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本当に危険なのは「高齢者の運転」なのか…和田秀樹が「うっかり免許返納をしないほうがいい」と訴える理由>高齢者が特に事故を起こしやすいというデータはなく、

2025年09月05日 10時03分57秒 | 医療のこと
 
高齢者は運転免許を返納したほうがいいのか。精神科医の和田秀樹さんは「高齢者が特に事故を起こしやすいというデータはなく、免許返納を求める根拠はない。高齢者から免許を奪うことは老いを一気に加速させ、生きる楽しみも奪ってしまうことになる」という――。 
 
【この記事の画像を見る】  ※本稿は、和田秀樹『老人入門 いまさら聞けない必須知識20講』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
 
 ■高齢者にとって免許更新のハードルは高くなっている 
 
 70歳を過ぎると、運転免許の更新のたびに高齢者講習を受けなければいけません。 
 
74歳までの前期高齢者で普通自動車免許所持の方は実車ありの2時間の講習ですが、75歳を過ぎた後期高齢者になると、この講習にくわえ、運転技能検査と認知機能検査が必要になります。  
 
認知機能検査ではっきりと認知機能の低下が認められれば医師の診断書の提出や臨時適性検査を義務付けられ、そこでもし認知症と判断されれば本人がいくら希望しても免許は取り消しあるいは停止となります。 
 
 ところが現状はどうかといえば、まず高齢者講習は居住地に近い自動車教習所か試験場で受けることになります。膨大な層をなす団塊世代が該当しますから、この予約がなかなか取れません。後期高齢者に義務付けられている認知機能検査も予約制ですが、これもなかなか取れません。
 
  コロナのせいもあって予約人数を制限している教習所もかなり多いといいます。高齢者にとって免許更新のハードルはだんだん高くなっているのです。 ■「返納したほうが…」と弱気になってはいけない  
 
「何だか面倒くさくなってきたな」ついそんな気持ちになってしまう人もいるでしょう。  
 
「あちこちの教習所に電話してもなかなか都合の合う日の予約が取れない。最近はたまにしか運転しないんだから、免許なんかなければないでやっていけるかな」 
 
ふとそう考えてしまいます。  
 
しかも講習通知書の裏面には免許返納の手続きの説明が印刷されてあります。
 
  「そうか、身分証明書代わりの『運転経歴証明書』というのがあるのか」  あれこれ迷ってしまい、家族に「返納したほうが安心だよ」と言われると、つい弱気になってしまうかもしれません。
 
 
 
でも、都会暮らしでふだん運転することがないとしても、ここで弱気になってはいけません。ふと車で長い旅行に出たくなったり、旅行先でレンタカーを借りたりすることもあるからです。自由な時間を楽しみ尽くすというのが、これからの人生のテーマです。そのためにも、移動手段の選択肢を減らしてはいけません。  
 
まして地方に住んでいて、週に1度の買い物や通院に車を使っているような人は、免許返納をしてはいけません。不便になるだけでなく、生活の自由度が大きく低下して、老いを一気に加速させる可能性があるからです。
 
 ■ブレーキとアクセルの踏み間違いの原因  
 
高齢者の運転は危険だというイメージがあります。暴走して事故を起こすたびにマスコミに大きく報道されます。高速道路での逆走、交差点や駐車場でのブレーキとアクセルの踏み間違いなど、たしかに不自然で認知症が原因だと思われてしまいます。  
 
でも私は、こういった普段はしないような不自然な事故の原因のほとんどが薬による意識障害ではないかと考えています。というのは、こういう事故を起こした人のほとんどは普段は暴走や逆走をしていないからです。  
 
いっぽう、高齢になると複数の薬を常用している人が多く、代謝も落ちていますから副作用が出やすくなっているのです。低血圧や低血糖、低ナトリウム血症などになると意識障害も起こしやすくなります。  
 
事故を起こしたドライバーがそのときの状況を「よく覚えていない」と言うことがありますが、これも認知症より意識障害を疑っていい証言でしょう。 
 
■「高齢者は事故を起こしやすい」は本当か  
 
そもそも、高齢になれば事故を起こす確率が高くなるというデータなどありません。  
 
警察庁交通局が発表する交通事故状況(平成30年版)によれば、原付以上の免許を持っている人口10万人当たりの年齢層別事故件数でいちばん多いのは16歳から19歳の年齢層でおよそ1500件、次いで20歳から24歳が876件です。  25歳から29歳でも624件です。
 
高齢者はといえば、70代で500件前後、80代前半でも604件です。その他の年齢層の30代から60代が概ね450件前後ですから高齢者が特別、事故率が高いとは言えません。
 
以下はリンクで
 
 
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むしろ寿命を縮める可能性も」がん検診にオプションを付けまくる人が陥る意外な落とし穴

2025年09月04日 13時03分46秒 | 医療のこと
さまざまながん検診を詰め込んだ「メガ盛り」人間ドックを売りにしているクリニックがある。医師の中山富雄さんは「お得感だけで安易に手を出すと過剰診断を引き起こし、苦渋に満ちた治療を迫られるかもしれない」という――。
 
 
 【この記事の画像を見る】  ※本稿は、中山富雄『知らないと怖いがん検診の真実』(青春新書)の一部を再編集したものです。 
 
■悪さをしない「おとなしいがん」が治療対象に変わった 
 
 もう30年ほど前になりますが、医学部の病理学実習で70~80歳の男性には前立腺に8割方、小さながんがあると教わりました。 
 
 なんらかの病気でお亡くなりになった高齢の男性を調べると前立腺がんが見つかることは珍しいことではありません。亡くなったあとの解剖で見つかるがんをラテントがんといいます。生前にはなんら悪さをしなかった、いわば「おとなしいがん>Latent Cancer」です。  
 
高齢男性の前立腺にできた「おとなしいがん」は症状もなく診断されることもなく、ご本人はがんの存在に気づかずに天寿を全うなさいます。がんを持っていても、必ずがんで命を落とすわけではないのです。高齢男性にはたいてい前立腺がんがあり、そのほとんどが「おとなしいがん」であることは医者にとって常識でした。  
 
ところが、私が医者になってしばらくすると「前立腺のおとなしいがん」を取り巻く環境が変わり始めます。 
 
 前立腺にあるタンパク質の一種であるPSA(前立腺特異抗原)を測定して、前立腺がんを早期発見できるようになったのです。採血だけという手軽さや、メディアでの紹介もあってPSA検査はどんどん広まっていきました。 
 
 確かに、PSA検査の精度は高く、多くの方にがんが見つかりました。
 
  精度が高いので本当に小さながんも見つかります。しかも、その多くがお年寄りです。30年前の解剖の授業ですでに常識として語られていた「高齢者の前立腺にはたいていおとなしいがんがいる」という状況を肯定する結果です。
 
  当時と状況が異なるのは、おとなしいがんであるはずの高齢者の前立腺がんが、「早期発見」されたばかりに治療対象となってしまったことです。 
 
 PSA検査が浸透して前立腺がんはどんどん見つかっていきますが、患者数の増加に見合うだけの死亡率の大きな変化は見られませんでした。 
 
 早期発見・早期治療が奏功するがんを発見していたのであれば死亡率は大きく減少するはずなのに、死亡率はほんの少し減ったかなという程度だったのです。つまり、治療など不要な「おとなしいがん」が大量に発見されてしまったことを意味します。  
 
患者数の増加と死亡率の変化が噛み合っていないことから、PSA検査は過剰診断に走りがちとの認識を持つ医療関係者も出てきて、検査の扱いを検討する議論も見られるようになりました。  
 
さて、がんを手術や放射線などで治療することを「根治療法」といい、検査をしながら病気の進行を見守り、病状に応じて根治療法の時期を見極めることを「監視療法」といいます。 
 
 前立腺がんの10年間の死亡率が監視療法と根治療法で差がなかったことが明らかになり、現在では前立腺がんに対してはPSA検査の数値の変動を定期的にチェックする監視療法が取られるようになっています。
 
 
 
 
■手術でかえって日常生活に支障をきたす可能性が高い 
 
 PSA検査では、おとなしいがんだけでなく質の悪い前立腺がんも見つかっているはずで、そうしたがんの治療は患者さんの命を救うことにつながっている可能性はありえます。 
 
また、手術で前立腺を摘出してがんができる場所をなくしてしまえば、以後、前立腺がんのリスクをかなり小さくすることもできます。  
 
しかし、だからといって「前立腺を取って以後のリスクが減るのならよい」とは簡単には言えません。 
 
 前立腺は排尿や性機能に関わる神経と接しているため、術後に尿漏れや性機能障害を起こす可能性が高いのです。これはQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の低下を招きます。
 
  特に尿漏れは日常生活への影響が大きく深刻な問題と言えます。 
 
 現代の高齢者は溌剌(はつらつ)として、ボランティアだ趣味だ旅行だと、大変活動的です。老後を「第二の青春」として謳歌(おうか)している方のなんと多いことか。尿漏れやその対策のオムツは、往々にして活動の幅を狭めてしまいます。
 
  前立腺に限らず、手術の後遺症というのは予測がつきません。あの人が大丈夫だから、この人も大丈夫というふうにはいかず、蓋を開けてみるまでわからないのです。
 
 ■がんが見つかれば切除してほしいと思うのが人情  
 
健康番組で紹介された品が、翌日のスーパーからゴッソリなくなるという話はよく聞きます。メディアの影響は医療現場にも及ぶもので、有名人ががんを公表したり、「○○検査でがんが見つかった」などと紹介されると、関連の医療機関が一気に賑わうというのはよくあることです。ある種のブームです。 
 
 すると、ある特定の病気について検査件数がグーンと伸び、追って「その病気である」と診断を受ける方がグググーンと伸びることがあります。こうしたブームが発生すると、検診を研究している立場としては「これは過剰診断ではないか」とちょっと身構えてしまいます。
 
 お隣の国、韓国は長く検診後進国といわれていました。そこで政府主導でメディアも巻き込んだ乳がん、子宮頸がん、結腸がん、肝臓がんの検診が始まったのが1999年のこと。そのとき、オプションとして甲状腺がん検診も受けられることになりました。 
 
 超音波での検査はくすぐったいくらいで身体に大きな負担もなく、追加料金も3000~5000円ほどとお手頃だったので多くの人がオプションに加えます。
 
  がん検診のオプションに入れられる前の甲状腺がんの患者数は年間1000人程度。それが2011年にはその約15倍もの方が「甲状腺がん」と診断されるようになりました。当然、治療を受ける人も激増します。
 
  韓国の甲状腺がんの治療ガイドラインでは、腫瘍が1センチ以下の場合は切らないと示していましたが、がんが見つかれば切って取り除いてほしくなるのは人情です。5ミリ程度の腫瘍であっても、ほぼ半数の患者さんが手術で取り除くことを希望しました。しかしながら、死亡率に変化はありませんでした。つまり、手術してもしなくても死亡に関係のない完全なる過剰診断が横行してしまったわけです。
 
 
 
■元気に長生きするための手術が逆に寿命を縮める皮肉な結果に 
 
 韓国で甲状腺がんの検診が増えたことは、過剰診断のほかに「偶発症」の問題も引き起こしました。偶発症とは、胃バリウム検査で台から落ちて骨折する、内視鏡治療で腸に穴を開けられるなど、検査や治療で障害などが生じることを指します。 
 
 甲状腺は喉仏の下にある臓器で、身体の代謝を調節する甲状腺ホルモンを分泌しています。手術によって甲状腺ホルモンの分泌が減ってしまうと、後遺症として手などのしびれ、けいれん、便秘のほか、倦怠(けんたい)感があらわれることもあります。 
 
 偶発症としてよく知られているのが発声のトラブルです。 
 
 甲状腺の裏に通っている発声に関わる神経が傷つけられ、声が出せなくなってしまうのです。韓国のケースでは、手術を受けた人のうち2パーセントが神経を傷つけられたという報告も上がっています。  
 
声帯にシリコンを入れれば発声はかなり改善しますが、うまく喉は動かせないままなので、食べ物が食道ではなく気管に入り込んでしまう誤嚥(ごえん)が起こりやすくなります。  
 
高齢者の場合は誤嚥から誤嚥性肺炎となって、そのまま亡くなることも珍しくありません。日本では70歳以上の肺炎患者のうち約7割が誤嚥性肺炎。そして、誤嚥性肺炎は死因の第6位となっているほどです(2020年 厚生労働省)。
 
  高齢になるにつれ咀嚼(そしゃく)力や嚥下力が衰えるので誤嚥性肺炎を起こしやすくなりますが、甲状腺がんの手術によって誤嚥性肺炎のリスクは一層上昇するかもしれません。  
 
 
■元気に長生きするための手術が逆に寿命を縮める皮肉な結果に
 
 ■医療の進歩でどんながんも見つけてしまえるようになった  
 
過剰診断が起きてしまう大きな要因となっているのが医療技術の進歩です。今までなら見つからなかったような小さながんも、どんどん見つけてしまえるようになっています。 
 
 本来、治療とは命を助けるもの。そして、転移などのように状態が悪くなるのを防ぐためのものです。  治療そのものが、身体はもちろん、精神的にも大きな負担になるケースもあり、その負担をどこまで許容すべきか?  その許容の線引きは医者がするのか?  患者がするのか?  実に悩ましいところです。 
 
 例えば大腸ポリープなどは検査のついでに取ることができ、患者さんもしんどい思いをすることもありません。  
 
腸のなかにあって現物など見たことも触ったこともないのですから、ポリープに愛着などさらさらなくて「取ってもらった、ラッキー!」という反応がほとんどです。  
 
しかし、そうはいかないケースは多々あります。 
 
 例えば、女性なら子宮や卵巣、乳房。男性なら前立腺など、その方の心の深い部分につながっている臓器に対しては、治療法の選択が苦渋に満ちたものになることもあります。
 
  一昔前はとにかく「全摘」という治療が主流でした。がんがどこまで及んでいるのか手術前の段階では必ずしもわからないので、大きく取ってしまったほうがいいという古典的な外科の戦略です。 
 
 現在でも、ある種の乳がんに対しては全摘が標準療法としてガイドラインで定められています。
 
 
■「なにか」の発見は必ずしも人を救うとは限らない  
 
触診では見つけることができない非浸潤性乳管がん(DCIS)は、マンモグラフィーの登場で発見できるようになりました。がんの進行をあらわすステージは0期。早期といわれるI期にもなっていないため、「超早期がん」とも呼ばれます。 
 
 超早期なだけに予後も良好なので部分切除(温存療法)がおこなわれる場合が多いのですが、乳房全体に同時に複数できてしまった場合などでは全摘をすすめられることがあります。ごく早期でありながら、女性にとってはつらい決断を迫られる場合があるのです。 
 
 私のところにいらした30代の乳がん患者さんは、1年前に別の病院で泣く泣く全摘の手術を受けたそうです。
 
「自分の命との取り引きだった」はずの全摘ですが、定期検査でCTを撮ったところ肺に小さな、本当に小さな「なにか」が映っていて、担当医に「転移かもしれない」と厳しい宣告を受けました。  
 
事の顚末(てんまつ)を語る女性の表情は暗く、今にも泣き出さんばかりの様子で言葉も途切れがちです。私も覚悟を決めてそのCT画像を見せてもらいました。 
 
へ?  これですかね?  この程度の小さな影は10人に1人ぐらい誰でも持ってますよ」  
 
女性は半信半疑の様子です。紹介医である乳腺外科医に「乳がんの転移や肺がんなどではなく、感染症など炎症の可能性が高く、基本は放っておいてよい」と返事を書きました。 
 
 「心配なら半年後にまたいらしてください。そしたら大丈夫だって安心してもらえるでしょうから」  
 
そして半年後。カルテを見ながら「おっ、あの女性か」と診察室のドアが開くのを待っていたら、別人かと見まがうほど晴れやかな笑顔の女性が入ってくるではないですか。おまけにこんがり日に焼けています。  
 
「先生、私ね、この病院でも『転移してる』って言われたら、帰りにどっか飛び込んでたわ。でも、平気って言われて気持ちが軽くなって、もう嬉しく嬉しくて、この前ハワイに行ってきましたよ!」 「ハワイですか、よかったですなあ!」 
 
 改めて検査をしたら、肺に映っていたはずの小さななにかは、すっかりどこかに消えていました。 
 
 昔であれば、とうてい気づくこともなかった「なにか」を見つけられるほど医療技術は進歩しました。しかし、その「なにか」を見つけることが、必ずしもその人の命を、心を救うとは限らないのです
 
 
■お得感をくすぐる「メガ盛り」の人間ドック
 
  お勤めしている方の楽しみのひとつと言えば「ランチ」でしょう。オフィス街には和洋中さまざまな店が軒を並べ、店先のメニューを見ていると目移りしてしまいます。  
 
そんなとき、「おっ、これにしようか」と気持ちがなびいてしまうポイントは「お得感」ではないでしょうか。  例えば、肉がご飯の上にどっさり乗っている「メガ盛り」。 
 
 「こんなにたくさん!  とってもお得!」 
 
 私もそう思います。なんなら「食べないと損!」と焦って店に入ってしまいます。損得が最初に来てしまうと、「ホンマに今日は肉の気分?」「こんないっぱい、入る?」「この肉、どこの肉?」なんてことは、もはや関係ありません。なんせ「得」なのですから。 
 
 ランチなら「イマイチだったな」で済みますが、お得感をくすぐる「メガ盛り」は医療の分野でもすっかり定番になっています。山盛りの検査メニューを売りにしている人間ドックなどは日本中にあります。 
 
 数年前のことです。ある自治体の検診を受託している某クリニックに、自治体の調査が入りました。 
 
 その自治体の職員は、クリニックが配布していたチラシを見て仰天します。
 
 ---------- 自治体の検診では5項目のところ、 当クリニックではわずか○千円の追加でなんと80項目できますよ
 
 ----------  「The・メガ盛り」な内容を大々的にアピールしていたのです。
 
  医療は患者さん一人ひとりの健康をサポートするためのものであり、その過程で人生に深く関わることもあります。患者さんとのファーストコンタクトになる可能性もある広告表現にも大きな責任が伴うのです。  
 
「金額」は患者さんにとって気になる情報ではありますが、その表示の仕方には次のような姿勢が求められています。 
 
---------- ――費用を強調した品位を損ねる内容の広告は、厳に慎むべきものとされておりますが、費用に関する事項は、患者にとって有益な情報の1つであり、費用について、わかりやすく太字で示したり、下線を引くことは、差し支えありません。費用を前面に押し出した広告は、医療広告ガイドラインにおいて、品位を損ねるものとして、医療に関する広告として適切ではなく、厳に慎むべきとされています。
 
 
―― (「医療広告ガイドラインに関するQ&A」2018年 厚生労働省) ---------- ■検査の量は必ずしも診断の質を担保しない  ちょうどその時期は病院が出す広告について法改正がおこなわれたばかりで、チラシの表現は法に抵触するのではないかと国に報告されました。  
 
ただ、一般の方々はそんなことは読み取れません。 
 
 同じチラシを見ても「お得だ!」と肯定的にとらえてしまう方が多いでしょう。  なんせ80項目もあれば、身体のすみずみまで、それはしっかり診てもらえるような気がするではないですか。 
 
 ところが、80も検査項目があっても、それをきちんと読み取れる医者がいなければ意味がありません
 
そもそも、そんな大量の項目は無意味なのですが。 
 
 人間ドックの場合、検査項目が多いほどしっかり診てもらえそうな気がしますが、そういうわけではありません。
 
  検査項目を決めているのは医者ではなく、ほとんどの場合、事務方だからです。 
 
 医学的知識がないと、「メガ盛りはウケがいい」「あのクリニックも入れてる」「ムダな検査なんてないだろう」と、やたらめったら項目を追加してしまうのです。 
 
 検査の「量」が必ずしも診断の「質」を担保するわけではないのです。
 
■「高かろう悪かろう」の検診もある 
 
 「量」で検査の「質」を担保しようとするのが「メガ盛り」だとすると、「お金」で「質」を担保しようとするのが高額な人間ドックでしょう。 
 
 知り合いのフリー編集者の男性は、ここ10年ほどずっと人間ドックに通っているそうです。毎年1回ベーシックなコースで4万円ほどかかるそうで、50歳になってからは前立腺がんのPSA検査、脳ドックなどオプションも増え、かなりの金額に膨れ上がりました。  
 
さて、日本の検診受診率が低い理由として「忙しい」「身体の調子がよい」とかいわれていますが、それを確かめるため「検診を受けたことがない人」数名にインタビューをおこないました。 
 
 皆さんいろいろな理由をおっしゃいます。 
 
 「時間がない」 「検診の通知に気づかなかった」 「日程の都合がつかなかった」  
 
でも、なんとなく理由として弱い。あれこれ質問を変えながら一時間ほどみっちり何十人もの患者さんとインタビューを重ねてわかったのは「たいした理由はない」ということでした。 
 
 その話をしたところ、オチに大笑いしていた編集者ですが、ふと「じゃあ自分はなぜ高額な人間ドックを受けているのか」と疑問を口にします。
 
  検診日時や病院を決められる、待ち時間が少なくゆったりしている。いくつか理由を挙げますが、どれも「4万円」の価値としては弱い気がすると言うのです。  
 
うんうん考えた結果、彼が出した結論がなんだと思います? 
 
  「お布施なのかも」 「どういうことですか?」 「これだけ高額なら、きっと検査精度も高いはずと信じられるから……。御利益がありそうというか」
 
  身銭を切る――それもそこそこの金額――ことですっかり安心しきっていたというわけです。  
 
医者のすべてが経験豊富で技術に優れているとは限りません。医者との相性はわかっても、能力を見極めることは同業でない限り難しいでしょう。  
 
「安かろう悪かろう」といいますが、「高かろう悪かろう」もまたあるのです。 
 
 
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大学病院が多い都道府県ほど平均寿命が短い

2025年08月08日 20時05分39秒 | 医療のこと
 
 
大学病院が多い都道府県ほど平均寿命が短い…和田秀樹「高齢者が迂闊に大学病院へ行ってはいけない理由」専門医による臓器別の診療は高齢者の健康や長寿に役立たない
 
PRESIDENT Online

和田 秀樹精神科医
1234次ページ
 
高齢者はどんな医者にかかるべきか。医師の和田秀樹さんは「複数疾病を抱えている可能性の高い高齢者には、大学病院の専門医による臓器別の診療スタイルは不向きだ。あるデータでは、大学病院が多い都道府県ほど平均寿命が短くなる傾向があることを示している。超高齢社会に求められるのは『総合診療』だ」という――。
 
※本稿は、和田秀樹『70歳からは大学病院に行ってはいけない』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
 
写真=iStock.com/EscoLux※写真はイメージです全ての画像を見る(3枚)
大学病院の治療でヨレヨレの悲惨な状態になる可能性
 
大学病院に、みなさんはどのようなイメージをもっていますか。優秀な医師がたくさんいる? 自分にとってベストな治療が受けられる?
 
 
残念ながら、どちらも実態とはかけ離れたイメージと言わざるをえません。もっと言うと70歳以上の方の場合はむしろ、大学病院で治療を受けてしまったがゆえに、残りの人生をヨレヨレの悲惨な状態で過ごさなければならなくなる可能性すらあります。
 
 
そもそも、治療とは誰のためのもの、何のために受けるものでしょうか。当たり前ですが、治療を受けるその人自身が、よりよく生きられること。自己決定権を尊重されて、その人の望む暮らし方に少しでも近づけること。これこそが治療の本来の目的であるはずです。
 
 
ところが、大学病院の多くの医師にとって、関心があるのは、臓器の機能を示す数値データが正常値か否かということ。彼らにとって、患者さんの暮らしぶり、人生哲学などは、およそどうでもいい情報にすぎません。
 
 
結果として、その人の人生という唯一無二の大切なものをないがしろにしたまま、自分が担当している臓器を正常値に戻すことだけが目的化してしまうような本末転倒な治療、個人の特性を無視した、ステレオタイプな治療が横行してしまっています。
 
 
患者さんとまともに対話しようとしない。家ではどんな暮らしぶりなのか。今、どのようなことに不安を感じているのか。食事は、運動は、趣味は……。
患者さんから話を引き出す努力もせず、薬をきちんと管理できているのかすら配慮せずに、数値と睨にらめっこして独断的な投薬を繰り返す。果たしてこれで「患者主体」の治療を実現できるでしょうか。
 
 
 
診ているのは人間ではなく「臓器」
 
 
大学病院には2つの役割があります。ひとつは、最先端の研究などを踏まえた高度医療を提供するというもの。もうひとつが、医師を養成するということ。
高度医療を提供する場であるのだから、大学病院に行けば、最先端の知見と技術をあわせもった優秀な医師から、自分にとってベストな治療を受けることができる。そう考える人は少なくありません
 
しかし、最先端の研究に基づいた検査や治療、投薬を受けられるかどうかということと、あなたの身体や人生にとってベストな治療であるかどうかは、まったく別のものです。
 
とくに70歳以上の高齢者は、大学病院で治療を受けるべきではないと私は考えます。
 
トラブルを抱えた臓器の数値が正常値に戻ったとしても、手術による体力低下や投薬の副作用など、ある種の力技ともいえる治療によって肉体の別の部分がダメージを受け、退院する頃にはひどくヨボヨボになって帰宅するような羽目に陥りかねないからです。
 
それは、「臓器別診療」という大学病院の診察スタイルが、高齢者に求められる治療ニーズとかけ離れていることに起因します。
 
高齢者が抱えている疾病は1つでない場合が多い
 
みなさんご存じのことと思いますが、今の大学病院に「内科」という科はありません。「呼吸器内科」「消化器内科」「循環器内科」などに細分化されています。
 
あるいは「外科」という科もありません。「脳神経外科」「呼吸器外科」「乳腺外科」といったカテゴリーになっています。こうして細分化し、臓器別の診療を行っているわけです。
 
この臓器別診療は、現代医学の理想の形として長らく実現を目指されてきたものでした。高度医療を提供し、難易度の高い手術を担う。そのために、医学部の医者たちは、それぞれが専門の臓器に特化して研究し、その専門性を高めてきたのです。
 
その結果、1970年代頃から、こうした「臓器別診療」が各大学病院でスタートします。
 
 
写真=iStock.com/Akarawut Lohacharoenvanich
 
※写真はイメージです
 
 
当時、65歳以上の高齢者は人口の7%程度でした。まだ高齢化が進行していなかった社会において、この臓器別診療が一定の役割を果たしたことは間違いありません。
 
多くの難病患者さんたちが、専門性の高い臓器別診療のおかげで命をながらえてきました。50代くらいまでの患者さんであれば、臓器別の高度医療による治療は効果的だと言えるのです。
 
しかし、2021年現在、65歳以上の高齢者の割合は29.1%まで上昇しています。高齢になると、1つの臓器だけでなく、こっちにもあっちにもガタがきているという状態になっている人が少なくありません。
 
若年層の患者さんであれば、抱えている不調は1つだけ、ということも多いでしょうが、高齢者の場合は、3つも4つも疾病を抱えているという状態になりやすい。
 
 
高血圧でありながら、軽い糖尿病もあり、コレステロールが基準値オーバーで、骨粗しょう症も抱えている、といった具合です。身に覚えのある方も多いでしょう。
 
そうなると、血圧を下げるための降圧剤やコレステロール値を下げる薬を循環器内科で処方され、内分泌代謝内科で血糖値を下げる薬が処方される。尿もれが頻繁に起きてくれば、泌尿器科で膀胱収縮を抑える薬が出されるでしょう。
高齢者が薬漬けになりやすいことは広く知られていますが、飲むというより食べるといった量の錠剤を毎日口にしている人もいます。
 
こうなってくると、症状を軽減させるという薬の効果よりも、副作用の害のほうが大きくなりかねません。高齢になると代謝機能も落ちてきます。体内に摂取した薬を排出しづらくなってくるため、深刻な腎障害を起こす可能性もあります。
 
医療費の点でも問題です。複数の医師にかかる診療代や各科で処方される薬代など、一人のかかりつけ医に診てもらう場合よりもはるかに医療費が嵩かさんでしまいます。臓器だけを見て、患者自身の健康をトータルに見ようとしない臓器別診療により、体への負担も財政への負担も大きくなってしまうということです。
 
 
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どれだけ長生きできるかはお金で決まる? 東京、大阪エリア別の「いのちの格差」

2025年08月02日 18時00分09秒 | 医療のこと
 
経済力だけではなく、健康への意識や学歴も寿命に関連していると考えられる>
どれだけ長生きできるかは地域の風習や文化にも左右される RelaxFoto.de/iStock.
日本は世界有数の長寿国だが、寿命には地域差がある。2016年の都道府県別の健康寿命を見ると、最長と最短の県の開きは男性で2.0年、女性で2.7年となっている。 
 
 
9/23/2020
 
グラフ】東京・大阪のエリア別平均寿命と世帯収入の関連 男女とも首位の山梨県では、高齢者の孤立を防ぐ「無尽」という地域ネットワークがあるという(「健康寿命、なぜ地域に差?」朝日新聞、2018年3月9日)。
 
 
男性3位、女性2位の静岡県では、緑茶を飲む習慣があるためではないかと言われている(同上)。
 
 
どれほど長生きできるかは、地域の風習や文化による面がある。 都道府県よりも下った市区町村レベルで見ると、社会経済背景の影響も見えてくる。
 
市区町村単位では、寝たきりの期間も含めた平均寿命のデータしかないが、男性の平均寿命の首位は横浜市青葉区の83.3歳だ(厚労省『市区町村生命表』2015年)。
 
 
この結果について、横浜市長は「区民の健康意識の高さによるのではないか」と述べている。 
 
<地域差の要因は?> あたりさわりのない見解だが、原資料に載っている上位と下位のエリアの顔ぶれを見ると、一定の傾向性があるように思える。都内23区で見ると、男性の平均寿命には82.8歳から79.4歳までの幅があるが、3つの階級で各区を塗り分けると<図1>のようになる。 
 
<図1> 西高東低の模様で、単なる偶然とは思えない。
 
「長命の山の手と短命の下町」という言葉で言い表すこともできる。 こうした分化(segregation)がなぜ起きているか。
 
都内23区の世帯年収の中央値を出すと、最高の606万円から最低の370万円までの開きがある(総務省『住宅土地統計』2018年)。
 
この指標を男性の平均寿命<図1>と関連付けると、相関係数は+0.509となる。年収が高い区ほど寿命が長い、という傾向だ。よい医療を受けられるかどうかは経済力に左右される、という現実もある。
 
 
<老後の生活は、若い頃の生活とも関連している>
大阪市内の24区で見ると、年収と寿命の相関はもっとクリアーに出る。
 
 
<図2>は、横軸に世帯年収、縦軸に平均寿命をとった座標上に24の区を配置したグラフだ。 
 
<図2> 年収が高いエリアほど寿命が長い傾向が、都内23区にもまして明瞭だ。相関係数は+0.878にもなる。左下の西成区を外れ値として除いても、相関係数は+0.8を超える。 
 
どれほど生きられるかがお金で決まる「いのちの格差」に愕然とするが、寿命と関連するのは経済力だけではない。よい医療はお金で買えるが、裕福でも暴飲暴食で早死にする人はいるし、貧しくとも健康への意識が高く長生きする人もいる。喫煙や飲酒の頻度は、年収よりも学歴と強く相関する。
 
上図<図2>の傾向は、文化資本と寿命の相関の疑似表現とも取れる。医療や健康診断の費用を安くすることに加え、意識を高めるための啓発も求められる。 老後の健康は、若い頃の生活の有様と関連する。人生初期の学校教育において、生涯を健康に過ごすための習慣や態度を身につけさせることも必要だ。実のところ、家庭環境とリンクした健康格差は子ども期から出てしまっている。寿命(いのち)の格差は、それが拡大再生産された結果に他ならない。健康な人生の土台を築く上で、学校教育に期待される役割も大きい。 <資料:厚労省「市区町村生命表」、     総務省『住宅土地統計調査』(2018年)>
 
 
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スズメバチの被害増加…別名「毒のカクテル」の恐怖 どうすれば襲われない?刺された時の対処法も

2025年08月01日 11時03分25秒 | 医療のこと
スズメバチの被害増加…別名「毒のカクテル」の恐怖 どうすれば襲われない?刺された時の対処法も【北海道発】
 
屋外で遊ぶ機会が多くなるこの時期、増加するのがハチに刺される被害だ。場合によっては命にかかわることも…。どのように身を守ればよいのだろうか? 
 
ハチの中でも大型で攻撃性の高いスズメバチ。その毒は様々な成分からなり、別名「毒のカクテル」とも。
 刺されるとアナフィラキシーショックを起こしたり、最悪の場合、死に至ることもある。命を守るために必要なことを探った。
 
8・31・2021

ハチの被害が7~9月に集中する理由

 
コロナ禍の夏。密を避け、屋外で家族だけで自然を満喫する人が増えている。この時期に注意しなければならないのが、スズメバチなどハチによる被害だ。
 
 アウトドアを楽しむ人: ハチが近くまできて怖かった アウトドアを楽しむ人: 虫よけスプレーなどを持って行こうかと思う。スズメバチのようなハチがいたので 札幌市によると、毎年7~9月にかけ被害が集中し、中でも8月は20件以上に上ることも。 なぜ、この時期に集中するのか。 専門家に聞いた。 
 
北海道ペストコントロール協会・高橋健一学術顧問: この時期は、巣の中で来年に向け新女王や雄バチが育てられています。ハチにとって重要な時期で敏感になり、攻撃性も高まっています 夏は巣が最も発達する時期で、その中には約500~1000匹のスズメバチがいることもあるという。
 

「絶対に近づかず刺激を与えない」ことが大切

 
では、刺されないためには、どうしたらよいのだろうか? 
 
北海道ペストコントロール協会・高橋健一学術顧問: 巣に絶対に近づかない。刺激を与えない。大声を出す、足音を立てる、集団でそばを通るのも刺激を与えてしまい、襲われる原因となります ハチが攻撃的になる黒い色の服を避けることや、ハチを引き寄せる香水や整髪料を控えることも効果的だ。
 

もし刺されてしまったら?

 
それでも刺されてしまった場合は、どうすればよいのか。 北海道ペストコントロール協会・高橋健一学術顧問: 刺された場所を水などで冷やす。その上で、医師の診断を受けることが大切です 刺された場所を冷やすことで血管が収縮し、毒素が回りにくくなる。
 
その上で病院に行くのが効果的だが、特に急を要するのは…。 
 
北海道ペストコントロール協会・高橋健一学術顧問: 刺されたところ以外に発疹が出たり、吐き気や息苦しさを感じたりしたら危険。一種のアレルギー反応で、時として命にかかわる。早急に医師の診断を受けて下さい
 
 

木の枝や床下…ハチが巣を作る場所

 
北海道内での主なハチによる被害は次の通り。
 
 ・2010年8月:登山中に女性が刺され死亡(倶知安町) 
・2015年9月:山菜採りで男性が刺され死亡(音更町) 
・2017年9月:登山中に11人が刺され軽傷(札幌市中央区)
 
 お盆の墓参りの際での被害も相次いでいて、8~9月は特に注意が必要な時期と言える。 では、どんな場所にハチの巣があるのだろうか。北海道ペストコントロール協会によると、木の枝や床下、笹ヤブに加え、墓に作られたケースもあったということだ。 キャンプやお墓参りの際は、くれぐれも注意してほしい。 
 
(北海道文化放送)
 
 
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