散日拾遺

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フェノロサと二人の妻

2018-07-26 16:15:21 | 日記

2018年7月25日(水)

勝沼さん:

> 前にも話したかもしれませんが、もう一冊のお雇い外国人本『明治お雇い外国人とその弟子たち』にはお雇い外国人達の墓がどこにあるかが巻末資料に書いてあります。お墓参りしたい人向け(?)

 ありがとうございます。今まで知りえた範囲では青山墓地が群を抜いていて、あとはかれこれのお寺だったでしょうか。次はこれを読んでみます。少し先になるかな。

Wolfy さん:

> 筆力がイマイチで読みづらかったですが、事実は小説より奇なり。ビゲロウとフェノロサが仏教徒に改宗するくだりが面白い一冊です。

 ありがとう、早速読んでみました。櫻井敬徳の人格的影響力、そこから両者が受け取った仏教思想の大きさ深さ、その背景にとりわけフェノロサの場合には屈折した生い立ち、そんなところがキーワードでしょうか。

 ビゲロウという人の貢献度の大きさを初めて知り、仏教徒としての真摯に驚きました。この時代のアメリカ人で社会的に活躍しながら生涯独身は珍しく、そのあたりの仔細も分かれば知りたいところです。

 実は私、いちばん興味を引かれたのはフェノロサの二人の妻のことでした。詳しく言えば、第一にそれぞれの非凡さ、第二に二人の角逐です。

 非凡という言葉は通常、良い意味で使いますが、この二人は良い意味でも悪い意味でも規格外のように思われます。

 最初の妻リジー(Lizzie Millett)は派手好きの浪費家であったと言われますが、夫が謡の稽古をつけてもらっている最中に師匠梅若に近寄っていきなりその腹を触り、呆気に取られている一同の前で「師匠の声は腹から出ているのに、あなたは喉で謡っている」と喝破した逸話(P.110)などは、只者ではない証拠でしょう。

 一方のメアリー(Mary Scott)は小説家でもあった才媛で、フェノロサ生前の仕事や遺稿の整理に貢献もしましたが、亡夫を称揚しようとするあまり明らかな作り話を一つならず、しかも相当誇大的に書き残している点(帰米後にコロンビア大学教授として活躍したとか、遺骨を英国から日本に移すために日本の軍艦が派遣されたとか)は、人格に関する根本的な疑いを抱かせるに十分です。

 ついでながら、メアリーがニューオーリンズ時代からラフカディオ・ハーンの信奉者であり(P.106)、来日後にハーンと再会して交流を温めた(P.121)ことは、ハーン・ウォッチャーの私には興味深いことでした。ハーンの評伝があるでしょうから、これもこの機に読んでみたい。

 リジーとメアリーの角逐に関しては本文にある通りで、とりわけフェノロサ没後にメアリーを妻として認めない「公論」が存在したことが驚かれるのですが、前妻リジーが裁判を経て正式に離婚し十分な金銭的補償を受けたにも関わらず、なおフェノロサ夫人と名乗り続けたあたりに、ただならぬものを感じます。この種のことは決して女性たちだけの問題ではなく、フェノロサ自身が何らかの種を撒いているに違いないのですけれども。

 なお、主題とはまったく関係のないことですが、フェノロサ記念碑の石材が「一丈六尺の根府川石」(P.187)と書かれてあるのが気になってググりました。根府川石(ねぶかわいし)とは小田原市根府川あたりで産する輝石安山岩のことだそうですが、この地で根府川事故と呼ばれる惨事が起きたのですね。詳しくは根府川駅列車転落事故、1923(大正12)年9月1日、東京発真鶴行普通列車(蒸気機関車牽引、客車8両)が熱海線(現・東海道本線)根府川駅のホームに入線しかけたところで、関東大震災によって引き起こされた土石流に遭遇。駅舎やホームなどの構造物もろとも海側に脱線転覆し、最後部の客車2両を残して全てが海中に没しました。死者・行方不明者112人、負傷13人、同震災による鉄道事故として最悪のものだそうです。

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