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切断した手に「雷に打たれたような激痛も」 10年経っても消えぬ「幻肢痛」、当事者語る辛さ

2022年05月22日 14時06分15秒 | 医療のこと
切断した手に「雷に打たれたような激痛も」 10年経っても消えぬ「幻肢痛」、当事者語る辛さ





20歳の時に事故で右手と両足を失った山田千紘さん(30)は、切断部分がまだ残っているように感じ、しかもビリビリと痺れるという。入院中に知った「幻肢痛」は、約10年経った2022年の今でもなくなっていない。

 【写真】山田千紘さんの両足  

日本ペインクリニック学会誌20年6月25日発行号の情報によると、幻肢痛は「四肢切断後の50%の患者で発症」するが、「確立された治療方法」はないという。山田さんはどんな痛みを感じているのか。自身の実体験や、その痛みを人に伝えることの難しさなどを語った。 

 【連載】山田千紘の「プラスを数える」~手足3本失った僕が気づいたこと~ (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。) 

■痛みで一晩中眠れないことも  

事故の後に病院のベッドで目が覚めた時、手足が3本なくなったとは思っていませんでした。右手と両足の指先まで感覚があったんです。でも、よく見ると無い。無いはずの手足があるように感じ、しかも痺れるように痛みました。

  残っている手足の感覚は「幻肢」、それが痛むのは「幻肢痛」というものだと入院中に知りました。約10年経った今でもビリビリと痺れるような痛みがあります。  

入院中しばらくは、なくなった手足3本とも激しい痺れがずっとある状態でした。時が経つにつれ、慣れてしまったからなのか、事故当時ほどは痛みを感じなくなりました。でも痺れ自体はずっとあって、消えることはありません。

  手と足とで感覚が違います。手は事故当時、切断した腕から指先までがまだ全部あるような不思議な感覚でした。それがいつの間にか、腕が存在する感覚はなくなりました。でも、指の感覚は今もはっきりとあります。残った右腕の先(断端)の中に指が収まっている感覚で、その指が痺れるというような状態です。この感覚は伝わりづらいかもしれません。

  手の幻肢痛は、年に数回くらい雷に打たれたような激痛が走ることもあります。先日も一晩中眠れなくなった日がありました。対処法がいまだに分からないから、とにかくベッドの中で手を押さえて耐えました。

以下はリンクで


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天丼てんや、客離れに歯止めがかからない危機的状況…値上げが失敗だったことが明白に

2022年05月22日 13時00分57秒 | 食のこと

天丼てんや、客離れに歯止めがかからない危機的状況…値上げが失敗だったことが明白に

ロイヤルホールディングス(HD)が展開する「天丼てんや」の不振が止まらない。2月の既存店売上高は、前年同月比1.8%減だった。2018年1月に実施した値上げ以降、前年割れが目立つようになった。それ以降、不振が止まらない。18年1月から20年2月までの26カ月間で前年を上回ったのは、わずか3カ月だけだ。

 18年1月の値上げでは6種類のメニューを10~50円引き上げた。売り上げの4割弱を占めるとされる「天丼並盛」は、500円から540円(税込み、以下同)に値上げした。また「定食のごはんお替わり自由」を廃止し、「追加料金なしで大盛り」に切り替えた。これ以降、客数・売り上げ減が顕著になった。

 その後、19年4月に「定食のごはんお替わり自由」を復活させたほか、消費増税の際に天丼並盛など主力メニューを実質値下げし集客を図っている。だが、既存店売上高は回復していない。

消費増税の際は、天丼並盛など大部分のメニューは税込み価格を据え置き、店内飲食と持ち帰りで税込み価格をそろえた。


これらを店内飲食する場合、実質値下げとなる。これにより客足回復が期待されたが、昨年10月の既存店売上高は10.3%減と大きく落ち込んだ。そこから今年2月まで5カ月連続マイナスで、売り上げが回復する気配はない。

 やはり、18年1月に天丼並盛を500円から540円に8%も大幅値上げしたことが大きい。また、ワンコイン(500円)ではなくなったという心理的な割高感も影響していそうだ。

消費増税時の“実質値下げ”も、実際に価格が下がったわけではないので、割安感の演出は限定的にならざるを得ない。さらに、一部商品は値上げとなったので、その影響もありそうだ。

 てんやの天丼・天ぷらは、天丼並盛以外は価格が高い。定番の天丼・天ぷらの並盛サイズでいえば、「野菜天丼」が店内飲食で560円(以下、すべて店内飲食の価格)と、まずまずの価格だが、ほかに手頃な価格な商品はない。たとえば「上天丼」は690円、「天ぷら定食」が730円、「海老と貝柱のかき揚げ天丼」が840円と、いずれも高めだ。

 季節商品も高いことがもっぱらだ。2月下旬から販売を始めた「桜海老天丼」は、並盛で820円にもなる。1月上旬に発売した「西京風銀ダラと白魚天丼」は890円、昨年11月下旬に販売を始めた「蟹と帆立の天丼」は980円だ。季節商品は概ね700円台から900円台となっており、どれも高額といえるだろう。

 こうしてみると、天丼並盛以外は大半が600円以上だ。これはチェーン店のなかでは高いほうだ。

「吉野家」など大手牛丼チェーンや「日高屋」など大手ラーメンチェーンは、てんやほど高くないので、こうした競合と比べると、てんやの高さは突出している。それでも天丼並盛が500円であれば、こうした競合に十分対抗できた。しかし、値上げして540円になったことで対抗できなくなった。






全文はソース元で
2020.04.06 06:20


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濃厚すぎる辛味噌ラーメン」の衝撃。真っ赤なスープを“食べる”のだ

2022年05月22日 12時00分04秒 | 食のこと
濃厚すぎる辛味噌ラーメン」の衝撃。真っ赤なスープを“食べる”のだ

ともかく赤くて濃厚な「辛味噌ラーメン」

  肌寒くなってきましたね。そんなとき欲しくなるのは「濃厚なヤツ」ではないでしょうか。濃厚ラーメンの温かみにつつまれたい…。というわけで、みなさんに一度はすすってほしい、すすり子のラブなタイプの「濃厚」をご紹介します。  それが東京都市ヶ谷にある『大塚屋』さんの「辛味噌ラーメン」(750円)。


「辛味噌ラーメン」(750円)
「赤い!!! こんな赤いのイケんのか!?」と方向転換しようと思った方、お戻りください。ピリ辛でも泣いちゃう…という方、ごめんなさい。この赤さでまさかのピリ辛です。  
   

スープを「飲む」ではなく、食べる
 このラーメン、「麺少なめ」にすると、味玉が半分サービス。麺少なめって、最後に後悔しちゃわないかな…とソワソワしちゃいますが、普段ラーメン一杯でそれなりに満足できるタイプの方であれば、麺少なめでも問題なしです。  というのは、太麺だからというのもありますが、スープが大きな要因です。 


もはや液体とは呼べないスープ
 このスープ、液体というのがはばかられます。写真だと伝わりづらいのが悔しい。これが平面で出せるドロっと感の全力です。レンゲですくって落とすと、ドロドロっという擬態語で落ちていきます。  半凝固スープでレンゲは不要。すくわずとも麺にまとわりついてきます。麺をすすっているつもりが、スープがガンガンにお口に入ってきちゃう。スープを飲むというより食べています。


味噌の甘みにニンニクの風味が絡む
 このスープ、こんなに赤いのに味噌の甘みがちゃんと感じられます。むしろやさしく思えちゃう。味噌がちゃんとおいしいと思える辛味噌ラーメンです。そこにニンニクの風味、最後にピリッと唐辛子。やさしいのに、パンチは要素でキメてくるからずるい。この組み合わせ、箸がとまらん気しかしないでしょ??? 

卓上調味料で辛さをカスタマイズすることも可能
 もちろん刺激的なのがお好きな方のために、卓上調味料として、花椒やブラックペッパーなどが準備してあります。  わりと激辛ラバーなすすり子ですが、この辛味噌ラーメンはなぜだか刺激増ししたくならない。このピリ辛でめちゃくちゃちょうどいいのです。  
   


肌寒い季節に心を満たしてくれる一杯
 スープから現れる、ムチムチな太麺。ちぢれ食感がお口でモキュモキュ動いてきもちいい。同時にお口に入りこむドロドロスープ。太麺だから、スープに負けずに気持ちよくお口でフュージョンしてくれます。なにこの充足感。
太麺にガッツリ絡む濃厚スープ
 肌寒い季節、あなたを包みこんでくれるのは濃厚な辛味噌ラーメンに決まっている。あったかくて濃厚でパンチの効いた辛味噌ラーメンに満たされてほしい。  ごちそうさまです!


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ヘビイチゴが元気な季節です

2022年05月22日 11時00分10秒 | 日々の出来事
ビオトープの岸辺にい生えています🍀


5/21/2022
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歴史が教えてくれる新型コロナの意外な"終わり方">スペイン風邪も、流行開始から3年後の1921年には「うそのように去っていった

2022年05月22日 10時00分00秒 | 感染症のこと 新型コロナウイルス
> 人々を恐怖に突き落としたスペイン風邪も、流行開始から3年後の1921年には「うそのように去っていった」という。


6・1・2020


パンデミックはいつ「収束」するのか  「ステイホーム」期間中、旧作ドラマにハマった人も多いだろう。TV各局が過去のヒット作品の再放送で急場をしのぐなか、異例の高視聴率を記録したのが「JIN-仁- レジェンド」だった。週末午後の時間帯に、2桁台を記録。質の高い作品なればこそだが、現代の医師が江戸時代末期にタイムスリップし、コレラや梅毒、結核などの感染症から人々を救う筋書きに、多くの人が現代のわが身を重ね合わせ、励まされたのだろう。
 
 【この記事の画像を見る】 
 
 5月25日、日本では緊急事態宣言が全国で解除。自粛生活に倦(う)んだ人々が初夏の陽気に誘われて街に繰り出すなか、先にロックダウンを解除した国々からは、再び感染者が増加しているニュースも聞こえてくる。秋以降の第2波の影響への不安もぬぐえない。  
 
いったいいつまで「with コロナ」の生活を送らねばならないのか、それが世界中の人々の正直な実感だろう。今回のようなパンデミックは、何をもって「収束」といえるのか。特効薬や予防ワクチンができるのを待つのか、それとも新型コロナウイルスが地球上から消え去るまで待つのか。そんな思いから、過去の人類と感染症との関わり方を振り返ってみた。
 
 
■ウイルスと人類の長い共存の歴史  
 
そもそも、「感染」とは、細菌やウイルスなどが、人や動物などの〈宿主〉に寄生し、体内で増殖することを指す。仮に感染しても宿主が無症状なら、そのまま平和に共存することもできる。だが、宿主の体調が悪化する場合、それは「感染症」ということになる。  
 
これまでも実に多くの感染症が人類の行く手を阻んできた。ペスト、コレラ、天然痘、梅毒、結核、ハンセン病、マラリア、デング熱、エボラ出血熱、エイズなどなど。今日でも、麻疹、風疹、水ぼうそう、破傷風、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎などは私たちの身の回りに常にある。こうしてみると世の中は「感染症」だらけだ。  
 
歴史的なパンデミックとしては、13世紀のハンセン病、14世紀のペスト、16世紀の梅毒、17~18世紀の天然痘、19世紀のコレラと結核、20世紀に入ってからはスペイン風邪やエイズなどがあった。だが、このなかで人類が完全に撲滅できたのは、実に天然痘ただひとつ。紀元前から存在し、感染力、罹患率、致死率ともに高く、顔に瘢痕が残るこの感染症は、1977年にソマリアで発症した人を最後に感染が確認されず、WHO(世界保健機構)は1980年に世界根絶宣言を行った。逆にいえば、それ以外の感染症は、今もこの世界のどこかに存在し、忘れた頃に流行を繰り返しているということだ。
 
 
 ■病原体との闘いは、未来永劫につづく宿命 
 
 2014年に発刊され、コロナ禍において話題になった『感染症の世界史』で、著者の石弘之氏はこう述べている。「人と病原体との闘いは、未来永劫につづく宿命」だと。  
 
石氏の視点では、私たち人類がさまざまな苦難を乗り越えて進化してきたのと同様、ウイルスや細菌もまた、自らの進化のため、〈宿主〉として私たち生物を選び、あるときは壮絶な闘いをしかけ、あるときは共存関係を保つことで、共に長い歴史を歩んできたからだ。人類の歴史はたかだか20万年、微生物の歴史は40億年にも及ぶ。彼らの生命力(? )を打ち滅ぼす方法は、簡単には見つからないということだ。
 
 
 
■そもそも人類が栄えたのはウイルスのおかげ  
 
この本のなかで特に目からウロコだったのは、そもそも人類の誕生にはウイルスの助けが欠かせないという事実だ。  
 
私たち哺乳類は新しい生命を母親の胎内で育てる。だが、そもそも胎児の遺伝形質の半分は父親由来である。いわば「移植された臓器のように母親の免疫系にとっては異質な存在」であり、「通常なら母体の免疫反応によって胎児は生きてはいけないはず」なのだ。その謎を解いたのが「1970年代に入って、哺乳動物の胎盤から大量のウイルスが発見された」ことだったという。ウイルスの作用により、母親の免疫反応が抑制され、本来「異物」として排除されるべき胎児も母親の胎内にとどまることができているというのだ。  
 
それだけではない。2003年の「ヒトゲノム計画」で、人間のゲノム解読が完了したが、その結果、私たちの体を設計する役割を持つゲノムの約半数はウイルス由来であることもわかったという。これらウイルス由来の遺伝子は、「進化の途上で人の遺伝子にもぐりこんだもの」であり、「過去に大暴れしたウイルスの残骸かもしれない」。 
 
■細菌なくして生態系の存続なし  細菌もそうだ。ペストやコレラなど、細菌が引き起こす恐ろしい病もあるが、そもそも私たちの手や腸内、口腔内などには無数の常在菌が棲息し、人体と平和に共存することで私たちの健康は維持されている。特に100兆個もの細菌がすみつく腸内は、多様な植物が咲き誇る様を模して「腸内フローラ」とも呼ばれている。細菌なくして生態系の存続なし。  
 
つまり、ウイルスも細菌も、人類とは互いの進化を支え合う、切っても切れない不思議な共存関係でもあるのだ。
 
■ウイルスと人類のつきあい、4パターン  そんな微生物と哺乳動物たる人類との関わり方は、大きく次の4つに分類されるという。  
 
 
ケース1:「宿主が微生物の攻撃で敗北して死滅する」 致死率の高いアフリカのラッサ熱や、エボラ出血熱がこのタイプだ。恐ろしい感染症だが、一方の微生物もほかの宿主に移らない限り、宿主と運命を共にして死滅するので、リスクは大きい。結果的に、局地的、短期的な感染にとどまることも多い。  
 
ケース2:「宿主側の攻撃が功を奏して、微生物が敗北して絶滅する」 すでに根絶した天然痘のほか、ハンセン病やポリオ、黄熱などがこのタイプだ。ワクチンや治療薬が存在し、予防や治療が可能な感染症といえる。  
 
 
ケース3:「宿主と微生物が和平関係を築く」 大腸菌や乳酸菌、酪酸菌など人にとって欠かせないパートナーとなった常在菌も多い。普段はおとなしいが、宿主の免疫が低下した場合などに牙をむく「日和見菌」も存在する。  
 
 
ケース4:「宿主と微生物がそれぞれに防御を固めて、果てしない闘いを繰り返す」 代表的なのはヘルペスウイルスだ。幼少期には「水痘(水ぼうそう)」に、成長後は「口唇ヘルペス」や「性器ヘルペス」、「帯状疱疹」に苦しめられた人もいるだろう。症状が治まっても、ストレスや疲労、妊娠や免疫力低下などをきっかけに再び暴れだすのが特徴だ。
 
 ■2022年まで断続的な外出規制を続けなくてはならない  
 
さしずめ、今回の新型コロナウイルスは、当初ケース1が恐れられたが、そこまでの致死率ではなく、なんとか人類の滅亡は免れそうだというところだろう。  今後の理想は、ケース2「宿主側の攻撃が功を奏して、微生物が敗北して絶滅する」だ。完全なる根絶は難しいとしても、なんとか予防ワクチンや治療薬を開発するか、自然感染によって集団免疫が獲得されることが望ましい。 
 
 
 しかし、そのどちらも2~3年は要すると専門家からは試算されている。米ハーバード大学の公衆衛生大学院の研究チームによると、医療崩壊を起こさず徐々に集団免疫を獲得するためには、2022年まで断続的な外出規制を続けなくてはならないという。薬の開発と承認には一定の時間がかかるうえ、ウイルスは極めて短期間に遺伝子変異を繰り返す。ワクチンが出来上がる頃には、すでに十分に効かないタイプに変異している可能性もあるのだ。
 
 
■スペイン風邪も流行開始から3年後に「うそのように去っていった」  ただ、ウイルスの脅威が数年後に弱まる可能性もある。約100年前に世界を混乱に陥れたインフルエンザ、通称「スペイン風邪」は、1918年から約3年間続き、世界人口のおよそ18億人のうち約6億人が感染した。折しも世界は第1次世界大戦中で、各国が感染情報を秘密にしたことや、軍隊生活の3密状態+栄養不足+医療不足も加わり、膨大な死者を出し、結果的に大戦終結が早まったともいわれている。  
 
日本でも「国内感染者は2300万人を超え、死者の合計は38万6000人に達した」と記録されているが、専門家の試算によるとそれよりも多く、実際は「死亡数は45万人にのぼる」ともされている。  
 
だが、それほどまで人々を恐怖に突き落としたスペイン風邪も、流行開始から3年後の1921年には「うそのように去っていった」という。その後も10年ほどは目立たない程度に流行を繰り返してはいたが、かつてのような脅威ではなくなったというのだ。 
 
■ウイルスとの平和共存が両者にとって有利 
 
 
 このようにウイルスや細菌は、弱体化・無害化の道をたどることもある。過去の梅毒や細菌性赤痢も、毒性の弱いタイプに入れ替わっている。この現象について石氏はこう解説している。  「これは生物進化からも説明ができる。病原体が宿主の動物に感染してから長い時間かけて共進化すると、ついには宿主に重大な病気を引き起こすことなく共存状態になる。病原性が強いままだと宿主を殺して共倒れになる危険性があり、平和共存は両者にとって有利だ。(中略)リチャード・ドーキンスが提唱した『利己的な遺伝子』の考えに従えば、ウイルスにとってもっとも有利な寄生方法は、宿主(遺伝子の乗り物)を殺さずにいつまでも自己の複製をさせることだ」(『感染症の世界史』) 
 
 今後も、ウイルスや細菌と私たち人類は、つかず離れずの距離を保ち共存していくことが余儀なくされるということだ。
 
 
■「with ウイルス」が人類の宿命  過去のパンデミックはいずれも、人類の文明発展に伴い発生してきた。かつてシルクロードを行き来した行商人たちが、絹や紙、火薬やガラス製品などの品々を運ぶと同時に、東から西にはペストを運び、西から東へは天然痘や麻疹を運んだように、いやそれよりもはるかに大規模に、私たちはグローバル化した世界で経済活動を行っている。ラクダや馬、船や鉄道に代わり、大型旅客機やクルーズ船で人間を大量に素早く長距離運べるということは、ウイルスや細菌も速やかに世界中を移動できるということだ。  
 
 
過密化した都市では、ウイルスや細菌が繁殖するのにふさわしい条件が整い、加速する森林伐採によって人里に押し出された野生動物は、人がまだ免疫を持たないウイルスや細菌をも運んできた。発展途上国の低賃金労働者は衛生環境が劣悪ななか、野生動物を食べることで、新たな感染リスクにさらされている。人体、農作物、家畜への抗生物質の乱用は、微生物の抗生物質への耐性も高めている。  
 
いずれをとっても、人類にとって「都合のよい」環境は、微生物にとっても「生存に有利な」環境であり、そのことを視野に入れて、私たちはこれからの地球環境、経済環境を見直していくべきなのだろう。改めて石弘之氏の、「人と病原体との闘いは、未来永劫につづく宿命」というメッセージを受け止め、「with ウイルス」の生活を模索していきたい。
 
 
 
 ---------- 三浦 愛美(みうら・まなみ) フリーランスライター 1977年、埼玉県生まれ。武蔵大学大学院人文科学研究科欧米文化専攻修士課程修了。構成を手がけた本に『まっくらな中での対話』(茂木健一郎ほか著)などがある。
 
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