散日拾遺

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3月9日 アダム・スミス『国富論』を出版(1776年)

2024-03-09 03:45:39 | 日記
2024年3月9日(土)

> 1776年3月9日、イギリスの経済学者・哲学者アダム・スミスが『国富論』を出版した。
 『国富論』は近代経済学の基礎を確立した書物で、自由競争によって需要と供給のバランスがとれ、社会的安定が生まれるという理論が述べられている。市場経済の確立が社会を安定させるとする、いわば資本主義の根幹となる理論だが、内容的にはヒュームやモンテスキューなどの説と重複する部分が多い。しかし、労働の対価が物の価格であると考える「労働価値説」は、その後の世界の趨勢をいち早く捉えたものだった。
 アダム・スミスは1723年、スコットランドに生まれた。並外れて内向的な性格だったため、四歳の時、子供を誘拐してスリに仕込む集団にさらわれたが、おとなしすぎるという理由で解放されたという。
 グラスゴー大学とオックスフォード大学で哲学を学び、28歳の若さでグラスゴー大学で教鞭を取っている。40歳で職を辞し、パリに赴き、フランスの知識人と交流した。しかし、家庭教師として教えていた生徒がパリ市中で殺害されるという事件に遭遇し、ショックを受けて1766年に帰国。その後は『国富論』の執筆に没頭していた。
晴山陽一『365日物語』(創英社/三省堂書店) P.74


    
Adam Smith
1723年6月5日 - 1790年7月17日 

 アメリカ独立宣言の年である。その報をどのように聞いたのだろうか。
 アダム・スミスは経済学の祖ではあるが、経済学者というようなものではない。そもそもまだ学問が今日のように細かく分化していなかった時代のことで、溜息の出るようなスケールの大きさも当時としては自然なことだったのである。
 スミスは1759年に『道徳感情論』を出版した。『国富論』("The Weath of Nations" 『諸国民の富』)とどちらが主著とも言い難く、著者の精神世界の中で「道徳感情」と「経済」とは必然的に連関している。
 『道徳感情論』はグラスゴー大学在任中の仕事。その後1764年に大学を辞職し、3年にわたってフランスやスイスに滞在した。交流した「フランス知識人」の中に、ヴォルテール(1715 - 1771)、ケネー(1694 - 1774)、テュルゴー(1727 - 1781)などフランス啓蒙思想のヒーローたちが数えられる。
 スミスには生前、「法と統治の一般原理と歴史」に関する書物を出す計画があったが、エディンバラで病死する数日前に友人に依頼してほぼ全ての草稿を焼いてしまったという。その心理はどういうものだったのだろうか。
 焼却されずに残った草稿は没後に『哲学論文集』(1795)として出版された。全体が遺されていれば、第三の主著として後世に読み継がれたかもしれない。

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