>複数の国の契約は、小瓶単位ではなくて、用量(回数)である。1瓶が5回分ではなくて6回分となったことで、ファイザー社は、同じ価格で20%分、小瓶の数を少なく提供することになるのだ。
2/11/2021
今までは、100回分なら20瓶納品しなければならなかった。今後は16−17瓶で済むということになる。
アメリカの製薬大手、ファイザーが開発した新型コロナウイルスのワクチンについて、1つの小瓶から6回(6用量)の接種ができるとなっていたが、厚生労働省は9日、国内で用意されている注射器では5回しかできないことを明らかにした。
なぜこうなったのだろうか。こういう状況は、日本だけなのだろうか。
実は、欧州では1カ月近く前、一足先に問題になっていた。欧州の動きがアメリカに影響を与え、さらにバイデン新政権の動きがあり、今の状況が生まれている。一歩遅れた日本は、欧米で起きた事の影響を受けている。
欧州とアメリカで何が起きていたのだろうか。
注射したら液が残っていた
昨年の12月から今年の1月にかけて、ファイザー製(正確にはファイザー・バイオNテック)のワクチンが欧州やアメリカで投与されるようになり、医療従事者はあることに気づいた。
小瓶の容器には「5回分」と書いてあるが、6回分、時には7回分すら取れそうなほど残っている──と。貴重なワクチンなので、残さず使い切りたいと願うのは当然だ。
ファイザー製のワクチン容器は、特殊な形式をしている。よく見られる1回使い切りの形ではなくて、1つの小瓶に数回分が入っているのだ。
製品は、小瓶に1.8 mlの塩化ナトリウムを加えて希釈する(薄める)。これにより注射剤2.25 mlが得られる。そして各患者に与える注射は0.3mlとなっている。つまり、計算上では2.25 ml ÷ 0.3ml で、7回の投与すら可能である。
当時、ファイザー社は「5回分(5用量)」としていた。
なぜそのように、多めに入っているのだろうか。
ファイザー社は当初、6回目については特に言及していなかった。すべての製品が完璧に使用できるわけではないことを想定しての、研究所側による予防策だったのだろう(実際、注射器によっては6回分をとることができないのだから、良心的で的確な判断だったと言えるのではないか)。
さらに、仏『ル・フィガロ』の報道では、ボルドー大学病院の薬理科部長マチュー・モリマール氏がわかりやすい例えを言っている。完全に空にしようとする油の缶のように、「流れるには長い時間がかかり、最後には必ず滴が残ります」。ワクチンの「脂質生成物」の一部が、小瓶や注射器の壁に沈着しているからだという。
ファイザー社は、明確に使用法を説明していた。解凍して希釈したあと、5時間以内に使わなければならない。そして異なる小瓶の残りを合わせて使うことは禁止であると。
しかし、6回の投与を可能にするには、注射器の種類によるのである。
NHKの報道によると、「海外では欧米を中心に、針の付け根の部分にワクチンが残らないように、押し込む部分の先端に突起がついた特殊な形の注射器が流通している」と、東京慈恵会医科大学附属病院で、医療従事者へのワクチン接種のリーダーを務める石川智久教授は語ったという。
ただ、教授の語るような、ワクチンが内部に残る量が最小限であるものは、欧州にくまなく普及しているわけではない。すべての予防接種場に6回分が可能な注射器がそろっているわけではないのだ。
「6回分」となったときは、パニックとまでは言わないまでも、大きな困惑が欧州に起こったのだった。欧州の医療従事者は、これに適応できる注射器を求めていた。
世界最大のアメリカの注射器メーカー
そこで出てくるのが、このような注射器を生産している世界最大の注射器メーカーである、アメリカのベクトン・ディッキンソン社である。
1月25日、同社は、このタイプの注射器の生産は、当面の間「限られている」と発表した。
同社の広報官トロイ・カークパトリック氏は、AFP通信にメッセージで説明した。このような注射器は「ニッチな製品」であり、需要は「伝統的に最小限にとどまっている」という。
このため、「このような製品の生産能力は限られており、生産能力を高めるには時間がかかる」というのだが・・・。
EUの反応とアメリカ政府の変更決定
欧州連合(EU)の機関である欧州医薬品庁(EMA)は、1月8日、ファイザー製ワクチンの使用のためのプロトコルを更新したものをサイトに掲載、同時にこの問題について言及している。
そこでは、このワクチンの小瓶には、6回分の投与に十分な量が入っていることを認めている(つまり、1瓶で6回使うことが公式に許可されたことを意味する)。ただし、そのためには、注射器や針の部分にワクチンが残る量が少ないものを使う必要があるとしている。標準的な注射器と針を使うと、6回分には足りない場合があると警告している。
一方のアメリカでは、『ニューヨーク・タイムズ』によると、何週間もの間、ファイザーの幹部が、アメリカ食品医薬品局の役人に、小瓶には5回分ではなく6回分の投与量が含まれていることを正式に認めるように働きかけていた。
ファイザー社と連邦政府との契約では、投与量での支払いが義務付けられている。そして、公衆衛生への深刻な影響があった。1瓶6回分になれば、ワクチン接種のペースを加速させることができるようになるだろう。
ファイザーの幹部は、政府がこの要求を承認することを躊躇していると、連邦ワクチン規制当局のトップに怒りをぶつけたという情報もある。
1月6日、やっとアメリカ食品医薬品局は、医師が小瓶に6回目の投与量が含まれていることを確認するためのファクトシートの文言を変更した。これは、世界保健機関(WHO)と欧州医薬品庁(EMA)の表示更新を反映したものだと、同紙は伝えている。
つまり、躊躇するアメリカ政府の後押しをしたのは、EUとWHOの動きだったといえるだろう。様々なパイプを通して彼らはつながっていて、話し合ったりプレッシャーをかけたりしていたのではないか。
その背景にあるのは、ワクチン不足なのだから、少しでもワクチンを無駄にしたくないという現場からの声だったのではないだろうか。ましてやファイザー製は、今世界で最高の品質を認められているのだ。決して無駄にせず、一人でも多くの人に投与したいという、関係者の願いだったのに違いない。
ファイザー社の対応と混乱
このような経緯のために、今までは6回目がとれると「ボーナス」とみなされていたのだが、今は変化した。ファイザー社は、小瓶には6回分入っていると考えるようになった。
6回分あるのなら、計算上では2割以上多い人々に投与できるようになる。これは歓迎されるべきことには違いない。ワクチンは世界中の人が望んでいるのだから。
ただ、問題がある。
フランスを始め複数の国の契約は、小瓶単位ではなくて、用量(回数)である。1瓶が5回分ではなくて6回分となったことで、ファイザー社は、同じ価格で20%分、小瓶の数を少なく提供することになるのだ。
今までは、100回分なら20瓶納品しなければならなかった。今後は16−17瓶で済むということになる。
実際、ファイザー社は、1月18日の週にフランスへのワクチン納入について、「当初の納入スケジュール」で予定していた小瓶を、52万本から38万5000本に削減してしまった。
5回分しか取れなかったらどうなる?
......しかし、適した注射器の不足により、1瓶から5回分しかとれなかった場合、どうなるのだろうか。お金は回数分(用量分)きちんと払っているのに、それに応じた瓶の数が足りないということになる。どうやって集計するのかも、難しそうである。
この疑問は、日本に関しても同じだ(後述)。
今のところ、EUは、同社のこの決定に反応していない。
奇怪なことに、同社によると、6回目の投与量の使用が許可されたことと、配送量の減少との間には「直接的な因果関係はない」としている。これは「ベルギーの弊社のサイトで進行中の調整」によるものであるとしているのだ。
何か含みがありそうだ。法的な自己防御なのだろうか。同社は「用量で契約しているのだから、この6回目の投与は、顧客には追加コストとはならない」と話しているが。
大変ややこしいのだが、確かにEUやアメリカの当局が「6回分入っている」と認めたことで、現場の医療従事者は6回分使うことができるようになった。ただし、6回分使って良いのと、「この製品は1瓶6回分です」というのとは、どうやら違うようなのだ。
フランスの保健省は、AFP通信によると、このような「医療処置」と、適切な「器具」を必要とする6回目分の抽出は「本当に挑戦である(=難しい)」と述べているということだ。
2月8日、アストラゼネカ社のワクチンを接種するヴェラン保健大臣。40歳。マクロン大統領43歳。若い二人がコロナ対策を進める。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
現場はどうなっている? フランスの例
ただ、フランスに関して言えば、それほど大問題にはなっていない。
新たな注文は届くのが遅れているものの「1月31日の週には、6回目の投与に適応するための補完キットの最初の納品が、1000万届く予定である」、さらに「3月15日までには、8200万ユニット届く」という。
さらに、6回目の投与が発表される前に注文した注射器等について、オリヴィエ・ヴェラン保健大臣は、確認した結果、86%が6回目の投与に適したものであると発表した。このことは、独立した外部機関のテストによっても確認されたということである。
日本より状況が切迫しているとはいえ、なんという対応の整備と素早さだと感心する。ただ、他のEU加盟国はどうなのかは、まだ情報をつかんでいない。
南仏のApt 病院センターでは、注射器の準備を一元化して、設備が整っていて経験豊富な人々に注射器の準備を委託することを選択した。
また多くのところで、納品された標準装備ではなく、病院で広く利用されていて、ワクチン残量が少ない、いわゆるツベルクリン注射器を使用していると言う人が多いとの報告があったという。
バイデン大統領のコロナ対策
ところで、重要なのは当のアメリカの動きである。
バイデン大統領は1月21日、就任2日目に「国防生産法(the Defense Production Act)」に署名した。
コロナ対策のための国家戦略の法律に署名するバイデン大統領。後ろにハリス副大統領(写真:ロイター/アフロ)
これはコロナ対策のために、大統領と当局が民間企業に特定の商品を緊急に生産することを強制することを認める法律である。
大統領は1月25日、ワクチンの展開に再び自信を示し、米国は夏までにコロナウイルスからの集団免疫に近づくだろうと述べた。
これに関連して、注射器のベクトン・ディッキンソン社は「米国政府と積極的に協力して、ワクチンの残量が最小化する注射器と、あらかじめワクチンと針が装填された1回使い切り使い捨て注射器(Prefilled Syringe)による解決法について議論している」と、カークパトリック広報館が述べている。
「2020年春に米国政府との間で注射器ニーズの計画を始めたとき、ワクチン残量最小化の注射器に焦点を当てていたわけではなく、他のデバイスを優先していた」ということだ。
輸出制限も可能だが・・・
この法律は、もともとは1950年朝鮮戦争の時にできたものだ。
アメリカは自由を尊重する国なので、国家がビジネスや私企業に介入することは、たとえ規制レベルであっても極力避けられているが、非常時に大統領や当局といった政治が介入することができるようにするための法律ということだろう。軍事や災害対応の場合に発動される法律である。
連邦緊急事態管理庁の説明によると、「軍事、エネルギー、宇宙、国土安全保障プログラムを支援するために、大統領が米国の産業基盤からの資源の供給を迅速化し拡大するための、権限の主要なソース」ということだ。
CNNの報道によると、例えば、注射器を作っている会社がイタリアに100本を送ろうとしても、大統領が米国にとどまらせる必要があると判断したならば、そのサプライチェーンを中断させることができると、わかりやすく解説している。
つまり、法律上では、アメリカ大統領は自国民を優先させて、ワクチンや注射器に輸出制限をかけることができるようになったということだ。
ただし、同法の中にある、この「配分(割り当て)」の権限は、1970年代の冷戦時代に使われた時以来、使われたことがないという。一般的には「優先順位付け」の権限によって、政府の契約が優先されるようにしているそうだ。
ベクトン・ディッキンソン社は、ワクチン接種用の注射器を合計10億本以上生産し、そのうち2億8600万本を米国で生産することを約束している。すでに2020年末までに1億5000万本の注射器を米国に納入しており、残りは3月までに配布する計画だという。
それで日本の場合はどうなる
朝日新聞の報道によると、厚労省の担当者は「あくまで総回数(1億4400万回分)で契約を結んでいる。これからファイザーと相談する。減るかどうかは現時点では何とも言えない」としているという。
となると、まずチェックするべきことは、ファイザー社は何瓶、日本に納品するのかということだ。
「5回分」とするなら2880万瓶、「6回分」とするなら2400万瓶となるはずだ。
おそらく6回分の2400万瓶が納入されるのだろう。欧州での前例を見てもそうだし、日本では既に同社から「1瓶につき6回分とれる」と伝えられていて、厚労省は1月にあった自治体向けの説明会でも同様の説明をしていたということなので。
しかし、上述の欧州での経緯を見ていると、ファイザー社も完全に強気にはなれない感じがする。日本側としては「欧州では、6回分の投与の許可と、配送量の減少には、直接の因果関係はないと説明しているではないか」「そんな変更をいきなりされても困る」と、はっきり主張することは可能だろうし、するべきだと思う。
もちろん同社から「6回分」と言われていたのに(いつ言われたのだろう?)、早めの対策を取ることも、素早く抗議をすることもしなかった日本側にも問題はある。でも、100%日本側が悪いとは思えない。
泣き寝入りする必要はまったくないと思う。同じ問題を抱えている欧州の国や、警告を出している欧州医薬品庁(EMA)と連携して、国際的圧力をかけてもいいと思う(もっともこのような国際交渉は、日本政府に望むべくもないが)。
強く主張するべきことはして、あとは会社レベルと政治レベルで交渉するしかない。税金を使って高額なワクチンを購入するのだから、政府にはしっかりしてもらいたい。
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一人でも多くの人にワクチンを
EUも、域内ではワクチンが足りていないにも関わらず、域内にある工場で生産されたワクチンを囲い込むことなどせずに、日本に契約どおり渡すことになっている。
アメリカも、もちろん国民を守るのは大統領の責務なのだが、国内供給と外国供給を両立できるように、頑張ってほしい。
ファイザー社もベクトンディッキンソン社も、結局は大きなビジネスチャンスになるのだし、1小瓶で6回取れれば、貴重なワクチンの無駄が少なくてすみ、世界で一人でも多くの人がワクチン接種できるのだ。
先ほど「日本政府は強気で交渉を」と書いたが、6回分になったのは、貴重なワクチンを無駄にしないという思いから来ているものだ。そこも踏まえた上で、日本政府には、迅速で的確な対応を望みたい。
<引用資料>