伊勢ー白山 道

集団では無く、社会の中で心身の健康を正しく個人で目指します

今に居ながら、見えない世界を求めるな

2010-06-18 11:01:33 | Weblog

毎日たくさんの人々を観ていて思うことは、どんな人生にもムダが一切無いと言うことです。
どんな惨めで苦しい状況でも、その人物
の心に居る内在神も一緒に体験しています。決して、一人では無いのです。
罪を犯す人にも内在神が心に居ます。
ただ、心の奥に神が隠れている時は、罪の自覚を持ちません。さほど悪いとは思えずに、平気なのです。
つまり逆に言えば、自分の犯した罪に苦しんでいる人とは、内在神が表面に出て来ている人でもあるのです
だから安心すれば良いです。過去の自分の行いで苦しむ人は、それだけ内在する神様に、心が近づいたと言う事です。

一人暮らしで寂しがっている人が居ますが、これは深い意味では、神様がした体験を自分が追認している面があります。
本当の根源存在は、永い永い間、一人切りで退屈で寂しかったのです。
そしてアル時、神自体が自身を分けてみたのです。それが生き物たちです。
神様が自分自体を見ようとして、自身を分けて見たところ、やはり私たちからも神は見えないのです。
これは、一人の人体の中には、60兆個を超える細胞が在り、日々分裂して再生(=生死)していますが、1つの細胞は人体全体を見る事は無いし、人体は60兆個の細胞を見ることは出来ません。つまり、一体だからです
このような関係が、神様と私たちの関係にも在ります。

結局は、私たちに何が有ろうとも、すべては神様の中でのドラマなのです。
ただ、どんなドラマにするのかは、自由に自分の意思で演じる事が出来るのです。困る人を助けると、内心は自分の偽善でも、結果は助かった人が発生するドラマに成っています。
このドラマには、台本=運命が無いのです。ただ、神様の意思の反映があるのです。なぜなら、どんなドラマでも神様の中でのドラマですから、すべてが良いのです。もし台本が有れば、神様が破り捨てます。
それは「面白くないから」です。

現実界は、行為が重視される次元のドラマ世界です。
この次元のドラマに居ながら、目に見えない世界に憧れてはダメです
惨めで苦しい役も、懸命に最後まで演じ切れば、それは美しいです
きっと後で、あの世のアカデミー賞の候補に成れるかも知れませんよ。
一番ダメな役者は、途中であきらめたり、惰性で演じる(=生きる)役者です。
楽しい役を与えられたならば、それも正しく演じ切り、苦しい役の時も思いっ切り演じ切りましょう。
どんな役も、一生懸命であれば大成功なのです。

生かして頂いて ありがとう御座位ます

人類の 5% 運動を広めたいです。
    

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