲気が残念ながら生まれてしまいます。
「なんで東大なんか目指すの?」
「なんで東大なんか目指すの? 俺らなんかバカなんだから、無理に決まってるじゃん」。
高校時代にそう言われたことは一度や二度ではありません。
「行きたい大学ではなく、行ける大学を目指す学生が多くなっている」
「飢餓感がなく、周りに流されていればいいと考える学生が増えている」
そんな現場の先生方の声を聞く機会が多いのも不思議ではありません。
階層を固定化させる一番の原因は「意欲格差」
いざ東大に入ってみると、この「意欲格差」を実感する機会が多いです。名門高校から東大に入学した友人たちに「母校のどういう点が良かった?」と聞くと、決まって「周りの友達が良かった」と言います。「周りに尊敬できる友達がいて、東大を目指す仲間がいた。だから自分は東大に合格できたのだ」と。名門校の強みとは、上質な教育だけではなく意欲的な学生が周囲にいるという環境にあるのです。
そして、その環境の差が生み出す「意欲格差」こそが階層を固定化させる一番の原因なのではないでしょうか。
東大入試のメッセージが意味するもの
生まれながらの環境が「階層」や「格差」をより強固に固定してしまう――。たしかに、それは一つの残酷な現実です。
しかし、前述の東大入試の出題文は、決して才能や貧富の差を埋めなければならない、と主張するものでもありませんでした。むしろそれらが存在しない社会はない、とも書いているのです。
どの程度まで「格差」を是正するのか、あるいは本人の意思や意識次第で「格差」を解消しやすい環境を作るのか、はとても難しい問題です。
今の東大には自分の努力で環境や階層の差をひっくり返して入学した学生も少なからずいます。事実、僕はそうした恵まれていない状況から東大に合格しましたし、偏差値の低い学校や経済的に貧しい家庭から合格した友達もいます。東大が2020年入試改革に対して肯定的に捉えているのか否定的に捉えているのかは、僕にはわかりません。しかし、学校教育を媒介として階層構造が再生産され、固定化することはあってはならないと考えていることは確かなのだろうと思います。
才能や、貧富の差は確かに存在する。しかしそれを打破するための努力というのもまた、可能である。今はそのような階層や環境の差を解消する勉強はスマホ一台さえあれば可能になりつつあります。スマホを駆使した、場所を選ばず、安価で、誰にも開かれた勉強法をまとめたのが『東大式スマホ勉強術』です。
2020年入試改革以降も、逆転合格を促し、経済格差や地域格差を取りはらえるような活動を行なっていこうと思います。