ラティハン日記

ラティハンと人生の散歩道

ラティハンを始めるのに。

2011-12-16 | 日記
ラティハンを始めるにはお金はいらない。

自分の部屋で1人でもやれる。

会場に出かけて、2人でもやれる。

場合によっては、100人集まることもある。

世界大会では1000人規模のラティハンもありうる。

場所さえあれば、10000人規模、100000人規模も可能だろう。


ただし、最初にオープンを受けなければいけない。

昔からの言葉でいえば「イニシエーション」、あるいは「入学式」。

バパを「大先輩」として連綿としてつながる「オープン」のつながりの中に入ることが
必要である。


人によっていろいろな「たとえ」が可能だけれど、私は「炎」の「たとえ話」が好みである。

ラティハンをすでに始めている人の中にある「ラティハンの炎」がこれから始めようと
「決意」した人に「飛び移る」というイメージである。

「炎」はいくらでも飛び移れるし、それで元の「炎」が減るわけでもない。

但し、最初の「炎の飛び移り」がないと、新しい人は「ラティハン」が始まらない。


たとえ話ですから、「オープン」の時に実際に「炎」や「光」が移動するわけでもないし
そんな「イメージ」をもって「オープン」に臨んでもらってもこまる。

まあそうなのですが、説明というものはこうでもしないとなんとも出来ない。

これが「言葉の限界」ですね。


「炎」のたとえは、ラティハンをする人数によって「ラティハンが強くなる」事の
経験的な事実ともよく合う。

1本のマッチ棒が燃える「炎」より10本束ねて燃える「炎」の方が「強くて大きい」
というだけの話なのですが。

これが結構、やっぱり効いてくる。

百人規模のラティハンをはじめて受けたときは驚きましたもの。

ラティハンがとても強く感じられました。


とまあ、とんでもないものが「ラティハン」です。

不思議なものですね。


PS
オープンをお考えのあなたに。<--リンク

「万人に開かれる」ということ<--リンク

入口におかれた石ころ<--リンク

宗教団体<--リンク



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 仕事というものは。 | トップ | ラティハン体験 »

日記」カテゴリの最新記事